2020年12月31日木曜日

narrative of the year 2020

1位 三体 黒暗森林(小説)
内容は濃く、ボリュームがあるが、読後感が素晴らしかった。ラストの展開に至るプロットの妙よ。


2位 ワイルド・スワン(ノンフィクション)
20世紀中国のリアルを学べた作品。激動の時代がドラマティックすぎて衝撃。

3位 マイケル・ジョーダン:ラストダンス(ドキュメンタリー)
バスケのレジェンドの物語を追体験し、熱くなった。

4 劇場版「鬼滅の刃」無限列車編(映画)
流行もあるが、実際面白い。皆がこういう作品を求めていたという感がある。

5位 SOUNDTRACKSCDアルバム)
長年のファンとして、満足のいく出来。

6位 ジョーカー(映画)
映像、音楽、テーマ、どれも素晴らしい。

7位 そばもん ニッポン蕎麦行脚(漫画)
蕎麦という文化体系に魅せられた。

8位 ハルビン・カフェ(小説)
重厚な娯楽作品。人に薦めづらいが、心には残る。

9位 都市と都市(小説)
ハード気味なSF。これまた万人には薦められないが、実際面白い。

10位 この町ではひとり(漫画)
シンプルな小品のようでいて、なかなかに味わい深い。


2020年12月29日火曜日

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート


 謎に包まれたやり投の名手、溝口和洋の半生を追ったノンフィクション。2016年作品。

 溝口和洋は主に1980年代に活躍したやり投の選手である。1989年に記録した87mの日本記録(当時の世界記録とも僅差)は、30年以上経った現在でも破られていない。そして、本書の副題の「最後の無頼派アスリート」の通り、剛気な気性で知られた。大酒を飲み、女を抱き、マスコミを嫌い、その気難しさと磊落な振る舞いは多くの反発を呼んだ。しかし、技術は繊細であり、毎日10時間以上のトレーニングを己に課し、世界を転戦して華々しい実績を残した。室伏広治の師匠でもあるらしい。

 本書はノンフィクションであるが、溝口の一人称で記述される。これは、口下手で多くを語らない溝口に、書き手が20年近い取材を続けることで、独特で癖のある溝口の心性に寄り添い、やがて憑依されたように一体化し、結実したものと思われる。読んでいて違和感のない血の通った一文一文には、作者の執念と情熱が宿っている。

 本書を読んでいて、学問に生きる人間とは異質な、自身の肉体と対話するアスリートの思考回路が垣間見える。何を良しとし、何を忌避するか。そのデシジョンメイキングの過程を知ることには価値があり、一つの道に徹する人間の物語としての普遍性が、そこから生まれる。胸が熱くなり、自分の道を頑張ろうと思える本の一つであろう。
   

2020年12月19日土曜日

鬼滅の刃(漫画)

 2020年12月3日発売の最終巻で完結した漫画原作。全23巻。
 2回の通読を終えた上での感想、
考察など。

 最初は、浅いと思った。
 はじめの2巻ほど読んでみて、特段、続きを手に取る気にはならなかった。和風の伝奇ものは最近じゃ珍しいとは言え、台詞回しや、人間模様など、全体に深みを欠いている気がした。

 だが、2020年10月の映画公開後に爆発的なブームが日本に訪れ、その勢いに乗って、アニメの視聴を開始することにした。前にも書いたが、戦闘シーンはufotable制作の動画が格段にいい。そして、アニメで視覚的なイメージを強化してから漫画を読み返してみると、理解がはかどる。週刊誌連載という制約があってか省略された部分が多いが、設定や時代考証などが実はかなり細かくなされていて、徹底的に世界観が作り込まれている。プロットもよく練られており、2周目を読んでみると、その作りの精緻さに唸らされる。そして何より、理解できると面白い。

 社会現象となるにあたり、それに耐えうる強度を持った原作なのだと思う。
 まずは前段階として、2020年のコロナ禍で、スポーツ、コンサート、飲み会などの従来の娯楽は大きく制限され、アメリカのハリウッド映画やディズニーの作品群も軒並み公開延期になるという、特異な状況があった。そこへ投下された映画の大ヒットで注目が集まったのはラッキーだったと思うが、その後もブームが下火にならないのは、作品の実力であろう。

 ヒットの要因として、まず、作者がいい人である。
 単行本のコメントなどを見る限り、作者の吾峠呼世晴(女性らしい)が、全方向に敵を作らない「いい人」なのは間違いない。ネットで叩かれるような失言などしないし、そもそもSNSで自己主張なんかしない。作者が世間をしらけさせるような失態を犯さないために、盛り上がりが下火にならない。それは本人の戦略的な振る舞いなのかもしれないし、老練な集英社の戦略という要素もあるだろうが、さしあたって「善良な人」なのは間違いない。そして、あまり素顔を見せない作者の人間性や人生哲学は、作品の中に結晶している。

 日本人が飢えていた価値観。
 鬼滅は「伝統的な日本の価値観を受け継ぐ物語」である。世に溢れる作品の感想の中でも、イスラム研究者の飯山陽氏が指摘していた、鬼滅は「保守的な価値観」の作品であり、「左翼リベラル思想フリー」である、という点はしっくりきた。鬼じゃない側の登場人物たちは、日本の伝統的家族観を大事にしており、自然に生じる家族間の愛情や信頼がある。残虐なシーンも多いが、底に流れているのは大きく豊かな愛であり、祈りであり、作品の真意が理解できれば、子供にも読ませてあげたくなる。「死ね」とか「殺す」とか汚い言葉は多いし、甘露寺さんは派手に胸を露出したりしているが、作品世界に清い空気が漂っているためなのか、あまり気にならない。作品が老若男女に愛されるのは、声が大きいリベラル勢のポリコレ的価値観が肌に合わない人が多いことを反映していると思う。

 「心の痛み」を想起すること。
 話を読み進める中で、精神分析のモデルでいうところの「転移」が頻繁に起こる点もまた、ヒットの要因ではないかと思う。本作では容赦無く人が死ぬ展開が多く、誰かが大切な人を失うシーンや、自分の弱さに直面して挫けそうになるシーンが、頻繁に出てくる。そのバリエーションが多いためか、誰が読んでも、どこかで己の実際に体験した記憶と重なる、そういう仕掛けがあるように思われる。それは、創作におけるテクニックという側面もあるが、良質な物語の条件でもある。炭治郎、富岡義勇、胡蝶しのぶ、煉獄杏寿郎、誰でもいいが、心に傷を追っても、人間の心を失わずに、鬼のような暗黒面に落ちずに、己を奮い立たせ、先人の思いを引き継ぎ、諦めずに、巨悪を倒そうとする。この作品に出てくる鬼は、心が弱く、ダークサイドに落ちてしまった人間のメタファーである。

 血統主義の否定。
 詳しくはネタバレにもなるのでここには書かないが、血統主義を否定しているのは印象的である。人が繋がるのは、ジーン(遺伝)ではなくミーム(願い)である、という展開は、普遍的であり、時代に即している。血のつながりに胡座をかいているのは鬼の側であり、鬼に対峙する側は血のつながりの有無にかかわらず、愛情と信頼によって繋がっている。

 そして、過去の作品の「想い」が継承されていること。
 ジョジョ、銀魂、るろうに剣心ハンターハンターなどへの、リスペクトと愛着を感じる。内容自体が王道のジャンプメソッドを踏襲しており、どこかで既視感のある努力、友情、勝利の黄金律が展開する。古来からの日本的価値観とともに、集英社のジャンプ編集部が培ってきたメソッドなど、多層にわたり、日本の文化的な遺産のミームが詰まっている作品なのだと思う。

 長くなったが、ヒットの要因について雑多に書き散らすとそんな感じである。
 皆がコロナとポリコレで疲れている、今の日本に必要な要素が揃っていた感がある。
 だから、ヒットは必然だと思う。

 何より楽しいのは、鬼滅が社会現象になったということであろう。
 日本中の子供たちが炭治郎や善逸を真似て剣をふるい、キャラクターグッズがバカ売れし、見知らぬ人同士が鬼滅の話題で盛り上がる。社会全体で共通の物語を持つということの喜びを思い出させてくれた。社会が混乱と閉塞に満ちた2020年、日本では皆で鬼滅を楽しんで、一体感を楽しめた感がある。人々の心に光や温もりを与える、こういう作品にまた出てきてほしい。
  

2020年12月7日月曜日

劇場版「鬼滅の刃」無限列車編


 2020年12月現在、社会現象となっている話題の映画を観に行ってきた。

 2020年10月16日公開作品。


 内容は単行本の7巻、8巻に所収のエピソードを忠実に再現したもの。鬼殺隊の指令を受け、炭治郎らが鬼が出るという電車に乗り込み、隊の精鋭である炎柱(えんばしら)の煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)と共に戦う。制作はTVアニメ版と同じufotable。


 やはり鬼滅は、アニメーション動画で観るのが楽しい。夢の世界の描写や戦闘シーンなど、漫画よりも格段にわかりやすく、見映えがする。少年の心が熱くなるのは勿論だが、大人が観ていても作画の美しさ、迫力や躍動感に引き込まれる。テンポや演出など、くどさがなく、適量をわきまえており、観ていてストレスがないのもいい。


 そして、内容。これは男、煉獄杏寿郎の映画である。漢字の漢と書いてよむ「おとこ」である。本作だけ観ても彼の生い立ちや行動原理について理解でき、その生き様に心を打たれる。何故、強くなったのか。何のために戦うのか。戦後教育で骨抜きにされる前の日本の男の美学が凝縮している感がある。潔さがあり、愛があり、情熱があるのだ。


 現在、日本中の小学生男子のロールモデルは男気あふれる煉獄さんと、慈愛に満ちた炭治郎になっているのは間違いない。親が子供に見せたくない要素があまりない良質なコンテンツなので、こういう社会現象はいいものだと思う。ブームに乗っかるのが楽しい、という一体感を久々に体感できるのも新鮮だ(しばらく「こういう感じ」がなかったことにも気づかされる)。コロナ禍で社会が混乱し、疲弊した2020年、人々の心に光を与える素晴らしい作品だったと思う。心を燃やせ。

  

2020年12月4日金曜日

SOUNDTRACKS

   
 Mr.Children 20作目のアルバム。12月2日発売。全10曲。

 新型コロナウイルス流行でロックダウンする前のロンドンでレコーディングしていたというのが話題の作品。グラミー賞受賞のエンジニアであるスティーブ・フィッツモーリスらのチームと組み、生の楽器が奏でるアナログサウンドを突き詰め、純粋に「鳴らすこと」に徹した感がある。革新的な手法はないが、聴こえる音は新しく、欲や執着から解き放たれ、純粋にいい音を鳴らそうという美意識が感じられる。アートワークは新進気鋭のクリエイティブチーム(らしい)のPERIMETRON。

 オープニングナンバーの#1 DANCING SHOESの浮遊感のあるサウンドは『Q』の頃の雰囲気を思い出す。
透明感とポップさが同居する#2 Brand new planet、疾走感のある#3 Tunr over?からの緩急で、ダウンテンポな#4 君と重ねたモノローグ、#5 loss timeで浸れる。静けさの中にダイナミクスが同居する#6 Documentary filmを経て、#7 birthdayの躍動がいっそう際立つ。シングル曲もアルバムの流れの中で現れると、単独で聴くのとはまた違った味わいで心地よい。そして後半に現れる大人の色恋の質感が生々しい#8 others、気負わずに生を肯定する#9 the song of praise。最後は食後のデザートのように甘く、物憂げで、諦観が漂う#10 memoriesで終わる。

 ドキュメンタリーのDVDやYoutubeでのインタビューを観ると、メンバーの老いを感じるが、それを自覚した上で奏でられた作品であると、彼ら自身が語っている。アナログサウンドと死を意識する世界観は1996年発表の『深海』が近いが、それから20年の成熟を経て、回帰した境地が本作である。やがて訪れる死や終末を受け入れ、それを踏まえた上での”It’s my birthday!”なのだ。死の匂いの中で生が際立つアルバム、と言えるかもしれない。
『SOUNDTRACKS』というタイトルは、日常を生きる誰かに寄り添う音楽でありたいという願いが込められている。

 評論家筋は
最高傑作と褒め称えているが、実際、確かに、聴き込むほどに発見があり、尽きない味わいがある。繰り返し聴き込んで、新たな発見を続けていきたい。コロナ禍と経済禍に見舞われ、いろいろあった2020年の終わりに、この音が聴ける幸福を噛みしめながら。
   

2020年11月29日日曜日

リチャード・ジュエル


 クリント・イーストウッド監督のアメリカ映画。2019年作品。
 Amazonの配信のレンタルで鑑賞。

 1996年に実際に米国アトランタで起きた爆破テロ事件の話である。五輪会場近くのコンサート会場となっていた公園に爆弾が仕掛けられたが、警備員のリチャード・ジュエルが偶然発見し、居合わせた人々に避難を促し、結果として爆破規模に比して死傷者は少なく抑えられた(死者2名、負傷者111名)。事件後、彼はマスコミに英雄として扱われたが、やがて論調が変わり、犯人の疑いをかけられ、メディアや大衆の総攻撃を受けるようになる。


 イーストウッド映画は、現実世界の理不尽の中で筋を通そうとする人間を描くものが多い。本作の主人公、リチャード・ジュエルは欠点が多いながらも善良であろうとする凡庸な一市民に過ぎないが、突如として襲われる理不尽に対し、何ができるか。相棒となる弁護士(サム・ロックウェル)とタッグを組み、見えない敵に立ち向かう。


 撮影時点でイーストウッド監督は89歳だったそうだ。加齢により様々な能力は衰えていると推察されるが、培ってきた美的感覚や価値観は失われないのだろう。本作品は無駄がないため、観ていてストレスがない。何気ない描写の積み重ねによって浮き立つ、シンプルでソリッドな美学がある。その美学や哲学、通底する原理のようなものには普遍的な価値があり、観る人間の心を動かす。クールだ。

   

2020年11月27日金曜日

ルパン三世 カリオストロの城


 地上波の金曜ロードショーでやっていたのを録画したものを鑑賞。
 1979年作品。宮崎駿監督。

 登場人物はお馴染みのルパン一味だが、全体に雰囲気や展開がハヤオ節である。ラピュタのパズーのようにルパンが壁によじ登ったり、爆発したり、カーチェイスが展開される。次元と食べるパスタも美味しそうだ。アルプスの少女ハイジなどで培ったと思しきヨーロッパの山や湖畔の景色が展開し、味のある古城が舞台になる。そして、女の趣味は完全に宮崎駿の好みだ。

 なぜこんなにも有名な作品になったのか、と考えてみる。ルパンというコンテンツ自体に魅力があることに加え、宮崎駿エンターテイメントの一つの完成形だったからだろう、と推察される。上映期間の興行収入が突出していたわけではないそうだが、関係者の評価は一貫して高く、繰り返す地上波での放映などを通して、じわじわと人気を獲得していったらしい。お色気シーンが控えめなこともあり、安心して子供に見せられるというのも大きい。お茶の間で家族みんなで楽しめる作品であるがゆえ、地上波で力を発揮したのかもしれない。

 深く考えずとも、質が高くて楽しい。日本が誇る娯楽作品の金字塔であろう。
   

2020年11月25日水曜日

山本さんちのねこの話


 飼い猫の「トルコ」との馴れ初めや、共に暮らす日々を描く。2017年初版。


 様々な媒体に書いていた猫の話を加筆修正してまとめた感。サクッと読め、それなりに笑える。全体にアラサー独身女性の生活感が全面に出ており、猫との暮らしのリアルな空気が感じられる。


 不満は、猫カフェに行った話と中高年男性がキャバクラに行った話を併置する最高傑作が載っていないことである。(下記リンク)

 https://twitter.com/sahoobb/status/493922532878061568

 https://twitter.com/sahoobb/status/494273330053005313?lang=hu

   

2020年11月22日日曜日

Mr.Children 道標の歌


 2020年11月発売。ミスチルのお抱えライター(?)である小貫信昭氏が綴るMr.Childrenの歴史の本。手元に届いて1日で読んでしまった。

 小貫氏は25年にわたりMr.Childrenの取材を続けており、メンバーおよび関係者の直接のインタビューに基づく内容が多く、事実関係には信頼が置ける。時点時点においての楽曲制作の背景、活動の水面下での状況、各人の心情など、目新しい内容は少ないが、長年のファンにとって味わい深いものが多い。いろいろ詳しく書いてあるが、プライベートやセンシティブな話題(離婚の話とか)に触れないあたり、メンバーへの気遣い(愛)を感じる。

 本書の構成は桜井、田原、中川、鈴木(Jen)の中学と高校での出会いから掘り起こし、下積み時代、1992年のメジャーデビューから、2020年現在に至るまでのロックバンドMr.Childrenの歴史が、時系列順に書いてある。各章のタイトルは『innocentworld』、『終わりなき旅』、『Sign』などその時代を代表する楽曲名である。

 ミスチルは2020年現在デビュー28年目で、人気は衰えることなく、日本の音楽業界のメインストリームに存在し続けている。その秘訣となっているのは、メンバーの音楽に対する貪欲さや真摯さであると、随所から感じ取られる。そして、長続きするバンドであるためには、メンバー間でのほどよい距離感、礼節、誠実さ、素朴な感じの良さが必要なのかと、それぞれの言動や事実関係の端々から気づかされる。一言で言えば、イヤな奴がいないのだ。それがどれだけ希有であり、力強いファクターであるか、考えることも一興であると思われる。

 来月発売のアルバム『SOUNDTRACKS』へ向けて、気分を高めるには最適の一冊である。
 

2020年11月8日日曜日

鬼滅の刃(アニメ)

 
 話題のアニメ、全26話をAmazonプライムで視聴。

 2020年11月現在、本作は日本で久しぶりに聞く「社会現象」になっていて、その話題を聞かない日はほとんどない。菅首相が答弁で「全集中の呼吸」と言ったとニュースになり、店にはグッズが溢れ、小学生は学校で鬼滅の話で持ちきりだという。その影響を受け、ついに我が家でも観るに至った。還暦を過ぎた義母も観ているというからよっぽどである。

 私は原作も既刊22巻まで読んだが(最終巻が12月発売なのでその後感想を書く予定)、やはりアニメがいいと思う。特に戦闘シーンが動画だと抜群にわかりやすく、剣技や敵の特殊能力(血鬼術という)とともに見ていて楽しい。キャラも立っており、それぞれ魅力があるので、誰しもお気に入りのキャラが見つかるだろう。元は深夜枠のアニメだったこともあり死体などの残虐な描写が多いが、忌避すべきような悪質なものではないので、小学生くらいなら見せてもいいと個人的には思う(就学前の子供に考えなしに見せるのは良くないと思うが)。

 物語作品としては、過去に先人たちが生み出してきたレガシーをしっかりと継承し、王道のジャンプ漫画をやっている感がある。大正時代の世界観や技の雰囲気は『るろうに剣心』に近く、ヴァンパイアものの作品であるという点で『ジョジョの奇妙な冒険』のエッセンスを感じる。善逸のキャラ造形には『銀魂』の影響を強く感じる。それらを折り込みつつ、主人公の炭治郎の優しく、誠実で、家族愛に生きる感じは、令和のヒーロー像という感じがする。

 コロナ禍の影響などの諸条件が偶然重なったことで日本中が注目するメガヒットコンテンツになった感はあるが、今この瞬間、この波に乗っかるのが楽しい、という一体感もセットで楽しむのが吉である。この作品に登場する概念は、今後日本の文化に根付くのは間違いないので、日本人なら絶対に観ておくことをお奨めする。職場の序列を「柱」に例えたりすることで、社内のコミュニケーションが円滑に運ぶであろうことは間違いない。
   

2020年10月30日金曜日

初秋

 スペンサーシリーズ第7巻。オリジナルの英語版は1980年に初出。日本語版はハヤカワ・ミステリ文庫より1988年に発売。おそらくシリーズで最も有名な作品である。

 舞台は1980年頃のボストン。私立探偵のスペンサーが、離婚協議中の夫婦に依頼された仕事に携わる中で、10代の少年ポールに出会う。彼は無知で自分勝手な両親の関心を得られず、幼少期よりネグレクトされ育ったために、自主性をもたず、何事にも投げやりで、己を救う術をもたなかった。ポールの不遇を知り、仕事上の成り行きもあり、スペンサーが彼を一人の自立した人間にするために、一夏を共に過ごすことになった。体を鍛え、湖畔に家を建て、芸術を観賞し、敵と戦いながら、人生において大切な物事の理をスペンサーが少年に教え込む、という内容である。


 大学生の頃に読んで以来の再読だが、これはかなり好きな作品だと再確認した。孤高のヒーローを描くハードボイルド小説の進化系であり、単なる娯楽作品の域を超え、心に残るものがある。金城一紀のフライダディフライ(小説)や、映画の『ベストキッド』なんかに通じる、師弟関係、人間的成長、人生の不条理に挑む姿などには普遍的な価値があるんだろう。簡潔で皮肉な文体、スペンサーのタフでドライな洗練された行動原理もいい。


 個人的に、秋に読みたくなったから気まぐれに読み返してみたわけだが、すごくよかった。体を鍛え、本を読み、美味いものを食べつつ、人生を謳歌したくなった。

   

2020年10月10日土曜日

そばもん ニッポン蕎麦行脚


 蕎麦の話だけで全20巻、9年にわたり書き続けられた力作である。2008年から2016年までビッグコミックにて連載。

 チャラついたイケメンは出てこない。歴史の重みが風格として漂う職人がヒーローとして描かれる。近年の漫画作品には不細工な顔の人間があまり出てこなくて私は不満なのだが(大衆の自己醜形恐怖や無自覚なルッキズムによる他者の排斥を反映しているようで、時代の病理を感じるのだが)、本作にはそれがない。「さの字」のような情けない人物の顔つき、人となり、実家の背景などに代表される、リアリティのある人物造形が良い。

 作者の方も制作を通して蕎麦の世界の深みにはまっていったようで、後半は蕎麦の歴史や製法に関しての探求色が強くなる。専門家が監修し、プロの絵柄付きでストーリーを通して学べる本作は、蕎麦の入門書であり、かつ文化体系の解説書としての価値を持つだろう。カルチャーとしての蕎麦の魅力が随所に詰まっている。そして何より、蕎麦が美味しそうだ。

 これはかなりのお気に入り作品となった。蕎麦屋に通いつつ、これから何度もじっくり読み返していきたい。
   

七つの会議


 2019年の日本映画。AmazonのPrime Videoで視聴。
 東京建電という企業が舞台の会社ドラマ。

 完全に池井戸潤&TBS節(ぶし)という風情で、全体に半沢直樹の既視感がある。舞台は東京中央銀行ではなく中堅電機メーカーだが、撮影しているのが同じ建物であり、及川光博、香川照之、片岡愛之助などが出てくる。侠気をもって組織と戦うヒーローは堺雅人ではなく、野村萬斎が演じている。

 腐敗した組織と対峙した個人が筋を通す、という展開は定番で、予想を裏切らない。特記すべき点として、エンドロールで日本企業の病理に関して考察する主人公の独白は面白かった。企業≒幕府や藩であり、所属や肩書きが強い意味を持つ組織人としてのメンタリティは日本人の心情に刻み込まれているのだろう。それゆえに、このような形で体制と闘う個人のドラマが日本独自のエンターテインメントとして成り立つ。

 お約束の感がある展開は、わかっちゃいても面白かった。これぞ大衆娯楽。

   

turn over?


 ミスチルの新曲。9月16日にオンライン配信でのみ発売。

 TBS系のドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』の主題歌で、ドラマに寄せていったような世界観の歌(ドラマは観てないが、タイトルから察するに)。要領はいいがどこか頼りない男が、観念して、心を改め、愛する女性に頭を下げて求愛するような。30代〜40代くらいの女性をターゲットにしてそうだ。

 メロディーラインが複雑だが、耳に馴染むと心地よい。磨き抜いた職人技で作り上げた軽い歌、という感がある。バンドは原点回帰と新規性追求を繰り返し続けている。12月発売のアルバムが楽しみだ。

2020年9月30日水曜日

半沢直樹(続編)


 前作で上司である大和田常務への復讐を遂げた後に半沢が異動となり、東京中央銀行の傘下のセントラル証券へ出向中の時点から物語が始まる。ストーリーはお馴染みの展開で、基本は嫌な奴が出てきて、半沢が組織の闇に直面し、正面からぶつかり、仲間が現れ、問題が解決する。

 第二シーズンは歌舞伎役者たちの吹っ切れた過剰な演技がウケたらしい(香川照之、片岡愛之助、市川猿之助、尾上松也)。前作の様式美を踏襲しながらも、お馴染みの敵役や仲間たちが生み出す空気感が心地よい。ベースには家族愛があり、友情があり、信念と侠気で戦う男のドラマが楽しめる。

 原作者だったか、撮影監督だったかがどこかで語っていたが、これはチャンバラの時代劇のような勧善懲悪の娯楽作品らしい。半沢直樹が侍で、会社が藩や幕府のような巨大な権力機構であると考えると納得である。体制にどっぷり浸かりながらも、組織の論理に抗い、個人としてあるべき筋を通す。これは日本人のための娯楽作品なんだろう。諸外国の人々にこの面白さが伝わるかは疑問である。

 日本全国で流行していたドラマの話題は楽しい。こういう作品がもっと増えてほしい。
   

2020年9月28日月曜日

映画クレヨンしんちゃん 失われたヒロシ


 27作目。2019年作品。

 オラの引越し物語のメキシコ、カンフーボーイズの中国に続く、オーストラリアが舞台の海外物。みさえとヒロシの数年ごしの新婚旅行の話であり、必然的にテーマは夫婦愛の話となる。後半、冒険はインディー・ジョーンズめいたジャングルの秘境の冒険となり、嵐を呼ぶジャングルにノリは近い。

 出来はまあ…今いち。一緒に観ていた娘らも後半飽きて遊び始めたし、大人狙いの夫婦の描写も制作側の意図がなんだかあざとい。個人的なクレしん映画ランキングでは下位にランクイン。

 きわどいネタが年々封じられ、制作側もたいへんなのだろうが、勢いよく振り切ってまた名作を生み出していってほしい。
   

2020年9月12日土曜日

天才! 成功する人々の法則


 突出した天才はいかにして生まれるか、を社会的な背景から考察した本。マルコム・グラッドウェル著。原著は2008年発行。日本語版は勝間和代訳。


 原題は”OUTLIERS”で、「外れ値」「きわだって突出した存在」を表す語である。プロスポーツのスター選手、コンピューター業界におけるビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、ニューヨークで大手事務所を経営する弁護士、音楽業界におけるビートルズなど、業界の中で突出した存在はいかにして生まれるか、その共通点を解き明かそうとする試みである。


 しばしば議論になる、「人間の才能を育むのに決定的なのは、生まれ持った素質か、育った環境か」という問いに対する答えは、本書を読めば得られる。例えば、本書における特に有名な部分「1万時間の法則」では、どんな業界でも突出した存在になるには膨大な時間をかけた蓄積が必要になるという仮説が紹介される。特定の分野において、その没入を可能にする環境に生まれつき、そのチャンスを掴んだものが、突出するのだ。突出した成功は先天的、遺伝的に規定されるIQや身体能力に依らないことは、本書に例示される人々の転帰を読めば理解できる。


 そして、「文化的な遺産」。人間のパフォーマンスは、その人物が生きる時代や場所、すなわち環境の条件に大きく規定される。団塊の世代は団塊の世代っぽい人に、日本のバブルの時代に社会人になった人はバブルの時代の人っぽくなるのだ。蓄積されたミームが、その人間の運命を規定する。自分のキャリア形成や、組織の運営、子育てなど、多くの分野に活用できる示唆が得られる。本書では大韓航空の航空機事故多発とその克服の過程なども、この「文化的な遺産」の視点から紹介されている。


 ひと昔前の本ではあるが、高城剛のメールマガジンでしばしば言及されているので読んでみたきっかけである。非常に有意義な読書体験だった。こういう良質なビジネス書を読んで生きていきたい。

   

2020年8月16日日曜日

ワイルド・スワン


 20世紀中国に生きた3代の女性を描いたノンフィクション。ユン・チアン著。原典の英語版の初出は1991年。


 1952年に中国四川省で生まれた著者が、丹念な取材に基づき、祖母、母、自分の3代の女性を取り巻いていた社会状況と、その中で生きた人々の姿を描いている。国共内戦、日本軍による満州の占領、共産主義革命、大躍進政策、文化大革命など、学校の教科書で学ぶ用語の背景にある20世紀の中国社会は、おびただしい人間の血が流され、何千万という家族や友人が別離し、理不尽に運命が翻弄される激動の時代だった。とりわけ、1960年代から始まった文化大革命の時代に中国全土を覆った恐怖と混乱は、筆舌に尽くしがたい凄惨さがある。20世紀中国に生きるのは難易度が高すぎで、ほぼ運ですべてが決まる感があり、平和な日本に育った自分なんかではとても生き残れる気がしない。


 読んでいて思い出したのはフランクルの『夜と霧』。己の生命が危ぶまれる極限の状況の中で、人間としての尊厳を体現する、真の意味で尊敬に値する人物は存在するということ。本書においては、著者の家族、特に両親の生き様については、深く心に残るものがあった。滅私、利他、フェアネス、清廉さ、家族愛など、既存の価値観が破壊され、人が人を裏切り傷つけ合うことを余儀なくされた地獄のような状況の中でも、勇気をもった人間によって体現されたそれらの美徳は、本作の中で普遍的な輝きを放っている。


 もう一つ、読んでいて気づいたのは、文化大革命のときに毛沢東が自国で使った手法は、形を変えて他国で使用されているのではないかということ。これは共産主義者の常套手段で、日本の全共闘による学生運動(1965年頃~1972年頃)も、現在の米国BlackLivesMatterの過熱も、他国に応用した同様の手口に思える。綺麗事で無知な若者や貧困層を扇動し、暴走させて、政敵を潰し、狙った国を弱体化させる。子供、女性、特定の人種、障害者など、社会的弱者が前面に出て、権威を主張して暴れ出した時は、中国共産党のことを思い出そうと思う。


 生涯読んだ中でも、読んでよかったと思える本のトップクラスに来る名作である。まさしく歴史を変える一冊と言えよう。今後、多くの人に薦めていきたい。

   

2020年8月15日土曜日

無能の人・日の戯れ


 つげ義春の漫画。電子書籍をヨドバシのDolyで読。昭和60年頃(1980年代前半頃)の作品を所収したもの。

 後半の『石を売る人』が有名だが、前半の1話完結の作品群もよかった。全編を通して私小説のような感があり、おそらく20~30代、健康体で東京に暮らしているが、金もなく、情熱もなく、エネルギーを注ぎ込む仕事もない、有閑の男が見る狭い世界の描写が淡々と続く。倦怠感が全編に満ち、無為に生きる人間の心象風景が活写されている。


 2020年の今読むと、インターネットや携帯電話が登場し、社会のスピード感が高くなる前の時代の空気が味わい深い。ダメで冴えない人たちが多数登場するが、みな心に余裕があり、人間味がある。垢抜けない男女の生々しい性愛や、純粋な家族の愛情も描かれる。これが真のスロウライフとさえ思える。テクノロジーが消し去ろうとする人間の味が保存された、令和の今読む価値のある作品だろう。

   

2020年7月21日火曜日

8年目


 人間は物語(ストーリー)でできている。わたしたちの記憶は、生きてきた一秒一秒の公平中立な蓄積ではない。さまざまな瞬間を選びとり、それらの部品から組み立てた物語(ナラティブ)だ。だから、同じ出来事を経験しても、他人とまったく同じようにその経験を物語ることはない。さまざまな瞬間を選びとる基準は人それぞれで、各人の個性を反映している。 

 『偽りのない事実、偽りのない気持ち』 テッド・チャン 

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 このブログを開始して丸8年が経過した。ナラティブ研究会というのは、そもそも私が大学生のときに作ったサークルの名前だ。自分が好きな小説、漫画、映画などの話を、ただ語り合う仲間がほしい、という単純な目的で、2007年頃に結成された。その後、大学を卒業して医師になり、精神科の研修をしていた頃に、インターネット上のブログにその働きを求めた。それが2012年の話。

 今や2020年で、世界は新型コロナウイルスの流行で大混乱をきたしている。仕事や遊び、家庭生活や芸術など、従来の社会活動が大きく制限される一方で、秋以降には空前の経済的不況が来るのは必定であり、米国のBlack Lives Matterの運動や中国と他国との衝突や対立を見ると、世界情勢も一筋縄ではいかなさそうだ。日本のみならず、各国の社会的なフレームワークは瓦解し、世界同時規模で、誰も見たことのない乱世が訪れるかもしれない。そんな、先が読めず、これまでの常識が通じない混沌とした世界で、各個人が拠って立つべき価値観や判断の基準とは、どのようなものであるべきか。

 そうした、各々の価値判断の尺度を形成するのは、個々の体験した物語なのだろう、と私は考えている。その大部分は、個人の人生経験に負うところが大きいが、他者が編み、娯楽や史料として提供される物語作品には、時間の蓄積の中で、自然淘汰と適者生存のメカニズムを経て洗練された、因果律や、事物の本質や、世の理、その攻略法や対処法、安全予防策など、この世界を生き抜くヒントが詰まっている。好きで観たり、聴いたり、読んだりした物語は、深いところで血肉となり、思考の核となり、己の判断に影響を与えている。そうした直観は当初からずっと変わらない。

 年月が変われば好みも変わり、最近はハードなSF小説だったり、人文科学的な歴史や地理の学識に裏付けされた骨太の物語が好きだ。劉慈欣の『三体』、テッド・チャンの短編小説高城剛の文章なんかに面白みを感じている。とはいえ、私の精神世界の根底の部分には、10代の頃から親しんだミスチルの歌詞やハンターハンターバガボンドが息づいているのだと思う。これまで生きてきた中で、偶然に出会ったり、必然的に辿り着いた無数の人文科学的物語作品。そのコラージュが私の精神世界である。

 このブログは10年続ける予定だったので、残りはあと2年を切った。無意識に読み集め、深く考えずに心に残した痕跡を、言語化してアウトプットし続けるというこの試みは、自分の中に何を残すだろうか。昔は作家になりたい思いが強かったが、最近じゃそういう目的意識も影を潜め、ただおもむくままに鑑賞するようになりつつある。医師としての臨床、研究、教育などにリソースをだいぶ割かれているせいもあるんだが。家族や友人と過ごす時間もほしいし。

 なんのためにこんなブログを続けているのか。そのすべての意匠を事細かに説明し、他人に理解を得ることは困難だろう。読みたい人だけ読んでくれればいい。そして、いくばくかの部分を共有できた場合には、どこかで感想を話し合えれば嬉しい。そういうスタンスで、更新は続いていく、はず。気になった人は、いつでもご連絡を。
   

2020年7月20日月曜日

この町ではひとり


 山本さほが神戸で暮らしていた頃の暗黒時代を描く漫画。2020年6月発売。

 横浜で青春時代を送っていた作者が、美大受験の失敗を経て、なかば現実逃避のために特に縁のない神戸での生活を始める。しかし、アウェーの街で友人ができず、変な人にカラまれ、バイト先でもストレスを抱え、次第に精神が侵されていく過程が描かれる。

 作中にあるような、ホームの人間関係と切り離された人間の孤独には普遍性がある。同じような体験をした若者はいつの時代にも、世界中のいたるところに、無数にいることであろう。かくいう私もその一人で、この本で描かれているような体験を大学の入学後に数年ほど味わった。周りに人は沢山いるはずだが、ウマが合う友人や、心を開ける相手が得られなければ、世界は輝きを失い、閉塞感に満ちた時間が延々と続く。不運な条件が重なると、この地獄は誰しもに訪れる可能性がある。あの頃の地獄を、この漫画を読んで少し追体験した。

 これまで読んだ山本さほ漫画では最も鬱要素が強いが、個人的には一番好きな作品である。こうした闇を抱え、直視し、受け入れてこそ、人は本当の意味で優しく、面白くなれるのだと思う。山本さほに期待しているのはそういう部分である。
   

2020年7月15日水曜日

三体Ⅱ 黒暗森林


 話題の中国の巨編SF『三体』三部作の第二部。
 日本語版が上下巻で2020年6月に発売。
 
 本シリーズは世界的にベストセラーになっており、各国のSF出版界における「事件」となっている。以下、一応、未読者のためにネタバレをしないように説明する。これは三部作の第二部にあたるが、ここでほぼ完結するので、2021年春に発売予定の日本語版の第三部刊行を待たなくても、今すぐに買って楽しめる。むしろ、この流れに乗るためには、今すぐ買って読むべきであろう。

 基本は地球人が異星からの侵略者と戦う話である。第一部が三体人との争いの序章であり、この第二部が実際の対決にあたる。圧倒的な科学力を持つ三体人による侵攻を待つ絶望的な地球での日常、四人の「面壁者」による三体人を打ち負かすための智略戦、などが展開される。大きなストーリーの骨格を維持しつつ、膨大な科学知識、人文科学的知識が披瀝され、予測不可能なドラマに必然性を与える。

 これは本年の個人的なベストになると思う。後半(特に「水滴」以降)、個人的には冲方丁『マルドゥック・スクランブル』のカジノシーンを初めて読んだときのような、焦燥感とももに物語世界に引き込まれていき、ページの手を繰る手が止まらなくなる感覚があった。ここで告白しておくと、職場での昼休みに読んでいて、外来業務に支障が出そうになったほどである。そして、最後まで読むと、圧倒的な知的興奮とともに、カタルシスが待っている。「黒暗森林」という語への理解が訪れるともに、現社会におけるその機構のメタファーに思いを馳せることになる。

 本作の原版である中国語版は2008年に発行されており、前回も書いたが、中国のエンターテイメントコンテンツのクオリティには恐れ入る。続きの第三部『死神永生』はさらにスケールが大きくなるそう。「大きなSF」を堪能できる幸福よ。本作は人類の宝である。
   

2020年7月12日日曜日

探偵物語


 松田優作を観たくて選んだ映画。1983年作品。
 赤川次郎原作の角川映画で、同名のテレビドラマとは関連がなかったり、ややこしい。

 主人公は大邸宅にお手伝いの女性と暮らす箱入りのお嬢様(薬師丸ひろ子)。身辺の警護を依頼された私立探偵(松田優作)が突然現れ、最初は反目するが、事件に巻き込まれ、やがて恋心が芽生え…というのが筋。
 
 前情報一切なしで観たが、割と面白かった。なんというか、昭和50年代の娯楽映画の王道という感がある。思えば主人公たちは私の親の世代で、大学のサークルの様子や女の口説き方など、当時の文化風俗が保存されている。ナイトクラブやヤクザなどの舞台装置にも、日本式ハードボイルドの様式美を感じる。

 松田優作は声とスタイルがいいな。確かに惜しまれるだけのオーラはある。他の作品も観てみたい。
  

きょうも厄日です


 『岡崎に捧ぐ』の山本さほの日常エッセイ漫画。
 文春オンラインで連載中で、2020年6月30日に単行本発売。

 作者は1985年生まれの34歳(wikipedia調べ)。私と同年代だから応援したいという贔屓目もあるが、この作者の面白さと優しさのバランス感覚は特筆すべきものだと思っている。基本的には社会機能の高い人だと思うのだが、微妙に運が悪く、日常に潜む違和感や不条理を拾い上げ、絵と言葉で形にできる能力を持っている。

 開巻劈頭、第一話に露出狂の話を持ってきたセンスにやられる。基本は気恥ずかしくなる自虐ネタで、他にもネットストーカー被害のサイコホラーネタ、恋愛の思い出ネタなど、カバーする範囲は広い。あとは最後に収録されている、ネット上で炎上した世田谷区役所のモンスター職員との攻防が印象深い。このあたりの倫理感や善悪の価値判断が基盤にあった上での、日常ネタの面白さなのだと思う。

 昭和の長谷川町子、平成のさくらももこ、に続く「令和の山本さほ」になれる人だと思っている。今後の活躍に期待。
   

レディ・プレイヤー1


 スティーブン・スピルバーグ監督。2018年のアメリカ映画。

 舞台は2045年。現実世界は荒廃し、人々はコンピューターネットワーク上の仮想空間でのアバターに己を投影し、ネットゲームの世界に生き甲斐を見出していた。そんなネットゲームの世界に製作者が隠した宝を求めて、パッとしない現実世界での生活を送る主人公らが、組織的に攻略を目論む悪徳企業と争いながら冒険する。

 思い出したのは『シュガーラッシュ』と『ハンターハンター』のグリードアイランド。それ以外にも無数にあるゲームの世界に人が入る系の物語を、最新の技術を用いて映像化するとこうなるということだろう。社会の格差が進行し、困窮した人々がネットゲームの世界で現実逃避する、というのは現代社会の延長線上あるものとして全く違和感がない。むしろ、そんな世界はすでに存在しているだろう。世相は思いっきり反映している。

 特筆すべきはディテールの再現度。『シャイニング』の館の冒険など、往年の映画の元ネタを知っている人がニヤリとさせられるネタが随所に込められている。とりわけ、アメリカと日本のポップカルチャーへの愛情が溢れており、アキラ、キングコング、ストⅡ、ターミネーター、ガンダム、など小ネタは膨大にありすぎて、枚挙に暇がない。

 2000年以前のオタク文化を、2000年以降のネット社会の感性で再構築し、アメリカ娯楽映画の文法に落とし込んだ、というのが本作の構造の本質なのではないかと思う。一つの異世界を徹底して作り込むのが2000年以前の創作であり、テクノロジーを用いて過去の名作群をサンプリングするという発想はネット社会の2000年以降の感性である。結果としてできた作品は多層的であり、大人も子供も楽しめるファミリームービーとなっている。アメリカ娯楽映画の昔と今を繋いでいる感がある。

 ちなみに、週に2回くらいはゲームから離れましょう、というのが本作におけるもっとも重要なメッセージである(ネタバレではない…と思う)。
   

2020年7月4日土曜日

アウトレイジ


 北野武監督の2010年作品。109分。

 2000年代のリアルヤクザを描く娯楽映画という風情で、『ソナチネ』のように芸術的に尖った要素があるわけではない。北野武は末端の組織の組長という役で登場し、上層部の思惑に翻弄される。個人の美学や心情と組織人の欲得が衝突し、人が死ぬ。それ以上でもそれ以下でもない映画である。

 基本はバイオレンスな娯楽作品であるが、ヤクザの組織の力学を学べる。椎名桔平の格好よさは特筆すべきものがある。命を張って生きる人間の気魄が皆表現できているのもよい。人に薦めるかと問われれば、ぜひとも薦めたい。不道徳で、苛烈で、それゆえに際立つ人間の輝きがある。これぞ娯楽映画という感がある。
   

2020年6月28日日曜日

ソナチネ


 北野武監督の映画。1993年作品。

 90分とコンパクトにまとまり、北野武の生死観と虚無が全面に出ている映画だった。暴力、性愛、そしてあの独特のユーモアセンスは、虚無の上に成り立っているし、その虚無ゆえに必要としているように思われた。カミュやヘミングウェイの感性が近いのかもしれない。生きていく上での絶望や孤独を受け入れ、退屈をまぎらわすための刺激を欲している。

 印象的なのは、唐突に挿入されるくだらない遊びのシーン。舎弟と興じるトントン相撲や落とし穴などの悪ふざけと、簡単に人が死ぬ凄惨なシーンの対比が深い印象を残す。芸人ビートたけしがテレビで提供してきた数々の笑いも、同じような価値観、同じような意匠の上に作られたんだろうと気づかされる。

 平成の空気、沖縄の異国情緒、エクソシスト風の久石譲のBGMが組み合わさって、いい感じに調和していた。北野武監督の映画をもっと観たくなった。
   

2020年6月26日金曜日

カエルの楽園2020


 百田尚樹『カエルの楽園』の続編。2020年6月発売。

 前作と同様、動物で戯画化されたカエルの楽園ナパージュに降りかかる災禍の顛末を通して、2020年の日本の国難を描いている。コロナ禍、経済禍、国防の問題の本質が小学生でも理解できる寓話に仕立てられ、2時間もあれば読める。お人好しで善良なツチガエルが狡猾で凶暴なウシガエルにしてやられる様を見て、目先の利益に欲をかき、同調圧力に負けて国を滅ぼす日本の構造がよく分かる。

 本書の原案は新型コロナウイルス流行に関連する自粛期間中に、作者が短時間で書き上げたもの。本作で取り扱う時事はリアルタイムで進行中の事象であり、作者が今後の日本の進みうる選択肢を予見し、3つのエンディングを書き足している。小説としてはエキセントリックな構成だが、読者への現実認識と思考を促し、作者の意図は十分に果たしているといえるだろう。

 無条件に他者の善意を信じるお花畑な思考では、悪い奴に大切なものを奪われる。本作のグッドエンディングに近づけるよう、現実世界でのプロメテウス(安倍首相)の覚醒を望む。
    

2020年6月25日木曜日

動物農場


 英国作家のジョージ・オーウェルの『1984年』と並ぶ代表作。

 1919年のロシア革命の顛末を動物で戯画化して描いた、コンパクトな中編小説である。知恵のある豚が農場主を追い出し、平等を重んじる思想に基づき農場の支配を強め、やがて体制は腐敗していく。ソ連における共産主義政権の歴史がなぞられており、その骨子が動物を使って分かりやすく描かれる。原典の初出は1945年だが、その後のカンボジアのポルポト政権、今なら中国、北朝鮮の権力構造にも通じる。

 長らく手元に置いてあったのだが、読みたくなったのは百田尚樹の『カエルの楽園』を読んだからだったか。登場人物を動物に置き換え、警告の内容を平易な語り口の寓話に仕立てるのは、リテラシーの高低にかかわらず老若男女に訴求性があり、時代を超えて有効な手法なのであろう。共産主義思想が生み出す人為的な地獄の本質が、小学生でも理解できる。

 時代を変える力を持った物語という感がある。不朽の名作だ。
   

2020年6月19日金曜日

マイケル・ジョーダン:ラストダンス


 1998年のNBAファイナルで伝説となったマイケル・ジョーダンのラストショットと、直後の引退へと至る軌跡を追ったNETFLIXオリジナル、ESPN制作のドキュメンタリー。全10話。

 バスケットボールを知る者にとって、マイケル・ジョーダンは特別な存在である。1990年代に彼が中心となって達成したシカゴブルズの2度のNBA3連覇(スリーピート)などの実績もさることながら、プレーや立ち居振る舞いの圧倒的な格好よさは類を見ない。跳躍力、シュートの技術、ここ一番の勝負強さを見れば、バスケ通の玄人から一般人まで誰もが鮮烈な印象を受け、心を動かす。

 本作はジョーダンの個人の物語としても味わい深いが、それ以上にシカゴブルズというチームの物語でもある。憎まれ役の経営者ジェリー・クラウス、名将フィル・ジャクソン、盟友スコッティ・ピッペン、悪童デニス・ロッドマンやいぶし銀なスティーブ・カーらの個性が光り、化学反応が生まれる。一人一人の人物の辿った歴史を掘り下げ、背景に迫っていくことでその味わいは増していく。当時のライバル達や記者など関係者達のインタービューも豊富で、贅沢な作りである。

 個人的な感想として、ジョーダンの偉大さも勿論だが、90年代のブルズやジョーダンにまつわる壮大な物語は、決してジョーダン一人でできたものではないということ。個性の強いチームメイト達やライバル達、世界中のファンやジャーナリストなど、共に熱狂し、反目し、時代を共有し、戦った全ての人たちのものである。バスケットボールという競技を通して、ここまで多くの文化・経済活動・物語が生まれたという事実を思うと、胸が熱くなる。 

 全10話の作品を見るのは久々の長丁場だったが、全く苦にならず、素晴らしい時間だった。以前、紹介したDVD『His airness』の10倍の質と量だと考えて差し支えないだろう。
     

2020年6月6日土曜日

自由を守る戦い 日本よ、ウクライナの轍を踏むな!


 日本在住のウクライナ人であるナザレンコ・アレンドリー氏の講演を元にした書籍。2019年発行。氏は1995年生まれで、本書の出版時点で24歳の若者。日本語は堪能である。Twitter上で見る限り、酒と女を愛しており、人間的なバランスも良い。嫌いなのは共産主義だ。

 内容は主に国家のアイデンティティと独立についての主張。祖国ウクライナの歴史を紹介し、2014年にロシアにクリミア地方を奪われるに至った状況に、現代の日本が置かれた状況は酷似していると警鐘を鳴らす。他国へ国防を依存する危険性を指摘するとともに、自国文化の喪失、歴史の改竄、移民を受け入れるリスクが説明され、中国・南北朝鮮・ロシアが用いる侵略手法は標的国は違えど同種であることがよく分かる。共産主義政治がもたらす実害についても詳しく書いている。

 著者は日本の国民性を愛しており、古事記のウクライナ語訳を出版を企図しているという。日本国外にルーツを持つ者から見ての日本の特徴、強み、脆弱性に関する着眼と洞察は鋭く、シンプルで強靭な論理が主張を貫き、読んでいて心地よく腑に落ちる。770円で手に入り、79ページと薄いが、内容は濃くコストパフォーマンスが大変良い。日本の状況を憂う愛国保守の心情を持つ方にはぜひ一読してほしい。
   

2020年6月4日木曜日

テセウスの船


 職場の上司が熱く薦めてきたため1巻を購入し、読み始めたら止まらなくなってしまい一晩で読みきってしまった。原作の漫画は全10巻。2017年~2019年モーニングで連載。今年、竹内涼真主演でドラマ化されていた。

 1989年(平成元年)の夏、北海道の音臼村という場所で小学校の児童ら21人が殺害される無差別殺人事件が起きた。主人公は犯人として逮捕された警察官の息子で、加害者家族の視点から物語は語られる。2017年、すでに社会人となっていた主人公は、父の冤罪の可能性を探るために調査を始め…というのが筋。

 『金田一少年の事件簿』や『ひぐらしの鳴く頃に』のような雰囲気があり、猟奇犯罪と謎解きを含むサイコホラーなミステリー作品である。実在の事件に材をとっていることがうかがえるが、いくつかの素材がコラージュされている。ネタバレは避けるが、時間SFの要素もあり、なかなか贅沢な作りである。なお、原作とドラマでは真犯人が違うらしい。

 よくよく考えると、1990年代に流行り、たくさんあったような娯楽作品ではある。久しぶりに読んだことで新鮮な刺激を味わえたのかもしれない。2020年代、リバイバル来るか。
   

2020年5月24日日曜日

ハルビン・カフェ


 打海文三のハードボイルド小説。2002年作品。

 大陸からの難民が住み着き無法地帯となった福井県の港湾都市・海市(かいし)を舞台に、中韓露のマフィアと警察の勢力が入り乱れる暗闘を描く。複数の事件が起き、関わる人々の視点が切り替わることで、次第に全体像が見えてくる。陰惨な暴力描写と緻密なプロットが特徴で、読み応えはハードである。

 思い出したのは東野圭吾の白夜行(小説)とLAコンフィデンシャル(映画)。雰囲気はジェイムズ・エルロイ的なノワールであり、横山秀夫の警察小説のようでもある。都市のアンダーグラウンドな因果に翻弄される人々が描かれるが、特定の人物の心情が描かれないことによって、その凄みが際立つ。凄惨な暴力の応酬、憎しみの連鎖、疲弊と悪徳が渦巻く世界のなかで、人は何を想い、どのように生きるか。それは『ウシジマくん』のような、激辛の中に残る旨味がある。

 読むには難易度が高く、万人に奨められる作品とは言い難いが、また再読したくなる味わいがある。
 人は傷つけ、騙し、奪い合い、ほんの少しの愛を見つける。
   

2020年5月23日土曜日

カエルの楽園


 百田尚樹の掌編小説。2016年作品。

 カエルで戯画化し、日本が中国にいかに乗っ取られるかを小学生でもわかる簡易な表現で書いてある。しかし、その展開はまさしく2020年時点で日本が置かれている状況に酷似し、後半の展開には背筋が寒くなる。三戒(≒憲法九条)の盲信は狂気の沙汰だし、デイブレイク(≒朝日新聞)の欺瞞が憎くてしょうがない。

 作者が自身の最高傑作だと断言しているそうだが、ジョージ・オーウェルの作品のように、この物語には歴史を変える力があるように思う。1人でも多くの日本人に読んでほしい。英語翻訳、映像化作品なども望まれる。この寓話には洗脳を解く力がある。

 簡潔で、本質を衝いた物語の拡散を願う。
   

2020年5月17日日曜日

ベストキッド


 1984年のアメリカ映画のリメイク版の2010年作品。ハリウッドのジャッキー・チェン映画。

 アメリカで生まれ育った黒人の小学生ドレ(ジェイデン・スミス、ウィル・スミスの息子)が、母親の仕事の都合で中国の北京に転居し、そこで地元のいじめっ子たちにいじめられる。しがないマンションの管理人の男(ジャッキー・チェン)が実は格闘技の達人で、ドレは彼に手ほどきを受け、修行を開始する。

 御都合主義の展開も、お約束の展開も、ハリウッド映画とカンフー映画の要素を程よく織り交ぜた感じになっている。黒人の主人公、アジア人のヒロインという設定については、ポリコレ風味の時代の風を感じる。泣き、笑い、スカッとする王道の娯楽映画を求める一般的な視聴者のニーズには叶うだろう。

 …と、そんな目で見る私には幾分物足りない部分はあったが、ジャッキー・チェンの放つオーラはなかなかよかった。黙っていても漏れ出る達人のオーラは、内なる蓄積があってのものだろう。存在するだけで作品を重厚な仕上がりにする、どう扱っても料理をおいしくする素材のようだ。ジャッキー・チェンが出演するという一点のみであっても、映画は観る価値があると学んだ作品である。
    

2020年5月16日土曜日

父親たちの星条旗


 硫黄島プロジェクトのアメリカ編。2006年作品。

 『硫黄島からの手紙』と対になっている作品で、こちらは1945年2月から3月の硫黄島での戦いをアメリカ側の視点で描いており、両作品でリンクするシーンもある。 映画のポスターにもなっている象徴的な写真の被写体となった若いアメリカ兵たちが主役のパートと、そのアメリカ兵の息子が当時の状況を関係者に取材するパートが交互に現れ、真実が明らかになっていく。

 軍が広報戦略として利用し、単純化された英雄譚として祭り上げられた一兵卒のリアルな心情が描かれる。各々動揺し、反目したりするが、抑制が働き、個人の尊厳が示される。過剰な演出を廃し、等身大の人間を描き出すイーストウッド節である。極端に感動的なシーンはなくとも、胸の奥に残るものがある。方向性は『ハドソン川の奇跡』が近い。

 日米が舞台の両作品を観て、豊かな時間を過ごすことができた。いい仕事だ。
  

2020年5月11日月曜日

硫黄島からの手紙


 大東亜戦争(第二次世界大戦)末期の硫黄島での戦いを描く「硫黄島プロジェクト」の日本版。2006年作品。

 99%日本の戦争映画という風情だが、クリント・イーストウッドが監督したアメリカ映画であるという事実に恐れ入る。役者は皆日本人で、栗林忠道中将を演じる渡辺謙、一兵卒の二宮和徳(ARASHI)、加瀬亮や、井原剛志など、配役はまさしく適材適所の感がある。演出のくどくなさ、展開のテンポの良さがイーストウッド節で、観ていてストレスがなく、最小限の装飾が底流にある骨太の哲学を際立たせる。

 世間はコロナ禍の真っ只中だが、この戦時中の生活の悲惨さを見れば、この程度で文句を垂れるなど、どれほど甘いのかに気づかされる。戦争という圧倒的な人間性の否定と、その中で輝きを放つヒトの命の尊さが見て取れる。月並みな感想だが、そんな感じだ。
   

2020年4月27日月曜日

都市と都市


 英国の小説家チャイナ・ミエヴィル著。2009年作品。

 東ヨーロッパのバルカン半島に、ベジェルとウル・コーマという二つの都市国家が、同時に同じに場所に存在するという設定。互いの街の人間は交流を禁じられ、互いに見て見ぬ振りをする独特のルールが厳格に実施されている。そんな場所である日、変死体が発見される。所轄の刑事である主人公のティアドール・ボルル警部補は、その捜査を開始し、次第にトラブルに巻き込まれ…というのが筋。

 <ブリーチ>、<クロスハッチ>などの独特の表現が多く、最初は面食らうが、世界観が次第に見えてきて、慣れてくるとグイグイ読める。古典的な刑事物、ミステリー物の空気感を大事にしつつ、特異な設定の部分が後半に進むほど生きてくる。世界観の構築や登場人物の掛け合いなど、全体に質が高いので、異質の世界の冒険にどっぷりと浸れる。小説を読むことの原初の喜びを味わえる。

 ディック-カフカ的異世界を構築し、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞をはじめ、SF/ファンタジイ主要各賞を独占した驚愕の小説…とハヤカワ文庫の背表紙の解説に書いてあるが、だいたいその通りである。期待は裏切らない。
   

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