2020年12月3日発売の最終巻で完結した漫画原作。全23巻。 2回の通読を終えた上での感想、考察など。
最初は、浅いと思った。
はじめの2巻ほど読んでみて、特段、続きを手に取る気にはならなかった。和風の伝奇ものは最近じゃ珍しいとは言え、台詞回しや、人間模様など、全体に深みを欠いている気がした。
だが、2020年10月の映画公開後に爆発的なブームが日本に訪れ、その勢いに乗って、アニメの視聴を開始することにした。前にも書いたが、戦闘シーンはufotable制作の動画が格段にいい。そして、アニメで視覚的なイメージを強化してから漫画を読み返してみると、理解がはかどる。週刊誌連載という制約があってか省略された部分が多いが、設定や時代考証などが実はかなり細かくなされていて、徹底的に世界観が作り込まれている。プロットもよく練られており、2周目を読んでみると、その作りの精緻さに唸らされる。そして何より、理解できると面白い。
社会現象となるにあたり、それに耐えうる強度を持った原作なのだと思う。
まずは前段階として、2020年のコロナ禍で、スポーツ、コンサート、飲み会などの従来の娯楽は大きく制限され、アメリカのハリウッド映画やディズニーの作品群も軒並み公開延期になるという、特異な状況があった。そこへ投下された映画の大ヒットで注目が集まったのはラッキーだったと思うが、その後もブームが下火にならないのは、作品の実力であろう。
ヒットの要因として、まず、作者がいい人である。
単行本のコメントなどを見る限り、作者の吾峠呼世晴(女性らしい)が、全方向に敵を作らない「いい人」なのは間違いない。ネットで叩かれるような失言などしないし、そもそもSNSで自己主張なんかしない。作者が世間をしらけさせるような失態を犯さないために、盛り上がりが下火にならない。それは本人の戦略的な振る舞いなのかもしれないし、老練な集英社の戦略という要素もあるだろうが、さしあたって「善良な人」なのは間違いない。そして、あまり素顔を見せない作者の人間性や人生哲学は、作品の中に結晶している。
日本人が飢えていた価値観。
鬼滅は「伝統的な日本の価値観を受け継ぐ物語」である。世に溢れる作品の感想の中でも、イスラム研究者の飯山陽氏が指摘していた、鬼滅は「保守的な価値観」の作品であり、「左翼リベラル思想フリー」である、という点はしっくりきた。鬼じゃない側の登場人物たちは、日本の伝統的家族観を大事にしており、自然に生じる家族間の愛情や信頼がある。残虐なシーンも多いが、底に流れているのは大きく豊かな愛であり、祈りであり、作品の真意が理解できれば、子供にも読ませてあげたくなる。「死ね」とか「殺す」とか汚い言葉は多いし、甘露寺さんは派手に胸を露出したりしているが、作品世界に清い空気が漂っているためなのか、あまり気にならない。作品が老若男女に愛されるのは、声が大きいリベラル勢のポリコレ的価値観が肌に合わない人が多いことを反映していると思う。
「心の痛み」を想起すること。
話を読み進める中で、精神分析のモデルでいうところの「転移」が頻繁に起こる点もまた、ヒットの要因ではないかと思う。本作では容赦無く人が死ぬ展開が多く、誰かが大切な人を失うシーンや、自分の弱さに直面して挫けそうになるシーンが、頻繁に出てくる。そのバリエーションが多いためか、誰が読んでも、どこかで己の実際に体験した記憶と重なる、そういう仕掛けがあるように思われる。それは、創作におけるテクニックという側面もあるが、良質な物語の条件でもある。炭治郎、富岡義勇、胡蝶しのぶ、煉獄杏寿郎、誰でもいいが、心に傷を追っても、人間の心を失わずに、鬼のような暗黒面に落ちずに、己を奮い立たせ、先人の思いを引き継ぎ、諦めずに、巨悪を倒そうとする。この作品に出てくる鬼は、心が弱く、ダークサイドに落ちてしまった人間のメタファーである。
血統主義の否定。
詳しくはネタバレにもなるのでここには書かないが、血統主義を否定しているのは印象的である。人が繋がるのは、ジーン(遺伝)ではなくミーム(願い)である、という展開は、普遍的であり、時代に即している。血のつながりに胡座をかいているのは鬼の側であり、鬼に対峙する側は血のつながりの有無にかかわらず、愛情と信頼によって繋がっている。
そして、過去の作品の「想い」が継承されていること。
ジョジョ、銀魂、るろうに剣心、ハンターハンターなどへの、リスペクトと愛着を感じる。内容自体が王道のジャンプメソッドを踏襲しており、どこかで既視感のある努力、友情、勝利の黄金律が展開する。古来からの日本的価値観とともに、集英社のジャンプ編集部が培ってきたメソッドなど、多層にわたり、日本の文化的な遺産のミームが詰まっている作品なのだと思う。
長くなったが、ヒットの要因について雑多に書き散らすとそんな感じである。
皆がコロナとポリコレで疲れている、今の日本に必要な要素が揃っていた感がある。
だから、ヒットは必然だと思う。
何より楽しいのは、鬼滅が社会現象になったということであろう。
日本中の子供たちが炭治郎や善逸を真似て剣をふるい、キャラクターグッズがバカ売れし、見知らぬ人同士が鬼滅の話題で盛り上がる。社会全体で共通の物語を持つということの喜びを思い出させてくれた。社会が混乱と閉塞に満ちた2020年、日本では皆で鬼滅を楽しんで、一体感を楽しめた感がある。人々の心に光や温もりを与える、こういう作品にまた出てきてほしい。