地獄
開高健が人生相談(風に訊け)で「自慰に使う本はなんですか?」という読者の問いへの回答として書いていた本。曰く「吉行淳之介もそうだと言っていた」。フランス人作家アンリ・バルビュス作の小説。
青年がパリの安宿に泊まると、部屋の壁に小さな穴を見つけ、隣の部屋の様子が覗き見できることが分かった、、、という変態エロチック小説。と期待させておいて、割とヒューマンに若造が人間の真実に思いを馳せるという青春小説。
様々なバリエーションの男女の秘め事を覗き見て、青年が考えに耽る。前半はエロがメイン。中盤には死が絡む。性と死と懊悩。まさしくフランス文学。
面白いかと問われると、やや難はある。
・・・
人生の秘密が知りたい。ぼくは多くの人々や群衆や仕草や顔つきを見た。華やかな光栄のなかにあって「わしはほかの連中よりも勘がいいんだ、わしは!」という口を見た。人を愛し、人から理解されようとする戦いも見た。話しあうふたりが互いに相手を受けつけまいとする拒絶や、恋人同士の争いも見た。その恋人たちは互いに釣りこまれて頬えみあいながらも、名ばかりの恋人で、接吻に憂身をやつし、悩みをいやすために傷口と傷口で抱きあうが、ふたりのあいだにはなんの愛着もなく、表向きは有頂天にのぼせていながら、実は月と太陽のように赤の他人なのだ。ぼくはまた恥しいみじめさを告白するときだけわずかに心の平静を得る人々の話を聞き、蒼白な顔に目を薔薇のように泣きはらした人々も見た。
ぼくはそういう連中をみんないちどきに抱きしめてやりたい。あらゆる真理はただひとつの真理に帰する。(ぼくはこの単純な事実を悟るのに今日まで生きてこなければならなかったのだ)僕に必要なのはこの真理のなかの真理なのだ。
それは人に対する愛のためではない。われわれが人を愛するというのは真実ではない。誰も人を愛したことがなく、いまも愛していず、将来も愛さないだろう。一種の死のように、あらゆる感動を、平和を、生命をさえも踏み越えた、この総合的な真理にたどりつきたいとぼくがあせっているのは、ぼくのためなのだ。---ただぼくひとりのためなのだ。ぼくはそこからある方法を、信念を汲みとりたい。そして、それを自分の救いのために使いたい。
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