2015年3月30日月曜日

SFマガジン 700【国内篇】


 SFマガジン700号を記念して編まれたアンソロジーの日本編。編者の大森望による巻末の解説にもある通り、王道ばかりを集めたものではなく、有名な作家陣の単行本未出版の癖のある作品が多い。往年のSFファン向けのベクトルが強いが、筆者のようなSF歴の浅い読者には出逢いを提供してくれる端緒にもなる。

 好きだったのはノワールな感じの平井和正『虎は暗闇より』。あとは(好きかどうかは別として)円城塔、桜坂洋、野尻抱介あたりの作風に触れるきっかけになった。古参の筒井康隆や神林長平や大森望が推している鈴木いづみあたりも、一昔前の作品を読む現代文の授業のような感覚があった。

 ここまで書いて、円熟したSFファン向けのニッチな内容だった気がしてきた。今読んでる【海外編】の方が一般向けな気がする。というわけで、総合評価は「マニア向け」。
   

ドンケツ

 
 ヤクザ漫画。
 ”ロケマサ”の異名をもつ喧嘩最強の無茶苦茶な男が暴れ回る話。

 特記すべき点はないが、大変不道徳で読んでいて楽しい。
 ヤクザ道に関して親切な解説や説教臭さが出てくるあたりゆとり教育の風情。

  手軽な娯楽作品。

   

2015年3月19日木曜日

バガボンド


 久しぶりに通読し直したので感想と考察。

 スラムダンクの作者井上雄彦が書いた宮本武蔵の話である。単行本巻末の解説で作者が書いている通り基本的には娯楽作品で、チャンバラと人間的成長の物語を堪能しつつ、精密さと躍動感が同居した圧倒的な画力を楽しめる。とりわけ人間性が滲み出る表情の書き分けや解剖学的に精確に構築された肉体の描写が秀逸で、作者が身体性を作品のテーマとして据えていることが容易に見て取れる。

 画力・ストーリー・構成いずれも非常に高いクオリティを保っているため作者にとっても心身の負担が大きいようで、Gペンを使わず毛筆で書くようになったり、休載して美術展を開いたりガウディの建築にハマったり、目先を変えてスタンスを調整しながら過酷でストイックな戦いを続けていることが雑誌のインタビューでしばしば語られる。本作は、そんな修練の日々が生んだ作者の人生哲学が登場人物に代弁される話、と言っても差し支えないように思う。沢庵や柳生宗厳や伊藤一刀斎の教えは、基本的には作者自身の悟りである。剣の話をしているようで、剣以外の道にも通ずる求道者の悟りが語られる話なのである。ハイライトは、本気で戦う時こそ力を抜く、天下無双とはただの言葉、正しいかどうかはどうだっていい感じるべきは楽しいかどうか、ぬたーん、あたり。

 筆者個人の思い入れとしては、割と宮本武蔵系の人生を歩んでいる(ような気分で生きている)ため、ミスチルの音楽と同じように、中学生の時に読み始めて青春時代に飽きずに何度も読み返した作品であり、共に人生の課題に迷い悩んだ伴走者のような存在であった。野心を抱き、強さを求め、我執に飲まれ、人に出会い、光明を得る。怖い顔して自分のことばかり考えていた若造が、優しく穏やかな境地に至る。最新刊を読む度、実生活とリンクしてその過程を追体験するような感覚があった。そう考えると同作者のリアルと似たような存在である。

 本稿を書いている2015年3月時点で、物語は終盤に差し掛かっており、どういう風に終わらせるかに注目が集まる。最終巻は43巻、あと3年くらいで終わると予想。スラムダンクのように美しい締め方をして欲しい。
   

2015年3月15日日曜日

ベンダ・ビリリ! 〜もう一つのキンシャサの奇跡


 コンゴ共和国の首都キンシャサ、小児麻痺(ポリオ)で半身不随になったストリートミュージシャン達のドキュメンタリー映画。村上龍が絶賛していたのでDVDを購入して鑑賞。

 名もなき市井の音楽家達の活動を描くあたり、キューバの老ミュージシャン達が結集するブエナビスタソシアルクラブ的なノリ。ただし状況はこちらの方が過酷で、障害者の彼らは自作と思しき車椅子に乗り路上生活をしている。演奏する曲はWikipediaによると「リズム・アンド・ブルースとレゲエの要素を取入れたルンバ系の楽曲」だそうである。

 成功はプロデューサーの力による部分が大きく、人為的に創られたサクセス・ストーリーという感があるため、筆者個人としては「まあまあ」というのが感想。「逆境でも腐らない」とか「生きる歓びを享受する」とか、そういう示唆には富んでいる。アフリカの貧困から這い上がるのが容易でないことがよく分かる。
   

2015年3月13日金曜日

岡崎に捧ぐ


 はっきり言って今年のNo.1候補。

 1985年頃生まれの女性の回顧録的なエッセイ漫画。作者はインターネット上で漫画を書いている人で、現在スペリオール連載中らしい。本ブログの筆者と(たぶん)同級生のため、90年代のゲームや漫画ネタ全てがクリーンヒットした。ニヒルなユーモアと懐かしき日常ネタの絶妙なバランスは現代版ちびまるこちゃんと言えるかもしれない。

 容姿で女の格が決まってくる高校や大学で主役になれなくても、いい味出してる文科系女子って感じのポジション。雑誌の流行を真似するだけの薄っぺらい大人女子のアンチテーゼであり、一個の人間としての誠実さと諦観、等身大の愛がある。ちなみにタイトルはネグレクト(育児放棄)を受けていたと思しき薄幸の幼馴染みの名前。

 ネット上に散り散りに存在している『ひまつぶしまんが』も秀逸。
 無料公開中なので要チェック。
 これから来ると踏んでます。

 読めるサイトはこちら 

2015年3月11日水曜日

小僧の寿し


 SPA!のランキング2位。(1位はこちら

 寿司、おでん、スイカ、鴨の話とディケンズのクリスマス・キャロルのコミカライズの5編入り。文学的な深みに期待してはいけないが、内容は極めて「女子」な感じなので勉強になる。背の高く美形な年上の男、自由奔放な先輩、生真面目で誠実な小僧などが出てきて、20代女子がふんわり葛藤して成熟する。

 偏差値55くらいの女子大生を捕まえるための教養の書と言えよう。
   

2015年3月9日月曜日

故郷から10000光年


 ジェイムズ・ティプトリー・Jrの短編集。
 読んだのは1991年版の伊藤典夫訳。

 訳が古いせいかあまり頭に入ってこない作品が多い。『ハドソン・ベイ毛布よ永遠に』(タイムトラベルとロマンス)、『スイミング・プールが干上がるころ待ってるぜ』(未開の惑星の文化汚染)あたりが分かりやすくて面白かった。多数の異星人との異文化間交流、性的な含みのある描写、ドタバタのコメディタッチなど、(多分)ティプトリー節が冴える作品(『われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ』『セールスマンの誕生』)はあまり趣味に合わなかった。外界の過剰刺激との遭遇を描く『そして目覚めると、わたしは肌寒い丘にいた』は結構好き。

 作者は元CIAの女性で、男性名義で作品を発表していたSF界の伝説。1987年に認知症になった夫をショットガンで射殺後に自殺するという壮絶な最期を遂げたことで知られる。そんな作者の複雑で豊穰な精神世界を覗き見る思いで読むと味わい深い。
   

2015年3月2日月曜日

闇金ウシジマくん


 初めて読んでみたが、これはグレッグ・イーガンの小説と並び、よき精神科医になるための必読書だと思った。序盤は非合法の金貸し(通称”闇金”)を経営する丑嶋君の仕事の話だが、実際は闇金を借りに来る顧客の人間模様がメイン。中盤以降は時事ネタが主で、ネットカフェ難民や与沢翼のビジネスの話も出て来る。

 端的に言ってしまえば「底辺の人たち」の人間劇場である。池袋ウエストゲートパークからロマンスと勧善懲悪とオシャレな要素を抜いたような内容で、パチンコや風俗で借金を背負う自制心の弱い人たちが、社会的強者の悪い奴らにひたすら搾取される話が続く。人外の鬼畜とも言うべき悪漢が多数登場し、極悪非道な拷問や追い込みの描写がひたすらエグい。登場人物には実際にモデルがいるらしいという噂がインターネット上で散見され、東京は恐ろしい場所だと北海道出身の筆者のような人間に確信させ、生涯地方在住を決意させるほどの抑止力がある。

 陰惨な話が多いが、娯楽漫画としてのバランスを保つためか、ささやかな救いも提示される。阿鼻叫喚の衆生の暮らしを追体験することで、堕落論的な達観に至り、ウシジマ君のようなハードボイルドな境地に辿り着く。その容赦のなさと要求される思弁は、現代人のための仏教説話とさえ思える。

 心の専門家になりたい人には『アラサーちゃん』『しあわせの理由』と並び、この漫画の通読を奨める。

   

そして誰もいなくなった

 
 おそらく古今東西で最も有名なミステリー作品であり、アガサ・クリスティーの代表作となる1939年の作品。地中海の孤島に集められた10人が次々と殺されていき、最後には誰もいなくなるという話。

 読んだ印象はこれまたかなり「金田一っぽい」。名探偵こそいないものの、マザーグースの兵隊の唄へ見立てた連続殺人や時々刻々と変化しあぶり出される人間模様など、(祖父&孫両方の)金田一でお馴染みの「あの空気」が作中に漂う。『悪魔の手毬唄』のDVD特典のインタビューによると金田一耕助シリーズの原作者の横溝正史が影響を受けていると広言しており、ミステリー作品のお約束や様式美は国や時代を超えて脈々と受け継がれているのが分かる。そして、その大本の原典となったのがアガサ・クリスティーの作品だったのだとこの本を読めば確信できる。

 今読んでも抜群に面白く、過不足無くすぐに読み切れる適切な分量。ハヤカワ文庫の解説で赤川次郎がべた褒めするのも納得の、洗練された歴史的傑作なのである。 
   

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