2017年2月27日月曜日

虐殺器官


 早逝したSF作家、伊藤計劃(いとうけいかく)の2007年作品。
 5年ぶりくらいに再読。

 舞台は世界中で内戦と虐殺が起こる9.11以降の世界。アメリカの特殊部隊隊員として世界各地で転戦する主人公の男の一人称で物語が進む。作中で繰り返し語られるテーマは、人間の意識とは何か、死とは何か、良心とは何か。レトリックと医療技術で己の感覚を麻痺させ、指令のために人を殺し続ける主人公の葛藤の遍歴が描かれる。

 多くの評論家や作家に激賞されている通り、2017年現在の時点で、テクノロジーと哲学的思弁が出会うSF小説という枠組みでの創作で最高峰のクオリティであろう。該博な知識と繊細な筆致で描かれる、地獄のような世界を非人間的な技術で生き抜く男の軌跡。エスキモーの言語の話、レミングの集団自殺の話、進化論に関する議論。そうした20世紀の学者やマスメディアやが生み出した幻想と現実との相違もテーマにある。

 「どうやったらこんな物語が書けるんだろう」と考えながら読んでいた。言語マニアであり、映画マニアであり、軍事マニアであり、情報技術マニアである作者が、物語という形式への愛を込めて編んだのがよくわかる。自身の死を意識しながら。途方もないレベルで。果てしない思弁。切実な問いかけ。それを、物語という形式で。

 久しぶりに読んで、ずっと楽しかった。
 アニメ映画も公開中だが、やはり活字で読むのが至高だろう。
   

2017年2月26日日曜日

「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち


 厚木市幼児餓死白骨化事件(2015年逮捕)、下田市嬰児連続殺害事件(2014年)、足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件(2015年)の3つの親による子殺しの事件に焦点を当て、作者が現場や関係者を取材しながら当事者達の人物像を追っていくノンフィクション。

 本書の特色は、被害者の子、加害者である親、その親を育てた親、3世代にわたって生活史を追っていくという構成。その取材の過程を通して、加害者に残虐非道な極悪人というレッテルを貼って一面的に報道されがちなマスコミの報道とは異なる側面が見えてくる。虐待や殺害は個人の一時の感情だけで起きたわけでは決してなく、世代を超えた因果が集約し、我が子の殺害という形で顕現していることがよくわかる。「こんな環境で育ってまともな人間になるわけがない」という劣悪な環境が連鎖していく。

 『ウシジマくん』同様、精神科医、臨床心理士などの「心の専門家」になりたい人に推奨したい1冊である。人間らしい心など到底育むことができない、醜悪で絶望的な家庭の姿を知ってほしい。
   

2017年2月22日水曜日

アルマーニ


 世界的なファッションブランドであるアルマーニの創業者でありファッションデザイナーでもあるジョルジオ・アルマーニの姿を追ったドキュメンタリー。2000年作品。

 DVDを買って観たわけだが、予想に反して、65歳くらいの男が仕事したり休暇を楽しんだり人生哲学を語ったりする姿がメインで、あまり芸術的に楽しむ感じではなかった。仕事へのこだわりっぷりや人生のエンジョイっぷりは学ぶものがある…というか純粋に羨ましい。

 シンプルに美しく、人生を楽しむ。
 その哲学は素晴らしい。
   

2017年2月19日日曜日

日本で一番悪い奴ら


 北海道警察に実在した人物をモデルに映画化した2016年作品。去年読んだ北海道新聞の本(『真実 新聞が警察に跪いた日』)にも登場する汚職警官と警察の組織犯罪の話である。

 悪漢たちの物語だが、内容が事実に基づくというのが恐ろしい。警察組織はメンツのために現場にノルマを課し、現場の刑事達は成果のために情報を求め裏社会の人間との交流し、やがて堕落していく。組織の腐敗と構成員の堕落。これを書いている2017年2月時点でも道警の回答は十分でなく、真相の多くは闇に葬られたままである。

 演技は綾野剛の演技がピカイチ。しょぼいルーキー、イケイケの兄貴、落ち目の無頼漢、など演技の幅の広さと存在感で他を寄せ付けない。共演のピエール瀧や中村獅童もかすむほどである。映像的には、小道具や人々が生み出す昭和の札幌の空気の再現度がいい。

 社会に問題提起する意欲作であり、悪漢達の盛衰を描く娯楽作品でもあり、大変クオリティの高い作品。…にもかかわらず、世間にあまり知られていないのは広告会社のプロモーションの仕方が悪い、というのが妻の意見。広告会社が警察に喧嘩を売って睨まれると業務上の支障をきたすからあえてズレた方向にしたのはないか、というのが上記の本を読んだ私の意見。

 とりあえず、北海道民は観ておいた方がいい。真っ黒な社会の現実。


    

2017年2月16日木曜日

みかづき


 塾経営に関わる女系家族を3世代にわたって描く森絵都の長編小説。

 「NHKの朝の連ドラ」っぽい空気が全編を通して流れる。昭和の戦後の民主主義教育の黎明期から、受験戦争の過熱、平成のゆとり教育の弊害、貧困による教育の格差、など日本の教育にまつわる史実を交え、時代の中で奮闘する人々の人生が描かれる。

 書評家に絶賛されていたので手に取ってみたが、納得のハイクオリティ。冷徹な洞察と温かい人情味の絶妙なバランス感覚が森絵都らしい。キレのある教育行政の分析を混ぜつつ、味わい深い人物たちの化学反応を描くのがうまい。緩急や伏線の仕込みが名人芸の域に達しており、読んでいてずっと楽しかった。個人的なお気に入りは国分寺。

 本ブログ筆者が最も好きな女性作家であると再確認。過去の作品を読み返したくなった。
    

2017年2月10日金曜日

クリプトノミコン


 理系オタクの頭脳バトル&第二次世界大戦時に隠された黄金を探す冒険小説。2002年作品。

 第二次世界大戦時のパート(暗号解読者のアメリカ人ローレンス、日本陸軍の兵士の後藤、アメリカ海兵隊の下士官ボビー・シャフトーらの話)と、現代パート(ローレンスの孫でフィリピンでの事業を目論むランディらの話)が、短い場面で区切られながら入り乱れ、黄金が隠される過去と、それを手に入れようとする現代の子孫達の物語が展開する。

 厚めの文庫本で4冊で、膨大な情報量が偏執狂的に編まれ、読むのが何かの修行に思えた。が、数年かけて読んだため全体の理解が浅くなりつつも、なんとか最後まで到達し、再び読みたいと思える興趣と知的興奮はあった。RSA暗号など数学的理論を用いた暗号の仕組みに興味をもてる人には楽しめると思う。散発する理系ギャグと蘊蓄も読み手を選ぶ。

 この本を推していた書評家の大森望くらいのリテラシーがあると抱腹絶倒で楽しめるらしいが、小説としての難易度は高めで、理系エンターテイメントの極北という感じ。本ブログ筆者はまだその域に至らぬ。
    

2017年2月7日火曜日

男麺


 主人公の麺好きの男がひたすら麺を食べる漫画。他意はない。
 Kindleで購入したのは1話完結の6話入り。

 作画は『荒野のグルメ』と同じ土山しげるだが、久住昌之の原作はない。
 絵は美味そうだが、ストーリーに深い含蓄があるわけではない。
 …が、それゆえに疲れた脳に優しい。
 酒を飲みながらグルメ漫画を読むのが日課になりつつある。

 立ち食い蕎麦とソース焼きそばが食べたい。
   

2017年2月2日木曜日

マイノリティ・リポート


 西暦2054年アメリカ。将来的に殺人を起こす人物を特定して逮捕するシステムが確立し、殺人事件の発生率は激減している。その一連の担当部署である「犯罪予防局」に勤める男の話。トム・クルーズ主演、スティーブン・スピルバーグ監督、フィリップ・K・ディック原作の2002年作品。

 特筆すべきは未来の都市の描写。AIで制御された自動車、3Dホログラムの広告、iPadのタッチパネルの進化版みたいなディスプレイ、など「手塚漫画の未来都市の実写版みたいな街」というミスチルの歌詞の一節のようなテクノロジー多数。SF小説で描かれた世界の再現度が高く、観ていて単純に楽しい。

 ストーリーはだいたい『PSYCHO-PASS』と一緒、というかこちらが元ネタの感がある管理社会のディストピア。犯罪性向の高い者を前もって知ることで犯罪を予防できるというロジックは自明だが、それって人権的にどうなのよ、という問いを提起する。結局は狡猾な誰かの権力の把握に利用されるというのも、繰り返し描かれてきたテーマである。

 終盤の展開が蛇足だった気がするが、観ていてずっと楽しかったので良しとする。
 安定して楽しめるスピルバーグ節の大衆娯楽という感じ。