2015年6月23日火曜日

夏への扉


 時間SFの古典的名作。ロバート・A・ハインラインの1956年の作品。

 主人公ダニーは個人的にイメージするのはライブアライブのSF篇のカトゥー(この喩えはどれだけ通じるのか)のような古典SFの典型像の発明オタク。研究以外には無頓着で、異性関係やビジネスライクな駆け引きが苦手で、口下手だが心根は優しい29歳くらいの男を想像する。そんな人のいいオタクが商売仲間と恋人に裏切られ、ヤケ酒と愛猫ピートとの戯れを慰みに、失意の中、30年の冷凍睡眠(コールドスリープ)に身を委ねようとするが、、、という話。

 特に日本で人気のタイムトラベルSFだが、一部にプロットを酷評する向きもあり(大森望は好きじゃないらしい)、どんなもんかと思って読んでいたが、まあ、確かに、今よりも単純な時代の娯楽という感じ。従妹のリッキーへの親愛の情や中盤以降の展開は、汚れなき心を持つ純なオタクの理想像としての濃度が高く、ちょっとイケてない気が。

 とは言え、冒険あり、謎解きあり、ロマンスあり、王道の展開を確立した古典として読むと割と楽しめる。科学と猫が好きならきっともっと楽しめる。

 夏に読もうと思って取っておいた作品だが、夏に読む必然性は全くなかった。
   

映画 立川談志


 2011年の立川談志の没後に制作されたドキュメンタリー映画。主に談志へのインタビューと講演の記録からなり、語り手と共に落語家・立川談志の哲学と真髄に迫る。演目は客と隠居の不条理な問答からなる『やかん』と夫婦の絆を描く人情噺の『芝浜』を所収。

 何より立川談志にしか出せない空気が味わえる。肩肘張らず、自由闊達。軽くしなやかな語り口。遊び心と知性があり、伝統への畏敬と理解があり、権威に怯まない気骨と、時代を切り拓かんとする創造性がある。様々な魅力が渾然一体となって決して大きくない体に宿り、立ち居振る舞いから魅力が溢れ出る。

 晩年の談志がしばしば強調した”イリュージョン”という概念は不条理やナンセンスギャグに近いか。小説なら村上春樹やジョン・アーヴィング、音楽ならradioheadやbeatlesやスピッツの歌詞。言葉を用いた表現を追求すると、意味をなさない語のつながりが生む、日常や常識を越えた幻想的なイメージの追求に辿り着くのか。そういう頭で演目を観ると、やり過ぎない程度にイリュージョンを混ぜようと 匙加減していた感がある。

 立川談志に興味があって入門編として観てみたが、満足。次はエッセイへ。
   

2015年6月20日土曜日

GTO


 前作『湘南純愛組』で名を馳せた元暴走族の鬼塚英吉がGreat Teacher Onizukaとなって教育現場で暴れまくる学園もの。全25巻の漫画原作を電子ブックで15年ぶりくらいに再読。

 大変インモラルな発言や暴力シーンや性の描写が溢れ、少年漫画としてはかなり不適切だと思うが、それらがキツ目のスパイスとなって刺激と味わいを生むのもまた事実。宮藤官九郎のドラマのように浴びせられる固有名詞の連射が慣れると楽しい。

 大人になって再読すると、知識が表層的なことが多いのと、一般の教員や高学歴者への強い怨念が気になる。血尿を知ったのは中学生の時に読んだこの漫画だったが、心理的ストレスで出るのは医学的に正しいのか今でも分からない。

 そして、核心となる元2年4組(もとよん)の秘密を引っ張りすぎた感あり。あと10巻くらい短いといい感じにまとまって良かったような気がするが、人気作品だったのでしょうがなかったんだろうか。中盤以降は心的外傷(トラウマ)のバーゲンセールっぽくなる点がしっくりこない原因だと思う。IQ200の神崎の話くらいで丁度いい気が。

 ざっくりまとめると「王道の学園ストーリー」+「セックス&バイオレンス」+「宮藤官九郎的ギャグ」+「ヤンキーの理想」という感じ。学歴社会と管理体制を憎み、侠気と友情を重んじる。中高生の娯楽としてはいい感じだったかもしれない。

 一番面白いのは警官冴島の日常だと思う。
   

2015年6月12日金曜日

赤めだか


 落語家の立川談春の修業時代の回顧エッセイ。師匠である現代落語界のレジェンド、立川談志との青春の日々が綴られる。

 何より立川談志という人間の魅力が光る。「落語とは人間の業の肯定である」と断じ、我が儘で、喧嘩っ早くて、信念と侠気を持って伝統や権威に刃向かうロックスターのような生き様。寄席で談志の『芝浜』を聴いて衝撃を受け、その勢いで談志門下に入門した談春中学生の時代のエピソードから物語は始まる。そして、師の理不尽な仕打ちに耐え、弟子仲間らと「二つ目」を目指す修行の日々が綴られる。

 汗と涙の青春物語としても、未熟な若造が成長していく立志伝としても楽しめるが、落語という伝統芸能の世界の力学が分かる教養の書でもある。不文律の空気や信頼で形成された日本独特の文化的土壌が生み出す深い味わいは、西洋型ビジネスの合理主義へのアンチテーゼとしても成り立つ。一見不合理で、エゴの塊の談志のような男が存在することで組織が得るものは沢山あるように思う。

 笑えてじわりと来る、生きる力が湧くいい話である。余談だが、この本を読んだ後にミスチルの歌詞世界には落語の感性が下地にあるな、とふと思った(桜井和寿は中学時代落語研究会に所属)。人間の業を肯定し、反骨精神を押し出す芸術的意匠の話。

 ロックンロールだ。
   

2015年6月3日水曜日

REFLECTION


 ミスチル史上最大の密度とボリュームを誇るアルバムがついに解禁。

  全23曲入りの{Naked}と厳選した14曲入りの{Drip}の同時発売で、雑誌のインタビューでの桜井さんに曰く「水商売の女の子がお店の中で見せる顔が{Drip}で、{Naked}はちゃんとした彼氏に見せる本当の私の顔」とのこと。ファンにとっては2013年夏に『REM』を聴いた時から焦らしに焦らされて、ようやく手元に届いたニューアルバムである。

 で、その内容。
 まず印象に残るのはギター、ベース、ドラムのバンドサウンドの骨格がはっきりしていること。シンセサイザーでの電子的な加工が得意な小林武史の比率を抑え、ミスチルのセルフプロデュース主体になった影響がはっきり出ている。そして、『幻聴』や『運命』あたりのキャッチーでポップな曲から実験的で好みの分かれる『斜陽』や『WALTZ』など、広く多彩な曲の揃え。音源の発売前からライブや映画や雑誌のインタビューで全体像を垣間見せたり、リスナーへの届け方も工夫している。

 全体の解釈。
 現実と夢想の対比が多い。『fantasy』の歌詞で顕著だが、鈍い苦痛を伴う生きる苦しみや失望と、歓びや希望に溢れた世界への期待。苦しみと歓び。闇と光。実験と懐古。原点回帰と新奇性追求。演奏者と聴衆。交互に描かれ対比が際立つ。アルバムのテーマを一言で言えと問われれば、「二律背反」と答えよう。ヘーゲルの弁証法的哲学用語で言うとテーゼとアンチテーゼが止揚し、その矛盾を克服しようする力を、化学反応が生み出すエネルギーを駆動力にして、進化し、更なる高みを目指していこうっていう気概。そういう姿勢(attitude)をいろいろな形で表現したのが、このアルバム自体もそうだし、アルバムのリリースに至るMr.Childrenというバンドの活動の軌跡である。

 たぶん、ファンにとってはいつまでも語り続けていたいアルバムになるでしょう。もっともっと聴き込んで、自分の中に生まれるであろう多くの情景や感覚に出逢うのが楽しみです。玄人も素人も、ディープなファンも最近好きになりはじめたファンも、全てのミスチルファンに薦めたい傑作です。

 そして、最強の一曲はやはり『未完』でしょう。この一曲が今のミスチルの全てを語っている。
   

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