2021年10月30日土曜日

白夜/おかしな人間の夢


 ドストエフスキーの短編4本入りの文庫本。
 光文社古典新訳文庫。2015年発行。安岡治子訳。

『白夜』
 表題作になっている中編小説。副題は「感傷的な小説(センチメンタル・ロマン)」「ある夢想家の思い出より」。内気で空想癖のある(陰キャな)20代の青年が、白夜の夜に街を散歩しているときにワケありな女性に出会い、恋をした数夜の顛末。ドストエフスキー27歳頃の1848年に発表された小説で、主人公の青年は若き日の作者の投影が少なからずあるだろう。狙ってやってる部分もあろうが、全体に青臭い内容。深く心に突き刺さりはしない。

『キリストの樅ノ木祭りに召された少年』
 ごく短い短編。『マッチ売りの少女』や『フランダースの犬』のような、可哀想な子供を描いた児童向けの童話という風情。晩年の『作家の日記』という連作に登場した作中作らしい。本編収録の作品の中では一番好き。

『百姓のマレー』
 無知で粗野な農奴の善性について考察する、上から目線な回顧形式の作品(時代背景を考えると、悪気はないと思うが)。こちらも『作家の日記』に登場。これもまあまあ好き。

『おかしな人間の夢』
 副題は「幻想的(ファンタスティック)な物語」。自殺を図った男が、キリスト教的な幻想に満ちた世界を旅する。ドストエフスキーが晩年たどり着く、このキリスト教的な愛の理想が、何回読んでもどうもしっくり来ない。結論ありきというか、押し付けがましいと言おうか。いつか分かる日が来るのか。

『一八六四年のメモ』
 ドストエフスキーの最初の妻(マリア、マーシャ)が亡くなったときに書いたとされる、思弁のメモ。これもキリスト教どっぷりな思考回路が、どうも自分にはしっくり来ない。キリスト教価値観が支配する世界に生まれ育つと、必然的にそのような思考に辿り着くのか。まだ私にはわからない。

 全体の感想。
 若い頃のドストエフスキーは、比較的凡庸な作家だったと思う。貧困層への憐憫、キリスト教的価値観に基づく愛などの理想はあったが、その表現も、理想も、凡庸で他の作家を抜きん出ることはなかったように思う。1848年頃のてんかん発病、ペトラシェフスキー事件に連座しての逮捕、死刑宣告、シベリア送りなどの過酷な苦難を経験する中で、その思弁にハードなヤキが入り、人類史を代表する偉大な作家として仕上がっていったんだろう。その原型を見ることのできるのが本作の収録作品であるが、単体で楽しんで読めるかというと、あんまり、、、な作品が多かったというのが感想。偉大な作家の足跡を追うのは楽しいことではあるので、興味のある人は読む価値はあると思う。
 

2021年10月24日日曜日

シリコンバレー式 自分を変える 最強の食事


 アメリカでベストセラーになった健康になるための食生活の指南書。原題は"THE BULLETPROOF DIET"(防弾の食事という意味)。 英語版は2014年、日本語版は2015年発行。電子書籍版をDollyで読了。

 作者のデイブ・アプスリー氏は米国のIT企業家で、社会的な成功を収めたが、長年体調不良に悩まされていた。そんな彼がバイオハック(生体を研究して攻略すること)に挑み、長い試行錯誤を経て、自身の体調を整える食事の黄金律を見つけるに至る。そんな彼の知見をまとめたのが本書である。

 私が読んでいる高城剛氏のメールマガジンでよく言及されるので読んでみたが、医学的な観点から見て、合理的な内容が多いように思えた。現代人は炭水化物を取りすぎで、適度に減らすと体調が良くなる、というのは自分でも実践して実感するところである。高脂肪、高タンパク、低炭水化物、朝のバターコーヒー(MCTオイル入り)などが本書が紹介する食事の売りである。背景理論については内容を参照されたいが、ざっくり言うと、体内の炎症を減らすことに重きが置かれている。

 ただし、作者のアメリカンな思考様式、豪快で繊細さに欠けるスタンスでは気になる。日本食への造詣は深くないようで特に触れられることはなく、他国の伝統的な発酵食品などについても、疑わしきは排除、という記載が引っかかる。万人に安全な食事法を伝える入門編としてはいいかもしれないが、日本食を含め、各国の伝統食品の愛好者は反論したくなるだろう。納豆や梅干しの力で驕ったメリケンの安全神話に一泡吹かせてやりたい、考えるのは自然なことであろう。

 などと思いつつ、体質は各人によって異なるものであり、遺伝子によって解毒の得意不得意もあるので、それぞれ自分に合った食事を見つけましょう、という助言が添えられており、全体としては学術的に誠実で好印象である。食事の見直しによって体質改善を図る端緒とするための好著と言えよう。部分的であれ実践すると、昼に眠くならない、日中のだるさが消える、など体調が良くなるのを体験できる(実体験)。

 なお、本ブログでこの本を紹介するのは、作者の生き様に物語を感じたからである。IT長者が食と健康の伝道者になるというストーリーは、面白い。
 

2021年10月8日金曜日

チェンソーマン


 『ルックバック』と同様、藤本タツキ作。2019年から2021年まで週刊少年ジャンプで連載。既刊11巻(第一部完結)。

 内容は最近ジャンプで流行りのダーク・ファンタジー。舞台は悪魔が存在する世界。親が作った借金を背負い、劣悪な環境で暮らす主人公の少年デンジが「チェンソーの悪魔」であるポチタと融合し、悪魔と戦う。既存の道徳を嘲笑うようなエグい展開、グロとエロが溢れているのが特徴的。

 一回読んでよく分からなかったが、考察動画などを観て、二週目を読んで傑作だと思った。絵が多くサクサク読めるが、設定が込み入っており、説明が少ないために、一回でストーリーについていくのが難しい。作画や構成力は抜群に良く、何気ない構図や台詞に伏線が仕込まれており、多くを語らずとも、徹底的に作り込まれた世界観、展開であることが伝わってくる。

 テーマは愛だろうか。ダークな世界で描くことで際立つ美しさがある。『ウシジマくん』の作者が言っていた「激辛の奥の旨味」のような感覚。中学生くらいの頃に読むと、心に一生残るであろう深みがある。少年誌のコンプライアンスぎりぎり(アウト)のこの作品を連載させたあたり、近年のジャンプ編集部の凄みを感じる。

呪術廻戦』や『進撃の巨人』を手がけるMAPPA制作でアニメ化が決まっており、これは間違いなく動画が映えるだろう。動く悪魔たちが観られるのを楽しみにしている。
   

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