一人の男が異世界を旅する様子が淡々と綴られる話。
筆者が最初に感じたのは、ドラクエやFFのようなゲームで親しんだ世界観の原型という感じ。1986年に発行された話だが、当時スクエアやエニックスに居たゲーム制作者達へ多大なインスピレーションを与えたのかと勝手に想像。スカシウマやミドリウシという架空の動物、読心や集団転移という特殊能力、知性と良識を備えた落ち着き払った主人公などの舞台装置や、場面の描写やストーリー展開から、初期の日本のRPG特有のあの空気が作中にプンプン香る。
読んで何を得られるというわけじゃないが、異世界の冒険気分をサクッと味わえる。そこそこに期待して読んでもそれなりに応えてくれる。大御所・筒井康隆の作品を読んだのは初めてだったが、評判も納得の高品質。
誰が読んでもそれなりに面白いファンタジー、って感じ
精神分析医の手記という形式で描かれた女性の不感症の話。
「音楽」は女性の性的絶頂(オルガスムス)の隠喩的な表現。
1964年に婦人公論誌上で連載されていた小説で、当時隆盛を誇っていた精神分析による精神科治療の空気が伝ってくる。主人公の分析医の口ぶりは断定的だが、理論は科学でもなんでもなく、限りなくオカルトな信仰に近い。解説によると三島由紀夫も若い頃は精神分析に傾倒していたが晩年は批判的だったようで、小説の題材として利用しているが距離感は保てている印象。「近親相姦の願望」「去勢コンプレックス」「言い間違いと無意識」など、フロイト的観念の引用は模範的だが、それ以上の作者オリジナルの深みは付与させていない。
性愛が主題だが、描写に圧倒的な官能があるわけでもない。
精神分析の空気が味わえるサスペンス小説といった所。
学生時代に古本屋で購入し、5年ほど本棚で寝かせていた開高健の短編集。読んでみたらすごくよかった。短編4つ入り。
『パニック』
野ネズミが大量発生するパニックムービーな話。カミュの『ペスト』を彷彿とさせる、人間の制御を越えた巨大なエネルギーを持つ自然の猛威、見えない敵と人間達の戦い。主人公の達観と遊び心が『ペスト』とは異なる。
『巨人と玩具』
キャラメルを売る大企業の広告戦争。資本主義の暴力的な力動とマスメディアの狂奔に圧殺される個人。1960年頃の高度経済成長期にはホット・トピックだったのか。
『裸の王様』
画塾を経営する男のもとに連れてこられた少年の人間性の回復の話。形骸化した教育による人間性の疎外と、内的で根源的な生命力の救済。男はまんま開高健。修辞のキレはさすがだが、プロットも秀逸。芥川賞受賞作。
『流亡紀』
秦の始皇帝の時代の空気を、名もなき衆生の視点から活写。理不尽な暴力に弄ばれ、人間性を奪われ、命じられがまま為す術もなく転進を余儀なくされる個人。時代と社会の圧倒的な暴力による人間性の疎外、それに対する作者なりの処方箋が最後に示される。『GO』で杉原に親友(ジョンイル)が薦めてたのには訳がある。
読後数日して思い返し、読んでて一番楽しかったのは『裸の王様』、一番好きなのは『流亡記』。今年のベスト候補。小説って面白いな、と思った。
自由な実験音楽。
1969年発売のプログレ・ロックの草分け的存在として名高い名盤。
1曲目はZAZEN BOYSっぽいギターのカッティング・リフ(あまり知らんが)など織り交ぜた、どこに着地するか分からない衝動のうねり。その後も続く、喧噪と静寂の躁鬱なコントラスト。ラストの5曲目はRPGのラストダンジョンっぽい。
メンバーを見て「イアン・マクドナルドってSF作家の?」と思ったが別の人だった。あとバンド名とアルバムタイトルが分かりづらい。King CrimsonというバンドのIn The Court Of The Crimson Kingというアルバムである。なぜ順番が逆になるのか。
2015年に初めて聴いても響いた。インスピレーションに富んでいて楽しい。
西田藍のTwitter見てて思い出したので、久しぶりに再読。
不条理SF漫画の大家である吾妻ひでお氏が、実際に失踪し、ホームレス生活を送っていた日々を漫画化した話。住み込みの配管工として働く日々を経て、後半はアルコール依存症の治療の話。
絵柄には愛嬌があり、話もほんわかしたムードが漂うが、底にはハードコアな狂気を感じさせる。路地裏のゴミ箱を漁り、雑木林で雨露に濡れて眠る。人間ってこんなにタフな生き物なのか、と静かな感動すら覚える。
圧倒的に読みやすく、常人にはおよそ経験し得ない生活を追体験できる名著である。
生きるのに疲れている人にお勧め。悩みが割とどうでもよくなると思う。
開高健が人生相談(風に訊け)で「自慰に使う本はなんですか?」という読者の問いへの回答として書いていた本。曰く「吉行淳之介もそうだと言っていた」。フランス人作家アンリ・バルビュス作の小説。
青年がパリの安宿に泊まると、部屋の壁に小さな穴を見つけ、隣の部屋の様子が覗き見できることが分かった、、、という変態エロチック小説。と期待させておいて、割とヒューマンに若造が人間の真実に思いを馳せるという青春小説。
様々なバリエーションの男女の秘め事を覗き見て、青年が考えに耽る。前半はエロがメイン。中盤には死が絡む。性と死と懊悩。まさしくフランス文学。
面白いかと問われると、やや難はある。
・・・
人生の秘密が知りたい。ぼくは多くの人々や群衆や仕草や顔つきを見た。華やかな光栄のなかにあって「わしはほかの連中よりも勘がいいんだ、わしは!」という口を見た。人を愛し、人から理解されようとする戦いも見た。話しあうふたりが互いに相手を受けつけまいとする拒絶や、恋人同士の争いも見た。その恋人たちは互いに釣りこまれて頬えみあいながらも、名ばかりの恋人で、接吻に憂身をやつし、悩みをいやすために傷口と傷口で抱きあうが、ふたりのあいだにはなんの愛着もなく、表向きは有頂天にのぼせていながら、実は月と太陽のように赤の他人なのだ。ぼくはまた恥しいみじめさを告白するときだけわずかに心の平静を得る人々の話を聞き、蒼白な顔に目を薔薇のように泣きはらした人々も見た。
ぼくはそういう連中をみんないちどきに抱きしめてやりたい。あらゆる真理はただひとつの真理に帰する。(ぼくはこの単純な事実を悟るのに今日まで生きてこなければならなかったのだ)僕に必要なのはこの真理のなかの真理なのだ。
それは人に対する愛のためではない。われわれが人を愛するというのは真実ではない。誰も人を愛したことがなく、いまも愛していず、将来も愛さないだろう。一種の死のように、あらゆる感動を、平和を、生命をさえも踏み越えた、この総合的な真理にたどりつきたいとぼくがあせっているのは、ぼくのためなのだ。---ただぼくひとりのためなのだ。ぼくはそこからある方法を、信念を汲みとりたい。そして、それを自分の救いのために使いたい。
拝金主義への風刺漫画。
主人公・蒲郡風太郎(がまごおりふうたろう)は、醜い容姿を持ち、幼少期より貧しい家庭に育った。貧困の中で家庭は荒み、父親の暴力を受け、母を病気で失い、やがて、復讐心を燃やし、金儲けに固執するようになる。人を殺め、裏切り、人の道を外れた汚い手段を使ってのし上がっていこうとする。
はっきりいって、内容に特別な深みはない。筋は明快で分かりやすい。金儲けにかまけ、人間としての情を失う、古典的な人間性喪失の話。筋立てには時代背景の影響もあるだろう(高度経済成長期の1970年頃に掲載)。
無駄に理屈をこねないので読みやすい。が、ちょっと物足りなくもある。
良くも悪くもオリジナルな古典という感じ。