2017年3月23日木曜日

スカーフェイス


 アメリカに亡命したキューバ人の男がマイアミの裏社会でのし上がっていく話。
 主演アル・パチーノ。監督ブライアン・デ・パルマ。1983年作品。

 骨のある粗野な男が度胸と暴力でノシていく様を描く。実際には関連はないが、主演と監督が同じせいか『カリートの道』に空気が近く、その前日譚といおうか、パラレルワールドな麻薬マフィアの世界の話という気分で観ていた。

 マフィアの情婦をやっているミシェル・ファイファーがハンパなく綺麗で、個人的にはMVP。拷問や銃撃戦もえげつなく描かれ、セックス&ヴァイオレンスな娯楽作品に仕上がっている。

 この映画を観て男としての生き方を学んだ人が世界中に数多くいると思われる。彼らと対峙するためにも、観ておいて損はないだろう。
   

2017年3月22日水曜日

ギルバート・グレイプ


 アメリカの片田舎で暮らす家族の物語。1993年作品。

 まず何より知的障害者の弟を演じるレオナルド・ディカプリオの演技力が圧巻。表情から指先まで、発声方法から全身の動作まで、天真爛漫な白痴の青年を完璧に再現している。あとは主人公ギルバート・グレイプを演じるジョニー・デップの表情や佇まいが後の堂本剛に影響を与えたということがよくわかった。

 内容は良質な人間ドラマ。さびれた田舎町で垢抜けない暮しをする人々、大型量販店におびやかされる小売りの食品店、青年と不倫する有閑の主婦、過食し引きこもる母、精神遅滞の弟、反抗的な妹、そして、心を押し殺して生きる主人公。道でトレーラーを待つシーンや家族が暮らす家の変化に宿るメタファーもいい。控えめな表現の底にシンプルで味わい深いテーマを感じ、観ていて心が動く。

 今年観た映画では今のところベスト。じわりとくる、いい映画だ。
   
   

2017年3月20日月曜日

ゴドーを待ちながら


 不条理演劇の傑作として名高い戯曲作品。初演は1953年。
 作者はアイルランド出身のノーベル文学賞作家サミュエル・ベケット。

 田舎道にある一本の木の前で二人の男がゴドーという人物を待っており、ひたすら不条理な会話が続く…というのが筋。『虐殺器官』で言及されていたので読んでみたが、最初の10ページくらいで挫折。そこからパラパラと速読し、巻末の解説を読んだが意味が分からない。Wikipediaの説明が一番わかりやすかった。(参考

 ポストモダンな孤独とブラックユーモアを追求し続けた…と著者紹介のところに書いてあるから、そういうのが表現されているんだろうと思う。そう考えると、何気に『バカボン』などの赤塚不二夫の世界が近いような気もする。途中で出てくる暴君ポッツォと従者ラッキーの一幕など、赤塚不二夫の絵でイメージするとしっくりくる。

 マジで意味わからんけど、解釈を巡っていろいろ議論するのが面白そうな作品ではあり、そのへんがポストモダンである。筋を知っておくと人生が豊かになるだろう。
   
   

2017年3月18日土曜日

プラトーン


 オリバー・ストーン監督が従軍の実体験を基に描いたベトナム戦争映画。1986年作品。

 新兵として派兵された青年クリス・テイラー(チャーリー・シーン)の目に映る情け容赦ない戦場の現実が延々と続く。熱帯のジャングルで汚い言葉で悪態をつきあう男たちの大部分はアメリカの低所得層の若者であり、そこには不潔で過酷な行軍があり、疲弊があり、いじめがあり、反目があり、罪のない原住民の虐殺や陵辱があり、ゲリラ兵に殺される恐怖がある。

 軍服に身を包んだ人々の顔の見分けがあまりつかず、役職や人間関係を理解するのに苦戦したが、戦場の理不尽さとやりきれなさは思いっきり伝わった。インテリで育ちのいい主人公が観測者として主役を張るあたり『フルメタルジャケット』に似ており、彼の視点を通すことで理屈の通らない戦場の狂気と愚かさが浮き彫りになる。綺麗事など何も言えない戦場の過酷さを誠実に描き出し、記録し、問題提起している。

 こりゃアカデミー作品賞も取りますわ、という噂に違わぬ名作だった。
 戦争の悲惨さに、ただ、唖然とするほかない。
   

2017年3月15日水曜日

北斗の拳


 感想:マッドマックス×カンフー映画

 80年代、というのは日本の文化を語る上でほとんど聞かれない言葉だが、これこそが80年代の娯楽という感がある。正義VS悪、心優しい屈強な男が虐げられた民を救う、愛…。

 最初は面白かったが、パターンが定型すぎて読み続けるのが辛くなってきたので、ラオウを倒した以降は流したことはここに告白しておく。人気作だったため連載が引き延ばされたという話を聞いたことがあるが、そのへんは往年のジャンプのダークサイドといえるだろう。「汚物は消毒だー」「我が生涯に一片の悔いなし」「ひでぶ」などの名シーンは割と前半に固まっており、半分くらい読めば満腹感がある。

 『デビルマン』の文庫本を読んだ時にも思ったんだが、1巻の解説で盛大にネタバレするのは勘弁してほしい。 
  

2017年3月14日火曜日

エクソシスト


 実は観たことがなかった1973年作品。

 当時は斬新だったかもしれない表現も、今観ると手作り感が気になり、古典という感が強い。カトリックの神父が悪魔と戦うシーンあたり、怪しい新興宗教のプロモーションムービーのようなチープさがある。少女がブリッジで階段から降りてくるシーン、首が回転するシーンなどが有名だが、そのへんの遊園地のホラーアトラクションくらいのクオリティという気がした。

 映画として面白いかというと、個人的には退屈な作品だと思う。精神疾患を疑う医師たちの医学的な診療プロセスは適切なのが好ましい。
   

2017年3月12日日曜日

羆嵐


 くまあらし、と読む。北海道天塩山麓の三毛別六線沢(現苫前町)で大正4年に起きた実際の事件に基づいた小説。冬の開拓村に凶暴なヒグマが現れ6人の男女を殺害し、そのクマと人々が戦う話である。

 あらすじだけ書くとシンプルだが、開拓時代の北海道の生活感の描写が素晴らしく、惨状に見舞われた彼らの悲愴と恐怖が伝わってくる。連射不可能な猟銃で2mをこえるヒグマと対峙する猟師はまさに英雄である。


   

アオアシ


 愛媛の中学生が東京のユースチームに入ってプロを目指すサッカー漫画。既刊8巻。

 プロサッカーチームの下部組織であるユースのチーム経営に視点を向けつつ、サッカー選手の個人の技術や組織的な戦術に焦点を当てている。主人公の青井葦人(あおいあしと)は才能任せな田舎の天才肌という感じだが、それだけでは組織と理論で戦う近代サッカーに馴染めない、というのがよく分かる。

 作風として、家族の絆や恋愛模様など、浪花節な人間関係が少し「くさい」…が質が悪いわけではない(小学館っぽいセンスなので好みの問題)。キャラクターの造型はイマイチ深みが足りなくて印象に残らない人が多い…が今後掘り下げられていく気もする。阿久津の嫌な先輩っぷりなどはいいセンス。

 まとめると、『ジャイアントキリング』的な経営視点とあだち充的なサンデー漫画のエッセンスが入った技術重視のサッカー漫画、って感じだろうか。『スラムダンク』など過去の名作漫画の影響もはっきりしているように思う(義経の深津×沢北なデザインよ)。漫画業界の先人の遺産を継承し、若者たちのチャラさと理論的基盤を加えた2010年代ヴァージョンのサッカー漫画といえるだろう。

 サッカーを見る眼が養われそうだし、単純に読んでいて面白いスポーツ漫画している。
 続きに期待。
   

2017年3月9日木曜日

醒めない


 何の気なしにツタヤで大量のスピッツのCDを借りた中に入っていた1枚。一切の前情報なく作業中のBGMにしていたが、聴く度好きになり、もうこればっかり聴いている。2016年発表の15作目のオリジナルアルバム。

 #1『醒めない』から#14『こんにちは』まで、初めて聴いたときから草野マサムネの柔らかい声と甘酸っぱいメロディーラインが抵抗なく沁み込んできてひたすら心地よい。歌詞を見ても全然意味が分からないが、なぜだか淡く、切なく、温かい気持ちになる。空想上の誰かが愛しくなる。

 各曲で様々な思春期男子の葛藤(メンバーは50近いが)を経たあとに、ラストの曲の冒頭「また会えるとは思いもしなかった 元気かはわからんけど生きてたね」がグッと来た。こういう感覚を忘れずに大人やっていきたいもんだ、と思った。

 忘れていた感情が復活する1枚。名盤やで。
 

2017年3月8日水曜日

罪と罰


 「現代の予言書」としばしば評されるロシアの文豪ドストエフスキーの1866年作品。高校生のときに読んで以来4回目くらいの再読。読むたび深く理解できる気がするので、その考察など。

 あらすじは、貧乏で頭脳明晰な元大学生ラスコーリニコフが金貸し老婆を殺害して金品を奪い、その金で世のために役立つことをしようと思っていたけれど失敗する…という話である。独自の理論で正当化された殺人を犯した青年が、予期していなかった心理的な葛藤に直面する描写がメインとなる。

 これは個人の精神の死と復活を描く物語である。作者が意図的に埋め込んだキーワードは「空気」と「ラザロ」。前者は、熱気と悪臭が立ち込め、貧困と堕落が溢れる街という環境要因が人に道を誤らせる、ということ。後者は新約聖書に出てくる復活する死者のことであり、作中で幾度も言及される魂の救済のメタファーになっている。主人公ラスコーリニコフ、娼婦ソーニャ、ニヒリストのスヴィドリガイロフ、それぞれ貧困や虚無で精神が死にかけ、どのような道筋を辿るのか、というのが作品の主題である。

 江川卓(投手ではない)の解題によると、罪と訳されてる原題のПреступлени(プレスツプレニィエ、ロシア語)は「踏み越えること」の意味があるらしい。貧乏、空腹、疲労、屈辱などで煮えた頭で考えた理論で一線を踏み越えると心が死んでしまいますよ、という警告は現代社会にも通じる。殺人、姦淫、盗み、いじめ、嘘をついたり、他人を陥れたり…etc.  一つの悪行は百の善行によって償われる、などというズレた発想で悪いことを実行しちゃうと、普通の人達の暮らしには戻れなくなっちゃうよ、ということ。

 余談だが、ロシア文学に挑む人がみんな挫折するのはロシア人の名前で混乱するからである。原因として、愛称やあだ名が説明なしで入り乱れるせいであることは明らか。例として、主人公ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフはロジオンとかロージャとかラスコーリニコフとか呼ばれる。筆者も初読時にはこの人とこの人が同一人物だったのか、と途中で気付きヘコんだものである(ドゥーニャとドゥーネチカとか)。そのへん、前もって知っておけば多くの人は食らいついていけるだろうとは思う(初読で楽しめる人は少ないと思うが)。

 気合いで読み続けると得るもんがある本なんだろうと思う。
 時間がかかったけど悔いはない。また読むかな。
   

2017年3月7日火曜日

ザ・ビーチ


 アメリカ人の青年がタイの秘密の楽園に行く話。
 レオナルド・ディカプリオ主演。ダニー・ボイル監督。2000年作品。

 『トレインスポッティング』に通じるダニー・ボイル節の危ない空気と軽快なテンポで前半は面白くなりそうな予感がしたが、後半が明らかに失敗作。なんとも歯切れの悪い気分でエンディングを終え、映画的なカタルシスのない状態でスタッフロールを眺めた。

 自分探しをする冴えない男のしょうもなさの描き方はいい感じだが、人間の狂気の描き方が空中分解するのが良くないのだと思う。カルト教団のような集団の病理を描き出そうとして、失敗した感じ。

 アジアンな空気と映像がいい感じなのに惜しい。プロットに難あり。