世界的なデザイナーであるイヴ・サン・ローランの半自伝的な映画。
神経質そうなフランス男が不特定多数との性愛とドラッグでグチャグチャになりながら美を追求し、いかにして「モードの帝王」と呼ばれるに至ったかという話である。
「なんで芸術家って性的逸脱とドラッグでグチャグチャになるのか?」と筆者はいつも考えて生きてきたが、それに対する個人的な回答は「苦痛を抱えて生きる人が鎮痛を求めた結果である」というもの。
イヴ・サン・ローランは幼少期より同性愛嗜好があり、「ホモと馬鹿にされていじめられた」と作中で語る。戦争のストレスで神経衰弱となり精神病院に入院させられたりもする。そんな彼にとって、美しい造形を生み出し、愛でるという享楽は生きていく上での苦しみを忘れさせてくれるものだったに違いない。痛みをかき消すために性とドラッグを求める、というのもまた、いつの時代も精神的苦痛を抱えた人々がしばしば辿る転帰である。同様の機序により、耽美主義は生きていく苦痛を鎮めるために辿り着く必然なのである、ということを考え、ブライアン・ウィルソンにとっての『ペットサウンズ』を思い出した。美しいデザインには生の苦痛を癒す魔法があるのである。
基本は史実に忠実な内容で、若き天才芸術家の苦悩と明暗の話。映像と音楽は美しく、品良く抑制が効いている。綺麗事に仕上げず、偉大な芸術家の軌跡を描いた作品なのだと思う。
無茶苦茶やって生きてきた父親が死ぬ話。
カナダのモントリオールに行くことになったので予習のために観た映画だが、モントリオールの街はほとんど出なかった。2003年のカナダ映画で、非ハリウッドの低予算な人間ドラマ。アカデミー賞外国語映画賞受賞作。
無類の女好きで左翼思想にかぶれた大学教授の父親は、自分勝手で横暴な男だが教養と人間味に溢れ、変人の友人達に愛されている。気ままに生きてきた父親に複雑な感情を抱き、疎遠だった主人公が死の間際に病院を訪れ、その最期の日々を共に過ごす。
原題の直訳は「蛮族の侵入」。9.11のテロのシーンや世界史上の戦争犯罪などの問題にも言及する場面がしばしば挿入され、陰惨な暴力や死と、官能的な性愛や温かい親愛の情の対比が際立つ。舞台となっているモントリオールの生活信条”Joie de vibre”(生きる歓びの意のフランス語。英語でJoy of life )というのが作品の底にある主題に思える。
綺麗事じゃない、生々しい死の恐怖と生きる歓びの映画。結構好きです。
香港映画界の不滅のスター、ジャッキー・チェンの出世作。
1978年の作品。
才能はあるが根性なしの道場の息子が、調子こいて、悔しい目に遭って、老師に出会い、特訓して、復讐に挑む。今となっては定型となった「お約束の展開」を圧倒的な身体能力の殺陣とコメディタッチな演技で楽しめる。
筆者はアルコール依存症の講演資料作成のために観たが、老師の手が震える以外に疾患の学習で特に役に立つエピソードはなかった。大酒家=格好いい、というイメージを世間に流布するのに一役買ったという点において医療者としては看過できないが、世界中の皆を幸せな気持ちにした傑作なので良しとする。
アルコール依存症はあまり関係ない名作映画なのである。
去年、娘の誕生日にブルーレイを買ったが、その中毒性はなかなか。
冒頭のキラーチューン『さんぽ』でキッズ達のテンションはのっけから最高潮に。序盤のまっくろくろすけ、勘太とおばあちゃん、トトロや猫バス、美味しそうな野菜、電報から始まる後半の不安と悲しみ漂うムードから温かい気持ちになるラストシーンまで。完璧な調和の中で、美しい森や不思議な生物達と繰り広げられるドラマに心は躍る。何より音楽が素晴らしい。
子供の心を鷲掴みにし、大人が久しぶりに観ると泣きそうになる。もう30年近く前の作品だということに愕然としてしまうが、これを越える2000年以降のアニメ作品を私は知らない。
この作品がある限り、日本の子供達は大丈夫だと思う。
【国内篇】より断然こっちが面白い。
SFマガジン700号記念のアンソロジーの海外編。
メジャーどころのSF作家の短編を新旧織り交ぜて配置。マニア受けするニッチな隙間を狙わずにSFの王道を行く話が多くて、分かりやすく楽しめた。好きだったのは以下。
ロバート・シェクリイ『危険の報酬』:1958年の作品だが、視聴者参加型のテレビ番組を予見。映画『トゥルーマンショー』を思い出した。
ジョージ・R・R・マーティン『夜明けとともに霧は沈み』:異星開発と情緒の破壊の話。不可知が生む神聖性と喪失。
ラリイ・ニーヴン『ホール・マン』:火星の探査員のサイコホラー。
グレッグ・イーガン『対称(シンメトリー)』:宇宙が舞台のハードSF。難解だが、哲学的洞察を要求するイーガン節が楽しい。
コニー・ウィリス『ポータルズ・ノンストップ』:アメリカSF界の長老へ捧げたトリビュート。肩の力が抜けていて、愛がある。
テッド・チャン『息吹』:異世界の住人の淡々とした独白の中で構築される世界。じわりと来るカタルシス。
アーサー・C・クラーク、イアン・マクドナルドのはよく分からなかった。ジェイムズ・ティプトリー・Jrはちょっと自分の趣味には合わない気がしてきている。いずれにせよ、いろんな作家に出会うチャンスがあるのがアンソロジーのいいところだと思う。そういう観点から見ると、やはり海外編が圧勝。
西原理恵子のアル中の元夫の話。
原作は元夫である鴨志田穣の自伝小説で、氏はアルコール依存症の治療歴があり42歳で逝去している。
日本語が聞き取りづらいが、それはそれで現実味がある空気。話は淡々と進み、主人公(浅野忠信)と妻(永作博美)の沈黙や間に語らせる場面が多い。BGMも控えめで、小津安二郎系の静けさで観る者の思弁を誘発する。
アルコール依存症者の治療生活がメインだが、映画作品としては大人の背負った哀しみがテーマ。運命を受け入れ、穏やかに笑う。そんな諦観に至った生き様(attitude)が描き出された作品になっている。
渡辺謙が原作に惚れ込んで制作したという若年性アルツハイマー型認知症の映画。
49歳、一人娘の出産と結婚式を控え、働き盛りの広告代理店の部長である主人公(渡辺謙)の記憶力が低下し、仕事上でもミスが増え、ある日病院を受診すると医師に診断を告げられ、、、という話。
2006年の作品だが、日本のドラマにありがちな浪花節の感動を狙った作為や御都合主義な場面が若干気になり、芸術作品としては今一歩。とは言え、大衆娯楽としては安定したクオリティであり、医学的見地からも表現上の誤謬は少なく、疾患の啓発に用いるには十分。
筆者は看護学校の認知症の講義で紹介。物語仕立てで病態の理解を促すことができるのでお勧めしている。