2015年1月31日土曜日

ブラックジャックによろしく


 電子ブックで久しぶりに読み返した。
 医師になってから読むと、医学部時代に再読した時とはまた違う発見があった。

 主人公の研修医(斉藤)はパーソナリティ障害っぽい。
 全か無か思考、独善性、特定の患者以外の他者への共感能力の乏しさ、衝動制御能力の乏しさ、など、学力偏差値は高いんだろうが(たぶんモデルは慶応の医学部)社会人としての協調性やバランス感覚を欠き、認知や行動の偏りが年齢不相応に著しい。偏りが大きい人(「変わった人」と言われがちな人)というノイズを混入させることで、腐敗した医療現場の実体を浮き彫りにし、硬直化した権力構造に瑞々しい変化を誘発させる触媒にする…という意図が作者にあったことは明白だが、一言で言うと「パーソナリティ障害っぽい」のである。正義漢と言えば聞こえがいいが、実際にはうまくいってるものまでぶち壊すトラブルメーカーとしての側面が強く、実際職場にああいう人が1人居ると雰囲気は悪くなりっぱなしだろう。

 絶対悪を必要とする正義。
 この作品には「大学病院の医師は絶対悪である」というテーゼがある。「医者なんて保身と出世が最優先の俗物の集まりだ」という制作者の揺るぎない信念があり、私に言わせればそうした表現は大学病院で懸命に研究や臨床に取り組んでいる医師を侮辱している。確かに、人間として尊敬に価しない医師はいるだろうし、中には全力で糾弾すべき職業倫理に欠けた俗物や極悪人もいるだろう。しかし、この漫画のように揃いも揃ってイヤな感じに描かれるほどかというと甚だ疑問である。
 ちなみに、この漫画の連載直前の2000年にWHO(世界保険機構)から日本の公的医療制度は世界最高の評価を受け、OECD諸国でも最高水準の健康指標(寿命、乳児死亡率)を達成していた。「大衆は豊かになると左傾化する」という仮説を私は常日頃いだいているが、世界最高レベルのアクセスとコストパフォーマンスで現代医療の恩恵を享受できていた日本国民が「この国の医療は腐ってる!」と叫ぶ漫画に熱狂したことは意義深い点だと思う。そりゃ村上先生だって怒るよ、てなもんである。
 旧日本軍とか、大蔵官僚とか、経団連とか、反日教育とか、どこかに絶対悪がいることを想定しないと成立たない自我に危うさを感じる。大きい声で悪口ばっかり言っている一部の民主党議員や人権活動家や隣国の人に通じる、内省に欠けた空虚で他責的なパーソナリティを彷彿とさせるのである。

 作り手の情熱は素晴らしい。
 感動的な話もあるし、考えさせられる話もある。抗がん剤と家族の話はとりわけ痛々しくて胸に迫る。(視点に偏りはがあるにしても)新生児医療の話は現場の過酷な実情を丹念に描き、生命倫理の問題意識を人口に膾炙したという点においてその意味は大きい。何より、医療の問題を漫画という形式でジャーナリスティックに取り上げるというこれまでにない形式を確立したという業績は重要である。精神科患者への偏見(スティグマ)がテーマの精神科医療の話も描写や説明に違和感はなく、よく調べて描いているように思う。絵とストーリーで表現する漫画という形式は分かりやすくてインパクトが大きく、一般大衆への訴求性がハンパ無いのである。

 (読んでないが)続編はクソらしいので、この前半を久しぶりに読み終えたということで良しとする。電子版は無料で全巻読めるのが素晴らしい。なんだかんだ言って若いうちに読む価値がある気合いの入った漫画だと思います。画力と構成力が素晴らしい。

    

2015年1月29日木曜日

PK


 佐藤優が薦めていたので久しぶりに読んだ伊坂幸太郎作品。

 関連性のある中編3つからなる構成。表題作『PK』だけ読むと普通にいい話、2つ目の『超人』と3つ目の『密使』を合わせると時間SFとして楽しめる。

 大臣、サッカー選手、作家のパートなど、複数の登場人物の視点を緩やかに繋げる作風は『ラッシュライフ』の頃から健在。個人的には(テーマ的にも)斉藤和義へ提供した歌詞『ベリーベリーストロング』に近いと思っている。「勇気は伝染する」という心理学者アドラーの警句が幾度も引用される。誰かの勇気に誰かが感化される話。人が賦活する人の話。

 良くも悪くも軽くて読みやすい、相変わらずの伊坂節。
 出張でサクッと読むのにいい感じ。
   

2015年1月22日木曜日

タイタニック


 日本では社会現象にもなった1997年公開の作品。
 筆者の初見は確か中学生の時。高校の時に観直して以来久しぶりに観た。

 三等客室に潜り込んだ画家志望の貧しい青年(レオナルド・ディカプリオ)と社交界の表層的な慣習や母親に決められた俗物の婚約者にうんざりしている女性(ケイト・ウインスレット)が出逢い、恋に落ちる。

 この映画で特筆すべきは、身分違いの恋という古典的な王道の悲恋のストーリーを圧倒的なスケールの舞台装置で大迫力の映像作品に落とし込んだこと。伊藤計劃の映画評で読んだところによると、監督ジェイムズ・キャメロンは「破綻したテクノロジーを描き続ける作家」であり、アバター然り、ターミネーター然り、基本的にはSFの人である。従ってメインは甘く切ないロマンスではなく、圧倒的なスケールで再現されたスクリュー等の機械や沈没する巨大船の様子だ、とかなんとか。

 そんな理屈はさておき、(王子様路線としては)全盛期のレオナルド・ディカプリオの容姿が作品を傑作たらしめている。あとはセリーヌ・ディオンの主題歌。

 ああ映画観たな、と満たされる。間違いのない傑作。
   

2015年1月16日金曜日

トレインスポッティング


 キャッチコピーは「90年代最高の”陽気で悲惨”な青春映画」

 イギリス北部の地方都市エディンバラの若者達の話。生産的なことは何一つせずドラッグや喧嘩やセックスに耽る彼らのクソみたいな日々をUKが誇るクールな音楽でお洒落に映像化した作品である。

 高校生の時に観た筆者は刺激的な内容とその怪しげなお洒落さに軽く感化されたが、その後見直してみると、だから何だと云わんばかりのただのクソみたいな人たちの暮らしである。trainspotterという語には幾つも意味があり、「電車オタク」「誰も興味がないことに興味のある人」「チャンスをうかがい続ける人」という意味があるとかいう話があり、深い含意に思いを馳せ、思わず携帯のメールアドレスになんかにしてしまった筆者だが、実際はヤクをキメる名所に由来するタイトルだとか何とか。(参照サイト

 本当にクソみたいな不愉快な描写が続く映画だが、ラストのBorn Slippy(Nuxx)の流れるシーンはやはり最高だ、と久しぶりに観直して思った。肥だめのような最低の暮らしの中にわずかに光る。ここにもまた堕落論的な哲学がある。

     

2015年1月14日水曜日

キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇


 IWGPシリーズでお馴染み池袋のGボーイズの絶対的な王、安藤崇がいかにして非情のキングになったか、という前日譚。高校時代のマコトの目線で語られるタカシを襲った悲劇と、その復讐劇の話。

 前日譚と言いながらも時系列は(おそらく意図的に)錯綜しており、マコトとタカシは2000年代に流行ったおれおれ詐欺のバイトをしたりする。シリーズ1作目は98年頃の作品であったが、その辺を深く考えてはいけない。ドラえもんやこち亀に通じる、具体的な年号や日付を欠いた日常が延々と続く世界観なのである。

 スピンオフ特有のファンサービスを楽しむべき作品。
 深く考えず、サクッと読むべし。
   

2015年1月12日月曜日

エレファントマン


 サーカスで見世物にされていた畸形の男の話。実話に基づいた話で、作中では象に踏まれそうになった母親の恐怖で奇妙な容姿に生まれついたとされるが、実際は神経鞘腫かプロテウス症候群という疾患の影響ではないかと云われる。

 グロテスクな題材を扱いがちなデイヴィッド・リンチ監督作品だが、観る前に期待していた路線とは違い、感動路線のいい話だった。外面、内面いずれも含めた人間の美醜が主題なんだろう。

 人格者の外科医師役のアンソニー・ホプキンスが風格漂う演技をしていて、羊達の沈黙のレクター博士だとは全然分からなかった。
   

2015年1月10日土曜日

インターステラー


 地球の危機を救うために宇宙の遥か彼方の銀河系に向かう父親と、地球に残った娘の話。

 監督はメメントやインセプションのクリストファー・ノーラン。入り組んだ立体パズルのように精緻で複雑な構造を持つ映画を作るのが好きな監督だと私は思っている。この話もその例に漏れず。プロットに手が込んでいる。アメリカ人の好きそうな宇宙SFが題材。

 想像を絶する程の時間と空間の距離を超えた挑戦。疲れ、傷つき、心は磨り減り、隠されていた隣人の醜い側面までも露わになる極限状況。何度も希望は断たれ、信じていた人に裏切られ、諦めそうになりながら、それでも記憶の中に生きる愛する者の影を求め、挑み続ける人々の話。

 脚本、音楽、映像、いずれもハイクオリティな感動作。ネタバレ全開のコラムがネット上に垂れ流されているらしいので、観る前にはリサーチしないことを勧める。


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