2022年7月21日木曜日

10年目


 当初より抱いていた目標の通り、10年間続けたのでこのブログの更新を終えようと思う。

 始まりは中学校時代に遡るだろうか。直感として、自分の人生を救うのは漫画や小説だと思っていた。1990年代の終わり頃、インターネットがなかった時代、世界は謎に満ちていて、人生の攻略法を知る手段は限られていた。北海道の地方都市、低所得層が入居する公営住宅で育った自分は、ミスチルの歌詞やスラムダンクやハンターハンターに多くを学んだ。精神科医になるという夢を抱き、社会の下層から高みを目指して戦った。その過程で体験した多くを、様々な物語作品に重ねた。苦しく、不安で、悲しいことは沢山あったが、物語作品がいつも自身に光明をもたらしてくれた。暗い宇宙を彷徨う自分に、幾千億光年離れた数多の星々が放つ光。時代や場所を超えて、自分を導いてくれる誰かの願い。有限の命を燃やして放つ、魂の熱と輝き。物語作品は、いつだって、そういうものだった。

 初期研修医の頃に始めたこのブログは、自身にとっての備忘録、文章力のトレーニング、意志や価値観の表明であるとともに、何より、精神科医としての能力向上のための手段として機能していた。結局のところ、精神医学の臨床の能力は「患者の物語を読む力」が何より大事であると、当初からなんとなく気づいていたし、今も確信に近づきつつある。生物学的な機序と転帰を「読む」一般の医学の視点に加え、幼少期からのエピソードや断片的に得られる情報を総合し一つの人間性を形成していく物語を読む力、社会や歴史の一部の構成要素に過ぎない一個人から全体を想像し流れを読む力、など、ストーリーを感じる力が何より大切である。過去から現在に至り、未来へと流れるストーリーの中で、最適な一手を見つける力。それが私の考える、精神科医として最も必要な能力である。

 などという理屈を長々と説明しても、耳を傾けてくれる奇特な人はあまりいないと思うので、誰に意図を説明するでもなく、好きな物語作品の感想や考察を淡々と書き続け、公開する方法を私は選んだ。リアルな知り合いがブログを訪れた場合、何を考えているかわからず、偏執狂的で、気持ち悪がられることも多分にあったであろうことは想像に難くないが、己の精神科医としての糧になったことは疑いなく、後悔は全くない。作家としての素地を作ったような気もするし、ブックカフェのオーナーや書評家になる道に繋がったかもしれない。

 そして、今の私は、「精神鑑定のできる法律家」になる道を選んだ。精神医学的診断の究極である精神鑑定の道に邁進するとともに、法曹としてのダブルライセンスを目指すことを決意し、法律の勉強をしている。ベースとして、このブログを書きながら水面化で育まれた思考の経路があるのだが、説明は長く複雑になるので割愛する。つまるところ、このようなブログを書きながら精神科医を10年やった結果、無性に法律家になりたくなったのだ。そんな条理を外れたクレイジーな道を選ぶ己の決断には、割と満足している。そのプロセスを本にしたらさぞ面白いだろう、と思っているので、ブログに記録し、そのうち書籍化を予定している。

 日中は医療に従事し、時間外は法律の勉強に明け暮れているせいで、小説を読んだり映画を観れない日々が続いているのが不満ではある。しかし、この「渇き」が、いつかより深く作品を味わえるスパイスになるだろうという予感もある。年をとってからの楽しみにとっておこうか。読みたかったのに読めなかった作品が積まれて大量に残るなら、それもいい。

 誰が読んでいるのかわからないまま書き続けたこのブログだが、たまに感想をもらえたときは嬉しかった。面白いと思った作品の話を、友と語り合えるのが人類普遍の喜びであるように思える。漫画や小説や映画にとどまらず、思い出話や苦労話や猥談だってそう。人の心は物語でできている。それを共有することで、人は人と繋がり、歓びが生まれる。

 だいたいそんな悟りに至ったので、このブログに価値はあったと思う。いつまで公開を続けるかは未定だが、偶然読んだ誰かが素敵な物語に出会うきっかけになったらいいと常に思っている。

2022年6月25日土曜日

トップガン マーヴェリック


現在公開中の話題作。映画館でIMAXにて鑑賞。
大流行した1986年公開の前作の正式な続編である。

アメリカ海軍の若造のパイロットだった「マーヴェリック」が教官となって帰ってくる。自信家であり、情熱家であり、規範に縛られない自由な男ピート・ミッチェルをトム・クルーズが34年ぶりに演じる。「アイスマン」や「グース」の面影漂う息子など、懐かしの面々も登場し、時の流れを感じつつ、時を経ても変わらないものに思いを馳せることができる。

全編を通して、例えるならば、『マッドマックス4 怒りのデスロード』に通ずる、娯楽映画としてのサービス精神が溢れている。紋切り型でご都合主義の脚本などまったく問題にならず、映像と音楽と展開がただひたすら楽しい。IMAXで鑑賞すれば、自分がマーヴェリックのチームの一員となったような、えもいわれぬ高揚感、全能感とともに1日を終えることができるだろう。ただし、効果は一晩で切れる(体験談)。

ともあれ、「こういうのでいいんだよ」という、痛快な娯楽映画であった。難しい理屈なんていらない。衝動のままに映画館を訪れ、楽しめばよいだろう。
   

2022年5月29日日曜日

燃えよペン


唐突に読みたくなって読み返した1冊。
主人公の無駄な熱さの様式美を楽しむべき漫画である。

2002年発行の単行本(全1巻)だが、連載は1990年〜1991年だったらしい。描写や作中人物が語る価値観には時代を感じる。バブル期の日本の能天気さ、楽観、余裕がある。熱血は80年代日本における流行だろう。

続編の『吼えよペン』の方が洗練されている(富士鷹ジュビロが好き)が、本作には粗さの残る原石の味わいがある。
フリーのアシスタント伊藤が殴られるシーンが一番面白かった。
   

2022年4月30日土曜日

びったれ!!!


 『 奮闘!びったれ』の続編。掲載誌がプレイコミックから別冊ヤングチャンピオンに変わり改題したが、中身はほぼ同じ。全3巻。

 元ヤクザの司法書士・伊武努が法律と反社会勢力の人脈を用いて広島県で奮闘する。前作では語られなかった伊武の過去が明かされる。

 反社の人脈を使うのは法曹としては完全アウトのように思われるが、法律だけじゃ人間社会の問題は解決できないという不条理を教えてくれる物語作品でもある。広島県民の生活の体温や息遣いが伝わってくる表現もよい。

 サクッと読めて、娯楽としても、法律入門の入り口としてもいい作品だと思う。法曹志望の人におすすめしたい。
   

 

2022年3月29日火曜日

リーガル・ハイ


 2012年のテレビドラマ。全11話。

 不器用だが真面目で良心的な新人弁護士の黛(新垣結衣)が、腕はいいが人格が破綻している弁護士の古美門(堺雅人)とコンビを組み、民事の事件に挑む。法廷が舞台で、基本は1話完結のコメディ。

 見どころは堺雅人の淀みない早口の口上。シリアスで武士然した『半沢直樹』とのギャップを見るのが楽しい。掛け合いのコメディ調を維持しつつ、テンポ良く法と人間の本質に切り込んでいくのが小気味良い。ガッキーが可愛く、音楽もオシャレ風で、まさしくテレビドラマの王道という感がある。

 法律の学習に関して言えば、民事訴訟の実務についてイメージが湧くのが有益。終盤に失速する感があるのが残念だが(特に絹美村の後半以降)、大衆向けの娯楽作品に多くを求めてはいけないのかもしれない。

 刑事の『HERO』、民事の『リーガルハイ』を押さえておけば、法律学習の下準備としては十分だろう。
   

2022年2月14日月曜日

HERO


 検察が主人公の2001年のテレビドラマ。全11話。
 法律の学習のために鑑賞。

 自ら現場へ出向き、自分の足で捜査する型破りな検事・久利生公平を木村拓哉が演じる。基本は1話解決で、東京で起きる刑事事件に挑む。検察事務官の雨宮(松たか子)との恋愛を描くウエイトも大きい。

 よかった点。
 松たか子が可愛い。宇多田の『Can you keep a secter?』がいい。
 よくなかった点。
 ギャグのテンポがイマイチ。フジっぽい美徳の押し付けがしばしばキツい。

 テレビドラマとしてはまあまあで、すごく面白いかというと抵抗はあるが、観ていて苦痛というほどではなかった。ただ、テレビ放映時の平均視聴率が30%を超えていたそうで、そこまでいくと、当時の日本の文化水準がやや心配になる内容ではあった。キムタク人気と宇多田の曲でブーストしている感はある。

 刑法や刑事訴訟法の勉強をしてからイメージを掴むのにはよかった。検察に送致後の業務の視覚的イメージを掴むのにあたり益はある。ストリートへの信仰、キムタクの雰囲気には時代の風を感じる。
   

2022年1月29日土曜日

劇場版 呪術廻戦 0


呪術廻戦』の本編の前日譚である0巻の映画化。
2021年12月24日より公開中。

映画の内容は原作に忠実で、単行本で読んでいたが、あらためて映像で観直すと発見がある。乙骨憂太は、90年代から2000年代にかけてよく見たタイプの主人公だ。弱くてナヨっている少年が、場数を踏んで少しずつ成長していく。エヴァのシンジ君的でもあり、『からくりサーカス』の才賀勝あたりが近い。

本編連載前にできたプロトタイプである本作を観ると、作者の芥見下々の頭の中にあった「描きたい絵」の原型を見ることができる。本編の方が設定、キャラクターなど練られている感じがするが、これはこれで映画一本分の小品として収まりがいい。

全体に完成度が高かったが、戦闘シーンの作画、キングヌーの主題歌などが特によかった。心を揺さぶる力は『無限列車』の方が上ではある。だがまあ、観といてよかったと思えた。いい作品だと思う。
 

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