看護学校でのパーソナリティー障害の講義で紹介した映画。
舞台は60年代のアメリカ。10代の少女スザンナ(ウィノナ・ライダー)は慢性的な空虚感を抱え、自暴自棄となってカジュアル・セックスを繰り返し、過量服薬を起こして精神科病院に入院させられた。そこには様々な精神疾患を煩う若い女性患者たちがいて、中でも自由奔放で妖しげな魅力を放つ少女リサ(アンジェリーナ・ジョリー)に出逢う。
スザンナは境界性人格障害、リサは反社会性人格障害の典型例。病棟内の診療行為のあり方は突っ込みどころが多いが、昔の話なので良しとする。原作はスザンナの書いた手記(”思春期病棟の少女たち”)で実体験に基づいているそう。
訳もなく苛立つ思春期の少女の心の奥底には深遠な精神世界があるという神話が生きていた20世紀の精神医学の姿を描いているように思う。勿体付けて描く程の深みはない、というのが久しぶりに観た上での筆者の感想。あるのは自己との対峙や言語的な内省が心的外傷に奏功するという精神分析の理論が生んだ幻想であり、2000年以降の精神医学を実践する身としては観ていて御都合主義の感は否めない。ただ、パーソナリティー障害の典型例がある映画である。
実生活もパーソナリティー障害っぽい二人の名女優(失礼?)のオーラは本物。
邦題はイケてない。
SF界の巨匠スタニスワフ・レムの書いた架空の本の書評集。ボルヘスの『伝奇集』の進化系とも言える。
内容は文系の素養と科学知識を駆使して徹底的に作り込んだ悪ふざけ。基本的にハードで難解な内容が多いが、真面目くさった口調で与太話を展開するのが味わい深い。
冒頭のメタな書評『完全な真空』、ひたすら読者をこきおろす『てめえ』、トゥルーマンショー的な予定調和を生み出す組織の『ビーイング株式会社』が分かりやすくて好きだった。ハイライトとされるノーベル賞受賞学者の架空の講演『新しい宇宙創造説』は難易度が高すぎてよく分からなかった。
インスピレーションの宝庫であり、後世の創作家(ジャンル問わず)へ与えた影響は計り知れないと思われるが、生半可なSF読者が娯楽目的に読もうとすると容易に挫折することが予想される(筆者もそのクチだ)。巨匠のハードな悪ふざけ、ということで教養の書として軽い気持ちで抑えておくのは有益であるように思う。
SF読書歴を積んで、いつかまた読んでみたい。
大森望責任編集の書き下ろし日本SFコレクションの1冊目。2009年時点での日本SFの気鋭の作家陣による作品を集めた短編集である。好きだったのは以下。
社員たち(北野勇作):シュールでいてすっきり読みやすい。
エンゼルフレンチ(藤田雅矢):軽くインターステラー風味なジュブナイルの恋愛。
ガラスの地球を救え!(田中啓文):悪ふざけの度がすぎてもはや清々しい。
屍者の帝国(伊藤計劃):序章のみで終わった遺稿だが、それ故に味わいが増している。
他、プログラミングのテキスト的なネタらしい黎明コンビニ血祭り実話SP(牧野修)、Beaver Weaver(円城塔)、自生の夢(飛浩隆)は難易度高くよく分からなかった。いつかSF読書力が上がって楽しめるようになる日は来るんだろうか。
全体として、現代日本SFの入門にはいい感じ。ジャンルも雑多でバランスが良い。10冊くらいあるシリーズなので続きも期待。
パリが舞台のお洒落フランス映画。世間と隔絶した環境で育った空想がちな不思議少女アメリが大人になり、色々な人と絡んで恋とかする話。
久しぶりに観たが、面白い。主題はきっと「人の繋がりと歓び」。人は死に向かって生きていくけれど、人と人が出逢って生まれる歓びを享受することもできる。
時に生々しくて、お洒落で、いたずら心と色恋を楽しむ。少しくすんだ色彩と登場人物の表情がフランス映画の味わい。観るとお洒落レベルが少し上がる。
幻想的な作風のSF作家シオドア・スタージョンの短編集。
手に対する偏執狂的な愛着の話『ビアンカの手』、内分泌異常により生まれた超人的な天才の話『成熟』が面白い。精神病患者の『音楽』、プラトニックな愛への理想を描く寓話『三の法則』もいい。初見で意味が分からなかった表題作『海を失った男』は一度読んで構成を理解できると好きになった。映画『潜水服は蝶の夢を見る』を想起した。
センス・オブ・ワンダー(不思議な感じ)に満ちた佳作が多い。
純粋に物語としての面白さ。最近はこういうのが好き。
世界的なデザイナーであるイヴ・サン・ローランの半自伝的な映画。
神経質そうなフランス男が不特定多数との性愛とドラッグでグチャグチャになりながら美を追求し、いかにして「モードの帝王」と呼ばれるに至ったかという話である。
「なんで芸術家って性的逸脱とドラッグでグチャグチャになるのか?」と筆者はいつも考えて生きてきたが、それに対する個人的な回答は「苦痛を抱えて生きる人が鎮痛を求めた結果である」というもの。
イヴ・サン・ローランは幼少期より同性愛嗜好があり、「ホモと馬鹿にされていじめられた」と作中で語る。戦争のストレスで神経衰弱となり精神病院に入院させられたりもする。そんな彼にとって、美しい造形を生み出し、愛でるという享楽は生きていく上での苦しみを忘れさせてくれるものだったに違いない。痛みをかき消すために性とドラッグを求める、というのもまた、いつの時代も精神的苦痛を抱えた人々がしばしば辿る転帰である。同様の機序により、耽美主義は生きていく苦痛を鎮めるために辿り着く必然なのである、ということを考え、ブライアン・ウィルソンにとっての『ペットサウンズ』を思い出した。美しいデザインには生の苦痛を癒す魔法があるのである。
基本は史実に忠実な内容で、若き天才芸術家の苦悩と明暗の話。映像と音楽は美しく、品良く抑制が効いている。綺麗事に仕上げず、偉大な芸術家の軌跡を描いた作品なのだと思う。
無茶苦茶やって生きてきた父親が死ぬ話。
カナダのモントリオールに行くことになったので予習のために観た映画だが、モントリオールの街はほとんど出なかった。2003年のカナダ映画で、非ハリウッドの低予算な人間ドラマ。アカデミー賞外国語映画賞受賞作。
無類の女好きで左翼思想にかぶれた大学教授の父親は、自分勝手で横暴な男だが教養と人間味に溢れ、変人の友人達に愛されている。気ままに生きてきた父親に複雑な感情を抱き、疎遠だった主人公が死の間際に病院を訪れ、その最期の日々を共に過ごす。
原題の直訳は「蛮族の侵入」。9.11のテロのシーンや世界史上の戦争犯罪などの問題にも言及する場面がしばしば挿入され、陰惨な暴力や死と、官能的な性愛や温かい親愛の情の対比が際立つ。舞台となっているモントリオールの生活信条”Joie de vibre”(生きる歓びの意のフランス語。英語でJoy of life )というのが作品の底にある主題に思える。
綺麗事じゃない、生々しい死の恐怖と生きる歓びの映画。結構好きです。