元禄時代(1700年頃)から明治12年(1879年)の廃刑に至るまで、250年以上、7代にわたり、死刑囚の斬首を家業としていた山田浅右衛門(やまだあさえもん)の一族の物語である。明治に入り、社会変革の激動と混乱の時代に生きる吉亮(よしふさ)が主人公で、史実に基づき、彼の目から見た一族の運命が描かれる。
綱淵謙錠らしい精緻な文献考証の合間に小説的な物語が挿入される構成であり、リアリズムの深い味わいが残る。物語は多層的で、社会風俗の記録、歴史物語、恋愛的要素など、いくつもの視点から味わえる。とりわけ、社会の変革の中で、家業を失い、誇りを奪われ、先が見えず、心に傷を負って滅びゆく一族を描いた悲運の物語として堪能したい。斬首という非人間的な仕事に携わる人々の心理についても示唆するところが多く、文学的情緒に富んでいる。その一端については、本文中の下記の文章を参照されたい。
歴史的転換点において、時勢に翻弄される人々を描くという点で普遍性を持つ物語である。コロナ禍やITの隆盛で大きな社会変革が起きている、2021年の今読むにふさわしい小説だろう。重厚な物語であり、お気に入りの一冊である。
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斬首ということは無機物を機械的に斬るのではなく、人間が人間を斬るのであるから、斬る人間と斬られる人間とのあいだに一つ一つの場合でそれぞれ異なった心理的触れ合いが生じるのである。したがってつねに偶発性をともなって斬り手の心理なり感覚を揺り動かす事件が絶えない。それにたいする抵抗素がいくらできていたとしても、その衝撃はいつまでも尾を曳いて残るものであり、そもそもが人間としての反自然的行為なのであるから疲労となって神経を昂ぶらせる。とくに多量の血を見ることは本能の最も奥深いところにあるものを刺戟するらしく、生臭い血の匂いに触発されて、斬り手の全身を酩酊させる。それを〈血に酔う〉と言っている。
本文 p181
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