2014年12月31日水曜日

narrative of the year 2014

1位 きっと、うまくいく(映画)
 インドの娯楽映画の傑作。笑えて、泣けて、グッとくる。人生の全場面に通じる、生きていくためのTIPSが散りばめられた素敵な映画。歌と踊りの勢いも観ていて楽しい。

2位 ゼログラビティ(映画)
 ハリウッドの宇宙映画の傑作。リアルな宇宙空間の描写と、取り残された人間の孤独と恐怖が痛切に胸に迫る。実存主義哲学的な私的映画批評をぶちたくなる、心に響く佳作。

3位 永遠の0(小説)
 零戦パイロットの話。日本人の戦後の歴史的な文脈をもう一度考え直したくなる。折角いい話書いたのに、同作者のたかじんの嫁騒動は株を下げた感があるのが残念。

4位 グレートギャツビー(小説)
 歴史的傑作の名訳。読みやすく、美しい文章で、心に沁みる。

5位 ウルフオブウォールストリート(映画)
 好き嫌いが激しく分かれそうだが私は好きだ。ある意味ロックだ。
 
6位 チャンネルはそのまま!(漫画)
 安心して笑える。社会の勉強にもなる。

7位 魍魎の匣(小説)
 衒学的な語りと猟奇的な描写で脳味噌を刺激される。濃厚な1冊。

8位 春琴抄(小説)
 偏執的な性愛の芸術。

9位 ミリオンダラーベイビー(映画)
 くたびれた大人のための映画。寂しさ、美しさ、哀しみがある。

10位 ゴーン・ガール(映画)
 ひねくれきった大人のための娯楽。

  

藤子不二雄Ⓐのブラックユーモア[黒イせぇるすまん]


 藤子不二雄のAの方の我孫子さんの短編集。

 後の『笑うせぇるすまん』の原型になる読み切り『黒イせぇるすまん』やナチスの恐怖を戯画化した『ヒトラー伯父さん』などダークな話多し。マカオやタヒチへの旅行記も所収。世の中にはいじめる人間といじめられる人間がいて、いじめられ続けた側の鬱屈してねじれた黒い感情が結晶化されたような作品が続く。

 どの話も厭な人や狂人ばっかり出てくる。登場人物の顔は少ない線で書かれているのに、狡猾さや卑屈さなど活き活きとその性質が伝わる。

 人の世を生きていくための免疫をつける毒とか、そういう効用がある。
    

網走番外地


 若き高倉健主演の代表作。極寒の網走刑務所での脱出劇。
 昭和40年頃の無法者の空気が伝わる。

 感想は大きく二つ。
 北海道の寒さを過小評価してないか。
 ワンピースのウォーターセブン編で手錠でペアになる話の元ネタはこれか。

 独りクリスマスイブに観ていたが、なかなかオツなもんだった。
 雪原のトロッコのシーンが良いね。
     

2014年12月25日木曜日

ラブ・アクチュアリー


 イギリス、クリスマスが舞台の19人の群像劇。
 様々な人間関係の中で愛が語られる。

 ドラッグ中毒からの復活をかけたロックスター、片思い、首相とその秘書、妻を失った男とその連れ子、ポルノ俳優、性交へ情熱を燃やす童貞、社内での不倫、外国人への恋慕・・・etc.

 難しいことを考えず、観ると温かい気持ちになれる。
 特にひねりもなく普通にいい映画。婦女子に人気なのも納得。
   

2014年12月24日水曜日

ホームアローン


 小学校低学年の頃から何十回と観た作品。

 最初はテレビの金曜ロードショーあたりでやっていたのをVHSのビデオテープに録画したのを何度も見返したはずだ。映画を観に行ったり、レンタルビデオ屋に行く習慣がなかった我が家にあった数少ない映像作品の選択肢の一つだった。利発な少年ケビンが家に仕掛けた罠で強盗を撃退するシーンでは、何度となく兄妹そろって笑い転げた。

 大人になって見返すと、物語の構造が昔よりよく分かる。家に子供を一人置いてきてしまった母親の胸の張り裂けそうな悲しみや不安も。父親はちょっと呑気すぎだ。

 小学生が観たって夢中になって楽しい。大人が観るとじわりと来るハートフルコメディ。家族皆で楽しめるクリスマス映画。こういうの本当減ったな。景気が悪いのはこういう作品が少ないせいだ。と、そんなことを思った。
      

ゴーン・ガール


 個人的に贔屓にしているデイヴィッド・フィンチャー監督の新作の評判がいいと聞いたので、情報を全く仕入れずに勢いで劇場に行って観てきた。妻がある日失踪し、嫌疑をかけられる男の話。

 相変わらずなフィンチャー節の抑えた色調、控えめなBGM、静かながら不穏でダークなムード。その根底にあるのはグロテスクでdisgusting(生理的嫌悪感を催す)なブラック・ユーモア。煽動される愚昧な大衆への舐めきった視線も健在。この監督は現代を生きる愚者とお人好しに厳しい。

 情報が小出しにされ、観てる側も登場人物への見方がグルグルと転換する感覚を味わえる。嫌悪と恐怖をかきたてる強烈な毒気が表現されるが、その容赦なさ故に際立つささやかな癒しがある。

 辛辣な風刺の効いた夫婦の性愛の話であり、ひねくれた大人のための娯楽作品。
   

2014年12月21日日曜日

ランボー


 ベトナム戦争の帰還兵が警察や軍隊相手に暴れる話。

 「別にランボー悪いことしてなくね?」という疑問が序盤に浮かび、孤軍奮闘ながら八面六臂の活躍をする後半も個人的にはかなり笑える方向に面白かった。田舎の保安官の因果応報っぷりやシルベスター・スタローンの鈍牛のような顔つき(失礼)とシリアスな展開の対比が私のシュールな笑いの琴線に絶妙に呼応してしまった。

 ベトナム帰還兵の神経症を描く作品ならスコセッシ×デニーロのタクシードライバーの方が格上。
 こちらは教養や娯楽の要素が強い。
     

2014年12月14日日曜日

許されざるもの


 こちらは1990年のアカデミー作品賞。
 後の2004年に再度共演するクリント・イーストウッド&モーガン・フリーマンが出演する西部劇。名優二人の滲み出る大物オーラは当時から健在。

 過去の西部劇作品への風刺など、批評家が絶賛しそうなこだわりが満載らしいが、一般大衆向けの娯楽作品として面白いかは微妙。教養として観るのはいいが、それ以外の用途では個人的にあまりお勧めしない。

 童貞の隠喩であるいきがった若造が印象的。雄にとっての殺しと性交はしばしばアナロジーが成立するな、と最近バキを読んでいた筆者は思った。悪い男に皆が憧れるのは必然なのである。
   

ミリオンダラーベイビー


 人生に傷ついた大人たちが戦う話。

 経営が苦しいボクシングジムを経営する無骨な名トレーナー(クリント・イーストウッド、兼監督)、タイトルマッチの試合で失明し虚しく余生を生きる老ボクサー(モーガン・フリーマン)の元に突如現れた30代の女性(ヒラリー・スワンク)がジムでの指導を志願する。周囲の反対を振り切り、貪欲にトレーニングをこなす主人公のひたむきな姿に感化され、傷つき疲れた老兵のような男達が笑顔を取り戻し、、、という筋。

 余計な説明や描写がなく、言葉よりも間と行動に語らせる。人生に輝きを与える栄光と、陰を落とす喪失や不遇が淡々と、容赦なく、現れる。そんな中で、どのような生き方を選ぶか。クリント・イーストウッド映画に通底する、理不尽な世に生きる個人の態度(attitude)という主題が、言葉少なながら雄弁に語られる。

 観ると魂に深みが出るように思う。アカデミー作品賞も納得のいい映画。
      

2014年12月7日日曜日

007 カジノ・ロワイアル


 イギリスの諜報員007シリーズ第21弾。第6代目ジェームズ・ボンドはダニエル・クレイグ。ヒロインのボンドガールはエヴァ・グリーン。シリーズ初の映像化作品の50年ぶりのリメイクで、ボンドの設定を以前と大幅に変更したということでシリーズの大きな転換点となった作品(らしい)。

 アフリカでテロ組織相手に大立ち回りをする前半。後半はカジノでの頭脳戦など。ロマンス、アクション、智略戦を楽しめる娯楽作品。

 あまり深みとかはない。あと、メインテーマがなんか垢抜けない。
 エヴァ・グリーンの佇む美しさは文句なしに素晴らしい。
 今のところ自分の中のシリーズ1位は『ロシアから愛をこめて』である。
    

ナイトメアー・ビフォア・クリスマス


 ティム・バートン監督のホラー風味でコメディタッチなクレイアニメの映画。ハロウィンの世界の住人がクリスマスを演出しようとするのが筋。

 筆者はワンピースのスリラーバーク篇の元ネタっていうことで知った。インスピレーションに富んだ傑作だとは思うが、アメリカンな大味のテイスト満載なあたり個人的にはあまり趣味ではない。

 とは言え、雰囲気がやはりいい感じ。
 若い女性や子供、そして多くのクリエイターに受ける理由はよく分かる。
 いっぺん観とくといい映画。

    

2014年12月6日土曜日

ここがウィネトカなら、きみはジュディ


 大森望編、海外作家の時間SFの短編小説のオムニバス。1950年代の古典から2000年以降の新作まで全13編を収録。世界的にはSFといえば宇宙開発ものが王道であるが、時間SFが花形であるというのは日本特有の現象らしい。職場の昼休みに1編ずつ読むのにいい感じだった。お気に入りは下記。

 商人と錬金術師の門(テッド・チャン)
 アラビアンナイトの世界観で綴られる中編。この話が読みたくて買った本だったが、期待に違わぬ完成度。くぐると未来や過去に行ける門の話で、成功、過ち、性愛、成熟を重層的な作りで味わわせてくれる。傑作。

 彼らの人生の最愛の時(イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア)
 ベンジャミンバトン的に時間を逆行する男女の邂逅。マックドナルドというチープな舞台装置など、馬鹿馬鹿しくて楽しい。

 しばし天の祝福より遠ざかり・・・(ソムトウ・スチャリトクル)
 同じ1日が何度もループする話。ループ時間中に行動選択の余地はないが、ループ前に約2時間の自由時間がある。クロスチャンネルやシュタインズゲート的な孤独な戦い。

 ここがウィネトカなら、きみはジュディ(F・M・バズビイ)
 カート・ヴォネガットのスローターハウス5的な「痙攣的時間旅行者」の男女のロマンス。不思議で、甘く、切ない。

2014年11月27日木曜日

魍魎の匣


 京極夏彦マジでやべえな、、、と読みながら思った姑獲鳥の夏に続く百鬼夜行シリーズ2作目。

 バラバラ殺人、密室での被害者消失、新興宗教や奇妙な研究所で起きた事件が複雑に絡み合う重層的な構造であり、刑事、探偵、文士、そして博覧強記の古本屋『京極堂』らお馴染みのメンバーらの人間模様も味わえる贅沢な作り。そして、その一つ一つの構成要素が蠱惑的な上に、全体として精緻に組み合わさったミステリ小説として完成しており、読んでいてぐいぐい引き込まれる。文庫版の解説にもある通り、娯楽作品として圧倒的に豊穰なのである。

 文庫本で1050ページの重厚な長編作品だが、読んでいてずっと熱中していた。グロテスクな嗜虐性、知的興奮、謎解きの興趣、悲恋や喪失のヒューマンドラマ、全てが同時に楽しめる。オカルト全般や犯罪の動機などに関する京極堂の考察も示唆に富んでいる。

 是非、シリーズの続きが読みたい。
  

ガンジー


 インドの偉人マハトマ・ガンジーの伝記映画。

 史実を忠実に再現しようという試みであり、余計な演出を排しているあたりソダーバーグのゲバラの映画に雰囲気が近い。主人公は多くを語らず、高邁な理想に基づく行動と立ち居振る舞いには威厳が漂う。

 容姿がガンジーに似ているベン・キングズレーがアカデミー主演男優賞を受賞している他、1982年の作品賞などを受賞している。190分の長尺で、観ているうちに既視感が生じる冗長ともとれる展開は、人物ガンジーに特別な思い入れがある人でなければ途中で飽きがくるかもしれない。映画は途中でintermission(休憩時間)が入る。

 とは言え、ガンジーが提唱する信念「非暴力・不服従」やサチャグラハ(真実の把握)には普遍の価値がある。自由を手に入れるための闘争の段階で、その先を見据えた慧眼と、遂行するための覚悟。歴史上で不滅の輝きを放った魂へのリスペクトに満ちた映画である。
   

2014年11月24日月曜日

バキ


 グラップラー刃牙の続編。世界中で同時多発的に脱走した死刑囚達が東京に集い、刃牙ら地下トーナメントの激戦を戦い抜いた猛者たちと戦うことになる。全31巻。

 過剰な表現が多くツッコミどころは多々あるが、そこにツッコむのは無粋。基本的には娯楽漫画であり、「強さとは何か」という求道を通して描く哲学的な漫画である。「地上最強の生物」範馬勇次郎はメルビルの長編小説『白鯨』におけるモビー・ディックみたいなものなのである。刃牙が梢江の女性性というファクターにより強さを手に入れるのは作者のヒューマニズムの残滓だろうか。

 そして、そこはかとない作者の愛国心を感じる。日本人が非常に強い。
   

真実の行方


 リチャード・ギア扮する弁護士が大司教が惨殺された現場に居合わせた青年の無実を証明するために頑張る話。

 吃りがちで神経症的な雰囲気の漂う容疑者の青年役は若き時分のエドワード・ノートン。『ファイトクラブ』や『アメリカンヒストリーX』でも見られる人格の二面性を表現する演技をさせれば定評があるが、この映画のせいでそういうオファーが殺到するようになったのかもしれない。

 1996年の映画だが、『羊たちの沈黙』や『FBI心理分析官』など、行動科学理論を用いたプロファイリングのブームがあった80年代~90年代前半以降の作品であるというのがポイント。性的な心的外傷体験と猟奇犯罪の関連の指摘は一過性の流行だったと筆者は個人的に考えている。あと、精神医学が絡む法廷でのやり取りには個人的に突っ込みどころが多い。

 というわけで、まあまあな作品。

   

生きる


 昭和20年代日本。30年近く無欠勤で務めた市役所の課長が胃癌で己の余命が半年だと知り、生きるということについて考え直す。黒澤明監督のヒューマン映画。

 15年くらい前の草彅剛主演のドラマ『僕の生きる道』を思い出した。死に直面して生を問い直すというテーマの定型を作ったオリジナルなのかもしれない。生きながらにして死んでいるような、普段は気付かずないがしろにしがちな生きている時間や命の価値を何のために使うか。実存主義的な主題が平易に表現されている。

 DVDで観たが音声が古く日本語が聞き取りづらかったのが惜しい。
 とは言え、主人公の圧倒的な口下手さと小市民な生活感のリアリティが胸を打つ。
 口をついて出る「いのち短し恋せよ乙女」のゴンドラの唄が悲しい。

 いい話だ。
   

2014年11月16日日曜日

星を継ぐもの


 西暦2028年、月面探査で宇宙服を着た5万年前のヒト型生物の死体が発見され世界中の科学者に衝撃が走った、、、という冒頭から始まる1970年代のハードSF。巨匠ジェイムズ・P・ホーガンの出世作。

 舞台はSFだが、内容は巨大な謎に立ち向かうミステリ。主人公のスーパー頭がいい原子物理学者が生物学者、化学者、数学者、言語学者、宇宙航空局など人類最高峰の頭脳達と協力して、史上最大の難問の解明に挑む。流暢に流れる衒学的な議論が読んでいて楽しい。この論理とリズムが楽しめない非理系の読者にはハードルが高いかもしれない。

 古典SFの傑作として抑えておくべき作品である。
 プラネテスといい、さよならジュピターといい、木星がSFの名所なのは何故なのか。
 その説明が、今後の筆者の課題である。
    

2014年11月11日火曜日

ミスティック・リバー


 少年時代の友人だった3人の男の物語。
 若い女性の殺人事件の捜査を機に、かつて誘拐事件に物語に巻き込まれた3人が再会する。

 監督クリント・イーストウッドが作曲したBGMと灰色にくすんだ映像が生み出す全編を覆うもの悲しいトーン。題にもなっているボストンに流れる川は、喪失や悲しみや痛みが連鎖し、影響し合って世代を紡ぐ人の世の隠喩になっている。

 観賞後、重く腹に残る悲しみとささやかな救いがある。
 ショーン・ペンの侠気と脆弱さが同居した佇まいが味わい深い。

   

春琴抄


 偏執的な性愛を描く谷崎潤一郎の掌編小説。

 大阪の薬屋の盲の令嬢の春琴と、その丁稚(付き人)の佐助。佐助は主人である春琴の美貌、立ち居振る舞い、三味線のの技術など彼女を構成する全ての要素が宿した美に陶酔していた。食事や移動の手伝いから入浴や排泄の介助まで、一心に、疑うことなく、献身的にその全瞬間を捧げ尽くす。そこに後悔や疑念は微塵も感じられない。そんな狂気の生涯には普遍の美しさが宿る。

 猥雑さと官能が同居し、退廃と嗜虐が美を殊更に引き立てる。これが耽美主義。
   

2014年11月6日木曜日

それでも夜は明ける


 アメリカに黒人奴隷制度があった19世紀の南北戦争前の話。
 2014年アカデミー作品賞受賞作品。実話に基づいているそう。

 聡明で品位のある黒人が奴隷として売られ、12年間ただひたすら理不尽に耐える。観ると白人への憎悪が生まれる。何故、人が人にこんな酷いことができるのだろうと。

 中国や韓国の反日映画は同様の手法を使って日本人への憎しみを搔き立てるんだろうな、と観ている途中何度か思った。監督スティーブ・マックイーンらにより歴史の暗部に向き合わなければならないという使命感に燃えて撮られた作品だが、観る側にリテラシーがなければ、歴史的文脈や人道的な見地とは縁遠い表層的な陰性感情が残るだけだろう。

 余計なBGMや映像的技巧を排した作風に作り手の誠実さを感じる。
 観ながら考え事をするための余白がある映画。
    

2014年10月20日月曜日

L.A. コンフィデンシャル


 1950年代のロスアンゼルス市警の話。原作はジェイムズ・エルロイの暗黒のL.A.4部作より。

 タフでハードボイルドな男の映画である。殉職した刑事を父にもつ出世欲の強い新入り刑事(ガイ・ピアース)、暴力を受ける女性に強いこだわりを持つ寡黙で朴訥な刑事(ラッセル・クロウ)、ゴシップ雑誌の記者と共謀して華やかな道を歩む刑事(ケヴィン・スペイシー)。麻薬、暴力、売春斡旋、権力抗争、収賄と汚職、信念と縄張り意識、欲望とプライドがせめぎ合い、一概に善悪で割り切れない命をかけた我の張り合いが続く。

 中学生に観た時はよく分からなかったが、30近い今観ると心にズシリと残るいい映画だった。理想のためには清濁併せ飲む器量が必要と言おうか。人間の本能に根付く欲望や裏切りを非難する幼稚な清廉潔白では、巨悪と対峙することはできない。原初の目的を果たし、信念を貫くためには綺麗事だけでは済ませられない。

 古きアメリカ西海岸の空気と骨太の人間ドラマを味わえる。俗世の不条理を知る大人の映画。
   

ドッグヴィル


 ダンサー・イン・ザ・ダークに続くラース・フォン・トリアー監督の胸糞映画。

 田舎の閉鎖社会の人間の底に潜む邪悪性を、まさかの舞台演劇で表現。屋内の倉庫のような空間の区分けでアメリカの山村が表現されているが、登場する俳優全員の演技力が高いので違和感無く引き込まれる。聡明で美貌の来訪者はニコール・キッドマン。狂言回しである無能な作家志望の若者の存在がリアルでいい。どこの国の地方都市にもいそう。

 哲学的な含みがありそうだが、ここでは特に言及しない。人の善性は状況に依存するものであり、絶対悪や絶対善を想定せずにはいられない未熟さを突きつける作品なのではないかと思う。

 万人の心の奥底に潜む悪に対する免疫をつけるためにも、若いうちに観ておきたい。
   

2014年10月13日月曜日

プラダを着た悪魔


 記者志望の若い女性が、人気ファッション雑誌の冷徹で悪魔のような女性編集長の下で働く話。

 ニューヨークのお洒落ヒエラルキーの頂点にいるファッション業界の人々の厳しくも華やかな暮らしが描かれる。筋書きに関しては御都合主義の感が否めないが、主演アン・ハサウェイの容姿、表情、佇まいが美しく、お洒落で楽しい映画である。

 観終わったときに思い浮かんだのはwell-dressed manとして知られる元国連事務総長コフィ•アナン氏の以下の至言。着る服や装飾品とは、決断と取捨選択の連続である人生の可視化された象徴なのである。

 “To live is to choose, but to choose well you must know who you are and what you stand for, where you want to go and why you want to get there.”
(生きることは選択することだ。しかし、良い選択をするためには自分自身が何者か、何を代表しているのか、何処へ行きたいのか、そして何のためにそこに行きたいのかを知らねばならない)

   

2014年10月9日木曜日

Snatch


 ロンドンが舞台のtrainspotting × タランティーノ作品な映画。

 気持ちがいいほど悪趣味な暴力シーン、トランクの中から覗く人間を見上げるカメラワーク、冒頭の無駄な御喋りなど、オマージュと思しきタランティーノ作品の味わい。悪役になりきれない狂言回しの主人公や映像と音楽のセンスがtrainspottingに被る。筋は大粒のダイヤモンドを巡って伏線が絡み合うクライムもの。派手なバイオレンスと本物の悪の思惑が交錯する。スタイリッシュな編集でサクサク進む。

 放浪民(パイキー)の野生児ブラッド・ピットが格好いい。
 サクッと観られる暴力と犯罪の娯楽映画。

2014年10月8日水曜日

火星年代記


 火星を舞台に生きる様々な人々が描かれた小品を並べた連作集。改訂版では2030年~2050年代の年代記になっている。(改定前は1999年からスタート)

 前書きで作者も語っているが、インスピレーションの導くままに書いたぶつ切りの作品を並べると、意想外に整合性のある不思議な年代記ができた、という感じ。最初は若干混乱するが、読み続けると幻想的で示唆に富んだ物語世界に引き込まれていき、読後感はなかなかいい。

 個人的にベストに挙げるほどではないが、SFの巨匠レイ・ブラッドベリの代表作ということで、読んでおいて損はない作品だと思う。神話のように不条理で、古典的名作のオーラがある。筆者個人としてはフィリップ・K・ディックカート・ヴォネガットの方が好き。
   

リバー・ランズ・スルー・イット


 1920年頃のアメリカのロッキー山脈の麓に住む兄弟の物語。威厳と賢明さを持つキリスト教牧師の父、凡庸だが愛嬌のある母、勤勉で不器用な兄、才気溢れる自由人の弟からなる家族が、モンタナ州の雄大な自然と共に育ち、成長していく話。

 主役の若きブラッド・ピットの姿に見惚れるべき作品だが、ブロークバックマウンテンから同性愛の要素を取り除いたような感じで生々しさはほとんどない。川がせせらぐ山奥の空気を感じ、観ていて爽やかな気持ちになる。

 フライフィッシングがしたくなる。いい時代のアメリカの映画。
   

2014年9月27日土曜日

グランブルー


 海にイカれた男達の話。フランス人とイタリア人の男が素潜りに挑む。舞台はシチリア島。ニューヨーク出身のアメリカ女性の色恋もあるが、メインは海。

 ストーリーに関しては「この映画を好きだと言う人間を信用しない」と嫁に言わしめるほどの思い切りの良さ(?)があり好みが別れる所だが、映像を通してシチリア島の穏やかで暖かい空気や雄大な海の美しさを味わえる。ガキ大将がそのまま大人になったジャン=レノ扮する幼馴染みエンゾの雰囲気が最高にいい。

 フランス人監督リュック・ベッソンによるフランス人好みの映画。
    

2014年9月26日金曜日

ブルーベルベット


 ”It's a strange world, isn’t it?“
(この世界は不思議な所ね)



 デイヴィッド・リンチ監督・脚本のサイコホラー。アメリカの田舎町で、青年が野原で切り取られた人間の耳を見つけた所から物語が始まる。

 登場人物の倒錯した性愛、グロテスクさと官能が入り混じる不気味な空気はマルホランドドライブと同様。確信犯的に生理的嫌悪感を催させつつ、人間性の深く暗い部分に潜む欲望と狂気を提示する。華やかなスクールライフや昼下がりのティータイムと、サディスティックな暴力を含む性交のシーンが対照的。

 芸術に興味のある人は必見。心温まる話が好きな人には、あまりお勧めしない。
   

2014年9月25日木曜日

波の上の魔術師


 7年ぶりくらいに読み返した。老いた相場師が先が見えず無為に日々を送る若者にマーケットのイロハを伝授し、個人的な復讐のために大手都市銀行に勝負を挑む話。

 主人公の造形は限りなく同作者の『池袋ウエストゲートパーク』に近く、TOKIOの長瀬智也の野性の獣のような鋭い視線の若者の像が浮かぶ(テレビドラマ版では実際に演じている)。一人称の語り口や学歴社会に馴染めない醒めた態度と観察眼、女性や芸術的意匠への素朴な審美眼もそう。作者石田衣良の理想の自己像っていうことなんだろう。

 舞台となる1998年はバブル崩壊後の日本の金融恐慌のまっただ中。1997年末に拓殖銀行と山一証券が倒産し、この年以降自殺者は15年連続で3万人を超える。経済的な困窮が人を自死に至らしめる、という普遍的な人間の真理が作品の中にも描かれ、筆者が個人的に注目する日本経済の混迷期の空気が感じられたのが再読して得られた一番の収穫であった。

 株式相場と復讐劇を主軸に、ロマンスあり、クライムあり、成長あり、世代を超えた交流があり、コンパクトにまとめられ手っ取り早く読めるエンターテイメントに仕上がっている。秋の話なので、秋の夜長の読書にも最適。誰にでもお勧めできる佳作。
   

2014年9月16日火曜日

チェ39歳 別れの手紙


 キューバでの革命の成功後、ゲバラが「革命の輸出」のためにボリビアに渡航し、斃れるまでを描いたスティーブン・ソダーバーグ監督のチェ・ゲバラの伝記映画の後編。

 過剰な演出を排し、晩年のゲバラが見たであろう光景が淡々と流れていく。ボリビアのジャングルの行軍を続ける中で、疲労と空腹に苛まれ、敵の銃弾で仲間は次々と死傷していく。そんな過酷な状況下、持病の喘息に苦しみながらも、物静かに佇み、言葉少なに理想を説き、仲間を鼓舞する。高い理想に生きたゲバラの姿は深い人間愛に裏打ちされた威厳に溢れている。

 史実を知らないとストーリーの理解が深まらないと思われるため、ゲバラやキューバ革命に興味がない人にはあまりお勧めしない。いずれかに愛着があるならば、説明が過ぎず、小津安二郎作品に通じる会話中の「間」の中にある思索を巡らす余地を楽しめる。成熟した大人の映画。
   

2014年9月8日月曜日

ユービック


 フィリップ・K・ディックのSF小説。1969年作品。

 テレパシーや予知など能力を持つ超能力者たちと、その能力を無効化する能力をもつ不活性者たちが戦いを繰り広げる時代。不活性者達が超能力者達との決戦のために乗り込んだ月で敵の罠が待っていて、、、という作品。

 難解なワードが怒濤のごとく現れるためSF初心者にはハードルが高めで、雰囲気に慣れるまでは心の強さが必要。舞台装置はSFだが、主人公たちが巻き込まれた奇怪な現象(逆行する時間、死んだはずの雇い主からのメッセージ)の謎を解くミステリ要素が強い。ハヤカワSF文庫の後ろのカバーのあらすじで激しくネタバレするので先に読まないよう注意が必要。

 時間、命、虚構と現実など、作品の主題に言及する作者のエッセイが巻末の解説で紹介されているが、激しく哲学的で理解は困難だった。とは言え作品自体、難解な一方で誰が読んでも面白いエンターテイメント性がある。認識を揺さぶられながら核心に近づいていく感覚。そういうのが楽しめる。
  

2014年8月17日日曜日

ウルフ・オブ・ウォールストリート(小説)


 レオナルド・ディカプリオ主演の映画の原作。主人公(原作者)は背の低いユダヤ人であるという点が映画と異なるが、あとは大体映画で忠実に再現されている通り。

 証券会社を立ち上げ、合法すれすれで(実際にはかなり非合法な方法で)荒稼ぎした金でドラッグとセックスを派手に堪能する、という大変不道徳な話だが、第一線で働く金融家の思考回路を知るためには大変有意義な手記である。訳者の解説では半分くらいは誇張している可能性が高いそうだが、その辺も含めて頭脳と口車で金を稼ぐ種類の人間の行動様式なんだろう。

 最低なことばかりしているが、親子の愛情が残っているあたり違和感が残る部分でもあり、ぎりぎりの部分で残されたリアルな人間の本質なんだろうと思う。坂口安吾『堕落論』と合わせて読みたい。


   

ラブ&ドラッグ


 世界一の製薬会社ファイザーのMR(製薬会社の営業)が肉体関係になった難病の女性に恋する話。同社の看板商品バイアグラTMのステルスマーケティングだという説もある(筆者の個人的な見解)。
 
 基本的にはラブコメ。実際にMRに勧められてアン・ハサウェイのラブシーンが観たいがために観た映画だが、MRの思考様式や業務内容の参考になった。勿論、アン・ハサウェイの裸も良かった。

 その他特記すべき点はないが、パーキンソン病の勉強のために医療系の学生に勧めるのはありかもしれない、と思った。
   

グッドウィルハンティング/旅立ち


 先日亡くなったロビン・ウィリアムズが出演している映画が観たくなったので、10年ぶりくらいに観返した映画。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)のある学問の街ボストンを舞台に、心に傷を負った天才少年ウィル・ハンティングと妻を失った心理学者の交流を描くヒューマンドラマである。

 押し付けがましさがなく、大人になって世間擦れした目から見てもいい話。ロビン・ウィリアムスの人間味溢れる暖かい大人の男のオーラが、この物語から下手な打算や説教臭さを除去している。

 そして、この作品は若い魂が生み出したものであるという事実も味わい深い。ハーバード大学在学中のマット・デイモンと幼馴染みのベン・アフレックが脚本を書き、俳優として出演し、興行的にも成功してアカデミー賞受賞(脚本賞、助演男優賞)に至った出世作としても有名である。世俗的な欲望や諦観に染まる前の、純粋な人生への理想と情熱がある。大人になってから観るといっそうじわじわくる。

 観終わって豊かな気持ちになる。いい話だ。

   

2014年8月12日火曜日

座頭市


 名優、勝新太郎が生涯かけて練ったライフワーク。
 盲目の俠客「座頭市」が悪を斬る。
 晩年を飾る1989年の作品。

 殺陣(斬り合いのシーン)がハリウッド映画にはない迫真のシーン。
 鉄火場の雰囲気や、友人と旧交を温めるシーンなど、戦い以外もいい感じ。

 圧倒的な勝新太郎の役者オーラを感じるべき映画。
   

架空の球を追う


 読みながら自分が一番好きな女性作家は森絵都だと再確認した。
 様々な日常の中で、何気ない人間同士の絆を描く短編集。11編入り。

 お気に入りは、30女の女子会の機微を描く『銀座か、あるいは新宿か』、夕方のスーパーで買い物する女の屈折した人間観察を描く『パパイヤと五家宝』、スペインの空港での老夫婦の一幕を描く『彼らが失ったものと失わなかったもの』。

 森絵都の作風を誰かに紹介する際には「大人向けのさくらももこ」と私は形容することが多い。世慣れして成熟した冷笑的な目線と、その下に見え隠れする愛がある感じ。溢れるアイデアを抑えた筆致で制御しつつ描き、くすっとくる笑いもじわりとくる感動路線もいい感じにまとめる。

 直木賞受賞の短編集『風に舞い上がるビニールシート』がもっと細切れになってコンパクトな小品が集まっているような作品。読みながら没頭でき、読後感もすっきり。飛行機での移動に丁度良かった。
    

2014年8月2日土曜日

アイズワイドシャット


 とてつもないエロに期待して、ちょっとだけがっかりする映画。

 それはトム・クルーズとニコール・キッドマンという世界最高峰の美貌を持つ夫婦(当時)の性生活を描く、という宣伝からして始まっている、と阿部和重が評論に書いていた(と思う)。マンハッタンの高級コンドミニアム(マンション)に住み、画廊を経営する妻、娘と共に瀟洒な暮らしを送る内科医の主人公は、ある夜マリファナを吸って吐露した妻のエロい妄想の話を聞いてショックを受け、夜の街に飛び出してとびっきりのエロいことをしようとするが、、、という話。

 官能的な快楽への憧憬と、豊かで安定した暮らしを失うリスク。恐怖と良心の狭間を彷徨い歩き、少しだけ失望して、成熟する。大人になって観るとその味が分かる。奇才スタンリー・キューブリックの遺作。

 ニコール・キッドマンの美しい尻と妖艶な仮装乱交パーティーのシーンがハイライト。
 結構なお気に入りで、何度も見返しています。
   

グラップラー刃牙


 範馬刃牙という17歳の少年が最強の男を目指す格闘漫画。「地上最強の生物」の異名をもつ父親、範馬勇次郎の影を追い、東京ドームの地下闘技場で繰り広げられる武闘大会の頂点を目指す。

 突っ込みどころは沢山あるが、読んでいて熱くなるのは事実。最強を自負する男達が次々と登場し、あっさり喰われ、より強き者の餌になる。理不尽でグロテスクな程に残虐な暴力の応酬が延々と続くだけのストーリーだが、そのシンプルな娯楽性が読んでいるとだんだんクセになってくる。個人的には喧嘩師ヤクザ、花山薫が一番好き。

 暴力という原始的な娯楽の魅力に気付かされる。何気に哲学的な漫画。
   

2014年7月28日月曜日

2年目


Here in my mind.
You know you might find.
Something that you.
You thought you once knew.
But now it’s all gone.
And you know it’s no fun.
Yeah I know it’s no fun.
Oh I know it’s no fun. 
(俺の頭の中に、見つかるかもしれない。
 君がかつて知っていたはずの何かが。
 だけど、それは今やなくなってしまった。
 それじゃ楽しくないって分かっているのに。
 そう、それじゃ楽しくない。
 そう、そんなんじゃ楽しくないんだ。) 
Whatever/oasis

•••

 「将来、漫画喫茶をやりたい」という表明は今も続けている。大学生の頃から抱いている理想の軸の部分は全くぶれていない自信があるが、どうしても譲れない信念(というと大袈裟だが)を生み出したのは、筆者自身のほぼ心的外傷ともなっている実体験によるものが大きいと思う。

 「好きな本や漫画や映画の話をできる相手が欲しい」と切実に思ったのが大学の最初の2年間くらいだった。筆者自身、友人や兄妹や出逢って日が浅い相手でも、そういう話題を共有できた時が幸せだったし、その後、現在に至るまで仲良くやれているのはそういう趣味が合う人たちだと思う。しかし、大学の最初の2年間くらいは周囲に(すなわち大学構内に)そういう仲間を見つけることができず、日々孤独を深め、貴重な青春時代が空費されていくことへの焦燥が募るばかりだった。

 で、当時の私なりに必要なものを考えた末、辿り着いたのはこれだった。社交性や美的感覚に欠けるオタクの集団とは違う。どこかの雑誌から拝借したライフスタイルを背伸び気味に着飾る薄っぺらい生き様とは違う。自分の好きな物を偽らず、共有できる相手が見つかる場所。心から愛せる漫画や映画や小説が置いてあり、そうした作品を心から愛する人たちに出逢える、そういう空間。

 漫画『金魚屋古書店』やスティーブン・キングの中編『マンハッタンの奇譚クラブ(原題:The Breathing Method)』がイメージに近い。一気飲みを強制される飲み会や、大学デビュー勢の安っぽい色恋や馬鹿騒ぎに馴染めない人たちがやって来て、自分の趣味嗜好を再確認できる場所。仕事で忙しい社会人がサボって一息ついたり、日々を放漫に過ごす夢追い人が毎日通って自我を保つのに一役買うかもしれない。そういう心のオアシス(陳腐だが、敢えてこう喩えよう)を具象化する方法を考えた結果、これしかない、と大学4年生頃に辿り着いた結論が漫画喫茶の経営だったと思う。学生時代の筆者自身がそういう場所を、ひたすら欲していたのだ。

 立地(北大の近く)、予算(数百万円?)、内装(シンプルで快適)、維持費(テナント代や光熱費)、食べ物(ドーナツ)、飲み物(コーヒー)、雇用(学生バイトは必須)、利益を得る手段(古書の売買とか)など、素人なりにボチボチ調べつつ、実現可能な範囲内で構想は進んでいる。

 コンセプトの一つは「すごくセンスのいい友達の部屋」。そいつがお勧めしてくる本や音楽や映画にハズレはない。毎日通っても、久しぶりにお邪魔しても、居心地がよくて、ついつい長居してしまう。そういう友人が学生時代に欲しかったし、今も欲しいし、できるものなら自分も誰かにとってそういう友人になれればいいと思っている。

 …なんていう夢を、いい大人がガチで追い求める。そんな社会実験の試みの記録の一形態として、このブログは存在している。退屈で、大変で、息苦しくて、摩耗しがちな社会生活に休息を与える場所を作り出すために。『ショーシャンクの空に』のアンディみたいな感じで淡々と、揺るがずに、準備を進められればいいと思う。数年続ければ実現できる気がしてならない。引き続き、御笑覧いただければ幸いです。
  

2014年7月20日日曜日

リリイ・シュシュのすべて


 リリイ・シュシュという女性歌手に救いを見出す、田舎の中学生の話。

 夏休み明けの新学期、過酷ないじめが始まる。傷ついて墜ちた魂が周囲を攻撃し、教室や友人関係の中に刺々しい空気が波及していく。暴力を加え、金品を奪い、性的に貶め、尊厳を踏みにじる。穏やかな田園風景とドビュッシーの清冽なピアノ曲を背景に、陰惨な負の連鎖の中で窒息し、圧し潰されていく少年や少女の魂。

 鑑賞時の胸糞の悪さは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に匹敵する。そして、それは自分の小学校や中学校の記憶が眼前に浮かんで重なり、胸に生じた痛みのせいだという機序にやや遅れて気付く。主人公の少年はリリイ・シュシュ(salyu)の歌声の世界に逃避するが、自分にとってのそれはミスチルだったな、と観ていながら思った。(ちなみに、作中でミスチルという語がサブリミナルでステマしている)

 涙を流し、嘔気を催すほどに、現実世界の不条理に圧し潰された魂に、救いを与えるものは何か?
 観ながらずっと考えていた。自分にとって大切な映画の一つになった。
    

2014年7月19日土曜日

グッドフェローズ


   I always wanted to be a gangster.  To me, being a gangster was better than being President of the United States.
 俺はいつもギャングになりたかった。俺にとっては、ギャングになることはアメリカの大統領になるよりすごいことだった。

・・・

 舞台は60年代のニューヨーク。実話が元になっているギャング映画の名作。

 『タクシードライバー』『レイジングブル』の マーティン・スコセッシ監督と俳優ロバート・デ・ニーロの名コンビ。臨場感を生むハンディカメラで撮ったようなカメラワークと、カット割りの速い軽快なテンポで進む。ホーム・アローンの強盗の小さい方の人がキレた役で出ている。ロバート・デ・ニーロのオーラはそうでもない方。

 ヤクと女と暴力が男心をくすぐる。
 バイオレンスなエンターテイメント映画。

2014年7月6日日曜日

バリーリンドン


 アイルランド生まれの成り上がり者の哀しみの話。

 18世紀の欧州の雰囲気を忠実に再現した映画史上最初の作品として定評がある。当時描かれた絵画の色彩や構図がそのまま飛び出したような映像は、監督スタンリー・キューブリックの偏執狂じみた情熱によって生み出された。蝋燭の火で照らされる室内や窓から差し込む光の加減など、NASAの衛星観測に用いられる特殊なレンズを使ってこだわり抜いて撮影されたものであり、関係者の中では語り草となっているそう。

 3時間近い長尺であり、歴史的考証と人間模様に関して見応えはあるが、ちょっと疲れる。
 美術監督賞・装置賞、衣装デザイン賞などアカデミー賞4部門受賞。

 映画の玄人向けの作品だろう。
    

2014年6月29日日曜日

トップガン


 1980年代のアメリカ、海軍の上位1%のエリートパイロット養成所の話。

 負けん気の強い若造が勇敢に戦い、成長し、ロマンスを楽しむ。
 生きることが今よりももっとシンプルだった時代の話。

 精悍な顔つきのトム・クルーズを観るための映画。
   

2014年6月18日水曜日

グレート・ギャツビー


 そう−−−ギャツビーは最後の最後に、彼が人としてまっすぐであったことを僕に示してくれた。果たされることなく終わった哀しみや、人の短命な至福に対して、僕が一時的にせよこうして心を閉ざすことになったのは、ギャツビーをいいように食い物にしていた連中のせいであり、彼の夢の航跡を汚すように浮かんでいた、醜い塵芥のせいなのだ。

・・・

 何となく気にはなっていたけれど手に取るには至らずに本棚で眠っていた本。出張の長時間の移動の合間に読み始めたが、一泊二日で読み終えて、自分にとって大切な一冊になった。

 近代アメリカ文学を代表する名作として名高いこの小説は1920年代のアメリカ東海岸の物語である。証券会社で働き始めた主人公ニック・キャラウェイは、ニューヨーク郊外のロングアイランドの岬の小さな安普請に住むことになった。そこで彼は豪奢な邸宅に一人で住み、週末には絢爛なパーティーを開催する奇妙な隣人ジェイ・ギャツビーに出会った。

 情熱的な恋と幻滅。下層から成り上がった一人の男の人生の悲しみ。心の流れが精緻に描かれ、情景の一つ一つが胸に迫ってくる。綾を織りなすプロット、命の宿る登場人物の造形、息づかいを感じる文章のリズム、全ての調和が美しい。時代を超えて読まれ継がれる歴史的名作というのも頷ける。

 今回読んだのは村上春樹の翻訳によるもので、原文の雰囲気を忠実に再現しようとしたそう。氏の思い入れたっぷりのあとがきも味わい深い。容赦ない悲しみを傍観する淡白な主人公の視点など、カート・ヴォネガットやジョン・アーヴィングと同じく村上春樹文学を形成するセンスの源流が感じられる。  

 いつかまたじっくりと読み返したい。そう思える傑作。
   

2014年6月9日月曜日

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン


 母の死を描いたリリー・フランキーの自伝小説。2006年度本屋大賞。
 エッセイや対談と同じように、作者特有のユルい空気と文化的素養とキレのある洞察が混在しながら回想が進む。北九州での少年時代、大分の高校での下宿生活から大学以降の東京での生活。ファンキーで笑える楽しいエピソードが多いが、どの時代にも必ず母との思い出がある。

 泣けるかと問われると、私のツボにはこなかった。
 絆を描く家族の物語としてはいい感じ。時々現れるオトンが実にいい。

 ふざけているようで本気。読んでいる最中ずっと楽しい。
 これがきっとリリー・フランキー節。
    

2014年5月27日火曜日

きっと、うまくいく


 2月にゼロ・グラビティが今年の映画観たナンバーワンになると断言してしまいましたが、すいません、こちらが1位です。

 インドの理系エリートが集まる工科大学の話。
 テーマは金城一紀の小説に通じる「社会構造を変えるための生き方」
 小気味良いテンポ、絶妙なプロット、インド映画お約束の歌や踊りも素晴らしい。

 生きる歓びが溢れ、元気が湧き出てくる、最高の娯楽映画。
 絶対お勧め。

    

2014年5月26日月曜日

スタンド・バイ・ミー 恐怖の四季 秋冬篇


 ホラーの名手スティーブン・キングが書いたホラーではない中編を集めた作品集。秋冬篇。
・スタンド・バイ・ミー(原題 The Body)
 映画にもなった、12歳の4人の少年が夏の終わりに線路沿いに歩いて死体を見に行く話。作家になった主人公ゴードン・ラチャンスの回想という形式で綴られる。少年達は一見すると年相応に無邪気で無鉄砲なようで、それぞれ養育環境に問題があり心に傷を抱えている。
 死体や吸血ヒルや暴力の描写など、とても美しいとは言い難い表象が多いけれども、揺れ動く少年達の不定形な心の流れが読み手に感傷を与える。ものの本によると「逆境を乗り越えて生き抜くレジリエンスの物語」とのことで読み始めたが、その通り、痛みを乗り越える少年の話であると思う。そのための儀礼は時として、醜悪で過酷な旅の形をとるのだ。

・マンハッタンの奇譚クラブ(原題 The Breathing Method)
 ニューヨークはマンハッタンの法律事務所で働く初老の男性である主人公は、ある日、知人に誘われ社交クラブを訪れる。そこには上質な家具、静謐な空気、興味深い蔵書と美味しい飲み物(スコッチソーダ)があり、紳士達が毎夜、奇妙で興趣に富んだ物語を披露し、互いに耳を傾ける。クリスマスの夜に語られる、婦人科医師を長年続けた男の話が作中のメイン。
 このブログのコンセプトに近いものを感じた。閉塞しがちで退屈な日常に命を与えるのは、醜悪なものであれ、非現実的なものであれ、活き活きとした物語なのである。
   

2014年5月15日木曜日

チャンネルはそのまま!


疫病が流行してもかからない人間がいる。 
種としての全滅を免れる… 
そのための「バカ枠」だ。

・・・

 北海道のローカルテレビ局に「バカ枠」として入社した新入社員が主人公。丹念に取材された地方局の仕事の実体を『動物のお医者さん』『おたんこナース』の作者がコメディタッチで描く。

 要領の良いスマートな優等生ばかりでは組織の持続的な成長は望めない、というのが根底にあるテーマ。行列から離れて自由に動くイレギュラーな蟻のように、奔放で空気を読まない主人公の雪丸花子が硬直しかけた組織に新たな視点とチャンスをもたらす。

 北海道のローカルネタが盛り沢山で、道民が読めばきっと5倍くらい楽しめる。主人公の会社(☆ほしテレビ)のモデルはHTB、圧倒的視聴率を誇る獰猛なライバル(ひぐまテレビ)はSTV。

 ちなみに後半で登場人物たちが読んでいる『働かないアリに意義がある』という本の作者は北海道大学の教員である。
   

2014年5月4日日曜日

オーシャンズ11


 犯罪者のオールスターでラスベガスのカジノの金を強奪しよう、という話。
 出演者も主役級のハリウッドスターのビッグネームが並ぶ。

 内容は普通に面白いクライム・サスペンス。
 ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツのオーラ溢れる立ち居振る舞いが楽しめる。
 
 個人的にはいつも何か食べてるブラッド・ピットが好き。
   

三びきのやぎのがらがらどん


 ノルウェーの民話を基にアメリカの絵本作家が描いた絵本。

 大中小3匹の同じ名前のヤギが橋を渡ろうとすると、橋の下に恐ろしいトロル(巨人)が居る。最後には情け容赦なくトロルが血肉を裂かれ木っ端微塵になるあたり、原始的な残虐さと生命力を感じる。教訓を込めようなんていう浅薄な下心を感じさせないのが清々しい。

 子供心にセンセーショナルな1冊。

魔法少女まどかマギカ 叛逆の物語


 テレビ版全12話(≒映画の前後編)の後の世界の話。

 続編の報を聞いたときに「蛇足じゃないか?」と思ったが、やはり蛇足だったという印象。抽象的な心情描写が多く、ファンサービスな描写が多いのも少し鼻につく。アニメ映画の売り上げ的には成功かもしれないが、面白いかと言われればあんまり。

 まどかマギカを楽しむためには、TV放映版全12話で完結させるのがベストかなと。文学的な記号や隠喩についての思弁を巡らせたい人以外には、あまりお勧めではない。

 とは言えネット上で見る限り評判は上々。
 内容の解釈を巡ってファン同士で議論するのが楽しい作品ではある。