2018年3月30日金曜日

賭博者


 ドストエフスキーの中期頃の小説作品。初出は1866年。原卓也訳の新潮文庫版を速読。

■要約:青年が働くドイツの町では皆がルーレットにはまって全財産をスッちまう。

■あらすじ
 25歳のロシア人の青年アレクセイが、ドイツの架空の町ルーレテンブルクの将軍家で家庭教師の仕事をしている。将軍家には借金があり、一族に遺産を当てこまれ頼みの綱だった死にかけの婆さんがやらかす。そんな状況下、青年が好きになった女のためにルーレットに熱狂し、浮かれ、最終的には身を滅ぼす。

■感想
 作者のドストエフスキー自身もルーレット狂いで、ヨーロッパで多額の借金を背負って返済のために小説を書いていたというのは知っていたが、本作の執筆の背景にあったエピソードのショボさにはなかなか味がある。人間臭さ、といえば可愛いもんだが、人としてかなりダメな方向に突っ走っていて好感が持てる。作中に登場する、現実主義で計算高いヒロインのポリーナは当時熱をあげてフラれた元恋人がモデルになっている。そんな女に振られてヤケになってギャンブルに狂って追い込まれた末に27日間で書き上げたのが本作である。
 酒、セックス、ギャンブルなど、ロシア人ってなんであんなリスクを恐れないんだろうか、と私はいつも考えるが、本作を読んでも特に答えは出ない。遺伝子の問題か、寒さのせいか、文化のせいか、歴史のせいか。そのへんは今後とも研究課題にしたいところであるが、なんか基本的に投げやりで自暴自棄な人たちなんじゃないかと思う。
 小説としてはひたすらくどくて読みづらい…が、後半の展開は面白い。カジノシーンは『マルドゥックスクランブル』の勝ち。
    

2018年3月23日金曜日


 綱淵謙錠の歴史小説。作者病没のため未完の作品である。初出は1996年。

 幕末の激動の時代の空気を膨大な歴史史料を豊富に参照しながら浮かび上がらせる歴史巨編である。主人公はフランス軍事顧問団の砲兵士官ブリュネ。画才があり、本作にも挿入されている彼の書いた行く先々の人や風景の精緻なスケッチが、繊細な感性と知性を感じさせる。メインのはずなのに出番がほとんどないが、その存在には圧倒的な魅力が宿る。

 じっくり精読するにはかなりハードだが、この重厚さの中にこそ宿る味わいがある。速読で飛ばした部分が多かったが、歳を取って幕末の物語の作品に多く触れてから読むとまた感慨深く味わえるかもしれない。贅沢な娯楽だ。
   

2018年3月9日金曜日

スリー・ビルボード


 いいらしい、と聞いたので前情報一切なしで映画館に観に行った作品。

 舞台はアメリカ中西部ミズーリ州の地方都市エビング(架空の町らしい)。場末という言葉がふさわしいこの町の、閑散とした郊外の道沿いに立っている3つの広告用看板が本作のタイトルになる。主人公の初老の女は、ある日、その看板に7ヶ月前の事件に関連したショッキングな内容の広告を出す。その挑発的な内容が町中で物議を醸し……という話である。

 興をそがないように筋を説明するのが難しい話であるが、全体として、尊厳を踏みにじられ、くたびれ、鬱屈した人間たちの醜悪な振る舞いが描かれる。彼らの多くは下品な言葉で悪態をつき、見下し合い、互いに傷つけあって生きている。憎しみは連鎖し、誰かに傷つけられた人間が、他の誰かを傷つける。舞台設定の方向性は『ドッグヴィル』や『マグノリア』が近い。不完全で、弱くて、醜く争い、傷つけあう憐れな衆生の世界。

 そんなヘイトに満ちた地獄のような世界で自分は何をするか、という話であると思う。押し付けの強くないやり方で、人間の善性に訴えかける表現が多くみられる。確かに素晴らしかった。
   

2018年3月2日金曜日

マクベス


 シェクイスピア4大悲劇の一つ。小説の早読みの練習として。読んだのは福田恆存訳の新潮文庫版。初出は昭和44年(1969年)。原作は1606年頃に書かれた戯曲。以下ネタバレ注意。

あらすじ
 スコットランドの武将マクベスが実は王になりたいと思っていて、荒野で出会った魔女3人の予言と野心家の妻の勧めにより、野望を実行に移す。王ダンカンを自分の城で暗殺し、マクベスは王位を奪う。しかし、手に入れた王位を失うことの不安から、マクベスは疑心暗鬼になって周囲の人を殺しまくり、最終的にはイングランド軍に討ち込まれて死ぬ。

おさえておきたい名言
「きれいはきたない、きたないはきれい」
Fair is foul, and foul is fair.
  第1幕第1場 冒頭の魔女の台詞

「消えろ、消えろ、つかの間の燈し火(ともしび)! 人の生涯は動きまわる影にすぎぬ。あわれな役者だ、ほんの自分の出場のときだけ、舞台の上で、みえを切ったり、喚いたり、そしてとどのつまりは消えてなくなる。白痴のおしゃべり同然、がやがやわやわや、すさまじいばかり、何の取りとめもありはせぬ」
Out, out, brief candle!  Life’s but a walking shadow, a poor player. That struts and frets his hour upon the stage,And then is heard no more. It is a tale told by an idiot, full of sound and fury, Signifying nothing.
(第5幕第5場、妻の死の報を聞いたマクベスの台詞)

感想
 王位簒奪と疑心暗鬼と破滅の物語。それは戦記ものやマフィア映画など、後世の多くの作品に影響を与えた偉大な古典作品ではあるとは思う。だが、何の予備知識もない現代の日本人が初読で文庫版の小説を読んで楽しめるとは思えない。ゲーテの作品同様、表現がいちいちくどく、作者が自己陶酔している感が鼻につく。ただ、教養として知識を持っておくと何かと役立つので、大雑把に筋を理解しておくのがいいと思われる。興味を持った人が、じっくり精読すればよい。
   

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