2019年12月31日火曜日

narrative of the year 2019

1位 三体
 噂に違わぬクオリティで、読み始めると没頭してしまった。エンタメ業界にも及ぶ中国の底力を思い知った。三部作なので続きが楽しみ。

 今年は高城剛に出会った年だった。自分がなんとなく思い描いていた理想を実践している人間に出会えた感がある。

3位 息吹
 これからの時代に生きる我々に必要な物語だろう。テクノロジーが変える人間の認識を、透徹した知性が予見する。
 
4位 日本国紀
 日本人なら一家に一冊。アンチのネガティブキャンペーンの凄まじさが、この本の効用を雄弁に語っている。

 己が読書への情熱をたぎらせる一冊。こういう熱いのが好き。

6位 バーフバリ
 最近の若いもんに足りない要素の全てが詰まっている。

 未来を予見するためにもっと勉強したくなった。考えるって楽しい。

 娯楽作品として完成度の半端なさよ。

 上に同じ。

 子供受けが良く、テーマもいい。
   

2019年12月29日日曜日

息吹


 寡作のSF作家テッド・チャン、待望の新作短編集。原作の英語版は2019年5月、邦訳は同年12月発売。

 デビュー作を含む前の短編集『あなたの人生の物語』からなんと17年ぶりとなる刊行。特定の題材に対し、徹底的に考え抜く思弁と、娯楽作品としての物語性が同居する作品群が続く。以下、順に感想。

『商人と錬金術師の門』
 アラビアンナイトの世界を模した文体で書かれるが、内容はキップ・ソーンのワームホール理論に基づく時間SF。私はこれが一番のお気に入りで、SF初心者にもとっつきやすいと思う。映画でよく観るタイムパラドックス(バック・トゥ・ザ・フューチャーとか)に納得いかない人が読めば新たな洞察を得られるだろう。

『息吹』
 人と異なる構造を持つ生命体の思弁を追う異世界SF。儚く美しい。

『予期される未来』
 未来予知がヒトにもたらすものは何か、を問うことが多いチャン作品の珍しい回答例。

『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』
 人がAIを育てる話。これからの人類が直面する課題を先取っている感がある。今後、AIの人格面や尊厳を扱う物語作品としての古典となるだろう。これもお気に入り。

『デイシー式全自動ナニー』
 機械による子育ての話。ハリー・ハーロウが猿を使ってやった実験を思い出す。サクッと読める。

『偽りのない事実、偽りのない気持ち』
 新たなテクノロジーの出現が人間全体の価値観や精神構造に影響を及ぼす、という話。グレッグ・イーガン的な材。
 
「大いなる沈黙」
 純文学寄り。雰囲気は好きだが、あまり残るものはなかった。

「オムファロス」
 とっつきやすそうで難しい。読後に解説を読んでようやくテーマを理解。玄人受けするハードSFだろう。いつかまた読むかな。

「不安は自由のめまい」
 量子力学が生んだ多世界解釈に関する話。人間の振る舞いが確率論的なものであるとしたら、人物に固有の人間性とはなんなのか。


 読む面白さも格別だが、本書が提供する視座は、単なる読書以上の恩恵を読者に与えるだろう。テクノロジーが現実世界のみならず人類の認識をも根本的に変えてゆく時代に必要なのは、良質なフィクションを通した思考の訓練である。まずは職場での布教を図っていきたい。
   

2019年12月20日金曜日

池袋ウエストゲートパーク(テレビドラマ)


 石田衣良の小説が原作のテレビドラマを鑑賞。2000年作品。全11話。

 90年代後半頃の東京の猥雑とした空気が全編に溢れる。小汚いファッションに身を包んだ若者たちはセックスと暴力に関するハードルが低い。見る人が見れば、「このあと20年くらい日本が失われるぞ!」と予見できたであろう、退廃的なストリートの文化が散りばめられている。

 そんな世界で、果物屋のせがれである真島マコト(長瀬智也)が街で起こった事件に巻き込まれ、解決のために駆け回る、というのが全体の筋。カラーギャング、性風俗産業、ヤクザなどの入り口を通じて、アンダーグラウンドな世界と一般社会とを行き来しながら真相に近づいていく。都市という世界における、地上と地下の狭間にある特異点。それがマコトのポジションであり、狂言回し兼主人公として物語が成立するという構造となっている。

 シリアスな展開でも遊び心が随所に込められ、シュールで下品な笑いの要素を入れてくるあたりがクドカン節。役者も豪華で、窪塚洋介(キング)、渡辺謙(横山署長)、小雪(カナ)あたりはオーラが全開。警官の阿部サダヲもいい味を出している。雑多な情報が配置され、コマ送りなどエキセントリックな映像手法のアクセントも効いて、独特の調和が生まれ心地よい。棒読みなセリフの役者や90年代特有の泣かせの演出がちょくちょく気になるが、それはそれで当時の日本の文化水準を象徴している。

 原作とはまた違った世界を作り上げた名作だと思う。観た人同士でいくらでも語り合いたくなる。時代を代表する、猥雑な娯楽作品。
  

2019年11月14日木曜日

眠りなき夜


 初期の北方謙三のハードボイルド小説。
 書籍は1982年(昭和57年)発刊。電子書籍Doly版を読。

 主人公は弁護士をしている谷という40代の男。事務所を共に経営していた戸部という男の失踪から物語は始まる。主人公が戸部の身辺を探るうちに、陰謀に巻き込まれ、逃走しながら、事件の背後に潜む巨悪と戦うために友人たちとともに奮戦する…という話である。

 全体に昭和の香りが色濃く、火曜サスペンス劇場のようなシーンが眼前に浮かぶ。世の中が今よりシンプルで、日本の中年男性にもっと住みよい時代だった頃の舞台装置が多数登場する(都合のいい女とか、吸い放題のタバコとか)。そして、暴力と謀略が支配する理不尽な世界で、主人公が男を張る。まさしく一時代を築いたハードボイルドの古典という感がある。

 常識や良識はさておき、今読み通してみて、胸に残るものがあった。イーストウッドの映画にも通じる、理不尽な世界で筋を通す男の話が私は好きなのである。2000年以降の若者にはこの成分が足りない。
   

2019年11月4日月曜日

マンガ「獄中面会物語」


 作者が実在の死刑囚に面会したノンフィクションの漫画版。ホリエモンがメルマガで紹介していたのを見て衝動的に購入。電子書籍Dolyで読。2019年9月出版。

 読んだ動機は怖いもの見たさだろうか。凶悪犯罪を犯した人間のありのままの雰囲気や思考内容を知りたかった。おそらく脚色はさほどなく、言動や所作の細部にリアリティが宿る。本書では7人の死刑判決を受けた犯罪者が登場する。

 境界知能、妄想性障害で実刑をくらうケースが実際には多く、本書にも登場している。精神障害のあるのものは刑法第39条に基づき減刑されるべきではないか、と作者は疑義を呈するが、私としてはこのあたりの「相場」が妥当ではないかと思う。そうしなければ、犯罪者の多くは正常な判断ができなかったゆえに減刑されることになり、世間は納得しないし、世も乱れるだろう。実際には、現場の裁判官や精神鑑定人が空気を読んで、しばしば恣意的な判定をしている印象がある。

 私は精神鑑定に携わったことがあるし、患者に殴られて警察で取り調べを受けたこともあるから実情には比較的詳しい方だと思うが、結局、事件当時の完全な真実なんて分かりようがないと思う。裁判で語られる「事実」には、警察官や法曹関係者の想像したストーリーが多く含まれるのだから。そのような諦めを抱いている私のような人間にとって、本書は価値のあるものである。このような物語の蓄積が、真実を見る目を養うように思える。
     

2019年10月14日月曜日

サ道


 何を思って買ったか自分でも忘れてしまったサウナ入門漫画。既刊2巻。電子書籍Dolyのものを購入。

 絵はユルく、内容も明快で、疲れた頭に優しい。『孤独のグルメ』にも通じるんだが、現代社会を生きる日本人の孤独や疲れに響くものがある。サウナには思考から感覚へ注意をシフトさせる禅的な意味合いがあるのだろう。”Don’t think. Feel.” 的な。

 余裕がなくなってくると、こういう深く考えずに読める漫画が愛しい。
 お疲れの方にぜひ。
   

2019年10月12日土曜日

ベイマックス


 理系オタクたちの活躍を描く、ディズニー名義のピクサー映画。2014年公開。
 
 これは観ていて楽しい、男の子向けの作品。舞台は日本の東京がモデルのサンフランソウキョウという都市。原作はアメコミらしく、意図的なのか考証不足なのか少しズレた日本の空気が全編を覆う。ディズニー映画としては異色で、ピクサーとの融合による化学反応を感じる。

 ストーリーは特殊能力バトルもので、途中飽きさせず、面白く、感動する。私は最近ピクサー作品のプロットが模範的すぎて逆に物足りなさを感じているが、普通に素直な気持ちで観れば多くの人の心に残る名作であろう。説教臭さはあまりなく、人類愛と科学へのワクワク感が溢れている。とりわけgeek(ギーク)な科学オタクたちへの愛がある。

 しかし完璧だなピクサー映画。人類史上最高峰のクリエイター集団なのは疑いないだろう。
 

2019年10月5日土曜日

シュガー・ラッシュ:オンライン


 『シュガーラッシュ』の続編。自身が所属するゲームの危機を救うため、ラルフとヴァネロペがインターネットの世界へ。2018年作品。

 ディテールは優秀、プロットは今ひとつ。ストーリーとして破綻していることはないのだが、後半に進むに連れラルフの株が下がる。インターネットにまつわる様々な概念を可視化および戯画化した表現や、歴代のディズニープリンセスの扱いは秀逸。子供向けのコミカルなノリを維持しつつ、メタな大人向けを沢山仕込んでいる。

 なんだかんだ、観ていて面白い娯楽作品ではあると思う。ただ、別にシュガーラッシュの延長でやらなくてもよい話だった気がする。インターネットへの理解が深まり、過去の作品へのリスペクトがあり、世界の事象への愛がある。ディズニーとピクサーがすごいのは間違いない。
  

2019年9月14日土曜日

絶滅危惧種の遺言


 ネットのニュースで安部譲二の訃報を知り、wikipediaでその生涯を読んで興味を持って電子書籍Dolyで買ったエッセイ。2006年~2008年に連載されていたのをまとめたものらしい。文庫版の刊行は2009年。

 内容は、昭和の日本を生きた古き良き「悪い人」の回想。きっと詳細を書けない部分が多く、誇張も多分に含まれているんだろうが、それにしてもその生き様が凄まじい。読書家で優秀だった中学生が高校で不良になり、暴力団に入り、逮捕されたり銃で撃たれたりしながら、度胸とハッタリで日本航空のパーサーになったり、ヴェトナム戦争末期のサイゴンで商談したり、世界中を旅して、幾多の死線をくぐり抜け、生き抜いていく。

 私はどうも、こういう、一人の人間の可能性の限界に挑戦するような無茶苦茶な人間が好きらしい。フランク・アバグネイルの『世界をだました男』を思い出した。その軌跡を追いながら、自分の心の枷が壊され、精神の自由を手に入れるような体験が得られる。何より、単純に読んでいて楽しい。

 こんな無茶苦茶をしながら82歳まで生きたなんて、男として見上げたものがある。格好いいっす。合掌。
   

2019年8月10日土曜日

最高裁に告ぐ


 ”白ブリーフ判事”として有名になった現職の裁判官・岡口基一による最高裁判所との戦いの記録。2019年3月刊行。

 岡口氏は長年にわたり積極的にTwitterによる情報発信を行っていたが、その内容により裁判官としての「品位を辱める行状」があったとして、最高裁判所の分限裁判(裁判官を処罰する制度)に申し立てられた。しかしその手続き内容と論旨に法曹として納得がいかず、その不備を広く国民に知らしめ、裁判所批判の端緒にすべく執筆されたのが本書である…と思う。

 基本的にプロの法曹の手による格調高い司法関連の書籍のような文体なのだが、その内容のくだらなさがだいぶ笑える。これは狙っていると思う。岡口氏はTwitter上で白ブリーフ一丁の画像を晒し一躍有名人になった人物であるが、その奇行に似つかわしくなく、裁判官としての評価が高い人物でもある(高等裁判所の判事になっていることからも実績や能力が窺えよう)。人間くさい下品さと諧謔精神持ち合わせながらも、科学性・合理性を重視する冷徹な論理的思考を持つ人物であることは、本書の随所からもうかがえる。そして彼は、その明晰なロジックで、現在の最高裁判所の凋落ぶりを暴き出し、嘆き、糾弾する。

 正直、岡口氏の表現活動の下品さは、贔屓目に見ても裁判官という職業の品位を辱めていることには間違いなく、不快感を感じる人が多数いることは理解できる(私もだ)。だがそれでも、彼はいいことを沢山言っているのもまた間違いのないことである。国民は、裁判所により意図的に作り出された「高潔な裁判官という人間像」によらず、適正な手続きと確実な根拠によって導き出された論旨により、判決を判断すべきである。それを気づかせるために、岡口氏は体を張って戦っているのである。

・・・

 そして、国民は、少なくとも、「秘密のベールに包まれた裁判官は信頼できる」という古代的な発想はもたないようにすべきである。しっかりと手続保証をした訴訟指揮をして、科学的・合理的な判決理由を示すことができる裁判官であれば、たとえ、オフの生活での人間くささが丸わかりになっていてもまったく構わないはずである。
 本書p192 第Ⅳ部 「司法の民主的コントロール」は可能か? より

    

2019年8月7日水曜日

剣樹抄


 冲方丁の時代小説。単行本は2019年7月発売。電子書籍リーダーDolyにて読了。

 世界史上の三大火事にも数えられるとという江戸時代の明暦の大火(西暦1657年)から物語が始まる。主人公である無宿人の孤児・六維了助(むい りょうすけ)の成長物語であるとともに、『光圀伝』に登場する若き豪傑・水戸光圀(みと みつくに)が重要な役どころとして登場する。

 筋としては、幕府の命を受けた光圀や中山勘解由らが、捨て子を拾って組織した隠密組織の拾人衆(じゅうにんしゅう)とともに、江戸の火付け盗賊の集団との戦いを描く。作者の冲方丁がトークショーで「大江戸シュピーゲル」と評していたという噂だが、そういわれると実際その通りだと腑に落ちる。シュピーゲルシリーズと同じく、傷を負った子供達が戦いの中で過去を克服し、より実存的な生に目覚め、社会に戻っていく話、である。

 作者がこれまでの作品で育み、培ってきた知識や技巧を融合させるとこうなるのであろうと考えると納得。司馬遼太郎を彷彿とさせる、江戸の文化風俗や史実に関するトリビアの紹介が混ざるあたり新境地だろうか。続編に期待。
   

2019年8月4日日曜日

リメンバー・ミー


 Disney THEATERにて鑑賞その3。音楽家に憧れるメキシコの少年が死後の国を冒険する話。2017年。ピクサー名義、ディズニー配給の作品(ほぼ同じ会社だが名義で微妙に違う)。

 テーマとしては、伊藤計劃の『メタルギアソリッド ガンズオブザパトリオット』を思い出したが、「人が他者の物語を語り継ぐことの意味」みたいなものだと思う。人は肉体的に一度死に、存在を忘れられることで二度死ぬ。その悲しさを知っているから、民衆は死者の写真を飾り、物語を語り継ぐ。

 そしてビジュアル面、妖しげで壮麗な死後の国の世界観がいい。主人公の少年ミゲルが暮らす街、死後の世界の色彩豊かな住居、そこに住まう人々の息づかい、どこをとってもメキシコらしい空気感が漂う。金銭的な豊かさはなくとも、魂の安楽に必要なのは音楽と家族。そんな価値観もまたメキシカン。

 脚本はこれまた優等生。伏線の回収やミスリードなど、技巧的に見事すぎて逆に物足りなさが…と感じてしまう私はひねくれ者なのかもしれないが、特に文句のつけようながない一級品の出来である。ピクサーの安定感と凄みを感じる。そりゃアカデミー賞もとりますわ、と。
   

2019年8月1日木曜日

浮世の画家


 戦後の日本で暮らす引退した老画家の独白小説。1986年作品。カズオ・イシグロの出世作。

 舞台は1948年~1950年の日本。主人公の小野益次(オノマスジ)は、かつて世間で名声を得た画家であり、いまや引退して隠居生活を送っている。妻と長男を戦争で亡くし、嫁入りした長女との関係や、次女の縁談の進捗に気を揉みながら暮らしている。彼が日々の暮らしの出来事に際し、戦後の価値観の転換や、かつての弟子や仕事仲間との日々に思いを馳せ、生活の中で過去を回想する。

 これだけ書くと地味な内容だが、主人公の心情のうつろいが丹念に描かれており、訳文の文章は柔らかく流れるようで、読んでいて飽きさせない。大きな事件が起きるわけでもないのに、このストーリテリングの力は特筆すべきである。とりわけ私は、作中に登場する飲み屋(みぎひだり)で芸術や世相について仲間内でわいわい語り合うような日々に憧れる。彼の生きてきた世界の空気がなんとも「いい感じ」なのである。そうした清らかで格調高い空気感を楽しむ小説であろう。

 上品で繊細な心象風景には読む価値がある。他の作品も読みたくなった。
  

2019年7月28日日曜日

シュガー・ラッシュ


 Disney THATERにて。ピクサー作品と思いきや、ディズニー作品だった(ほぼ同じ会社だが)。2012年作品。

 舞台はゲームセンター。新旧のゲームキャラクターたちが共存する世界で、悪役だったはずの男ラルフが、自分もヒーローになりたいと訴え、割り当てられたゲームを飛び出して…という話。日本版タイトルの『シュガー・ラッシュ』はラルフがたどり着いた別のゲームの名であり、そこでラルフは不思議な少女ヴァネロペに出会う(英語の原題はラルフのゲーム名『Wreck-It Ralph』)。なお、シュガー・ラッシュはマリオカートがモデルになっているとのこと(Wikipedia調べ)。

 『トイ・ストーリー』と同じく、脚本の教科書に載ってそうな模範的なストーリー展開。大人世代にはたまらない懐かしいゲームの要素(ストリートファイターとかマリオとか出てくる)を配置し、適度なユーモアを織り交ぜつつ、ファミリー向け娯楽映画の王道を行くドラマが展開する。その主題はなんだろうか、というのを観ながら考えた。

 キリスト教における職業召命説や、インドのカースト制度のような、自分に生まれつき与えられた「役割」の話であることは疑いないだろう。主人公ラルフは悪役であることを運命付けられており(あらかじめプログラムされており)、少女ヴァネロペは不良品であるために表舞台のレースに出ることを許されない。この映画の主題は、犯罪者や障害者に貼られたレッテル、人為的に定められた社会的な階級/分類/制約を拒否して自己実現を望む実存的存在の話、であろうと思う。一言で言えば「差別」の話。テレビゲームのグラフィックスやお菓子の甘い成分でコーティングされているが、根底にあるのはの人為的な差別の残酷さと、その超克の話。ピクサーの所在するカリフォルニア州のリベラルな思想性を感じる。

 …などと考察しながら2回も観てしまったが、楽しかった。まったくもって優等生な作品であろう。
   

2019年7月27日土曜日

三体


 巷で話題の中国発のSF長編小説をついに読了。劉慈欣(りゅう じきん/リウ ツーシン)著。原作は2008年出版。英語版は2014年、日本語版は20197月14日に早川書房より発売。

 1967年、文化大革命の名の下に壮絶な知識階級への弾圧が行われる中国で、主人公の女性・葉文潔(よう ぶんけつ/イェ ウェンジェ)の父親の物理学者が紅衛兵に殺害されるシーンより物語は始まる。そして、現代パートと回想パートが入り混じりながら、現代社会で起きる不可思議な怪現象の原因とともに、人類が直面する未曾有の危機の正体が明らかになっていく…という話である。

 これだけ書くと世間に溢れる他のSF大作との違いがわかりづらいが、本作で特筆すべきは、中国人による、中国語で書かれた、中国世界の作品であるということにある。SFは本来、英語圏発祥であり、長年にわたり英語圏の作品(および作者、読者、作品世界も含め)が業界を牽引してきたが、本作は純正のメイドインチャイナである。舞台設定や登場する固有名詞が完全に中国語圏のそれであり、そして、内容自体が抜群に面白い。タイトルにも示されている通り、本作の核となるアイデアは天体物理学における難問として知られる「三体問題」に着想を得ており、精密に構築された世界観と衒学的な理論的解説を読みながら、知的興奮を味わえる。他にもVRのゲーム世界との往還や、悲恋やミステリ、人文科学的な思弁の要素もあり、娯楽作品として非常に贅沢な内容となっている。ヒューゴー賞をはじめ世界中の文学賞を総なめにしており、その面白さは折り紙つきである。

 科学技術や経済的な発展にとどまらず、文化や娯楽においても中国語圏の世界は進化している。良質なフィクションを堪能した若い世代は、やがて、さらなる高みを目指し創作を始めるだろう。長らくアジアの文化面を先導してきたという自負がある日本人としては悔しいが、この事実を認めなければならない。中国語圏の文化面での躍進は、本作を読めば疑うべくもない。

 これは全三部作の第一部に過ぎないらしい。続きが楽しみだ。
    

2019年7月25日木曜日

トイ・ストーリー

  
 今更ながら、我が家にDisney THEATERが導入されたのを機に初めて視聴。1995年作品。

 ずっと気にはなっていたが、なかなか観るチャンスがなかった。スティーブ・ジョブズの信奉者でもある私は、彼がしばしば言及するピクサー作品のマインドについての予備知識はあった。児童向け作品であろうと妥協せず、コンセプトを徹底的に練り、娯楽性とともに革新性と普遍性を追求する製作陣の熱い魂と高い技術によって、その時点における最高の作品を実現したのだろう…と予想して観始めた。

 ふつうに面白かった、というのがまずは最初の感想。娘の世話もそっちのけに展開に見入ってしまった。少し時間を置いて、本作品の歴史的意義に関して考えたのだが、これはハリウッドが培ってきたエンターテイメント映画の黄金律と最新のコンピューター技術の融合だった、というのが重要だったと思われる。手書きではなく、コンピューターにより、子供も大人も魅了する質の高い映像作品が作られることを世に示したのは、90年代当時においては、新時代の到来を告げる衝撃的な事件だったんだろう。今となってはフルCGのアニメーションは当たり前だが、その草分け的な最初の作品が圧倒的なクオリティだったのは特筆すべき点だろう。

 お調子者の西部劇のヒーローであるウッディと、最新のデザインながら柔軟性に欠けるバズ・ライトイヤー。旧と新、柔と剛、新参者への反目と、冒険を通して醸成される信頼関係。脚本の教科書に載りそうな模範的なプロットだが、時代の変化における混乱と適応など、人間社会における普遍的事象をおもちゃの世界を用いて描いた戯画になっている。基本設定は子供向けながら、随所に思想性を感じさせ、製作者の「哲学」が感じられる点が、批評家筋にもウケる理由だろう。パソコンやインターネットによる技術革新に直面した大多数の大人は、バズ・ライトイヤーに直面したウッディと似たような反応を示しただろう。

 観る価値のあるシリーズだとわかったので、続きも観たくなった。
   

2019年7月20日土曜日

7年目


 認知革命以降は、ホモ・サピエンスの発展を説明する主要な手段として、歴史的な物語(ナラティブ)が生物学の理論に取って代わる。キリスト教の台頭あるいはフランス革命を理解するには、遺伝子やホルモン、生命体の相互作用を把握するだけでは足りない。考えやイメージ、空想の相互作用も考慮に入れる必要があるのだ。
ユヴァル・ノア・ハラリ 『サピエンス全史』 p55

・・・

 このブログの筆者である私は、ふだん精神科医の仕事をしている。基本的には医学的知識に基づいて診断や治療方針について判断するわけだが、精神医学という領域の特殊性として、患者の精神世界を適切に把握し評価する必要がある。だがしかし、例えば元暴走族のとび職のおっちゃんや、漁村の集落の人間関係に悩むおばあちゃんの精神活動の正常と異常の境目について、すべての精神医療者が適切な判断ができるのだろうか。勉強ばっかりしてきた温室育ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんにはわからない力動が、この世界にはたくさんある。そうした、人間の心を理解しようとする試みの限界の自覚が、このブログを続ける動機の一つにはある。物語を読むことで知ることができるのは、自分以外の誰かの人生である。

 良質な物語は、苦しむ人の心を救うためのツールでもある。人生に思い悩み、現実世界の残酷さや退屈さに打ちひしがれ、蝕まれる心に活力や希望を与えてくれるのは、良質な物語である。私にとってもそうだったし、世界中の多くの人にとってもそうだろう。

 これらの話は以前にも繰り返し書いてきたので、もう少し前に進める。
 「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」という二宮尊徳の言葉がある。このブログ(この研究会)の理念や目標については、過去に書いてきた通りだ。作りたいのは「物語のセレクトショップ」であり、店舗として具象化されたカフェである。何らかの方法で収益を上げることが持続可能性となり、ピュアな理念や目標をリアライズ(現実化)する。ではその「方法」とは何か。

 私が今考えているのはクラウドファンディングとアフィリエイトである。
 クラウドファンディングによりカフェの開始資金を集める…というのはこのブログの内容を武器に本気を出せば実現可能だとは思っているが、今の私にやり方を勉強したり、それらのリスクに対処する時間的余裕がないため、後者のアフィリエイトを考えている。

・・・

 というわけで、少しブログをカスタマイズし、TwitterやAmazonアソシエイトと連動し、広告活動とマネタイズの要素も徐々に取り入れていきたいと思います。

 精神の健康、人生の充実、世界の平和と繁栄。
 それらに必要なのは、良質な物語である。
 そんな物語に出会える場所を作るための活動。

 それを、もう少し続けていきます。

 最近寂しいのでコメントも待ってます。

(追記:Twitterはhttps://twitter.com/narrativemasterAmazonアソシエイトは投稿記事の下の方に随時追加予定
(追記2:Amazonアソシエイトが承認してくれなかったので収益化はしばらくお預け
  

2019年7月4日木曜日

こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち

   
 昨年、大泉洋主演で映画化になって再度話題になったので気になっていた。「介護関係者のバイブル」という宣伝文句も目にした。電子書籍のDolyを導入したのを機に買って読んでみたが、成程、これはバイブルにもなるわ、と思わず膝を打つほどの名作だった。

 進行性の神経疾患である筋ジストロフィーという疾患に侵された鹿野靖明という男性と、介護のために集まったボランティア人々の物語である。全身の筋肉が萎縮し、人工呼吸器に繋がれ、自身では寝返りもできない鹿野だが、世間一般の「障害者」のイメージとは異なり、ワガママで、惚れっぽく、寂しがり屋の変人だった。そんな型破りな障害者である鹿野氏の闘いの日々と、奇妙な縁で集まったボランティアたちの心情の変化が、ドキュメンタリー風の文体でだらだらと続く。

 本作は2004年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。作品の主題については、障害者のノーマライゼーション、というのが当てはまると思う。読みながら、『リアル』のヤマは鹿野と同じBecker型の筋ジストロフィーだったんだな、と遅ればせながら気づく。彼らは物言わぬ慈しみの対象ではなく、生々しい欲望や感情を持った普通の人間であるということ。世間の目の届かないところに押しやられた生者の叫びを、この作品では活写している。

 舞台が札幌で、部活の先輩も出演しており味わい深かった。介護関係者、医療関係者は読んでおくといいだろう。現場で直面する答えのない問いに、何がしかのヒントを与えてくれる。
    

2019年7月1日月曜日

ジェネレーション〈P〉


 読書好きの同年代のロシア人に勧められた本。「現代ロシアで最も支持される作家の代表作」という宣伝文句にも後押しされたんだったか。ヴィクトル・ペレーヴィン著。原作は1999年発刊。日本語訳は2014年発刊。

 難しすぎてよく分からんかった、というのが正直な感想。舞台は1990年代、ソヴィエト崩壊後の混乱の最中にあったロシアで、主人公の青年タタールスキィが広告会社で働くことになり…という話である。共産主義に生きていた人間が資本主義的活動の最たるものである広告宣伝の仕事をする…というところに面白みがあるわけだが、ソビエト社会の細部にわたる予備知識がないと深くは楽しめないのではないかと思われる。

 日本語として読みづらく、悪文という気がするが、訳がまずいというより、ロシア語自体がこんなノリの言語なのではないかと思われる。厳めしく衒学的な語り口でエグいジョークをかまし、冷徹に笑う。そんなロシア人の精神構造が垣間見えた気がする。膨大な情報量と、シニカルな批評精神の横溢。

 21世紀のロシア精神への理解はまだ遠いな、と思わされた1冊。マジで分からんかった。
  

2019年6月27日木曜日

フォレスト・ガンプ 一期一会


 山形浩生のTwitterのコメントを見て、久しぶりに観たくなったので鑑賞。初めて観たのは中学生のときの金曜ロードショーだったか。大学生のときにも観たと思うので、10年ぶりくらいの鑑賞。

 先天的な知的発達の問題(知恵遅れ)があるフォレスト・ガンプという少年が主人公で、彼の数奇な人生が、20世紀後半のアメリカの歴史とともに描かれる話である。1950年代、アメリカの片田舎であるアラバマ州グリーンボウで生まれ育ち、幼馴染のジェニーと出会い、ヴェトナム戦争やヒッピームーブメントなどの歴史的事象に翻弄される。

 同時代を生きたアメリカ人にはたまらん内容だったのだろう…という「ツボを押さえた感」が全面に出ている。邪念のない、純真な心を持つフォレストの眼に映る世界は慈愛に満ちているが、能天気な心温まる話では決してなく、世界の残酷さ、無慈悲さたっぷりと盛り込まれている。母親の性的供与、隣人の小児性愛と性的虐待、幼少期に外傷を負った少女の転帰、戦争と死別、など、滑稽でコミカルな語り口とは対照的な、厳しい現実のエッセンスが随所に配置され、観るものに思弁や洞察を促す。

 贅沢な90年代の娯楽だった本作品も、2019年に30代になって観た私の心にはあまり響かなかった。泣かせのテクニックのあざとさが鼻についたのか。いい出来の映画だとは思うが、良くも悪くも90年代の呪縛のようなものを感じる。Loveで何でも解決しようとする、思考停止しがちな思想のような。
  

2019年6月10日月曜日

サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福


 世界中で絶賛されているイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが書く人類の通史。原作は2014年、日本語版は2016年発刊。

 2000年代最強の本がジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』であれば、2010年代最強の本は本書であろう。高城剛が絶賛していたので手に取った本書だが、期待に違わず知的刺激に満ちていて、読んでいてずっと楽しかった。該博な知識と透徹した洞察で人類の歴史を広く深く俯瞰し、マクロな視点で歴史の流れの本質を指摘する。

 「虚構を信じる能力が人類の強さ」という主張が、このブログが目指すものと重なり、なかなか感慨深かった。ヒトは物語を共有することで、連帯を可能にし、生物としての個体の限界を超えたパフォーマンスを可能にする。貨幣も、言語も、法律も、国家も、人類の頭の中のみに存在するイリュージョン(幻想)に過ぎない。

 また読み返す価値のある本だろう。素晴らしかった。
   

2019年6月9日日曜日

読書という荒野


 幻冬舎社長、見城徹の回想録/読書論/仕事論のエッセイ。

 氏のことはこの度のTwitterの騒動(小説家の津原泰水の小説の実売部数を公表し後に謝罪)で興味が湧いた。実は騒動の前から個人的にフォローしており、硬質な文体と潔い主張が気に入っていた。彼の言語中枢はいかにして形成されたか、また、彼は何を理想として読書をしてきたか。そのあたりが自身の体験とともに綴られる。

 「これくらいの強い覚悟を持って本を読めよ」という後進へのメッセージが全体を貫く。編集者としての精神形成、劣等感の克服、人生におけるデシジョンメイキングの指針として、読書体験を通して思考力を養うことがいかに大事かを、男らしい文体で切々と語る。説教臭さやナルシシズムが鼻につくと言って嫌う人が多そうだが、私は好きだ。彼の編集者、会社経営者としての実績が凄まじさにはただただ恐れおののく。

 これは今年読んだ作品の中でもかなりのヒット。胸が熱くなり、もっといい本を読みたくなる。こういう気合いの入ったおっさんが今の日本には圧倒的に足りない。
   

2019年5月27日月曜日

実行力 結果を出す「仕組み」の作りかた


 橋下徹の組織マネジメント論。2019年5月刊行。

 組織のリーダー論であると同時に、政治家・橋下徹の物語でもある。2008年に38歳の若さで大阪府知事となり、その後、2011年に42歳で大阪市長に転身。政治家や役所組織の経験はなく、完全にアウェーな状況下で巨大組織(大阪府庁は10000人、大阪市役所は38000人)の長となった彼は、いかにして結果を出していったか。その経験を振り返って抽出した方法論である。

 平易な言葉で語られ、コンパクトなボリュームにまとめられているが、その戦いの凄まじさが随所から感じられる。膨大で難解な情報に日々晒され、凄まじい圧力が全方向からかかる中で、立ち止まることなく難しい決断を下していく、その心のありようと知的鍛錬の方法については、本当に勉強になる。医師としてもプラスになるが、いかなる業種の人であっても得るところがあろうだろう。

 彼には再び政治家になって、日本を救ってほしい。この本に書いてある内容を実行できる度胸、胆力、知性のある人間が、どれだけ稀有であることか。
   
   

2019年5月18日土曜日

おいしいロシア


 ロシア人の夫と結婚してサンクトベテルブルグで生活した女性の漫画エッセイ。

 日本人目線のロシアの日常風景が淡白に描かれる。食べ物の話題多し。それ以外に特記すべき特徴がないのだが、その欲のない普通っぽさが一貫して続くことで、本書の価値を高めているように思う。文章だけのエッセイじゃ伝わらない、旅行のガイドブックじゃわからない、ロシアの生活の肌感覚が伝わってくる。

 ロシアでの生活をイメージするための教材として、最良の一冊であると思う。行くことがあればまた読みたい。
     
     

2019年5月16日木曜日

映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~


 同じく26作目。2018年作品。

 これは久々のヒット。テーマも雰囲気も良い。往年のカンフー映画の空気をふんだんに取り込み、おバカなクレしん映画をやりつつも、正義とは何かを深く問うている。マサオくんに焦点を当てているという新規性も良い。凡庸であることへの哲学的な思弁と、人間賛歌がほどよいさじ加減で込められている。

 笑って、考え、鑑賞後感も心地よい。ラストの展開は個人的にはシリーズ屈指。トータルでは6位くらいか。
    

映画クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ


 Amazonのプライムで観た久しぶりのクレしん映画。25作目。2017年作品。

 野原家に宇宙船が不時着し、そこに乗っていた宇宙人の子供としんのすけ一行の逃避行。少年の成長、父と子の関係性、などの要素を込めつつ、基本はエンターテイメント。説教じみた思想的な要素の少なめな作品であろうと思う。異文化の衝突という内容から予想されるお約束な展開は、特に裏切られることはない。

 年々制約がきつくなる中で、精一杯の下品さを表現するよう頑張っているなあ、というのがリアルな感想。「ケツだけ星人」はもう言っちゃいけないワードらしい。勿論、「象さん」の露出もなしだ。そのへんの製作陣の苦労が観ていて目に浮かぶ。

 私的ランキングでは13位くらい。悪くはないが、特段、惹かれることもない。
   

2019年5月10日金曜日

21世紀の(匿名)ハローワーク


 高城剛が政治家秘書、美容外科医、教頭、Airbnbホスト、FXトレーダー、小児科医の6つの職種の人物に取材し、匿名インタビューで業界の実情や本音を語ってもらうという企画本。副題は「人には理解されないもうひとつの職業図鑑」2018年5月に電子ブックで刊行。

 高城剛はきっとこういうことを延々と行なっているんだろうな、という内容で、インターネットじゃ掴めない業界の内部の空気や感性に触れることができる。このシリーズだけで無限に続編が刊行できそうだ。宮内庁職員、税理士、コカインの売人、蕎麦農家、占い師、アパレル店員、とか。自分の専門分野を持つとともに、こういうインスピレーションを得るための軽い出会いが大事なんだと思う。生産性を保つために。
  

2019年5月6日月曜日

今こそ、韓国に謝ろう そして、「さらば」と言おう


 特定勢力に「極右作家」のレッテルを貼られて生きる百田尚樹が韓国と日本の歴史、特に西暦1910年(明治43年)からの35年にわたる日韓併合にまつわる史実を語る本である。その内容はまぎれもない韓国に対するヘイト本である…が、ヘイトな成分をできる限り排除し、低姿勢な語り口で歴史的事実を淡々と列挙するスタイルをとっており、結果として皮肉の効いた風刺本になっている。

 はっきり言ってしまうと、読めば笑える日本人が多いだろう。しかし、大きい声で「この本を読んだ」と言えば面倒くさい人に目をつけられるだろうし、「面白かった」とTwitterで評したら炎上は必至だろう。そのあたり、このような手法をとって歴史的事実を訴えなければならない切迫した日本国内の言論界の状況を感じるべきである。過去数十年にわたり韓国が日本に続ける賠償金の要求(たかり)、剽窃(パクリ)、被害の捏造(でっちあげ)などの所業について、その実態を知れば知るほどに、陰性の感情(ヘイト)を抱くなと言う方が無茶な話ではあるが、現在の日本では表立って本音を口にすると社会的に損失を被るため、怖くて誰も口に出せない状況になっている。そんな本音とポリティカルコレクトネス的な諸問題を全体的にうまく処理すると、このようなスタイルになったと考えられる(攻めすぎではあるが)。

 誤解を避けるために付記すると、韓国人の中にも賢明で感じの良い人は沢山いるし、日本人の中にも軽蔑すべき人間は沢山いる。私個人は人種で差別するつもりはない。だが、国家レベルであれ、個人レベルであれ、嫌な相手の嫌な部分の仕組みは理解しておいた方が、現実的な被害をおさえるためには有効であろう。だから韓国という国家や韓国籍の人間の行動原理に不可解さを感じた人には、この本を勧める。説明が腑に落ち、氷解する疑問もあるだろう。
   

2019年4月28日日曜日

Michal Jordan: His Airness


 NBAの歴史に燦然と名を残すスーパースター、マイケル・ジョーダンのドキュメンタリー。1999年作品。

 凄すぎて、何から語ればいいか分からないくらい凄い存在であったということが、この作品を観ればわかる。超人的なバスケットボールのプレイもさることながら、顔立ち、表情、体型、立ち居振る舞いなど、全てが圧倒的にクールで、彼が生み出した1990年代のアメリカの熱狂が画面から伝わってくる。

 NBAのリーグ3連覇(スリーピート)を成し遂げ、モチベーションを失って一度コートを去ったが、そこから復帰して再度のスリーピートを果たしたという業績も圧巻である。特に最後のシーズンの最終試合でユタ・ジャズを相手に放ったラストショットのシーンには映画的な荘厳さがある。あまりにも完璧で、その生涯は映画よりも凄いとしかいいようがない。ラリー・バードに「彼はマイケル・ジョーダンの姿をした神だ」と評されてしまうのもうなずける。

 久しぶりに観直したが、あまりにテンションが上がるのでまた繰り返し観ようと思う。ジョーダンの熱狂とともに時代を生きたアメリカ市民は幸せだったろうな、と思った。
    

2019年4月20日土曜日

50mm THE TAKASHIRO PICTURE NEWS


 最近心酔している高城剛の作った紙媒体の雑誌である。2018年5月の発刊で、中国人のレンタル着物ビジネスが席巻する京都、大麻解禁前夜のカナダのケロウナ、移民問題や政治的新興勢力の躍進で混迷と混沌の中にあるヨーロッパ、など、彼が世界中を旅しながら撮った写真と、時代を象徴するそのスポットについての説明と文章が添えてある。

 コンセプトは巻頭と巻末の解説に詳しいが、デジタルなコンテンツが溢れるこの時代に敢えて「紙の雑誌」を作ることに意味があるという。商業主義的な意図に汚された情報のキュレーションではなく、個人の目を通して見える世界の記録であり、リアルな世界の潮流や現場の皮膚感覚がページをめくるごとに体験できる。今読んでも楽しいが、5年後、10年後に読んでもきっと楽しいだろう。時間的、空間的いずれの意味においてもエッジィなスポットを切り取った貴重な一次資料となっており、何より読み物として単純に面白い。

 旅を続けながら、考えを深め、自分のやりたい方法で何かを創造する。同じような生き方をしたい願望が自分の中にある。自分はこの先どんなふうに生きようか最近よく考える。写真撮影の技術もそのうち追求するかもしれない。
   

2019年4月16日火曜日

傷心的人別聽慢歌


 最近、外国語の習得に有用なのは、その言語の文化圏の流行歌を聴くことだと気づき、中国語の学習のために辿り着いたのが2013年発表のこの歌である。

 五月天(メイデイ)は台湾の国民的ロックバンドで、米CNNに「アジアのビートルズ」と評されるほど中国語圏で圧倒的な人気を誇る。私が彼らの曲を聴いて、歌詞の内容も調べていて思ったのは、「台湾のミスチル」という表現が適切なのではないかということ。大衆受けするロックバンドでありつつ、巨大な社会装置となっている感、人生に役立ちそうないいこと言ってる感は、ミスチルのそれに近い。

 この曲、傷心的人別聽慢歌(シャンシンダォレェンビェティンマングォ)の日本語訳は「悲しんでいる人はバラードを聴くなよ」。ラウドなギターリフが主体の尖ったサウンドに乗せた歌詞は傷ついた人たちに向けた魂の復活を鼓舞する内容で、聴くと生きる力が湧いてくる。YouTubeで観られるMVにおいても、家庭、学校、会社、病気などで傷ついた個人が音楽を聴いて再び立ち上がる、というような内容になっている。

 かくいう私も、この曲を聴いて耳から離れなくなり、「ドンツ、ドンツ、ドンツ、ドンツ…!」と動き出したくなった。誰も傷つけない、ポジティブな意匠に満ちた流行歌。こういう不特定多数の人に救いや歓びを与える文化は尊いものだと思う。MVを観て、コカコーラも飲みたくなった。

参考
   

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