2015年12月31日木曜日

narrative of the year 2015

 今年一番読んでいて楽しかったのはこの本。理系の知り合い全員に強く薦めたい。

 昭和の空気、格闘技業界の歴史、常識を超えた怪物の生き様。作者の偏愛と情熱がいい味。

 人間の暗部の描写に惹き込まれる。東京は怖い所だと思う。

 筆者同世代のノスタルジーが全開。今日買った2巻では中学生編に突入。

 ミスチルの最高傑作。今も毎日聴いている。

 溢れる男気の映画。

 良質なハラハラ、ドキドキ。歴史的事実に基づいていると知り驚愕。

 美しい流麗な日本語と繊細で透徹した洞察は読んでいて気持ちいい。自己完結型の克己心と他者との出逢いがスクラップアンドビルドにも通じる。

 道徳や常識に抑圧された衝動にまつわる話を、骨太なプロットで。

 立川談志のロックな生き方に想いを馳せた。
   

スクラップ・アンド・ビルド


 失職中の20代後半の男が祖父と同居する話。
 今年の芥川賞受賞作。ピース又吉じゃない方。

 就職活動中の主人公とデイサービスに通う祖父という、生を謳歌せんと奮起する若者と死に向かい衰えゆく老人との対比や化学反応という主題が軸にある。が、そんな純文学的な理屈はさておき、ドライなクソ野郎の主人公が目指す自己完結型の世界が面白い。泣き言を漏らす老人を見下し、強い決意をもってオナニーと筋トレに励んで己を高める若き魂が迷走する姿に、己を重ね身につまされる男子は多いはずだ。たぶん。

 テーマに高齢者介護と20代の若者の就職という旬の問題を扱うあたり現代文学。作者の日本語があまりうまくないんじゃないかと思われる表現が多々あるが、勢いで面白く読めるので良しとしたい。

 普通に面白いので人には薦めたい。人間なんてこんなもんだ、という現代文学。


 …とここまで書いてアマゾンレビューを読んだ所、もっと深い考察があって「なるほどね!」と思った。初読でも面白いけど、吟味しながら再読しても楽しめそう。きっといい本なんだろう。

2015年12月27日日曜日

ニューロマンサー


 感想:読みづらいし意味わかんねえ。

 1984年に出版され、サイバーパンクという潮流を生み出したSF業界における歴史的作品とのことで手に取ってみたが、読んでもよく分からなかった。気合いで全ての文字に目を通したが、これほどまでに内容が頭に入ってこない作品というのも珍しい。自分の頭の整理がてら、項目に関して説明してみる。以下は黒丸尚訳に基づく。wikipediaも参照。

 ケイス:主人公。電脳空間(サイバースペース)に意識を送りこむ仕事をしている男。
 コンピュータ・カウボーイ:ケイスの仕事。電脳世界で色々する職業。
 モリー:ケースが千葉にいたとき仕事を紹介してきた女。全身を武装している。
 アーミテジ:ケイスやモリイ達にヤバい仕事を依頼した謎の人物。
 リヴィエラ:見た目が綺麗な女性。
 冬寂(ウインターミュート):AI(人工知能)。アーミテジが潜入を依頼した標的。
 テスィエ・アシュプール:冬寂を保有する財閥の一つ。
 3ジェイン:テスィエ・アシュプールの一族の一人。
 ヒデオ:3ジェインの部下。忍者。
 ヴィラ迷光(ストレイライト):テスィエ・アシュプールの会社がある場所。

 あらすじ:ケイスが電脳世界に侵入し敵と戦う。

 Wikipediaによると、”『ニューロマンサー』には、『ブレードランナー』で示された猥雑な未来世界のガジェットと、電子世界に人体を「接続」し、意識ごとダイブするというアイデアが結合されており、文句なく新しく「サイバー」であり「パンク」であった。”とのこと。

 よく分からねえ。『攻殻機動隊』や『マトリックス』のご先祖様、ということにする。『マルドゥックスクランブル』の文体の見本らしい。後世への影響は計り知れなかった、ということで良しとする。10年後くらいに再読した時、味わえることに期待する。読んで楽しめる人が居たらぜひ解説してほしい。筆者には理解できなかった。
  

2015年12月26日土曜日

宇宙兄弟


 遅ればせながら漫画原作を最新刊(27巻)まで通読。

 軸にあるのは宇宙飛行士になった弟(日々人)の後追いで宇宙飛行士を目指すことになった兄(六太)の話。ユルく、ヌルい男である六太が諦めきれなかった夢を目指すその過程で、多くの人達に出逢い、それぞれの物語が重層的に絡み合っていく。

 基本的には誰かが誰かに力をもらい、遠くを目指していくという定型が続いていく。日々人、六太、シャロン、ケンジ、せりか、ブライアン・ジェイ、それぞれの家族、友人、同僚…etc.、それぞれ誰かにエネルギーを与え、その受け取ったエネルギーで誰かがいっそう遠くを目指す。己の限界を超え、恐怖を克服し、困難に挑んでいく。それぞれが背負った物語のために。

 登場人物にはみな愛があり、思いやりに満ちた性善説の世界が描かれるが、こういう物語で純粋培養されたお人好しは、現実世界では力道山みたいな卑劣な怪物に食い物にされてしまうだろうな、という懸念も湧いた。読む人に愛と勇気を与える良質な物語であることは疑いないが、人間の邪悪さへの免疫をつけるための毒が足りないという点が個人的には瑕疵に思える。

 とは言え、サクッと読める娯楽作品としては秀逸。NASAの機材や技術など、同時に読んでいた『火星の人』の描写の映像のイメージを補完してくれた。何より「人が宇宙を目指す」というロマン溢れる明確でストレートな隠喩が、読む人に力を与えてくれる。

 読んで楽しく、自分も頑張りたくなってくる、いい話。
    

2015年12月21日月曜日

火星の人


 最高すぎた。

 火星に一人取り残された男のサバイバル小説。
 理系の素養があるほどに興奮は必至。

 今年のNo.1。

   

2015年12月15日火曜日

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか


 昭和29年12月22日、「昭和の巌流島」と題されてテレビ中継され、日本中が熱狂し注目したプロレスの試合で力道山の騙し討ちに遭い破れた木村政彦の心情を、その生涯を詳細に辿りながら綴っていくノンフィクション。

 読み進める中で、筆者はかつての自身の体験と交錯し、平常心ではいられなかった。木村政彦を陥れた力道山のような「卑劣で面倒くさい怪物」は存在する。筆者が周囲にしばしば漏らす大学生活における不愉快な思い出は、約2名ほど同学年付近にいたこの力道山系の人物に起因する。利用価値のある者にはおもねってすり寄り、価値がないと判断した相手は掌を返して使い捨てる。他人が築き上げたものを剽窃し、相手の善意や信頼を簡単に裏切り、陥れる。不器用でも筋を通し、気高くあろうとする武士道のような理想を生きる人間が食い物にされる。インターネット上で悪く書かれている在日朝鮮人の振る舞いの王道をいく感じ、と言えばいいだろうか。信用して付き合うとマジで厭な目に遭うのである。自身の築き上げた栄光を汚され、下劣な欲望の手段として利用された木村政彦のように。

 読むと力道山のゲスさに生理的嫌悪感が生じるが、その屈辱を木村政彦がどのように受け止めて後半生を生きたか、という心情に作者は詳細に史料を検証しながら迫っていく。柔道の正史から抹消され、力道山の引き立て役として貶められた木村政彦という柔道史上最強の(おそらく人類の格闘技史上最強レベルの)誇り高き格闘家の名誉復権の物語である。常人には決して届き得ない型破りで圧倒的な強さを手に入れた男の栄光、没落、悲哀、救済、葛藤、そうしたものをリアルに味わえる。不当に貶められたまま歴史の闇に葬られかけていた、不器用で純粋な愛すべき男の人生に、柔道経験者の作者が光を当てる。
 
 その生涯には綺麗も汚いもない、命の輝きと儚さがある。読めば人間への理解に深みが出る。
 今年読んだ評伝ではベスト。グイグイ引き込まれる骨太の物語である。
    

2015年12月2日水曜日

孤独のグルメ2


 18年ぶりの新刊らしい。テレビのドラマ人気にあやかっての続編と思しい。

 前作より作画の線が細くライトな印象。そしてオヤジギャグが(良くない意味で)一層過剰に。原因としては原作者の加齢、漫画の作風に関する流行の変化、連載誌(SPA!)の編集部の要請、などが考えられる。

 とは言え、作品を名作たらしめるエッセンスは健在。静岡の汁おでん、お茶漬け、煮込み定食、とんこつラーメンの話がお気に入り。一人でメシを食う、それだけの楽しみを最大限、誠実に、忠実に、描き出している。筆者も旅先でよく実行するが、本当の意味で心が救われる。単純で普遍的な生きる歓びのあり方を教えてくれる。

 などと書いてみたが、単純に読んでいて楽しい。美味しいものを食べたくなる。それが全て。

2015年11月28日土曜日

ソラリス


 惑星を覆う海のような生き物がヒトに干渉して幻覚を見せ、基地隊員の皆が混乱する話。
 
 SF小説のオールタイムベストに選ばれるほどの作品だが、いかんせん難しくて読者を選ぶ。訳者である沼野充義の解説にある通り、主題は人間以外の知的生命体とのコンタクトであり、人間形態主義(anthropomorphism)へのアンチテーゼである。つまり「宇宙人はヒトの想像を越えた形や行動様式を持っている可能性があって、コミュニケーションをとるのは難しいかもね」という、偏屈で聡明な20世紀SF界の巨人スタニスワフ・レムの宇宙進出を始めた人類への警句が込められている(初出は1961年、ロシアの人工衛星スプートニク打ち上げ成功は1957年)。

 初読で理解できるかどうかは別として「これぞSFだ」というエッセンスが詰まっている。作中で繰り広げられるソラリス学の衒学的な議論から、主人公ケルヴィンとハリーの悲恋の物語まで、知的刺激と人文学的な感傷を味わえる。

 タルコフスキーとソダーバーグの監督で2回映画化されているが、レムはどちらも「全然分かってない」といって不満を爆発させている。安易な単純化を許さない知的営為としてのSF。内容は複雑で難解だが、理解しようとし続けることで成熟した人間観や世界観を得ることができる。そういう作品…だと思う。
   

2015年11月23日月曜日

め組の大吾


 スポ根系成長物語な消防士の漫画。

 御都合主義が強く、突っ込み所は沢山あるが面白かった。見ていて気恥ずかしくなるような主人公の純粋さ、普段は嫌な奴だがいざという場面で頼りになる好敵手、など、サンデーの少年漫画の様式美や哲学が凝縮されている。

 正直、主人公の朝比奈大吾はやり過ぎで、現職の消防士が読むと失笑や怒りが抑えられないんじゃないかと推察される。しかし、危機察知能力と機転に長け、リスクを恐れず暴走しながら成果を挙げる型破りな天才に振り回される周囲との軋轢や葛藤など、人情の機微がうまく描けており、純粋に王道の娯楽として面白い。少年漫画だしこれくらい分かりやすくていい気もする。

 ミームは伝達する。五味所長から大吾、大吾から甘粕士郎や落合先生へ。
 人から人へと波及する勇気や情熱が、読む人の心を動かす。
 単純に読んでいて楽しい佳作だった。
      

2015年11月10日火曜日

ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき


 人間の悪はいかにして生まれるか、を徹底的に考察した大著。

 スタンフォード監獄実験で有名になった心理学の教授が、自身が行った監獄実験で得た知見を敷衍し、膨大な研究報告や人文学的な資料を参照しながら、「どこにでもいる普通の人」をいじめ、テロ、虐殺、拷問などの残虐行為に駆り立てる共通の因子を解き明かしていく。後半では実際に起きた軍事スキャンダルである、イラクのアブグレイブ刑務所での米兵による捕虜虐待について検証を進める。

 結論を言ってしまえば、人間の悪性を引き出す要素は、行為者の没個性化、攻撃対象の非人間化、傍観者の黙認、に還元できる。ヒトは時代や場所を越えて、普遍的に向社会性をもつ生き物であり、「集団に打ち解けたいという欲求」に駆られ行動し、「いくらやってもおとがめを受けない」と分かったとき、攻撃性や残虐さが増幅する。

 匿名性とレッテル貼り。耳触りのいい言葉の置き換えによる行為の正当化。学校や職場でのいじめや人種差別、近年のマスメディアやネット住民による特定の相手への集団リンチのような個人攻撃はこの原理によるものだということが容易に分かる。誰かを皆で攻撃することで一体感を得られる状況、いくらやっても自分の評判を傷つけることがない状況になると、人は残酷になるのだ。

 この本の主張の特筆すべき点は、個人の特性にかかわらず、取り巻く状況とシステムが被影響者の残虐さを引き出すということ。人の善性や悪辣さは状況に左右されるものであり、つまりは「いい人も悪い人もないっていう理論」(REM)なのだ。近所や職場で評判の良き家庭人さえ、状況が変われば無慈悲な虐殺者に変貌する、ということが人類の歴史では繰り返されてきた。同じ状況に置かれたら、誰だって加害者になりうる、という警鐘を鳴らそうというのが作者の意図である。

 そして、個人を変容させる巨大な力に立ち向かう方法にも本書では触れている。その内容は、、、このブログで目指すものに近いと思った。自分の好悪の感覚を研ぎ澄ませ、心を言葉で表現し、自らの名の下に表明し、共鳴する仲間を見つける、というものである。自分がいいと思ったらいいと言う。イケてないと思ったらイケてないと言う。言いづらい雰囲気の時こそはっきり言う。その勇気があれば、集団力動が生み出す悲劇を防ぐことができる。

 主張は明快で、しっかりと腑に落ちる良著だった。
 世界平和の実現のためにこのブログも続けねばなるまい、と思った。
     

2015年11月4日水曜日

レベルE


「あいつの場合に限って 常に最悪のケースを想定しろ
 奴は必ずその少し斜め上を行く!!」

・・・

 筆者が中学生の頃に出逢い感銘を受けた漫画だが、今読んでも最高だった。

 宇宙一の頭脳とひねくれきった性格を持つドグラ星の王子が地球を訪れ、彼の退屈しのぎに周囲の人々が巻き込まれ、騒動が起きる。異星人との交流というSF的な舞台装置を使いつつ、ミステリ要素の強い会話劇がメインで、基本的には1話完結のショートショートな形式。
 
 何がいいって、やはり富樫節ともいえる登場人物の掛け合い。チンピラな雪隆、苦労人の護衛隊長のクラフト、悪ガキなのに分別があるカラーレンジャーの小学生らと、他人を玩具にして愉しむ外道である王子との熾烈な応酬が楽しい。もはやネットで定型句となっている「予想の斜め上をいく」というフレーズの元ネタなど、会話中で入り乱れるキレのある言葉のチョイスがひたすら心地よいのである。

 作者30歳の時の作品らしいが、王子は作者の理想像を具象化したオルター・エゴなんだろう(『ファイトクラブ』のタイラー・ダーデンのような)。筆者が今読み返して感じたのは、王子の圧倒的な悪ふざけの底には、諦観ともいえる、ある種の達観した生物観や宇宙観があるのではないかということ。形骸化した道徳や、硬直化したシステムが生む閉塞感、矛盾と対立に満ちた現実の諸問題を解決するために、道化に徹するあのスタイルに辿り着いたのではないか。作者の意図があったにせよそうでないにせよ、作者は直感的に、真実を炙り出すための道化の必要性を感じているように思う。観る者の認識を引きずり回す悪ふざけと風狂は欺瞞の仮面を剥ぐ。最近サンデーとチャンピオンの少年漫画を読んでて足りなく思ったのがこの要素。表層的な理想だけじゃ足りないのだ。強い知性をもつ人道主義者は、しばしば偽悪や道化に至る。封神演技の太公望のように。

 笑いと問題提起に満ち、読んでいて楽しい。皮肉が利いていて、底には深い愛がある。大人の知的娯楽の一つの完成形に思える。プロットが練られ過ぎていて初読で理解が困難でも、読み返す程に味が出る。筆者はこの作品の面白さが分からない人とは友達になれない自信がある。
   

2015年11月1日日曜日

うつうつひでお日記


 『失踪日記』の吾妻ひでおの漫画絵日記で綴る日常。

 漫画を描き、麺を食べ、SFを読み、お笑いと格闘技をテレビで見るだけの日々がただ延々と続く。行動範囲の9割は自宅と図書館と書店のループ。時々、喫茶店で漫画で編集者と打ち合わせが入る。あとは治療中のうつ病の病状の話など(診断、処方は前時代的だ)。挿絵で執拗に描かれる十代少女には偏執狂的なこだわりを感じる。

 目黒考二『笹塚日記』にも通じる筆者の理想のライフスタイルの一つである。40後半くらいになって馬力がなくなってきたらこの生き方にシフトしたい気もする。読んで、食べて、他人の仕事に文句つけて、自分は少しだけ働く。なんと羨ましい。

 自分に正直。ある意味非常にロックだ。
    

2015年10月30日金曜日

ジョジョの奇妙な冒険 Part.4 ダイヤモンドは砕けない


 作者のルーツへの回帰は一層加速し、物語の舞台は日本の地方都市へ。

 1999年の仙台(がモデルの架空の街・杜王町)に住むジョセフ・ジョースターの隠し子の東方仗助(ひがしかたじょうすけ)が主人公。時代錯誤のツッパリスタイルだが根は優しい愛すべき馬鹿、というジャンプ黄金時代の王道を行くキャラクターである(cf. 前田太尊、桜木花道浦飯幽助)。必然として、1990年頃に流行ったツッパリヤンキー漫画のコメディテイストが漂い、漫画家・岸部露伴を筆頭に敵味方問わず愛すべき変人が多数登場し、しっかり人間讃歌している。
 
 作者の解説にある通り、第4部の主題は”街”。前半の日常パートも新鮮だが、後半になって登場する猟奇殺人鬼・吉良吉影が現れてからのサイコ・サスペンスな展開が圧巻。次々現れる敵のスタンドとのバトルを軸に、SF要素あり、繊細な心理描写ありで、旺盛なサービス精神全開で楽しませてくれる。 

 しかし富樫義博作品への影響が強いな、というのが何度も浮かんだ所感。とりわけハンターハンターへの影響が色濃い。ボマーとか。
   

2015年10月18日日曜日

武器よさらば


 第一次世界大戦に従軍経験のあるヘミングウェイの長編小説。1919年頃のイタリアが舞台のラブロマンス。

 主人公はイタリア軍に所属するアメリカ人の青年フレドリック。前半は戦場での兵士の生活の様子が主で、後半に進むに連れ、英国人の看護師キャサリンとのロマンスの色が強くなる。そして最後は、、、前半と後半のコントラストの妙で胸に迫る。戦時の非常と、平穏が保証する情愛の日々の対比

 ヘミングウェイ的な人生の愉しみ方が詰まっている。戦時のリアリズム、情事と酒と旅情、底に横たわる喪失と虚無感。簡潔な文章で喚起される空気がいい。なんというか、潔さと諦観がある。

 でもまあヘミングウェイは短編の方がいいな、という感は否めない。『陽はまた昇る』よりは読んでいて楽しかったが、筆者は短編の方が好き。
   

2015年10月12日月曜日

ジョジョの奇妙な冒険 Part 3 スターダストクルセイダース


 日本人が主人公、というのがまずはポイント。
 ジョジョの第三部が連載された1989年頃というのは、それまで『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』などでヨーロッパが舞台の物語を描いていた宮崎駿と高畑勲が「日本への恩返しのため」とトトロと火垂るの墓を作ったのと同時期である。戦後教育で欧米への憧憬と引け目を植えつけられた作者(荒木飛呂彦)の世代が日本を再発見するという、戦後の物語制作史の必然とも言えるちょっとしたシンクロニシティ(共時制:奇妙な事実の符号)を感じる。第一部ではイギリスの貴族文化、第二部のアメリカンにやんちゃする若者像を経て、西欧を舞台にした伝奇物語の文脈が日本で流行中のツッパリ不良文化に出逢い、空条承太郎が生まれた。日本代表の承太郎がエジプトを目指し、オリエントな情緒立ち込める異国の旅を続ける。

 そして、勿論スタンド。
 第三部より登場するスタンドはその後ジョジョの代名詞とも言える戦闘システムになる。話が進むにつれ初期設定が破綻していく気がするが、可視化された精神戦を勢いで楽しむのが吉。深く考えずに、最後は「オラオラ!」でスカッとすれば良い。

 後世への影響。
 幽々白書の仙水篇は影響受け過ぎだ。

 作風等。
 劇画な絵柄で過剰な程のギャグを盛り込む、という路線を見出し、少年誌の王道パターンの一つを確立したよう。承太郎とディオ以外、ポルナレフを筆頭に大体みんな三枚目に落ち着いていく。アブドゥルの変遷たるや。

 まとめ。
 承太郎が最高に格好いい。やれやれだ。
   

2015年10月9日金曜日

精霊の守り人


 和製ファンタジーの金字塔。

 旅の武術者バルサが、命を狙われた皇子チャグムと偶然出会い、チャグムの命を守るために逃避行をするという話。舞台装置は和風で、日本の平安時代風の皇族や呪術師や建国の神話や催事が物語を形作る。ジブリ臭もある。

 本筋は悲運を背負った大人の女性と高貴だが世間知らずの少年の化学反応が生み出す成長物語。そこにバトルや謎解き要素が加わり、魅力的なキャラクター達の人間模様が紡がれる。

 読書力の高い筆者の友人2名が絶賛していた通りのハイクオリティ。文庫版解説の恩田陸らもべた褒め。ただし、筆者としては期待しすぎたせいか、まあまあというところ。シリーズ全十巻を読むモチベーションは現時点では生まれず。

 非西洋なファンタジーってのがポイント。ありそうで今までなかった傑作ということだろう。
  

2015年10月5日月曜日

ひとりっ子


 2007年出版のグレッグ・イーガンの短編集。日本語訳・編としては3作目。

 相も変わらず、脳へ操作を加えてアイデンティティを突き詰める作品が多い。『行動原理』『真心』『決断者』『ふたりの距離』あたりがその路線。数学SFの『ルミナス』は上海が舞台のスパイ映画のような空気を味わえる。

 歴史改変ものの『オラクル』と、AI(人工知能)の子を巡る夫婦の葛藤を描く表題作『ひとりっ子』は量子論的な多世界解釈(異なる世界線の存在、パラレルワールド的なやつ)が関係する話らしいが難しすぎて初読ではよく分からず。

 イーガンの短編について、個人的にはちょっと飽きがきている。衒学的な科学的着想の彩りと登場人物がアイデンティティに悩む展開がワンパターンな印象。量子論、代数学、プログラミング、あたりを勉強したら理解が促進し、もっと楽しく読めるのか。

 とは言え、奥泉光の巻末解説を読んで、次は『順列都市』に挑みたい気分に。
   

2015年9月23日水曜日

ジョジョの奇妙な冒険 Part 2 戦闘潮流


 第二部。
 猪突猛進な激情型の第一部の主人公とは打って変わり、軽薄でお調子者のジョナサンの孫ジョセフ・ジョースターが主人公。ニューヨーク、メキシコ、ヴェネツィア、スイスを巡り、波紋を駆使しながら、現代に甦った古代の超人達と戦う。

 絵が第一部の頃と比べ格段に読みやすいのが好印象。笑いの要素も以前より増え、濃厚なストーリー展開のいい箸休めになる。シーザー・ツェペリ、シュトロハイム少佐、リサリサなど登場人物の造形もいい。

 内容は古き良きジャンプ黄金時代の王道を行く。武士道と仁と騎士道のエッセンスを過剰な表現に織り交ぜながら人間讃歌をしている。グロいしくどいし悲惨だが、後味は良く楽しく読めるという奇跡的配合。80年代の少年読者は贅沢だ。

 いい感じに盛り上がってきて、第三部に突入。
   

2015年9月21日月曜日

ジョジョの奇妙な冒険 Part 1 ファントム ブラッド


 実はちゃんとジョジョを通読したことがなかったので読み始めた。

 少年誌における理想の男性像の変遷、というのがまずは頭に浮かんだ。ジョナサン・ジョースターのような195cmの筋骨隆々の体躯、勇気と知性を持ち、熱い心を持つが根は優しい、みたいなのが1986年当時の少年達のヒーローだったと窺い知れる。北斗の拳あたりもそう。昨今のジャンプに登場する細身、細面の男達とは対照的である。

 第1部は2000年代のインターネット上ではもはや必須の古典的教養であり、抑えておきたいシーンは多い。ズキュウウゥンというディオの接吻、「さすがディオ!おれたちにできない事を平然とやってのける そこにシビれる!あこがれるゥ!」、「君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!」あたり。説明くさい台詞が多く、情熱や感傷の描写が過剰でもあり、作者の意図通りに感情移入ができないことが多かったが、それはそれで様式美として楽しめる。

 東北人の作者が書いた英国貴族の騎士道の物語、であるという事実が、その後独自に発展していくジョジョ文化の主要な因子であったというのが本ブログ筆者の見解である。

 とりあえず、第一部で重要なのはスピードワゴンとツェペリさん。
   

旅のラゴス


 一人の男が異世界を旅する様子が淡々と綴られる話。

 筆者が最初に感じたのは、ドラクエやFFのようなゲームで親しんだ世界観の原型という感じ。1986年に発行された話だが、当時スクエアやエニックスに居たゲーム制作者達へ多大なインスピレーションを与えたのかと勝手に想像。スカシウマやミドリウシという架空の動物、読心や集団転移という特殊能力、知性と良識を備えた落ち着き払った主人公などの舞台装置や、場面の描写やストーリー展開から、初期の日本のRPG特有のあの空気が作中にプンプン香る。

 読んで何を得られるというわけじゃないが、異世界の冒険気分をサクッと味わえる。そこそこに期待して読んでもそれなりに応えてくれる。大御所・筒井康隆の作品を読んだのは初めてだったが、評判も納得の高品質。

 誰が読んでもそれなりに面白いファンタジー、って感じ
   

2015年9月19日土曜日

音楽


 精神分析医の手記という形式で描かれた女性の不感症の話。
 「音楽」は女性の性的絶頂(オルガスムス)の隠喩的な表現。

 1964年に婦人公論誌上で連載されていた小説で、当時隆盛を誇っていた精神分析による精神科治療の空気が伝ってくる。主人公の分析医の口ぶりは断定的だが、理論は科学でもなんでもなく、限りなくオカルトな信仰に近い。解説によると三島由紀夫も若い頃は精神分析に傾倒していたが晩年は批判的だったようで、小説の題材として利用しているが距離感は保てている印象。「近親相姦の願望」「去勢コンプレックス」「言い間違いと無意識」など、フロイト的観念の引用は模範的だが、それ以上の作者オリジナルの深みは付与させていない。

 性愛が主題だが、描写に圧倒的な官能があるわけでもない。
 精神分析の空気が味わえるサスペンス小説といった所。
   

2015年9月17日木曜日

パニック・裸の王様


 学生時代に古本屋で購入し、5年ほど本棚で寝かせていた開高健の短編集。読んでみたらすごくよかった。短編4つ入り。

 『パニック』
 野ネズミが大量発生するパニックムービーな話。カミュの『ペスト』を彷彿とさせる、人間の制御を越えた巨大なエネルギーを持つ自然の猛威、見えない敵と人間達の戦い。主人公の達観と遊び心が『ペスト』とは異なる。

 『巨人と玩具』
 キャラメルを売る大企業の広告戦争。資本主義の暴力的な力動とマスメディアの狂奔に圧殺される個人。1960年頃の高度経済成長期にはホット・トピックだったのか。

 『裸の王様』
 画塾を経営する男のもとに連れてこられた少年の人間性の回復の話。形骸化した教育による人間性の疎外と、内的で根源的な生命力の救済。男はまんま開高健。修辞のキレはさすがだが、プロットも秀逸。芥川賞受賞作。

 『流亡紀』
 秦の始皇帝の時代の空気を、名もなき衆生の視点から活写。理不尽な暴力に弄ばれ、人間性を奪われ、命じられがまま為す術もなく転進を余儀なくされる個人。時代と社会の圧倒的な暴力による人間性の疎外、それに対する作者なりの処方箋が最後に示される。『GO』で杉原に親友(ジョンイル)が薦めてたのには訳がある。

 読後数日して思い返し、読んでて一番楽しかったのは『裸の王様』、一番好きなのは『流亡記』。今年のベスト候補。小説って面白いな、と思った。
   

2015年9月14日月曜日

クリムゾン・キングの宮殿


 自由な実験音楽。
 1969年発売のプログレ・ロックの草分け的存在として名高い名盤。

 1曲目はZAZEN BOYSっぽいギターのカッティング・リフ(あまり知らんが)など織り交ぜた、どこに着地するか分からない衝動のうねり。その後も続く、喧噪と静寂の躁鬱なコントラスト。ラストの5曲目はRPGのラストダンジョンっぽい。

 メンバーを見て「イアン・マクドナルドってSF作家の?」と思ったが別の人だった。あとバンド名とアルバムタイトルが分かりづらい。King CrimsonというバンドのIn The Court Of The Crimson Kingというアルバムである。なぜ順番が逆になるのか。

 2015年に初めて聴いても響いた。インスピレーションに富んでいて楽しい   
   

2015年9月9日水曜日

失踪日記


 西田藍のTwitter見てて思い出したので、久しぶりに再読。

 不条理SF漫画の大家である吾妻ひでお氏が、実際に失踪し、ホームレス生活を送っていた日々を漫画化した話。住み込みの配管工として働く日々を経て、後半はアルコール依存症の治療の話。

 絵柄には愛嬌があり、話もほんわかしたムードが漂うが、底にはハードコアな狂気を感じさせる。路地裏のゴミ箱を漁り、雑木林で雨露に濡れて眠る。人間ってこんなにタフな生き物なのか、と静かな感動すら覚える。

 圧倒的に読みやすく、常人にはおよそ経験し得ない生活を追体験できる名著である。
 生きるのに疲れている人にお勧め。悩みが割とどうでもよくなると思う。
   

2015年8月29日土曜日

地獄


 開高健が人生相談(風に訊け)で「自慰に使う本はなんですか?」という読者の問いへの回答として書いていた本。曰く「吉行淳之介もそうだと言っていた」。フランス人作家アンリ・バルビュス作の小説。

 青年がパリの安宿に泊まると、部屋の壁に小さな穴を見つけ、隣の部屋の様子が覗き見できることが分かった、、、という変態エロチック小説。と期待させておいて、割とヒューマンに若造が人間の真実に思いを馳せるという青春小説。

 様々なバリエーションの男女の秘め事を覗き見て、青年が考えに耽る。前半はエロがメイン。中盤には死が絡む。性と死と懊悩。まさしくフランス文学。

 面白いかと問われると、やや難はある。


・・・

 人生の秘密が知りたい。ぼくは多くの人々や群衆や仕草や顔つきを見た。華やかな光栄のなかにあって「わしはほかの連中よりも勘がいいんだ、わしは!」という口を見た。人を愛し、人から理解されようとする戦いも見た。話しあうふたりが互いに相手を受けつけまいとする拒絶や、恋人同士の争いも見た。その恋人たちは互いに釣りこまれて頬えみあいながらも、名ばかりの恋人で、接吻に憂身をやつし、悩みをいやすために傷口と傷口で抱きあうが、ふたりのあいだにはなんの愛着もなく、表向きは有頂天にのぼせていながら、実は月と太陽のように赤の他人なのだ。ぼくはまた恥しいみじめさを告白するときだけわずかに心の平静を得る人々の話を聞き、蒼白な顔に目を薔薇のように泣きはらした人々も見た。 
 ぼくはそういう連中をみんないちどきに抱きしめてやりたい。あらゆる真理はただひとつの真理に帰する。(ぼくはこの単純な事実を悟るのに今日まで生きてこなければならなかったのだ)僕に必要なのはこの真理のなかの真理なのだ。 
 それは人に対する愛のためではない。われわれが人を愛するというのは真実ではない。誰も人を愛したことがなく、いまも愛していず、将来も愛さないだろう。一種の死のように、あらゆる感動を、平和を、生命をさえも踏み越えた、この総合的な真理にたどりつきたいとぼくがあせっているのは、ぼくのためなのだ。---ただぼくひとりのためなのだ。ぼくはそこからある方法を、信念を汲みとりたい。そして、それを自分の救いのために使いたい。
     

2015年8月15日土曜日

銭ゲバ


 拝金主義への風刺漫画。

 主人公・蒲郡風太郎(がまごおりふうたろう)は、醜い容姿を持ち、幼少期より貧しい家庭に育った。貧困の中で家庭は荒み、父親の暴力を受け、母を病気で失い、やがて、復讐心を燃やし、金儲けに固執するようになる。人を殺め、裏切り、人の道を外れた汚い手段を使ってのし上がっていこうとする。

 はっきりいって、内容に特別な深みはない。筋は明快で分かりやすい。金儲けにかまけ、人間としての情を失う、古典的な人間性喪失の話。筋立てには時代背景の影響もあるだろう(高度経済成長期の1970年頃に掲載)。

 無駄に理屈をこねないので読みやすい。が、ちょっと物足りなくもある。
 良くも悪くもオリジナルな古典という感じ。
   

海辺のカフカ


 15歳の少年が家出する話。

 全編を通し、神話っぽい不条理さがある。『世界の終わりと~』で確立した(作者が味をしめた)二つの物語が交差する手法をとっている。ナカタさんのパートに出てくるジョニー・ウォーカーは皮剝ぎボリスに通じるものがある。残虐無比で暗い情熱を持った悪の象徴。図書館の司書・大島さんの「うつろな連中」あたりの考察もいい。

 わけのわからん話だが、小説の構成要素に思いを巡らせ、ストーリー展開に込められた意図を想像しながら読み進めると、読んでいて楽しかった。15歳の時に読んでも分からん気がするが、30近い今なら分かる気がする。これは少年が自身の闇と向き合い、痛みを伴って成長するイニシエーション(通過儀礼)の物語だ。なかなかいい感じだ。一人でしばらく筋トレと読書と音楽鑑賞をして暮したくなった。

 『ねじまき鳥』と並び好きな作品になった。
    

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?


 名匠フィリップ・Kディックの哲学的な近未来SFの古典。1968年の作品。文庫版の表紙が格好いい。

 放射性物質で地球が汚染された近未来、主人公リックは人間社会に紛れ込んだヒト型機械(アンドロイド)を破壊することで懸賞金を稼いで生計を立てている。そんな彼に最新のネクサス6型のアンドロイドの抹殺の依頼が入り、、、という話。

 人 vs. 機械という単純なアクション活劇だけではなく、作り込まれた世界観が本作品の魅力。情調(ムード)オルガン、機械仕掛けの動物を飼い生身の動物に憧れる人々、マーサー教とエンパシーボックス、アンドロイドの人間性、、、などの舞台装置が示唆する隠喩は豊かで、読み込んだディープなPKDファン同士の議論に花が咲くのは容易に想像できる。

 まさに金字塔という感じがする。読んで損なし。
   

2015年8月11日火曜日

誰も懲りない


 虐待を受ける女の子と、その家族を描いた漫画。

 登場人物の屈折の仕方が妙にリアルで、細かな台詞や行動に違和感がない。創作の部分も大きいようだが、ネット上の情報によると、作者の実体験を交えているよう。現代社会のどこか目に見えない所に存在する心理的虐待の連鎖。タイトルの「誰も懲りない」が主題を言い当てている。業の深い人間達が、傷つけ合い、慰め合い、攻撃と欲望への逃避を繰り返す。その渦中には、この世の地獄を味わう高濃度の特異点がある。それが主人公の人生。

 こういう胸糞悪い物語は何のために存在するか。その生々しさが現実味を帯びる程、同様の体験を経た者にとっての救いになる。精神科医や心理士の想像力を補完し、診療におけるパフォーマンスを高める。事実を再構成して語り直すことで作者が救われようと試みている(ナラティブ・セラピー)。

 パーソナリティ障害が生まれる過程を学べる。その痛みの物語を。
   

2015年8月9日日曜日

逃げるは恥だが役に立つ


 経済的に困窮した主人公(20代女)が恋愛に消極的な文科系男子(30代男)と契約結婚をする漫画。タイトルは結婚についてのハンガリーの諺から(らしい)。

 基本は、実験的な共同生活を通して「結婚とは何か?」と問いかける。収入や支払いの共有や配偶者控除などの経済的な利点、家事の分担など実務的なメリットと、社会的な体裁や、うつろう恋愛感情の危うさに主人公達が思いを馳せる。雇用に関する社会学的な議論や草食男子の心理学的な考察も交えられる。

 登場人物ではプライドの高さ故に30代まで童貞のままの平匡さん(夫)と美人なのに処女のまま閉経してしまった百合ちゃん(伯母)が重要。女目線で構築された男の造形は甘いと思うが(汚さが足りない)、それはそれで女流漫画家の様式美とも言える。平匡さんに萌える女性層がターゲットと思しい。連載誌はKissだし。

 「金と仕事の問題もあるけど、やっぱ生身の人間が恋しいよね」という話になりつつある目下刊行中の5巻目。筆者はスキンシップが生み出すホルモン・オキシトシンに思いを馳せた。結婚はただの契約だが、共同生活することで情緒的交流が生まれる。

 ちなみに、結婚は最強の自殺予防因子の一つである。
   

2015年8月7日金曜日

NOVA 2


 日本人作家によるSF短編アンソロジーの企画『NOVA』の2冊目。好きだったのは以下。

•バベルの牢獄(法月綸太郎):お馬鹿でメタな本格SF。オチのトリックに頬が緩む。
•東京の日記(恩田陸):戦時下の東京と和菓子の味わい。儚げ。
•クリュセの魚(東浩紀):火星が舞台の優等生なジュブナイルのセカイ系SF。
•五色の船(津原泰水):異形の者達の伝奇物。東洋的な幻想世界。
•聖痕(宮部みゆき):ミステリ要素強し。罪と裁きに関する寓話。

 SFという縛りを活かしたり、まるでとらわれなかったり、それぞれの作家のスタイルで創造性を発揮している。書く側も、編集する側もなんだか楽しそう。読み慣れぬ作家との出逢いも楽しい。
   

2015年8月6日木曜日

日々コウジ中


 副題は「高次脳機能障害の夫と暮らす日常コミック」。
 40代でくも膜下出血を発症し、高次脳機能障害を呈した夫の話。

 日本の文化圏の強みはこういう漫画エッセイが存在することだと思う。ユーモアと日常の感覚を交えて、愛らしい絵とキャラクター達と共にストーリー仕立てで病気の当事者とその周囲の状況や経過を知ることができる。症状や病態、病院での急性期治療からリハビリを経て社会復帰までの流れ、社会福祉サービスの活用法、など当事者が経験する一連の内容を過不足なく、分かりやすく追える。

 実体験を漫画エッセイとして出版するという行為が、障害を負った夫の妻である作者の現実受容のための手段だったんだろう。辛い体験や未来への不安と逃げずに向き合い、事実を再構成することで希望を見出す。物語として語り直すことで作者自身の救いとなり、読み手に届けることで他の誰かの救済への祈りになる。最近読んでいたナラティブ・セラピーの本の内容を思い出した。

 うつ病の『ツレがうつになりまして』、統合失調症の『私の母はビョーキです』と並び、当事者や家族へおすすめできるクオリティ。高次脳機能障害に興味をもった方はまず一読を。きっと全体像が見えるはず。
   

2015年7月26日日曜日

3年目


 とはいえ、共感を強めることについて言えば、私たちの人間らしさを増すうえで、2000年前からとても成功している伝統がある。それは、人文科学を質の高い形で経験することだ。人文科学とは、文学、外国語、哲学、歴史、音楽、芸術といった学問で、今では「役立たず」と言われることもあるが、かつてはどんな教養人にとってもいわば共通通貨だったものだ。素晴らしい小説を読んだり、ソナタを聴いたり、ほかの文化や別の時代の理解を深めたりすることで、他者の頭の中に入り込むときにいつも、オキシトシンのシステムが調整され、高められることを私たちは思い出す必要がある。 
The Moral Molecule    Paul J Zack


・・・


 試みは今も続いている。

 多彩な物語に触れ、内容の理解に努めることは人間世界への洞察を深める最良の手段である。宗教の教典であれ、AV男優の立志伝であれ、日常系のほのぼの漫画であれ、歴史上の事件を扱った映画であれ、鑑賞する側の心持ち次第で、人間の本質に近づける。

 良質な物語に魅せられ、感情を動かすことで現実問題への対処能力を上げることができる。窮地を切り拓き、退屈と倦怠を脱し、挫折や失敗からの再起や、未知なるものへの挑戦の後押しをする。良質なナラティブ(物語)がレジリエンス(逆境を跳ね返す力)を生み出す。そんな理想は当初から変わらない。

 難しい話じゃない。
 選択に迷った時に、貴方の脳裏に浮かんだイメージや言葉の出所を辿るだけ。スラムダンクのワンシーン、ミスチルの歌詞、天地明察の「勇気百倍」、イチローのインタビュー、GIANT KILLINGの達海の指揮、ヘミングウェイの美意識、アルゴの大真面目な悪ふざけ、GOの杉原の理想、西原理恵子の痛烈なディスり、峰なゆかが斬る男女の自意識と現実。物語に出逢うことで人生経験を補完し、実体験と共鳴し理解を深める。清濁を併せ吞み、酸いも甘いも噛み分け、人の世の道理と心の綾を読む能力を安全に身につける方法なのである。生物学的機序においても、情緒的な観点からも、精神衛生上とてもよい。

 単純に言うと。
 「面白い本ある?」と言われた時に「それはね、、、」と取り出す最強の1冊。1枚でも、1本でもいい。好きな人に、弱っている人に、分かってない人に、困っている人に、心の底からお勧めできる最強の物語を準備するための試み。そのための伏線としてこのブログは続く。読んで、観て、書いて、金貯めて、調べつつ。10年続けば、今よりもっと形にできるだろう。

 というわけで、物語に出逢える理想のカフェ作りのため、このブログは続きます。
 暇な時に読んでください。



☆おまけ☆
カフェに置きたい作品100。
  1. プラネテス(漫画)
  2. スラムダンク(漫画)
  3. リアル(漫画)
  4. バガボンド(漫画)
  5. 幽々白書(漫画)
  6. レベルE(漫画)
  7. ハンターハンター(漫画)
  8. ろくでなしブルース(漫画)
  9. ROOKIES(漫画)
  10. ジョジョの奇妙な冒険(漫画)
  11. 孤独のグルメ(漫画)
  12. ピンポン(漫画)
  13. ピューっと吹くジャガー(漫画)
  14. 天使なんかじゃない(漫画)
  15. のだめカンタービレ(漫画)
  16. pink(漫画)
  17. 寄生獣(漫画)
  18. GIANT KILLING(漫画)
  19. ワンピース(漫画)
  20. アラサーちゃん(漫画)
  21. グラップラー刃牙(漫画)
  22. ニャ夢ウェイ(漫画)
  23. 岡崎に捧ぐ(漫画)
  24. 闇金ウシジマくん(漫画)
  25. キングダム(漫画)
  26. ドラゴンボール(漫画)
  27. ドラえもん(漫画)
  28. 神の雫(漫画)
  29. 失踪日記(漫画)
  30. 金魚屋古書店(漫画)
  31. うしおととら(漫画)
  32. からくりサーカス(漫画)
  33. 俺の空(漫画)
  34. サラリーマン金太郎(漫画)
  35. 三国志 横山光輝版(漫画)
  36. デビルマン(漫画)
  37. 東京大学物語(漫画)
  38. よつばと!(漫画)
  39. レモンハート(漫画)
  40. GO(映画)
  41. ショーシャンクの空に(映画)
  42. ファイトクラブ(映画)
  43. グッドウィルハンティング(映画)
  44. スラムドッグ$ミリオネア(映画)
  45. ゼロ・グラビティ(映画)
  46. 最強のふたり(映画)
  47. ノッキンオンヘブンズドアー(映画)
  48. シティ・オブ・ゴッド(映画)
  49. きっとうまくいく(映画)
  50. アメリ(映画)
  51. プラダを着た悪魔(映画)
  52. エンドレス・サマー(映画)
  53. ラブ・アクチュアリー(映画)
  54. ウルフ・オブ・ウォールストリート(映画)
  55. マッド・マックス 怒りのデスロード(映画)
  56. クワイエットルームにようこそ(映画)
  57. ダイ・ハード(映画)
  58. 魔法少女まどかマギカ(アニメ)
  59. 天空の城ラピュタ(アニメ映画)
  60. 千と千尋の神隠し(アニメ映画)
  61. 新世紀エヴァンゲリオン(アニメ)
  62. GO(小説)
  63. 映画篇(小説)
  64. レボリューション No.3小説)
  65. ドクターズ(小説)
  66. 永遠の出口(小説)
  67. グレートギャッツビー(小説)
  68. ねじまき鳥クロニクル(小説)
  69. あなたの人生の物語(小説)
  70. マルドゥックスクランブル(小説)
  71. 天地明察(小説)
  72. 永遠の0(小説)
  73. 沈まぬ太陽(小説)
  74. 姑獲鳥の夏(小説)
  75. 魍魎の匣(小説)
  76. スローターハウス5(小説)
  77. 星を継ぐもの(小説)
  78. 69 sixty-nine(小説)
  79. 悪童日記(小説)
  80. 波の上の魔術師(小説)
  81. ヘミングウェイ短編集(小説)
  82. レ=ミゼラブル(小説)
  83. 罪と罰(小説)
  84. そして誰もいなくなった(小説)
  85. しあわせの理由(小説)
  86. 波の上の魔術師(小説)
  87. NOVA(小説 アンソロジー)
  88. 龍馬がゆく(小説)
  89. 水滸伝(小説)
  90. 100万回生きたねこ(絵本)
  91. 勝ち続ける意思力 梅原大吾(新書)
  92. 世界をだました男(ノンフィクション)
  93. スパイのためのハンドブック(ノンフィクション)
  94. フェルマーの最終定理(ノンフィクション)
  95. 冒険投資家ジム・ロジャース世界バイク紀行(ノンフィクション)
  96. ローマ人の物語 ユリウス・カエサル(歴史)
  97. 堕落論(評論)
  98. 銃・病原菌・鉄(評論)
  99. グラビアン魂(対談)
  100. 経済は「競争」では繁栄しない (科学エッセイ)