2018年10月30日火曜日

夕凪の街 桜の国


 『この世界の片隅に』の前作。掌編二つ入り。
 連載は2003年から2004年。全1巻。

 夕凪の街
 広島の原爆投下の後の話。市井の人々の何気ない日常が描かれるが、やがて後遺症が…という話。娯楽作品としての構成云々というよりも、作者が伝えたかった現実をあるがままに描いた感がある。

 桜の国
 夕凪の街の続編。広島の原爆投下後、2世代ほどあとの人々の話。時系列的な意味で爆心地(グラウンドゼロ)から遠く離れても、人それぞれに傷跡は残る。そのような心的外傷にいかに折り合いをつけて生きるか、という話だと思う。プロットが複雑で解説の要素も少なく、初読ではよくストーリーが掴めなかった。構成を理解すると、いい話だと思えた。戦争の悲劇と、人間の内面の強さによる克服。それらが生む情感が、作者の創作意欲の核の部分にあるものらしい。

 悲しみがあり、愛がある。はだしのゲンより、小学校に置くならこっちでしょう。
   

この世界の片隅に(原作)


 大ヒットしたあの映画の原作漫画。連載は2007年1月から2009年1月。単行本は全3巻。

 映画同様、戦時を生きた市井の人々の生活のディテールに徹底的にこだわり抜いており、もはや歴史的史料の趣きがある。そして、映画は原作に忠実に映像化しようと試みていたのがわかる。色街のりんちゃんの話も、原作ではもう少し詳しく出てくる(…が読者の想像に委ねられる部分が多い)。

 時代考証へのこだわりは、作者こうの史代の出自に関わる部分の影響が大きいようだ。前作『夕凪の街 桜の国』のあとがきに詳しいが、作者は広島生まれ広島育ち。だが親類の被曝など直接の関連がないこともあり、原爆投下の歴史的な意味から目を背け続けて生きたきたことに後ろめたさのようなものがあったらしい。その問題意識や使命感が、当時の生活を再現し、記録し、伝えようとする創作の動機の源泉となったと思われる。

 そんな制作背景を知らずとも、素晴らしい漫画である。
 はだしのゲンじゃなくてこれを小学校におけや、というのが私の主な感想である。(最近はどうなんだ)

   

2018年10月6日土曜日

重力と呼吸


 ミスチル4年ぶりのニューアルバム。10曲。48分。

 これは「音」のアルバムだというのが最初の印象。作風としては『REFLECTION』を経て作られた『I LOVE U』という感じ。ギター、ベース、ドラムを押し出すロックなバンドサウンドが前作以上に強い。そして、音が複雑で、言葉の比重が少ない。背景にあるマインドは「別にもう、いいこととか言おうと思っていない」という達観に思える。

 表現者としての姿勢は、なんというか、ひねくれている。世間のマジョリティーが求めるミスチルを否定するような、安直な理解を拒むような、衝動性と生理感覚を優先した複雑な音像を追求している。公開されているロングインタビュー(これ)でも桜井和寿が隠さずに話しているが、態度として尖っているのである。収録曲は10曲と少なめで、発売前から公開していた”お伽話”、”こころ”、ドラマとタイアップしていた”ヒカリノアトリエ”を外してくるあたり、意図があって厳選し、大胆に削ぎ落とした感がある。

 初めて聴いたときは#3 SINGLESが至高と思ったが、聴けば聴くほど#1 Your Song、#10 皮膚呼吸”が強い。途中で登場する#4 here comes my love、#9 himawariも味わい深い。音が複雑だが、聴き込むほどに味わいを楽しめる作りになっている。重厚だ。そして、聴き込める幸せよ。
   

2018年9月24日月曜日

U.S.A.


 2018年に再ブレイクを果たしているDA PUMPの新曲。

 宴会の余興のために踊りの練習をしていたが、多幸感が凄かった。サビ以外は一見とっつきにくくて難しいが、リズムに体の動きが合うようになるにつれ、脳髄の奥から快楽物質が溢れてくるようになる。連続で踊ると汗だくになりエクササイズにも最適。

 作品としては、狙った「ダサ格好よさ」こそが今の時代にマッチしているのだろう。90年代や、それ以前にあった世界への懐かしさを含め、かつて存在した大いなる輝きへの憧れ。かつてそれを体現し、その後の苦渋をも知ったであろうISSAが一生懸命に踊る姿は、その歴史を知れば知るほどに胸を打つ。

 小難しい理屈を超えた、ナンセンスで音楽的な生きる歓びがここにはある。
 多くの人が真似し、流行っているのも必然であろう。

   

2018年9月2日日曜日

犬の心臓・運命の卵


 ソヴィエト体制下で発禁処分となっていたロシア人作家ブルガーコフの掌編2つ。

『犬の心臓』
 権威ある大学教授である脳外科医が、野良犬に人間の脳下垂体(脳にある内分泌器官)と睾丸を移植したところ、犬は次第に人間のような姿に変化して言葉を話すようになり…という話。1920年代に執筆されたようだが検閲を受け発禁となり、作者の死後に出版された。

『運命の卵』
 権威ある科学者が、卵の孵化を促進する光線を発明したが、政府当局に目をつけられ装置を没収されてしまう。無教養な農夫がその光線を鶏の卵に使用して大量生産を目論むが…という話。1925年発表だが、1930年代後半に発禁処分となった。

 解説によると、いずれの作品も「実験の失敗」が描かれており、共産主義革命後のロシアの体制の批判する内容になっているらしい。両作品ともに、優秀な科学者の理想や暮らしをセンスのない下層民が出しゃばってきて滅茶苦茶にする、という雰囲気が通底している。この苦々しさは、ブルガーコフが革命後に感じていたことだろうし、ロシア中の知識階級が感じていたであろう共通の感慨であろうと思われる。壮大な社会実験である共産主義革命が失敗に終わるというのは20世紀後半に明らかになるわけだが、当時を生きる人々にとって救いのない状況であったことがよくわかる。

 ソ連時代のロシアの雰囲気を知る物語として、良質ではないかと。
   

2018年8月24日金曜日

この世界の片隅に


 文句なしの傑作なので、日本人は全員毎年8月に観た方がいい。

 この作品について言うべきことは大体これで全てなのだが、少々蛇足ながら解説を。太平洋戦争真っ只中の昭和10年から20年頃、広島県の広島市と呉市(軍港があった町)を舞台にした物語である。戦時を扱った作品は数あれど、市井の暮らしを丁寧に描いているあたりが新しい。風景や食べ物、人々の立ち居振る舞いや言葉遣いなど、徹底した取材に基づいて丹念に描き出すことで当時の空気感が再現されており、まさしく、細部に神が宿っている。

 主人公の北条すずはぼやーっとした地方の娘で、ほのぼのとした日常を生きているがゆえに、そこに降りかかる戦争の災禍の凄惨さが際立つ。きっと、圧倒的多数の普通の人にとっての戦争ってこういうものだったんだろう、という庶民の感覚を肌で感じることができる。

 アニメーション映画だから表現できた部分も多いのだろう。食事の描写など、長年日本で育まれてきた作画表現の技術が結晶し、この作品に繋がったと考えると味わい深い。説教臭さや反戦メッセージなどの臭みはなく、必要な部分を過不足なく仕上げているのがいいセンス。海外での評価も高いらしい。

 世界中の人にぜひ観て欲しいと思う。素晴らしい作品。  
   

2018年8月19日日曜日

ホーリーランド


子供世界と大人世界の間(はざま) 
そこにホーリーランドは存在する 
甘やかな法と暴力のリアルが支配する 
隔絶された世界 
その世界にーー彼はいた 
神代ユウ 
彼は確かにそこにいた
・・・

 いじめられっ子がストリートファイターになる話である。2000年から2008年連載。全18巻。主人公の神代ユウは15歳の高校1年生。引きこもった部屋で偏執的なほどに繰り返し習得した強力なワンツーを手掛かりに、街のアンダーグラウンドな世界でのしあがっていく。

 まず何より、作者の体験に基づくという格闘技の解説・描写がアツい。柔道、空手、レスリング、ボクシング…様々な武術を得意とする路上の格闘家が現れ、主人公のユウが戦いながら成長していく。武術の理論的解説が充実し、格闘シーンの迫真の描写でぐいぐい読ませる。『刃牙』よりもリアリティが高い。

 そして実存主義的なテーマ。『自殺島』と同じ作者が描く、私の最も好きな「不適応者が掴む適応の物語」である。学校という場所で激しい「いじめ」を受け(この平仮名表記のもつ欺瞞、卑劣さ、残酷さ)、存在を否定され、自分の居場所を失った少年の戦い。路上の喧嘩という現実世界における勝ち負け以上の、観念的な、自己救済のための必然性がそこにある。『ファイトクラブ』や『マルドゥックスクランブル』に通じる、身体性な闘争を通した自己存在の回復といおうか。血を流し、人を傷つけ、リスクを負わなければ手に入れられない人間として大切なものがそこにはある。

 手に取り始めると止まらずに一気読み。こういう漫画を読んで生きていたい。
   

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