2016年6月10日金曜日

ナラティヴ・セラピーって何?


 このブログを開始し、タイトルに「ナラティブ」という言葉を選択するにあたり、その意味を知ろうとして買った本だったか。最近、仕事の方で時間に余裕ができたため通読することができた。

 narrativeという英単語には「物語」や「人が語る」というような意味がある。文化人類学や社会学の影響を受け1990年代以降に医学の業界でもしばしば使われるようになった用語で、無機質な科学万能主義(エビデンス偏重)や生物学的精神医学の台頭に対してのアンチテーゼとして出てきた概念ではないかと思う。人は消化器系で栄養を巡らせ、神経系で情報処理を行い、筋肉を介して活動するだけの機械ではない、ということ。生まれてから死ぬまでのストーリーがあり、出逢った人達と紡がれるエピソードがあり、住む場所や生きる時代の文脈の中で相互作用を繰り返す固有性をもった存在である、ということ。自然科学から人文科学への回帰。機械から人間へ。分解された要素から統合されたストーリーへ。そんな文脈の中で、重要性が再認識された概念である。

 ナラティヴ・セラピーとは心理学的な手法(精神療法の手段)の一つで、主に神経症患者をその対象とし、その人個人の人生の物語を取り扱う。認知行動療法でいえば認知再構成が近い。他者との対話を通して、心に重くのしかかる悲観的なドミナント・ストーリー(支配的な物語)を見つめ直し、見落としていた要素を拾い集めて希望を含むオルタナティブ・ストーリー(代替的な物語)を見つけ出す。平たく言うと、エースが死んで荒れたルフィにジンベエがやったあれ。「失った物ばかり数えるな!!! 無い物は無い!!! 確認せい!! お前にまだ残ってるものは何じゃ!!!」(ワンピース単行本60巻)

 物語とは何か。なぜ物語が必要なのか。最近買った冲方丁の講演集の本でも語られていた。一人の人間が暴露された情報を統合し、一つの有機的な構造体として精神に組み込んでいく、その様式として物語が存在する。良質な物語(ナラティブ)は人生の逆境を跳ね返す力(レジリエンス)を生み出す。そんな筆者の個人的な信念がこのブログを続ける根幹にある。豊かな物語が頭の中にある人間は、不運や悲劇に見舞われた過酷な状況を生き抜くことができる、と。

 ただし本書は、訳がショボいし、科学的視点の欠如が気になる。心理学の本っていう感じで、学術的な吟味は甘い。それでも、言っていることは間違ってないと思う。日々実践したい内容だ。自分にも、周囲にも。
   

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