2019年1月25日金曜日

グリンゴ


 南米の商社で働くモーレツ社員の日本人の悲哀を描いた手塚治虫のヒューマンドラマ。1987年~1989年連載。単行本は全3巻。作者の逝去により絶筆の未完となっている。

 舞台は1980年代前半の中南米の都市。支店長として赴任してきた若い男・日本 人(ひもと ひとし)は相撲を愛し、カナダ人の妻と娘を持つ、野心家の男。背丈が低く、大柄な外国人にトム・タム(親指トム)と呼ばれ馬鹿にされるが、悔しさをバネに、猪突猛進に突き進んできた。垢抜けなくて、ひたむきで、社内の政局に気を揉む、高度経済成長を担った日本人のステレオタイプのような男である。そんな彼が、南米で理不尽に振り回され、暴力や因習の壁にさらされながらも、必死に生き抜こうとする。

 手塚治虫作品はこういう大人向けのヒューマンな話が好きだ。該博な知識に材を得て、透徹した批評眼とユーモアをもって一つの時代を生きた人間の物語を描く。主人公の心性の美しさ、汚さ、強さ、弱さ、賢明さ、愚かさが同居して入り混じるヒューマンな造形。単純な善悪の二元論ではくくれない、複雑な心性。

 『アドルフに告ぐ』、『陽だまりの樹』と並びお気入りの手塚作品にランクイン。このクオリティを無尽蔵に量産していた作者はまさしく漫画の神様といえよう。
     

2019年1月20日日曜日

多動日記(一) 「健康と平和」 -欧州編-


 これはかなりのヒット。かつてハイパーメディアクリエーターを自称し、多動という己の特性を40代後半になって自覚したという高城剛の旅行エッセイ。2017年6月発行。

 同じ場所に3日とおらず、ひたすら国から国へと移動する途中で考えたことが記録されている。時期が明記されているのを見つけられなかったが、内容、発売時期から2016年8月から10月にかけての記録と思われる。

 面白さは読めばわかるが、圧倒的なキレとドライブ感といおうか、最新のデジタルデヴァイスを駆使しながら旅行を楽しみ、経済、政治、歴史、健康、文化などジャンルにとらわれず深く鋭い洞察を行い続ける。イスタンブールから始まり、東欧、イタリア、イギリス、スペインと移動しながら日本の制度上の問題や巡る地域の強みと弱みを分析する。

 旅しながら己の肉体を通して得た体験と深い知識の融合が生み出す達見は、現代版のジム・ロジャースという感がある。こんな人間になりたい、と久々に思えた読書体験だった。しばらく彼の表現活動をフォローしようと思う。来たる時代への適応のあり方を教えてくれるし、何より楽しそうだ
   

2019年1月15日火曜日

羅生門


 世界のクロサワ、黒澤明の出世作。1950年(昭和25年)公開。

 舞台は平安末期の京都。荒れ果てた羅城門の下で、襤褸をまとった2人の男が雨宿りをしているとこから物語が始まる。2人は山科の山道の藪の中で男の死体が見つかった事件の顛末について検非違使(けびいし、平安時代の京都の裁判所)の取り調べを受けた帰りだった。そこにもう1人の男が現れ、話を聞く中で、見る者によって様相が異なる奇怪な事件の、その真実が徐々に明らかになっていって…という筋である。

 作品としては、芥川龍之介の短編小説の『藪の中』と『羅生門』を融合させ、黒澤映画のエッセンスを加えた、というところ。人は惨めで、弱く、己の尊厳や利得のために嘘をつき、他人を食い物にする生き物である。そんな衆生が溢れるこの世こそが地獄ではないか、と映画の中の登場人物は語る。その救いを黒澤明は何に求めているのか。そんな視点で考えると、彼の映画作品のテーマは一貫しているように思える。

 全体に、芸術性と娯楽性が同居しており、今観ても面白い。88分という尺も気軽に観られてよい。そして、三船敏郎の存在感が半端じゃない。映像、音楽、演技、いずれも質が良く、当時のクリエイターたちの矜持と威厳を感じる。日本人なら観とけよ、と多くの人に薦められる作品であろう。
     

2019年1月7日月曜日

麒麟児


 冲方丁の新刊。勝海舟が主人公で、幕末の江戸城無血開城を巡る攻防を描く。

 これは交渉人の物語である。歴史に名を残す幕末の傑物、勝海舟がどのように優れていたのかを現代人が理解するのはやや難しい。蘭学の習得や米国への遊学で得た国際的な視点、広い学識と先見性、実用性重視と現実主義の思考、強い胆力と気骨、柔軟さや器用さ、そうしたものが同居した稀有な人物であったようである。現代に残る史実や言動の記録から彼の心情を再構築し、現代にも通じる読みやすさと娯楽性を持った物語に冲方丁が編み直した作品となっている。べらんめえ調の江戸弁で思考する勝海舟から見た国の危急存亡と、彼にしかできない命を懸けた戦い。

 構成の潔さ、洗練された登場人物の造形と掛け合いが読んでいて楽しい。山岡鉄太郎、益満休之助、西郷隆盛、大久保一翁、徳川慶喜…など、所作に滲み出る人間性の描きわけが巧い。一手間違えれば内乱が勃発し、西欧諸国の侵略を受け国が滅ぶという極限状況の中での交渉が、焼け付くような焦燥と緊張感の中で進んでいく、その過程を共有できる。

 勝海舟についてはwikipediaも読んだが圧巻の人生だ。こういう、人間の生の限界に挑戦するような生き方に憧れる。
   

2019年1月3日木曜日

日本国紀


 年末年始に読了。百田尚樹が書いた日本国通史。

 年末年始の読書用にいくつか本を買い込んだ際になんとなく買った一冊だったが、読み出すと止まらず、最近じゃ珍しく数日で読み終えた。日本という国の歴史の流れが追えるように、適度なボリューム、平易な表現でつなぎ合わさっており、リーダビリティが非常に高い。縦の流れを俯瞰した上で終盤に来る大東亜戦争以降のGHQによる日本人の精神の破壊は、わかっていても読むのが苦しくなる。そして、それが一番作者が伝えたいことだったんだろう。

 私自身は反日思想の強い北教組の教員が支配する北海道の学校で育ったが(小学校、中学校、高校で国歌を歌ったことがない)、同じような境遇の人にはぜひ読んでほしいと思う。ネットの影響で朝日新聞社をはじめとする左派マスコミや日教組の教員の虚偽や洗脳に気づいた今の20代から30代の世代には、響くものが多いだろう。そして、ニュースを見ていてふだん漠然と感じる不快感や使命感に言葉を与え、具現化するための大きな支えになるだろう。今の40代、50代の人たちの中にあるWGIP(War Guilt Information Program)の根強い影響についても理解が深まる。

 そして、この本を通読してから、AmazonのレビューやTwitterでこの本へ向けられたコメントをできるかぎりチェックすることを勧める。戦うべき敵の正体が見えることだろう。日本人の精神を懸命に脱価値化しようとする諸勢力の存在を肌で感じることができる。あなたはどちら側の人間だろうか。『殉愛』騒動でおおいに株を下げた作者だが、この本を世に残しただけで、60年間生きてきた価値がある。それくらい素晴らしい仕事だったと思う。