2016年9月23日金曜日

マルドゥック・スクランブル[完全版]


 完結編の『アノニマス』に向け、Kindleでシリーズの合本版を購入して通読に挑戦。3部作の最初の『スクランブル(完全版)』を読了したので感想。前のバージョンはこちら

 完全版は2003年発売の初稿を2010年に大幅に改稿したもの。ブリーチのポエムっぽい巻頭の単文、冒頭のバロットの心情描写、バンダースナッチカンパニー(畜産業者)の成員の背景などが追加されている(参照 作者のブログ)。説明臭くなりすぎた感じがして、個人的には初稿のバージョンの方が好き。

 内容については、筆者がSFを読み慣れたおかげもあってか、前よりも理解が深まった。そして、小説的技巧のハンパなさを再確認。卵関係で繋げるネーミング、ネズミと少女のイメージ、人魚姫と身体的欠損のモチーフ、都市の論理と病理、社会生物学を引用する会話や独白の妙。そして、それらを土台に描くカジノシーンには頭脳戦や信念の勝負の醍醐味が詰まっており、圧倒的な緊迫感とカタルシスがある。

 そして、この作品は「不適応者が掴む適応の物語」だと筆者は考えているため、己の存在様式がつい登場人物に重なってしまう。有用性を求め戦うドクターとウフコック、己の実存を勝ち取ろうとするバロットの決意、ボイルドの虚無、など。筆者が常々考えるレジリエンス(逆境を跳ね返す力)を獲得するための物語として、最良の部類に入るものであると思う。この本を読み込んだ人と酒でも飲みつつ延々と語らいたいものだ。

 そして次は前日譚の『ヴェロシティ』へ。読んでいて単純に幸福な気持ちになるので、それが嬉しい。
  

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