南米の商社で働くモーレツ社員の日本人の悲哀を描いた手塚治虫のヒューマンドラマ。1987年~1989年連載。単行本は全3巻。作者の逝去により絶筆の未完となっている。
舞台は1980年代前半の中南米の都市。支店長として赴任してきた若い男・日本 人(ひもと ひとし)は相撲を愛し、カナダ人の妻と娘を持つ、野心家の男。背丈が低く、大柄な外国人にトム・タム(親指トム)と呼ばれ馬鹿にされるが、悔しさをバネに、猪突猛進に突き進んできた。垢抜けなくて、ひたむきで、社内の政局に気を揉む、高度経済成長を担った日本人のステレオタイプのような男である。そんな彼が、南米で理不尽に振り回され、暴力や因習の壁にさらされながらも、必死に生き抜こうとする。
手塚治虫作品はこういう大人向けのヒューマンな話が好きだ。該博な知識に材を得て、透徹した批評眼とユーモアをもって一つの時代を生きた人間の物語を描く。主人公の心性の美しさ、汚さ、強さ、弱さ、賢明さ、愚かさが同居して入り混じるヒューマンな造形。単純な善悪の二元論ではくくれない、複雑な心性。
『アドルフに告ぐ』、『陽だまりの樹』と並びお気入りの手塚作品にランクイン。このクオリティを無尽蔵に量産していた作者はまさしく漫画の神様といえよう。