2017年12月31日日曜日

narrative of the year 2017


1位 一夢庵風流記(小説)
 理想的な男の生き様に胸が熱くなる。そして、少年漫画的に娯楽として単純に面白い。読んでいて幸せだった。

2位 醒めない(CDアルバム)
 今年すごい聴いていたアルバム。切なくて元気が出る。

3位 みかづき(小説)
 正統派のいい小説。心の滋養になる。

 笑えるし、よく考えると切ない。30代男のリアル。

 往年のファンにはたまらぬ。

6位 凶悪(映画)
 この監督を見つけたのは今年の収穫。

7位 百年の孤独(小説)
 長いけど面白かった。

8位 知識人とは何か(講演集)
 普遍的でためになる話。

9位 波止場(映画)
 ストレートにいい映画。

10位 ミュンヘン(映画)
 奥さんと食卓のシーンが熱い。
   
   

2017年12月29日金曜日

西瓜糖の日々


 忘年会の3次会で「とにかく読んでみてください」と後輩の研修医に手渡されたので読んだ本。薄い文庫本で、予備知識一切なく読んでみた。リチャード・ブローティガン著。初出は1968年。

 果物のスイカの糖で衣服や戸板などを作っている小さな村の話だ。そこで若い青年と思われる主人公の男の独白調で、穏やかな村の暮らしや事件が描写される。鱒の孵化場、言葉を話す虎、辺境の「忘れられた世界」の入り口で粗製のウィスキーを飲んで暮らすならず者達…など、詩的で幻想的な世界の物語が描かれる。

 思い出したのはサバイバル漫画の『自殺島』とドストエフスキーの『悪霊』。あとは村上春樹の世界が近い。表面的な穏やかさ、隣り合わせの残虐さ、トラウマと倦怠を慰撫する性愛と食事。ジョン・アーヴィングも近いな。

 想定外に面白かった。サンキュー。
  

2017年12月24日日曜日

メモ:My favorite works


最近、飲み会等でよく話題になるのでメモ。
2017年末時点で個人的に好きな作品ランキングを考えてみる。


好きな小説10
ガープの世界(ジョン・アーヴィング)
レ=ミゼラブル(ヴィクトル=ユーゴー)
罪と罰(フョードル・ドストエフスキー)
GO(金城一紀)
火星の人(アンディ・ウィアー)
ドクターズ(エリック・シーガル)
69 sixty-nine(村上龍)
一夢庵風流記(隆慶一郎)
悪童日記(アゴタ・クリストフ)


好きな小説以外の本10
経済は「競争」では成長しない(ポール•J•ザック)
銃・病原菌・鉄(ジャレド・ダイアモンド)
伝道者の書(旧約聖書)
知識人とは何か(エドワード・サイード)
世界をだました男(フランク・アバグネイル)
フェルマーの最終定理(サイモン・シン)
父と息子のフィルムクラブ(デヴィッド・ギルモア)


好きな漫画10

心の専門家を目指す人に読んでもらいたい書籍10
くも漫。(漫画)
でっちあげ(ノンフィクション)


好きな映画10
天空の城ラピュタ


カフェに置いておきたい作品100
  1. プラネテス(漫画)
  2. スラムダンク(漫画)
  3. リアル(漫画)
  4. バガボンド(漫画)
  5. 幽々白書(漫画)
  6. レベルE(漫画)
  7. ハンターハンター(漫画)
  8. ROOKIES(漫画)
  9. ジョジョの奇妙な冒険(漫画)
  10. 孤独のグルメ(漫画)
  11. ピンポン(漫画)
  12. ピューっと吹くジャガー(漫画)
  13. 天使なんかじゃない(漫画)
  14. のだめカンタービレ(漫画)
  15. 寄生獣(漫画)
  16. GIANT KILLING(漫画)
  17. ワンピース(漫画)
  18. アラサーちゃん(漫画)
  19. グラップラー刃牙(漫画)
  20. ニャ夢ウェイ(漫画)
  21. 岡崎に捧ぐ(漫画)
  22. 闇金ウシジマくん(漫画)
  23. キングダム(漫画)
  24. ドラゴンボール(漫画)
  25. ドラえもん(漫画)
  26. 情熱大陸への執拗な情熱(漫画)
  27. 失踪日記(漫画)
  28. 金魚屋古書店(漫画)
  29. わたしの日々(漫画)
  30. 陽だまりの樹(漫画)
  31. 俺の空(漫画)
  32. サラリーマン金太郎(漫画)
  33. 三国志 横山光輝版(漫画)
  34. デビルマン(漫画)
  35. くも漫。(漫画)
  36. カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生漫画)
  37. レモンハート(漫画)
  38. ショーシャンクの空に(映画)
  39. ファイトクラブ(映画)
  40. グッドウィルハンティング(映画)
  41. スラムドッグ$ミリオネア(映画)
  42. モーターサイクル・ダイアリーズ(映画)
  43. 最強のふたり(映画)
  44. ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア(映画)
  45. シティ・オブ・ゴッド(映画)
  46. きっとうまくいく(映画)
  47. アメリ(映画)
  48. エンドレス・サマー(映画)
  49. ラブ・アクチュアリー(映画)
  50. マッド・マックス 怒りのデスロード(映画)
  51. Mr.Children、ヒカリノアトリエで虹の絵を描く(ドキュメンタリー)
  52. 魔法少女まどかマギカ(アニメ)
  53. 天空の城ラピュタ(アニメ映画)
  54. 千と千尋の神隠し(アニメ映画)
  55. 新世紀エヴァンゲリオン(アニメ)
  56. 穴(小説)
  57. 虐殺器官(小説)
  58. ハーモニー(小説)
  59. GO(小説)
  60. 映画篇(小説)
  61. レボリューション No.3(小説)
  62. ドクターズ(小説)
  63. 永遠の出口(小説)
  64. 火星の人(小説)
  65. ねじまき鳥クロニクル(小説)
  66. 69 sixty-nine(小説)
  67. あなたの人生の物語(小説)
  68. マルドゥックスクランブル(小説)
  69. マルドゥックヴェロシティ(小説)
  70. 天地明察(小説)
  71. 永遠の0(小説)
  72. 沈まぬ太陽(小説)
  73. 姑獲鳥の夏(小説)
  74. 魍魎の匣(小説)
  75. ガープの世界(小説)
  76. スローターハウス5(小説)
  77. 星を継ぐもの(小説)
  78. 悪童日記(小説)
  79. 波の上の魔術師(小説)
  80. 池袋ウエストゲートパーク(小説)
  81. レ=ミゼラブル(小説)
  82. 罪と罰(小説)
  83. そして誰もいなくなった(小説)
  84. しあわせの理由(小説)
  85. 一夢庵風流記(小説)
  86. NOVA(アンソロジー、小説)
  87. 百年の孤独(小説)
  88. 水滸伝(小説)
  89. 100万回生きたねこ(絵本)
  90. 世界をだました男(ノンフィクション)
  91. スパイのためのハンドブック(ノンフィクション)
  92. フェルマーの最終定理(ノンフィクション)
  93. 冒険投資家ジム・ロジャース世界バイク紀行(ノンフィクション)
  94. 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(ノンフィクション)
  95. 父と息子のフィルム・クラブ(ノンフィクション)
  96. 堕落論(評論)
  97. 銃・病原菌・鉄(評論)
  98. 知識人とは何か(評論)
  99. 殺人犯はそこにいる(ノンフィクション)
  100. 経済は「競争」では繁栄しない (科学エッセイ)  
   

2017年12月23日土曜日

Mr.Children、ヒカリノアトリエで虹の絵を描く


 2016年1月から15ヶ月にわたって行われた全国のホールツアーのドキュメンタリーDVD。これまでの大規模なドームツアーでは行かなかったような小都市(北海道では旭川、帯広、釧路で開催)をまわる珍しい試みで、メンバー8人で編成されたバンドによる手作り感のある生演奏が演目の主体となっている。

 ミスチルは「心」のあるバンドである、ということ。それが結局は本質なのではないのかと観ていて思った。本作では、どういう音楽を提供しているのか、という以上に、どういうふうに音楽を届けようとしているのか、という表現者としてのattitude(態度)がフォーカスされている。

 本ブログ筆者である私は20年来のミスチルのファンだが、本作品を観ていて、これまで観た他の映像作品以上にグッとくるシーンが多かった。大事な場面では雄弁になる田原君、不調の桜井を気遣うJen、いつも変らぬナカケー、これで萌えないようでは真のミスチルファンとは言えまい。このチーム感がずっと好きだった、というのを再確認した。

 稲垣哲朗プロデュースのジャケットのアートワーク、イラストのアニメーションのセンスもいい(森本千絵のセンスは苦手)。新曲の『お伽噺』、『こころ』も新境地で、来年あたり出そうな次のアルバムが楽しみだ。ミスチルのいる世界で生きていけることの幸福よ。
   

2017年12月15日金曜日

SURVIVE


 #2の『スイマーよ!』という曲が聴きたかったので衝動的に買ったB’zの9thアルバム。1997年作品。

 別に熱心なB’zファンということもなかったのだが、BOSEのノイズキャンセリングのイヤフォンで久々に聴いたら衝撃的に良くて人生が変わった。何故だろうか。稲葉ボーカルのパワー、松本ギターの勢い、小市民な歌詞の世界観が絶妙にマッチし、内から生きる力が湧き出てきて、家の部屋で酒を飲みながら比類ない幸福感に包まれた。

 #1 DEEP KISS, #2 スイマーよ!, #4 Liar!Liar, #6 FIREBALLなどのロックなナンバーが至高。中学生の時も好きだった気がするが、一周まわって今聴くとこれほどまでに響くとは。疲れた社会人にぜひ聴いてほしい。 
       

2017年12月8日金曜日

医龍 -Team Medical Dragon-


 読んでいたのは医師国家試験前だったか。数年ぶりに再読。全25巻。

 大学病院の心臓血管外科の教授戦を舞台に天才外科医・朝田龍太郎らが暴れ回る医療ドラマである。権力闘争、医局制度、天才の孤独、凡人の葛藤、色恋と成長、医療倫理、など、医療現場を中心に豊穰なヒューマンドラマが描かれる。

 絵も巧いがプロットがいい。朝田、ミキ、加藤、鬼頭などのセクシーな性的強者の妖艶さもいいが、野口、木原、鱈淵なんかの醜悪な面子の造型が内面を含め秀逸。強き医療人が放つ圧倒的な魅力と、そうはなれない大多数の凡人の人間臭い弱さ。そんな格好よさと醜さの対比が際立つ。彼らが化学反応を起こし、葛藤し、限界を超え、課題を克服せんとする戦いのサーガが描かれる。医療ネタの突っ込みどころは多々あるが読めるレベルではある(他にもっとひどいのあるし)。

 最終話はミスチルの『prelude』(16thアルバムSENSE所収)や『HERO』にインスパイアされたのかと個人的に思っている。全編を通して高いテンションが続き、最後には素晴らしい読後感がある。好きだ。
   

2017年11月24日金曜日

ミュンヘン


 史実に基づくスティーブン・スピルバーグ監督の2005年作品。

 1972年のミュンヘン・オリンピックで起きた代表選手の殺害事件を受け、イスラエルの諜報機関(モサド)が犯人であるパレスティナ人の暗殺を企てる。同機関の工作員である主人公が標的を追って、ヨーロッパ各国を駆け回る。

 ユダヤ人である自身のルーツを作品に投影するスピルバーグの作風が典型的に表れている作品であるように思う。祖国、ユダヤの歴史、放浪、安住の地の希求、など、枚挙すれば暇がない。とりわけ本作品では、食卓や家族との憩いと残虐無比なテロリズムのシーンの対比が目立つ。国家に殉じる暗殺者の、人間としてのルーツを描く作品になっている。

 そして何より、娯楽映画として観ていて飽きさせない名匠の至芸という風情がある。異国情緒、サスペンス、ロマンスを贅沢に配置しつつ、思い切った省略が功を奏し、サクサク進む展開が気持ちいい。省くべきは省き、見せるべきシーンには時間を割く構成が長尺(163分)の作品を成功させている要因であるように思う。

 これはマイフェイバリットな作品に加わった。スピルバーグ作品では現在首位かも。
   

2017年11月18日土曜日

マグノリア


 ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)監督のアメリカ映画。1999年作品。

 10年前に観たときは、深い意味がありそうだけどよくわからない映画だと思っていたが、久しぶりに再視聴して、前よりは意味が分かったと思う。まあ…一言でまとめると大変深みに欠けるが、愛を求め傷つく人達の物語、必然的に連鎖し、偶然性に左右される人々の群像劇である。一つの街で暮らす、男女9人の物語が少しずつ交錯し、ドラマを生む。

 wikipediaで調べたところによると、PTAが主題歌であるエイミー・マンの”save me”(私を救って)という曲にインスパイアされて作った映画らしく、作品にうまくハマって空気を作っている。生活感や微妙な心情の変化が伝わるロングカットの会話劇が特徴的で、音楽が相俟ってスタイリッシュに仕上がっている。3時間以上ある作品だが、展開の緩急の付け方がうまいせいか、あまり飽きさせないのも好感。

 結構好きだった。またいつか観るかも。
    

2017年10月31日火曜日

OK Computer


 「最初はわけわかんないと思うけど、何回も聴くうちに好きになるよ」と大学生の頃に友人に勧められて購入した1997年発売のレディオヘッド3rdアルバム。

 あれから10年近く聴き続けているCDだが、確かに、今はかなり好きだ。まず何よりタイトルとアートワークが格好いい。音楽的には、バンドサウンドのギターロックとコンピュータ処理された電子音楽の融合。冒頭の#1 Airbagのギターのイントロから始まりから、静と動の緩急をつけつつ、苦悩するトム・ヨークの呻吟と共に、全編を油断できない不穏な空気が貫く。1990年代の世界の、巨大に産業化され、効率化された社会に人間性を蝕まれ、内面が壊れていく個人の断末魔が表象される。この感覚が(国は違えど)時代性として、『ファイトクラブ』や『アメリカンビューティー』に繋がっていったんだろう、と想像できる。物質的には豊かだけど、心が死んでいる人たちの世界。

 とっつきやすいのは#5 Let down, #10 No surprisesだと思うが、聴き込めば全曲味わい深さがある。個人的にはレディオヘッドは本作~7th アルバム(In Rainbows)までのスタンスが好きだ。それ以前は青臭すぎるし、それ以後はやや迷走している感がある。実験性と娯楽性のバランスに関しては本作がベストであると思う。
   
   

2017年10月29日日曜日

実録・連合赤軍 あさま山荘への道程

 ちょうど、山のそのあたりに、おびただしい豚の群れが飼ってあったので、悪霊どもは、その豚の中に入ることを許してくださいと願った。イエスはそれを許された。悪霊どもは、その人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはいきなり崖を駆け下って湖になだれ込み、おぼれ死んだ。
ルカによる福音書 8章32節-33節

・・・

 当時の映像や新聞記事等の歴史的資料を交え、1972年2月の『あさま山荘事件』に至るまでの日本赤軍の軌跡の再現を試みた映画作品。2008年公開。監督は若松孝二。190分。

 観ていて思い出したのはドストエフスキーの『悪霊』。そして、その冒頭に引用されている悪霊に取り憑かれた豚が集団自殺する新約聖書の1節。共産主義思想というイデオロギーに取り憑かれ、人としての道を踏み外し、破滅へと至る彼らのストーリーには普遍性がある。生物学的な条件において彼らも同じ人間ではあるが、特定の思想体系や洗脳に近い社会装置(総括や自己批判など)によって非人間化され、やがて時代錯誤で、不合理で、倒錯した狂信者となった。

 実際、今の私から見ると、ただの滑稽で迷惑な連中なんだが、その度合いが強すぎて、世界中で多くの死者を出すほどのレベルでやらかしているので無邪気に笑うことはできない。政治的主張のための世界初の無差別テロ(テルアビブ空港乱射事件など)を行ったりする彼らに日本中の人々がドン引きし、団塊の世代が熱狂した全共闘の学生運動が収まる転換点となったそうだ。私はキューバ革命の闘志たちは心の底から格好いいと思うが、連合赤軍(日本赤軍)の人達はただの滑稽なバカだと思う。彼らの革命的信条や行動原理に足りていないのは、自らを客観視し、己の矛盾を笑い、赦す、ユーモアの精神に思えてならない。本作の終盤で「勇気がない!」という重要な台詞があるが、彼らに足りていない、自分の弱さを見つめ直す勇気の必要性を喝破した制作者の主張であるように思えた。

 「世の中には、どうしてこんなに酷いことができる人がいるんだろうか」と、そんな問いが浮かぶ度、いつも私が辿り着くのは、彼らの心に良質な物語が足りないせいではないかということである。ナラティブな豊かさ、と言い換えてもいい。固有名詞や人間的情感を排した抽象的な論理や教条のみを信奉する者は、他者の物語を尊重することができず、血を伴った他人の痛みや温もりを共感することができない。チベットを弾圧する中国の共産党、イスラムのIS、かつてのオウム真理教やポルポトもそう。良質な物語の拡散こそが世界平和に繋がるという信念に基づき、このブログは運営されている。残虐な彼らに足りないのは、素晴らしい物語で心を動かした体験であろう。
   

2017年10月23日月曜日

アメリカン・ビューティー


 アメリカの中流家庭の崩壊を描く映画。1999年作品。

 10年くらい前に観たときは意味がよく分からなかったが、今観直してみて、昔よりも理解できたと確信できる。20世紀までのアメリカの中流階級の伝統が揺らぎ、混乱のさなかにある人々の姿が閑静な住宅街に潜む狂気を通して描かれている。

 この映画で描く人々の歪みが、後のトランプ政権を生み出すことになるアメリカに堆積した不全感に繋がるんだろうと思った。物質的に満たされても得られない充足感、傷つく夫の自尊感情、飽くことのない妻の上昇志向、近所に住む同性愛者のカップルとそれを苦々しく思う軍人、信頼の置ける価値基準を持てないティーンズの葛藤、など。ステレオタイプに信じられてきたこれまでのやり方が通じない時代の変化に皆が戸惑い、出口のない閉塞感と寂しさを抱き、救いを求めている。

 そんな時代を包む不安と混沌を、頽廃的な美として映像的に表現した映画である。好きだ。
   

2017年10月22日日曜日

アメリカン・スナイパー


 実在した伝説の海兵隊の狙撃兵を生涯を描く映画。2014年作品。
 
 クリント・イーストウッドの映画を集中的に観たくなったのでDVDを購入。実在の人物の生涯を描く作品であり演出は控えめだが、不条理な世界の中で主人公が男を張る、というイーストウッド作品に通底するテーマは健在である。

 2001年の9.11の後にイラクに派兵された米兵の物語であり、まさしくアメリカのヒーロー像という描かれ方に違和感を禁じ得ない人もいると思われるが、良くも悪くも戦争の現実を描いている再現性の高い作品だと思う。DVD特典のメイキングのドキュメンタリーも観たが、製作陣の作り手としての真摯さ、誠実さには胸を打つものがある。制作過程において発生した偶発的な事件が、作品の意味性をより印象的なものにしているのだが、書くと興を削ぐので興味のある人は観終わったあとに自分で調べてほしい。

 控え目で余韻が残るイーストウッド映画。他作品にも期待。
   

2017年10月21日土曜日

CHOKE


 『ファイトクラブ』の原作の作者でもあるチャック・パラニュークの小説を映画した2008年作品。原題の”CHOKE”は窒息の意。医学部を中退したセックス依存症の青年の物語である。

 性的逸脱は愛着に関する心的外傷を予感させる。アメリカの疼痛医療学会(American Academy of Pain Medicine)、疼痛協会(American Pain Society) 、依存症医学会(American Society of Addiction Medicine)の3学会は「痛み」と「アディクション(依存症)」は別の診断カテゴリーではなく互いに重なり合う疾患概念である、という共同声明を2001年に発表しているそうだが、この主人公も多くの依存症者の例に漏れず、母親との関係に決定的なトラウマ(心的外傷)がある。痛みを鎮撫(numb)するための刹那的な快楽の追求。多くの芸術家や境界性パーソナリティ障害患者が抱いている普遍的な病理である。

 映画としての表現力や構成力はイマイチ。脚本で原作にある諸要素を統合できていない。映像として象徴的なシーンはいくつもあるが、ストーリーとして有機的に絡み合っておらずチグハグ。ただ、チャック・パラニュークの世界観にはレディオヘッドが親和性が高くていい感じだ(エンドロールの”Reckoner”がgood)。慢性的な心的外傷に苦しむ青年の物語を表現する創作として、世界観同士が共鳴しているんだろう。

 邦題については日本の配給会社が完全にやらかしてハズした感。
 筆者もDVDを買ってはみたが置き場所に困っているクチである。
   

Meeting people is easy


 1997年に発売された3rdアルバム”OK Computer”が世界中で絶賛され、世界ツアーを敢行したレディオヘッドのドキュメンタリー映画。

 最初はテンション高めだったメンバーが世界中でインタビューを受けまくり、祭り上げられて、どんどんうんざりしていく過程を描くというダークな内容である。他のロックバンドであれば残念な展開だが、このバンドに限っては現実世界に嫌悪を抱くその姿に存在意義があるため、あまり問題ではない。資本主義の原理に従い産業化された音楽業界や、マスメディアに洗脳された軽薄な一般大衆が悪いのだ。そんな状況への軽侮を込めた皮肉がこのフィルムのタイトルになっている。

 だがまあ、そういう巨大な敵に文句を言っていればいいというスタンスも90年代に特有なものだったんだろうな、というのが今観てみた感想。トム・ヨークの声は格好いいが、振る舞いはただの陰気でこじれたオタクだ。イケてない日本の都市の風景も含め、貴重な一つの時代の資料になっている。
   

2017年10月20日金曜日

スラムドッグ$ミリオネア


 5年ぶりくらいに観直した2008年作品。

 インドのスラム街育ちの無学な青年が、高額賞金が出るテレビのクイズ番組(日本でもやっていたクイズミリオネア)で何故、勝ち上がることができたのか…。主人公ジャマールの回想とともにその謎が明かになる。

 観ていて胸が苦しくなるほどのインドの不衛生と暴力が描かれる。おぞましいほどの汚さや残虐さとポップな疾走感の組合せが"Trainspotting"にも通じるダニー・ボイル節。残酷で汚穢に満ちた世界の中で、綺麗な心を持ち続ける人間の美しさが際立つ。暴力に生きざるを得なかった兄サリーム、慈愛と慎みに満ちた心優しい主人公ジャマール、そして、理不尽に傷つけ貶められる美しいヒロイン、ラティカ。熱気と人間の業(カルマ)が渦巻くインドの混沌の中で、彼らは必死に生きていく。

 そして、最後まで観た時に、不思議な気持ちで映画のストーリーの意味を考えさせられてしまう作品だと思うが、隠れたもう一つのテーマはユング心理学でいう布置(constellation)にある。一見関係のない、乱雑に配置されていた一つ一つの要素が実は意味を持っていて…という視点は大変ナラティブで味わい深い視点なので、本作の鑑賞を通してぜひ堪能していただきたい。

 そんな含蓄に富んだ、猥雑で不条理な世界に光るロマンスの物語である。素晴らしい。
 

2017年10月16日月曜日

最強伝説 黒沢


 共感性羞恥という言葉がある。「マツコの番組でやってたんだけど…」という振りで全然関係のない3人くらいの人に同じような話を聞いたので、最近流行っているらしい。他の人が恥ずかしい目に遭っているのを見ると、自分も恥ずかしさを感じてしまい辛くなるというタイプの人がいる…という概念のようだ。

 そんな共感性羞恥の強い人からすると、読んでいて最も辛い読書体験になるであろう壮烈な漫画作品がこの『最強伝説 黒沢』である。工事現場で働く、頑強な肉体以外になんの取り柄もない独身の44歳の男、黒沢。そんな彼が冴えない日々の中で自身と向き合い、絶望し、救いを求め、その多くが裏目に出る。そんな彼の惨めで哀しい闘いが綴られる単行本全11巻の記録である。

 前々から気になってはいて、この度手に取って全巻を通読してみたわけだが、「これほどまでに人間の尊厳に向き合った漫画作品がかつてあっただろうか…」と読んでいて感銘を受けた。洗練とは無縁な、粗雑でたどたどしい言葉で語られる黒沢の言葉には魂がこもる。共感性羞恥が強い人(私も)は読むと痛々しくて苦しくなる。しかし、真実の言葉が胸を揺さぶる。極めて実存主義的な、人間存在への根源的な問いを投げかける至高の作品である。私の中で、心の専門家を目指す人には是非読んでほしい本シリーズに追加された。これが人生だ。


★おまけ 心の専門家になる人に読んでほしい本★
最強伝説 黒沢   ←new!!
   

2017年10月13日金曜日

紙の動物園


 中国系アメリカ人作家ケン・リュウのSF短編集。文庫は2017年発売。

 又吉直樹がテレビで紹介して有名になったらしい表題作『紙の動物園』など7篇を所収。全体として、中国系のルーツを持つ人間がアメリカ文化に出会うことで直面する相克と葛藤がテーマが底に流れる。グレッグ・イーガンジェイムズ・ティプトリーJr.の系譜に連なる、異文化と出会うことで訪れるアイデンティティの危機を描くことが多い。

 好きだったのは『紙の動物園』と『文字占い師』。両作ともにファンタジーの要素(魔法や呪術)が登場するのも特徴的だが、それはさておき異文化の中で苦しんで生きる人間の描き方が素晴らしい。作者の実体験の影響が大きいのだろうが、日本人が大雑把に理解しがちな諸外国に住む中国系の人々の心情の機微を理解するのにこれ以上ない教材となろう。

 しかしまあ、同じ中国系ならテッド・チャンの方が好き。こちらは情に訴えるウェットな感じが強い。
   

2017年10月6日金曜日

アラビアのロレンス


 中東の砂漠でイギリス人将校が活躍する話。1962年作品。

 舞台は第一次大戦下のアラブ半島。広大な砂漠の景色や、放牧民族たちの野蛮で猥雑な振る舞いにアラビア世界の異国情緒が漂う。主人公は英国が統治するエジプト基地に滞在する青年将校。リベラルな夢想家であった男の栄光と挫折の物語でもある。

 1962年度アカデミー作品賞を受賞しているが、まさに古き良き大長編という感じがする。楽団編成のパーカッションとストリングスの映画音楽を聴くだけでわくわくしてくる。この空気感はドラえもんの映画などに受け継がれているんだろう。3時間40分という長尺だったがずっと楽しく観ることができた。
    

2017年10月1日日曜日

知識人とは何か


 1993年に英国BBCで放送されたパレスチナ出身の文学者の講演集。原著の出版は1994年。天童荒太と坂本龍一の対談の本で存在を知り、伊藤計劃の日記で言及されていたので読み始めた。

 これは今まで自分の中で漠然と考えていた「自分のあるべき姿」を筋道立てて説明し、その正当性を保証してくれる内容だった。人生の書にしたいくらいだ。今後も繰り返し読むだろう。

 内容はまさに題の通り「知識人とはどうあるべきか」の本である。一言でいうと「たとえ空気が悪くなっても、言うべきことを言う勇気を持てよ」って感じだろうか。嫌われても、疎まれても。辛くても、寂しくても。組織を追われ、汚名を着せられ、いなかったことにされ、触れてはいけない人になってしまうこともあるかもしれない。それでも、その生き方には意味があり、世界にいい影響を与える手段である。自分が密かに抱いていた理想の生き方をcheer upしてくれた1冊である。

・・・

 知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。(p20)
 このようないとなみを成功させるには、劇的なもの、反抗的なものに敏感に反応するような感性を養い、ただでさえすくない発言の機会を最大限利用し、聴衆の注意を一身にひきつけ、機知とユーモア、それに論争術で敵対者を凌駕するよう心がけねばならない。(p23) 

 知識人というものは、複数の異なる規範にのっとって生活するがゆえに、物語をもたないが、ただ、なにかをゆるがす効果を発散させるのだとおもんぱかることができる。知識人は地殻変動のようなものをひきおこす。人びとに衝撃をあたえる。だが知識人は、その背景を考慮しても、また友人たちをとおしても、理解することはできない。(p89)
 

 亡命者とは、知識人にとってのモデルである。…(中略)…。おそらく周辺では、これまで伝統的なものや心地よいものの境界を乗り越えて旅をしたことのない人間にはみえないものが、かならずやみえてくるはずである。
 周辺性という状態は、無責任で軽佻浮薄なものとみられがちだが、しかし周辺性はまた、ふだんの生活や仕事において、たえず他人の顔色をうかがいながらことをすすめたり和を乱さないかと心配したり同じ集団の仲間に迷惑をかけないよう気を配る生きかたから、あなた自身を解放してくれる。(p109) 

 わたしがいいたいのは、知識人が、現実の亡命者と同じように、あくまでも周辺的な存在でありつづけ飼い馴らされないでいるということは、とりもなおさず知識人が君主よりも旅人の声に鋭敏に耳を傾けることであり、慣習的なものより一時的であやういものに鋭敏に反応することであり、上から権威づけられてあたえられた現状よりも、革新と実験のほうに心をひらくことなのだ。漂泊の知識人が反応するのは、因習的なもののロジックではなくて、果敢に試みること、変化を代表すること、動きつづけること、けっして立ち止まらないことなのである。(p110)   


2017年9月28日木曜日

るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-


 10年ぶりくらいに通読。全28巻。

 掲載は1994年~1999年で、筆者が中学生の時に買い揃えた漫画である。大人になった今読むと甘っちょろくてシラケてしまうやり取りも多いが、少年漫画としては優秀だと思う。戦闘シーンや表紙絵など画力は圧巻で、アメコミの影響を隠さないアクの強いキャラクターの造型もいい。牙突や二重の極みをはじめ、真似したくなる技が沢山あるのもいい。

 そして、骨格となるプロットがしっかりしている。幕末の伝説の人斬りが明治の世を生きる『罪と罰』の話であり、剣心の葛藤と信念には普遍性がある。神谷道場一派の道徳の押し付けは鼻につくが、そのアンチテーゼとして登場するピカレスクな登場人物たちは魅力的だ(斎藤一とか、志々雄真実とか)。

 惜しむらくは、ジャンプの腐女子化の流れに決定的な影響を与えたであろう作品だということ。『幽遊白書』の蔵馬飛影と、本作の美形な男たち(四乃森蒼紫、宗次郎あたり)が育んだものであろう。本作の般若や夷腕坊のような、醜悪さを含む造型のキャラクターを描く勇気がないのが最近の少年漫画の駄目なところだと思う。
   

2017年9月10日日曜日

ハートブルー


 若いFBI捜査官が捜査のためにサーフィンをやる映画。1991年作品。
 サーフィンのイメージを掴むために同僚の方に薦められて鑑賞。

 邦題のつけ方からしてバブルの頃の何ともいえないセンスを感じてはいたが(原題はPOINT BREAK)、内容もイマイチ。微妙に御都合主義な展開と、娯楽映画のお約束の紋切り型の履行と、何より人物造型が皆さんダメ。展開も人間性も、皆ハートってもんがないんじゃないのかね、と思うくらい浅薄だ。各人の行動も不可解なものが多く、脚本がチグハグで後半に進むにつれストーリーが空中分解している。

 しかし、讃えるべき点もある。サーファーのライフスタイルや文化がわかる。若いキアヌ・リーブスの顔が美しい。サーフィンのシーンを筆頭に、自然の撮り方は素晴らしい。アクションシーンも迫力がある。

 まあ…そういう映画だ。サーフィン入門を志す人にはいいだろう。
   

2017年9月9日土曜日

ブラックホークダウン


 1993年のソマリア内戦における米軍の歴史的敗北を描く戦争映画。2001年作品。

 基本的には、『地獄の黙示録』や『プラトーン』の系譜に連なる、情け容赦ない戦場の悲惨と軍人の男気を描く野郎のための映画である。上記の過去の作品と比べて撮影技術が発達しているため、戦場の光景が非常に高い水準で再現されている。市街地で乱戦となり、民兵の機関銃やRPG(ロケット式グレネード弾)が降り注ぎ、沢山の血が流れ、肉片が飛び、仲間が次々と死んでいく。戦場の生々しい映像が延々と続く。そういう映画である。

 特筆すべきははやりその臨場感で、観ている途中、緊張感と焦燥感がずっと続き、胸が焼け付くような苦しさがありながらも、なんとも形容しがたい高揚感があった。そしてテンポがいいのか、展開の妙か、145分の長尺だが観ていて飽きさせない(アカデミー賞の編集賞をとっている)。アメリカ流のナルシシズムが鼻につくシーンがしばしばあるため人によっては好き嫌いがありそうだが、実際に米軍視点の話なのでリアリティはあるだろう。全体として、過剰に心情に踏み込まない抑制の効いた描写には好感がもてる。

 戦争映画としては評判通り傑作である。戦争、軍人、男気に興味のある方に推奨。