2016年6月30日木曜日

かもめ・ワーニャ伯父さん


 ロシアの医師であり劇作家でもあったチェーホフ(1860~1804年)の4大戯曲のうち、最初の2つ。

『かもめ』(1896年)
 若い文科系男子の悲劇。高尚で前衛的な戯曲を書いても理解されずくすぶっていた男が、売れっ子作家に意中の娘を持っていかれる。

『ワーニャ伯父さん』(1897年)
 真っ当に働いてきたおっちゃんの悲劇。教授をリスペクトして献身的に長年働いてきたワーニャ伯父さんが、浮世離れした知識人である教授の無邪気な決断に蹂躙される。

 2編ともに、日の目を見なくても真面目に生きようとする庶民が、社会的地位の高い人物に大事な所を持っていかれる。ミュージシャンを目指す若者とか、企業勤めの中堅社員とかに置き換えると現代社会にも通じるだろう。

 大きな事件が起きなくとも、登場人物の内面の変化に重点を置いて表現するのがチェーホフの特徴らしい。平凡な人生に潜む悲劇を丹念に描くスタイル。『渡る世間は鬼ばかり』の19世紀ロシア版といえるかもしれない。

2016年6月27日月曜日

ディパーテッド


 スコセッシ×ディカプリオ映画、その③。

 ボストンが舞台で、州警察とアイルランド系ギャングがドンパチやる映画。情け容赦ない暴力の連鎖が全編を覆い、死と隣り合わせの極限の駆け引きによる知略戦がメイン。映画の雰囲気はグッド・フェローズ、L.A.コンフィデンシャルが近い。

 主演のディカプリオとマット・デイモンの見分けがつかなくて前半やや混乱したが(筆者だけか?)、後半に進むにつれ各自キャラが立ってきて問題は解消。両者、別方向のイカれっぷりを存分に発揮する様が素晴らしい。

 他にも出演は名優ぞろいだが、個人的に演技のMVPはマット・デイモン。アメリカの高校のアメフト部で調子こいていじめとかしてそうなオーラが見事。あとは精神分析医の尻。

 テンポ良く展開し、程よく絡み合いつつ説明しすぎないストーリー。渦巻く暴力と、死線をくぐり抜ける男たちの雰囲気。そういうスコセッシ映画の魅力が最大限に詰まっている。2006年のアカデミー作品賞も納得の仕上がり。

 2時間半の長尺だが、目が離せなくて時が経つのも忘れる。面白かった。
   

2016年6月26日日曜日

モーターサイクル・ダイアリーズ


 筆者が高校を卒業して浪人中だった2004年の夏、実家に金がなかったため、自分で予備校までの電車代を含めた生活費や学費を捻出しなければならず、非常に困窮していた。経済的困窮はメンタルに直結し、早朝の新聞配達による睡眠不足や、大学受験への不安という慢性的な重圧も加わり、精神的にはかなりギリギリだった。ブックオフで半額以下の文庫本を買って読むくらいしか娯楽はなく、異性を含め同年代と楽しく遊ぶためには最低限の金が必要だと痛感させられた筆者の精神状態は極限に追い込まれた。そんな事情を知ってか知らずか、「気分転換にでも」ということで気を使って幼馴染みの友人が誘って観せてくれたのが当時公開中のこの映画だった。

 後にキューバ革命の指導者になる23歳のエルネスト・チェ・ゲバラ(参照)が医学生だった時に、友人と共に南米をバイクで旅行したときの記録を元にした映画である。遠くに住む恋人に会いに行ったり、出任せの嘘をついて食料を恵んでもらったり、人妻に手を出そうとして追い出されたり、搾取される鉱山の労働者の姿を見たりする。「こういう風に野放図な旅をしたら楽しいだろうなあ…」「こうやってたまに映画を観ると世界が広がるなあ…」と当時の筆者は思った気がする。一瞬、種火のように筆者の内に湧き上がった情熱や憧れは、困窮する受験生活の中ですぐにたち消えたが、そう感じたのは覚えている。

 そんな映画を12年ぶりに観た。広大な景色、知らぬ土地の食べ物の匂い、異国で生活する人たちとの出逢い。過剰な脚色がない、控えめなBGMとくすんだ色調のロードムービーの中に、本質的な旅の魅力が詰まっている。喘息などの細かいディテイルをを散りばめつつ、物静かでいながら情熱を秘めたガエル・ガルシア・ベルナル扮するゲバラの佇まいもいい。30歳になった今観てみて、18歳の時に抱いた感覚が甦り、当時は気付けなかった表現の意味にも気付かされた

 筆者もこの映画を意識して、大学生だった23歳の時に日本全国をヒッチハイクと鈍行列車で縦断する旅に出た。南米の旅がゲバラに与えたものと同じようなものを、私もまたあの旅で得られたように思う。あの時期、あの決断をできたのは18歳の時にこの映画を観ていたからだった。若い頃には旅をした方がいい、と今改めて思う。五感に直接刻み込まれた異国の刺激は、精神の土壌の中で種になって息づき、時と経験の養分を得て、芽を出して育っていくから。

 筆者の理想の核になる部分を作った映画だったと再確認した。魂の救済のためには物語が必要である、という筆者の信念も、当時この映画に出逢った状況の影響が大きい。心に旅と物語を。
   

2016年6月25日土曜日

陽だまりの樹


 幕末から明治維新にかけての激動の時代を、好色家の町医者・手塚良仙、一本気な熱血漢の武士・伊武谷万次郎の二人を軸に描く歴史絵巻。緒方洪庵、福沢諭吉、勝海舟、西郷隆盛など幕末のヒーロー達も登場し、それぞれが存在感を放ち格好いい。教科書や小説では味わえない、当時の時代の空気を絵物語で追体験できる好著である。

 どこかのレビューで読んだ気がするが(漫画HONZだった気がする)、主人公の二人は、後半の台詞にある「歴史にも書かれねえで死んでったりっぱな人間がゴマンと居るんだ」という生き方を体現した人物。家名に萎縮し女色に溺れる良仙も、揺らぐ武士の価値観に葛藤する万次郎も、いずれも不完全な人間であり、多くの困難や悲しみに遭遇しながら混迷する時勢の中で足掻き続け、一人の人間としての生を全うしようとする。歴史的考証と人間ドラマが高いレベルで融合し、豊穰な物語を形成している。

 『アドルフに告ぐ』を抜いて、個人的に好きな手塚漫画ランキングでは首位に立った。大人になって歴史物の興趣が分かるといっそう好きになるだろう。

 しかし手塚治虫は神だな、という想いが読んでいて改めて湧き上がった。半端ないっす。
   

2016年6月24日金曜日

魚舟・獣舟


 今年読んだ小説ではベスト。

 ホラーや伝奇の皮をまとい、その実ハードサイエンスな科学理論を骨格に持つSFの短編小説集。海洋伝奇小説の表題作、日本が舞台のバイオハザードを描く”くさびらの道”、管理社会のディストピアに生きる少年を描く”小鳥の墓”が素晴らしい。妖怪、人工知能などが登場する他の短編も高品質。

 作者の日本語の筆力が高く、『風の谷のナウシカ』で宮崎駿が描いたような体液でぬめぬめして胞子や菌糸を撒き散らす系統の気持ち悪い生き物の描写がうまい。そして、分子生物学や遺伝子工学の理論との融合させることにより、理系の心が熱くなる至高の読書体験が楽しめる。

 面白いSF短編小説を読んでみたい、という人がいたら、まず本作かテッド・チャンを勧めよう。
   

2016年6月22日水曜日

A Moon Shaped Pool


 レディオヘッドの新譜。5年ぶり9枚目のアルバム。

 全体的に浮遊感のあるアンビエントな味わい。月の形をしたプールというタイトルの通り、禅の意匠のような静的なイメージが全体に漂う。バンド特有の不穏が忍び寄る気配と悲しみを残しつつ、静かに新しい方向へシフト。

 曲の並びもまさかのアルファベット順。ロラン=バルトの著作のように、一義的な意味付けを嫌い、人為の意図を切り離して、音楽を音楽として純粋に味わってほしいという姿勢の現れだろう。歌詞もまた断章形式で、細かな解説はなく、内容も難解。新奇性追求と自己解体を繰り返すレディオヘッドらしく、哲学的な思弁を突き詰めた結果の表現と思われる。

 これを書いている時点で3周ほど聴いたが、好きなのは#2 Daydreaming、#5 Ful Stop、#9 Present Tense、#11 True Love waitsあたり。 繊細で儚げなLast flowersみたいなバラード系でエモい(という用語があるらしい)。

 自分がレディオヘッドに求めていたのはこれかもしれない。お気に入りになる予感。
   

2016年6月20日月曜日

ゆとりですがなにか


 『半沢直樹』以来の通しで観たテレビドラマ。Huluを活用し、当直中の楽しみだった。

 偶然出会った「ゆとり世代」の3人を軸に、自然発生的に人間同士の化学反応が起きてストーリーが展開していくという構造は、車椅子バスケ漫画の『リアル』を彷彿とさせる。役者がみんないい味出してて、それぞれのキャラクターを生かして、世代や世相をネタにしたドラマが生まれる。

 脚本は宮藤官九郎の名人芸。「こういう人いるよね」っていう、言語化しづらい人の特徴を掴んだ造形が見事。プロットも毎話ごとに盛り上げては落とし、一安心すると次の事件が起きる。これぞまさに連続テレビドラマ、という脚本。そしてやっぱりクドカンらしく小ネタが面白い。

 役者のMVPは間違いなく柳楽優弥(「おっぱい」のチンピラ)。あの存在感は再ブレイク必至でしょう。目つき、声質、間、振る舞い、全てが役にハマっている。その他も個性の強いキャラ多し。個人的には、最もそのへんにいそうな人を再現しているのは焼き鳥屋の店長だと思う。

 こういうのたまに観ると感性がチューニングされていいな。観る人の社会適応を良くする力があるはずだ。バブルも、ゆとりも、ビッチも、童貞も、落伍者も、ズルい奴も、臆病者も、不法滞在の外国人も。猥雑なこの世界でタフに生き抜いていくしかないんだから。そういう話。
  

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