2020年12月31日木曜日

narrative of the year 2020

1位 三体 黒暗森林(小説)
内容は濃く、ボリュームがあるが、読後感が素晴らしかった。ラストの展開に至るプロットの妙よ。


2位 ワイルド・スワン(ノンフィクション)
20世紀中国のリアルを学べた作品。激動の時代がドラマティックすぎて衝撃。

3位 マイケル・ジョーダン:ラストダンス(ドキュメンタリー)
バスケのレジェンドの物語を追体験し、熱くなった。

4 劇場版「鬼滅の刃」無限列車編(映画)
流行もあるが、実際面白い。皆がこういう作品を求めていたという感がある。

5位 SOUNDTRACKSCDアルバム)
長年のファンとして、満足のいく出来。

6位 ジョーカー(映画)
映像、音楽、テーマ、どれも素晴らしい。

7位 そばもん ニッポン蕎麦行脚(漫画)
蕎麦という文化体系に魅せられた。

8位 ハルビン・カフェ(小説)
重厚な娯楽作品。人に薦めづらいが、心には残る。

9位 都市と都市(小説)
ハード気味なSF。これまた万人には薦められないが、実際面白い。

10位 この町ではひとり(漫画)
シンプルな小品のようでいて、なかなかに味わい深い。


2020年12月29日火曜日

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート


 謎に包まれたやり投の名手、溝口和洋の半生を追ったノンフィクション。2016年作品。

 溝口和洋は主に1980年代に活躍したやり投の選手である。1989年に記録した87mの日本記録(当時の世界記録とも僅差)は、30年以上経った現在でも破られていない。そして、本書の副題の「最後の無頼派アスリート」の通り、剛気な気性で知られた。大酒を飲み、女を抱き、マスコミを嫌い、その気難しさと磊落な振る舞いは多くの反発を呼んだ。しかし、技術は繊細であり、毎日10時間以上のトレーニングを己に課し、世界を転戦して華々しい実績を残した。室伏広治の師匠でもあるらしい。

 本書はノンフィクションであるが、溝口の一人称で記述される。これは、口下手で多くを語らない溝口に、書き手が20年近い取材を続けることで、独特で癖のある溝口の心性に寄り添い、やがて憑依されたように一体化し、結実したものと思われる。読んでいて違和感のない血の通った一文一文には、作者の執念と情熱が宿っている。

 本書を読んでいて、学問に生きる人間とは異質な、自身の肉体と対話するアスリートの思考回路が垣間見える。何を良しとし、何を忌避するか。そのデシジョンメイキングの過程を知ることには価値があり、一つの道に徹する人間の物語としての普遍性が、そこから生まれる。胸が熱くなり、自分の道を頑張ろうと思える本の一つであろう。
   

2020年12月19日土曜日

鬼滅の刃(漫画)

 2020年12月3日発売の最終巻で完結した漫画原作。全23巻。
 2回の通読を終えた上での感想、
考察など。

 最初は、浅いと思った。
 はじめの2巻ほど読んでみて、特段、続きを手に取る気にはならなかった。和風の伝奇ものは最近じゃ珍しいとは言え、台詞回しや、人間模様など、全体に深みを欠いている気がした。

 だが、2020年10月の映画公開後に爆発的なブームが日本に訪れ、その勢いに乗って、アニメの視聴を開始することにした。前にも書いたが、戦闘シーンはufotable制作の動画が格段にいい。そして、アニメで視覚的なイメージを強化してから漫画を読み返してみると、理解がはかどる。週刊誌連載という制約があってか省略された部分が多いが、設定や時代考証などが実はかなり細かくなされていて、徹底的に世界観が作り込まれている。プロットもよく練られており、2周目を読んでみると、その作りの精緻さに唸らされる。そして何より、理解できると面白い。

 社会現象となるにあたり、それに耐えうる強度を持った原作なのだと思う。
 まずは前段階として、2020年のコロナ禍で、スポーツ、コンサート、飲み会などの従来の娯楽は大きく制限され、アメリカのハリウッド映画やディズニーの作品群も軒並み公開延期になるという、特異な状況があった。そこへ投下された映画の大ヒットで注目が集まったのはラッキーだったと思うが、その後もブームが下火にならないのは、作品の実力であろう。

 ヒットの要因として、まず、作者がいい人である。
 単行本のコメントなどを見る限り、作者の吾峠呼世晴(女性らしい)が、全方向に敵を作らない「いい人」なのは間違いない。ネットで叩かれるような失言などしないし、そもそもSNSで自己主張なんかしない。作者が世間をしらけさせるような失態を犯さないために、盛り上がりが下火にならない。それは本人の戦略的な振る舞いなのかもしれないし、老練な集英社の戦略という要素もあるだろうが、さしあたって「善良な人」なのは間違いない。そして、あまり素顔を見せない作者の人間性や人生哲学は、作品の中に結晶している。

 日本人が飢えていた価値観。
 鬼滅は「伝統的な日本の価値観を受け継ぐ物語」である。世に溢れる作品の感想の中でも、イスラム研究者の飯山陽氏が指摘していた、鬼滅は「保守的な価値観」の作品であり、「左翼リベラル思想フリー」である、という点はしっくりきた。鬼じゃない側の登場人物たちは、日本の伝統的家族観を大事にしており、自然に生じる家族間の愛情や信頼がある。残虐なシーンも多いが、底に流れているのは大きく豊かな愛であり、祈りであり、作品の真意が理解できれば、子供にも読ませてあげたくなる。「死ね」とか「殺す」とか汚い言葉は多いし、甘露寺さんは派手に胸を露出したりしているが、作品世界に清い空気が漂っているためなのか、あまり気にならない。作品が老若男女に愛されるのは、声が大きいリベラル勢のポリコレ的価値観が肌に合わない人が多いことを反映していると思う。

 「心の痛み」を想起すること。
 話を読み進める中で、精神分析のモデルでいうところの「転移」が頻繁に起こる点もまた、ヒットの要因ではないかと思う。本作では容赦無く人が死ぬ展開が多く、誰かが大切な人を失うシーンや、自分の弱さに直面して挫けそうになるシーンが、頻繁に出てくる。そのバリエーションが多いためか、誰が読んでも、どこかで己の実際に体験した記憶と重なる、そういう仕掛けがあるように思われる。それは、創作におけるテクニックという側面もあるが、良質な物語の条件でもある。炭治郎、富岡義勇、胡蝶しのぶ、煉獄杏寿郎、誰でもいいが、心に傷を追っても、人間の心を失わずに、鬼のような暗黒面に落ちずに、己を奮い立たせ、先人の思いを引き継ぎ、諦めずに、巨悪を倒そうとする。この作品に出てくる鬼は、心が弱く、ダークサイドに落ちてしまった人間のメタファーである。

 血統主義の否定。
 詳しくはネタバレにもなるのでここには書かないが、血統主義を否定しているのは印象的である。人が繋がるのは、ジーン(遺伝)ではなくミーム(願い)である、という展開は、普遍的であり、時代に即している。血のつながりに胡座をかいているのは鬼の側であり、鬼に対峙する側は血のつながりの有無にかかわらず、愛情と信頼によって繋がっている。

 そして、過去の作品の「想い」が継承されていること。
 ジョジョ、銀魂、るろうに剣心ハンターハンターなどへの、リスペクトと愛着を感じる。内容自体が王道のジャンプメソッドを踏襲しており、どこかで既視感のある努力、友情、勝利の黄金律が展開する。古来からの日本的価値観とともに、集英社のジャンプ編集部が培ってきたメソッドなど、多層にわたり、日本の文化的な遺産のミームが詰まっている作品なのだと思う。

 長くなったが、ヒットの要因について雑多に書き散らすとそんな感じである。
 皆がコロナとポリコレで疲れている、今の日本に必要な要素が揃っていた感がある。
 だから、ヒットは必然だと思う。

 何より楽しいのは、鬼滅が社会現象になったということであろう。
 日本中の子供たちが炭治郎や善逸を真似て剣をふるい、キャラクターグッズがバカ売れし、見知らぬ人同士が鬼滅の話題で盛り上がる。社会全体で共通の物語を持つということの喜びを思い出させてくれた。社会が混乱と閉塞に満ちた2020年、日本では皆で鬼滅を楽しんで、一体感を楽しめた感がある。人々の心に光や温もりを与える、こういう作品にまた出てきてほしい。
  

2020年12月7日月曜日

劇場版「鬼滅の刃」無限列車編


 2020年12月現在、社会現象となっている話題の映画を観に行ってきた。

 2020年10月16日公開作品。


 内容は単行本の7巻、8巻に所収のエピソードを忠実に再現したもの。鬼殺隊の指令を受け、炭治郎らが鬼が出るという電車に乗り込み、隊の精鋭である炎柱(えんばしら)の煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)と共に戦う。制作はTVアニメ版と同じufotable。


 やはり鬼滅は、アニメーション動画で観るのが楽しい。夢の世界の描写や戦闘シーンなど、漫画よりも格段にわかりやすく、見映えがする。少年の心が熱くなるのは勿論だが、大人が観ていても作画の美しさ、迫力や躍動感に引き込まれる。テンポや演出など、くどさがなく、適量をわきまえており、観ていてストレスがないのもいい。


 そして、内容。これは男、煉獄杏寿郎の映画である。漢字の漢と書いてよむ「おとこ」である。本作だけ観ても彼の生い立ちや行動原理について理解でき、その生き様に心を打たれる。何故、強くなったのか。何のために戦うのか。戦後教育で骨抜きにされる前の日本の男の美学が凝縮している感がある。潔さがあり、愛があり、情熱があるのだ。


 現在、日本中の小学生男子のロールモデルは男気あふれる煉獄さんと、慈愛に満ちた炭治郎になっているのは間違いない。親が子供に見せたくない要素があまりない良質なコンテンツなので、こういう社会現象はいいものだと思う。ブームに乗っかるのが楽しい、という一体感を久々に体感できるのも新鮮だ(しばらく「こういう感じ」がなかったことにも気づかされる)。コロナ禍で社会が混乱し、疲弊した2020年、人々の心に光を与える素晴らしい作品だったと思う。心を燃やせ。

  

2020年12月4日金曜日

SOUNDTRACKS

   
 Mr.Children 20作目のアルバム。12月2日発売。全10曲。

 新型コロナウイルス流行でロックダウンする前のロンドンでレコーディングしていたというのが話題の作品。グラミー賞受賞のエンジニアであるスティーブ・フィッツモーリスらのチームと組み、生の楽器が奏でるアナログサウンドを突き詰め、純粋に「鳴らすこと」に徹した感がある。革新的な手法はないが、聴こえる音は新しく、欲や執着から解き放たれ、純粋にいい音を鳴らそうという美意識が感じられる。アートワークは新進気鋭のクリエイティブチーム(らしい)のPERIMETRON。

 オープニングナンバーの#1 DANCING SHOESの浮遊感のあるサウンドは『Q』の頃の雰囲気を思い出す。
透明感とポップさが同居する#2 Brand new planet、疾走感のある#3 Tunr over?からの緩急で、ダウンテンポな#4 君と重ねたモノローグ、#5 loss timeで浸れる。静けさの中にダイナミクスが同居する#6 Documentary filmを経て、#7 birthdayの躍動がいっそう際立つ。シングル曲もアルバムの流れの中で現れると、単独で聴くのとはまた違った味わいで心地よい。そして後半に現れる大人の色恋の質感が生々しい#8 others、気負わずに生を肯定する#9 the song of praise。最後は食後のデザートのように甘く、物憂げで、諦観が漂う#10 memoriesで終わる。

 ドキュメンタリーのDVDやYoutubeでのインタビューを観ると、メンバーの老いを感じるが、それを自覚した上で奏でられた作品であると、彼ら自身が語っている。アナログサウンドと死を意識する世界観は1996年発表の『深海』が近いが、それから20年の成熟を経て、回帰した境地が本作である。やがて訪れる死や終末を受け入れ、それを踏まえた上での”It’s my birthday!”なのだ。死の匂いの中で生が際立つアルバム、と言えるかもしれない。
『SOUNDTRACKS』というタイトルは、日常を生きる誰かに寄り添う音楽でありたいという願いが込められている。

 評論家筋は
最高傑作と褒め称えているが、実際、確かに、聴き込むほどに発見があり、尽きない味わいがある。繰り返し聴き込んで、新たな発見を続けていきたい。コロナ禍と経済禍に見舞われ、いろいろあった2020年の終わりに、この音が聴ける幸福を噛みしめながら。
   

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