『狄(てき)』
舞台は1868年(慶応4年、明治元年)の樺太から始まる。新撰組隊士だった池田俊太郎は京都からの逃避行の果てに、日本領の極北である北蝦夷(樺太)にたどり着いた。酷寒に耐え、アイヌと共生し、ニシン漁の番屋で暮らす日々の中で、己の過去を回想する。やがて、軍事力を背景に無法を働くロシア人の侵略にさらされ、蹂躙される人々の過酷な運命が描かれる。
『夷(い)』
実在の人物である畠山松之助の悲運を描く掌編。1875年(明治8年)の千島樺太交換条約後、ロシアの支配下となっていた樺太が舞台。畠山松之助は日本人とアイヌ人の混血であり、窃盗を働くロシア人を殺害した罪で仲間とともに捕縛される。仲間と義のために自ら死に殉じる彼の心性に、作者が歴史的な文脈を読み解きながら迫っていく。
両作ともに、作者の至芸ともいえる精緻な時代考証が特徴で、創作の部分もあるが、実際の歴史的事実や事件に材をとった重厚な作品となっている。読めば野蛮で卑劣なロシア人のことが嫌いになるのは間違い無いであろう。ロシア人が日本人やアイヌ人におこなった非道の数々は、子々孫々にわたり、よく覚えておく必要がある。
綱淵謙錠(1924-1996)は樺太出身の作家であり、膨大な歴史的資料の考証が生み出すリアリティと、故郷や所属を失った人間の痛みが通奏低音となっているのが特徴である。今年は彼の作品を読もうと思っている。2020年代はいまだかつてない混沌の時代であり、それが関係してか、なんとなく、そういう気分なのである。
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