2021年1月31日日曜日

私の身に起きたこと とあるウイグル人女性の証言


 東トルキスタンのウイグルの女性が、中国政府が新疆(しんきょう、シンジャン)と呼び支配する地域で受けている弾圧の内容を告発する漫画である。内容は実在の人物の証言に基づく。公開は2019年8月。書籍化は2020年11月。

 漫画の内容はインターネット上のnoteで無料公開されているので、ぜひ読んで欲しい。20ページ弱であり、読むのに10分もかからないだろう。

 https://note.com/tomomishimizu/n/nfd4c33d0fcdf


 子供の殺害、拘束監禁、強制不妊手術、親族を人質にした恫喝、など、非人道的で苛烈な人権侵害の内容は衝撃的で、初読の人には強いトラウマになるだろう。だが、これは紛れもなく起きている現実であり、インターネット上では告発の動画や証拠が溢れ、2021年1月にはアメリカ政府が公式にジェノサイド(集団虐殺)が起きていると認定した。現在も進行している恐ろしい現実について知ることは、同時代を生きる人間の生存戦略上、不可欠であろう。


 だけど、それだけでは足りない。


 本書は印刷物であり、1200円で買える。大部分が漫画で描かれ、あとがきを含め40ページ程度なので、簡単に読むことができ、その訴求性は大きい。児童書のコーナーに置かれた小冊子のようなサイズ感であり、20分もあれば内容に目を通せる。だが、この小さな絵本は、大きな力を持つ。


 一人でも多くの人がこの本を手に取り、このような非道は許さない、と態度を表明することが中国共産党を牽制し、世界を変えていくだろう。逆に、黙認する人が多ければ、日本人とて他人事ではなく、20年後や30年後に同様の目に遭う可能性が現実にある。苦しむウイグルの人々を救うために、未来の自分や自分の家族を守るために、一人一人が、声を上げる必要がある。その第一歩として、今、絶対に読むべき本である。

   

2021年1月29日金曜日

白痴


 ロシアの文豪ドストエフスキーの五大長編の2作目。初出は1868年。読んだのは2018年出版の亀山郁夫訳。全4巻。

 娯楽とは程遠く、気合いと忍耐で読み進める読書体験だった。設定が込み入り、時代背景も19世期ロシアで多くの人には馴染みが薄いので、ノーヒントで読む初心者にはハードルが高い。その上、
核心部分は意図的に隠されたまま物語が進行し、ストーリー上の意味が掴めず困惑させられる展開が多かった。キリスト教に関係する示唆に富んでいるらしいが、21世記に生きる日本人が殊更ありがたがるようなものかというと、疑問が残る。

 ストーリーは、
善良で美しい魂を持つ主人公の公爵ムイシュキン、粗野な成金の男ロゴージン、自暴自棄に生きる美女ナスターシャ、美人三姉妹の末娘アグラーヤの愛憎入り混じる人間模様が主となる。持病の癲癇の治療のためにスイスで療養していたムイシュキンが祖国ロシアに戻るところから物語が始まる。ロシアの社交界を舞台に、悪評高いナスターシャを巡る騒動の中で生じる、互いの精神力動が物語の肝となる。

 純粋な人間の登場は最終的に悲劇をもたらす、とい
うようなことがテーマだろうか。美しい心や肉体を持った人間であったムイシュキンやナスターシャが、世俗の欲望と打算に満ちた社会に汚され、壊され、堕ちていく物語であるともいえる。ムイシュキンとロゴージンは人間の善悪の表裏一体として対を為し、ナスターシャは心が壊れた美人、アグラーヤは堕ちていく箱入り娘である。鷹揚で虚言癖のあるイヴォルギン、性格がねじくれた肺病病みのイッポリート、軽薄な小役人レーベジェフなど、脇役はいい味出している感がある。惨めで愛らしい端役たちの人間劇場がドストエフスキー らしい。

 読んで何が残っただろうか、と己に問うと、あまり何も残っていない気がする。自分の中で五大長編の順位は、罪と罰>カラマーゾフ>悪霊≒白痴、という感じだ。いつかまた読むと変わるかもしれない。ひとまず、現在読んだ感触としてはイマイチ。根性で読み切ったが、この体験がいつか報われることがあってほしい。
    

2021年1月26日火曜日

太陽の帝国(映画)


 イギリス人の少年が第二次世界大戦下の上海で過ごした日々を描く映画。スティーブン・スピルバーグ監督。1987年作品。

 原作はSF作家であるJ・G・バラッドで、ストーリーは作者の実体験に基づく。上海に滞在していたイギリス人の少年(クリスチャン・ベール)が、日本軍の侵攻による混乱の中で両親と生き別れ、その後、過ごした日々を描く。

 アカデミー賞の受賞はならなかったようだが、全体に当時の雰囲気の再現度が高く、玄人向けの歴史物という感がある。上海を占領する日本人は日本人が演じており、観ていて違和感がないのが好感が持てる。戦時の生活の過酷さ、悲惨な境遇で生きる人間の醜さと美しさなどが、過剰な修飾をせずに描かれている。

 スピルバーグは迷子の物語を描き続ける監督だ、と伊藤計劃が論じていた記憶があるが、本作がまさしくそうである。『レディプレーヤー1』や『ジュラシックパーク』などの娯楽作品を作る一方で、『プライベートライアン』や『シンドラーのリスト』などのシリアスな戦争映画を作るスピルバーグの二面性は興味深い。深い悲しみを知り、大衆娯楽の作品に昇華させる手腕を見るにつけ、創造的に生きる人間の完成形という気がしてくる。

 本作には近代史を学ぶ教材として食指が伸びたわけだが、期待通りなかなかよかった。多くの人に受けるかはともかく、テーマと世界観がいい。次は原作を読みたい。
   

2021年1月10日日曜日

狄(てき)


 綱淵謙錠の歴史小説。昭和54年(1979年)発行の中公文庫版。中編の『狄(てき)』と、短編の『夷(い)』を収録。仕事で稚内に行く関係で興味を持ち、読んでみた。両編とも明治の樺太の話である。

 『狄(てき)』
 舞台は1868年(慶応4年、明治元年)の樺太から始まる。新撰組隊士だった池田俊太郎は京都からの逃避行の果てに、日本領の極北である北蝦夷(樺太)にたどり着いた。酷寒に耐え、アイヌと共生し、ニシン漁の番屋で暮らす日々の中で、己の過去を回想する。やがて、軍事力を背景に無法を働くロシア人の侵略にさらされ、蹂躙される人々の過酷な運命が描かれる。

 『夷(い)』
 実在の人物である畠山松之助の悲運を描く掌編。1875年(明治8年)の千島樺太交換条約後、ロシアの支配下となっていた樺太が舞台。畠山松之助は日本人とアイヌ人の混血であり、窃盗を働くロシア人を殺害した罪で仲間とともに捕縛される。仲間と義のために自ら死に殉じる彼の心性に、作者が歴史的な文脈を読み解きながら迫っていく。

 両作ともに、作者の至芸ともいえる精緻な時代考証が特徴で、創作の部分もあるが、実際の歴史的事実や事件に材をとった重厚な作品となっている。読めば野蛮で卑劣なロシア人のことが嫌いになるのは間違い無いであろう。ロシア人が日本人やアイヌ人におこなった非道の数々は、子々孫々にわたり、よく覚えておく必要がある。

 綱淵謙錠(1924-1996)は樺太出身の作家であり、膨大な歴史的資料の考証が生み出すリアリティと、故郷や所属を失った人間の痛みが通奏低音となっているのが特徴である。今年は彼の作品を読もうと思っている。2020年代はいまだかつてない混沌の時代であり、それが関係してか、なんとなく、そういう気分なのである。
   

2021年1月9日土曜日

呪術廻戦(アニメ)


 Netflixで視聴。第一クールは全13話。

 最近観ていた鬼滅よりもアニメ色が濃い。なんというか、掛け合いにおけるオタな濃度が濃い。私はそれが苦手なので、観ていてあまり入り込めなかった。漫画で読むと面白い表現が、それをすべて話し言葉で再現しようとすると無理がある感じをしばしば受ける。

 戦闘シーンはなかなか良い…が、これもufotable制作の鬼滅の方が勝ると思う。おそらく、テンポの問題なのだと思うが、時の流れが冗長に感じるシーンが多い。昔のスラムダンク、ドラゴンボール、幽遊白書あたりも今観ると冗長に感じるので、慣れの問題なのかもしれない(戦闘中にそんなに喋れるわけない、とか考えてしまう)。領域展開の表現は観ていて面白かった。五条悟の無量空処なんか特に格好いい。

 全体に、評価はアニメ<漫画。鬼滅では逆だったが。
 エンディングのおしゃれムービーは格好いいので好感。
  

2021年1月8日金曜日

呪術廻戦(漫画)


 最近話題のジャンプ漫画。2018年開始。既刊14巻。
 面白いと聞いて、読み始めたら確かに面白かった。

 呪術(じゅじゅつ)を用いた異能バトルものであるが、基本はハンターハンターに近い。というか、作者の冨樫愛が強いのは明らかで、隠す素振りもない。ダークな学園バトルものであり、ハンターハンター幽遊白書ジョジョ寄生獣、うしおととらあたりを混ぜた作品という感がある。ギャグに銀魂的な要素があるのは、昨今じゃ標準装備らしい。作者によるとBLEACHの影響も強いらしい(私は読んでいないが)。鬼滅よりも残虐さ、陰惨さは強い。

 そして、ルールや設定は複雑。呪力、呪術、呪骸、呪具などが出てきて、それぞれ性質が違う。敵は呪霊だったり、呪術師だったりして、彼らが領域展開したり、式神を操ったり、反転術式を使ったりする。呪力はハンターハンターでいうところのオーラである。作中での説明がないが、前提としてハンターハンターの念の系統の分化(強化系とか操作系とか)の概念がある。主人公の虎杖(いたどり、影が薄い)の戦闘スタイルは念を覚えたてのゴンであり、雷禅が憑依した幽助であり、技である逕庭拳はるろうに剣心の二重の極みである。

 先行の人気作品のエッセンスをこれでもかと詰め込んだ、豪華な具材を入れまくった鍋のような内容だが、これはこれは調和がとれており、ストーリー展開も小気味良い。特に動的なシーンにおける作画能力が素晴らしく、設定の複雑さを忘れ、勢いとノリでグイグイ読ませる。両面宿儺、五条悟、東堂葵、夏油傑など、魅力的なキャラクターもたくさん出てくる。

 読むほどに、これは人気出ますわ、という豪華な作りである。鬼滅の次のジャンプの看板作品はこれだろう(ワンピースを除く)。新刊が出るのが楽しみな漫画がまた一つ現れてくれて、嬉しい。
   

2021年1月7日木曜日

FIELDWORK 野生と共生


 アウトドア企業スノーピークの株を買うにあたり、企業の理念を学ぼうとして買った本。

 本書は株式会社スノーピークの現代表取締役社長である山井梨沙氏が自ら書いた本である。同社は一族経営で現在3代目。本書の作者は創業者の孫で、1987年生まれ。2020年3月より現職となり、2020年7月に本書は出版された。スノーピークという企業の歴史、作者の生い立ち、経営の理念などが書いてある。

 わかることは、作者は幼少期からアウトドアライフを楽しんで育ち、サブカル女子を経て、家業に回帰した人であるということ。私と世代が近く、2000年代に青春時代を過ごした人らしい思考回路を持っていると思う。リベラル左翼感があって私は苦手だが、自然と触れ合うことで学べることについてはいいことを沢山言っており、全体的に同意できる。人は野で遊んだ方が心身の健康にいい。

 スノーピークは好きになったが、読み終わる前に株は全部売った。
   

2021年1月2日土曜日

ヴィンランド・サガ


 
プラネテス』の幸村誠の中世バイキング漫画。既刊24巻。

 舞台は11世紀前半の北欧。アイスランド、イングランド、デンマークあたりが舞台。クヌート、スヴェン王、フローキ、レイフ・エリクソンあたりは歴史上の実在の人物で、主人公のトルフィンはソルフィン・ソルザルソンという商人がモデルらしい(wikipedia)。史上最強の荒くれ者集団である北欧のバイキングの戦記と、戦乱に翻弄される庶民の運命が描かれる歴史絵巻という風情である。復讐編、奴隷編、帰郷編、北海横断編などにプロットは分けられる。


 久々に読み返したら、面白かった。作品としては骨太で、プロットが入り組み重厚なので、初読での理解は難しいかもしれない(私は厳しかった)。個人的には、地理や文化の大枠を踏まえた上で読む2周目以降が素晴らしい。噛めば噛むほど味が出る。時代背景や登場人物の価値観に思いを馳せたり、新たな発見があり、何度も読み返す価値のある作品である。


 『プラネテス』のテーマが母性の愛だとしたら、本作は父性の愛の話である。宇宙の話を書いたあとに、海賊を題材に選んだ作者のセンスには着目したい。本作のテーマは『バガボンド』が近いが、『キングダム』系でもある。「本当の戦士とはどういうものか」、「なんのために戦うべきか」など、そうした問いが出てくる。鬼のようなトルフィンの面相が、話が進むにつれて、憑き物が落ちるように、柔和に変わっていくのが味わい深い。


 11世紀ヨーロッパの話であるが、話は現在にも通じる。本書のトルフィンの試みは、不良の多い学校や、肉体労働者のコミュニティで幅を利かせがちなマッチョな価値観に対する挑戦である。腕っ節の強さを至高の価値とし、弱き者を蹂躙し搾取することを当然とする社会では誰も幸せになれないため、最大多数の最大幸福を実現する、共生するためのシステムを作ろうという理想。そういうものを追い求めているがゆえに、普遍性がある。


 本作は30巻くらいまで続くと予想。日本が世界に誇れるマンガ文化の層の厚さ、質の高さを感じる作品なので、もっと多くの人に読まれて欲しい。