2015年4月29日水曜日

イヴ・サンローラン


 世界的なデザイナーであるイヴ・サン・ローランの半自伝的な映画。

 神経質そうなフランス男が不特定多数との性愛とドラッグでグチャグチャになりながら美を追求し、いかにして「モードの帝王」と呼ばれるに至ったかという話である。

 「なんで芸術家って性的逸脱とドラッグでグチャグチャになるのか?」と筆者はいつも考えて生きてきたが、それに対する個人的な回答は「苦痛を抱えて生きる人が鎮痛を求めた結果である」というもの。

 イヴ・サン・ローランは幼少期より同性愛嗜好があり、「ホモと馬鹿にされていじめられた」と作中で語る。戦争のストレスで神経衰弱となり精神病院に入院させられたりもする。そんな彼にとって、美しい造形を生み出し、愛でるという享楽は生きていく上での苦しみを忘れさせてくれるものだったに違いない。痛みをかき消すために性とドラッグを求める、というのもまた、いつの時代も精神的苦痛を抱えた人々がしばしば辿る転帰である。同様の機序により、耽美主義は生きていく苦痛を鎮めるために辿り着く必然なのである、ということを考え、ブライアン・ウィルソンにとっての『ペットサウンズ』を思い出した。美しいデザインには生の苦痛を癒す魔法があるのである。

 基本は史実に忠実な内容で、若き天才芸術家の苦悩と明暗の話。映像と音楽は美しく、品良く抑制が効いている。綺麗事に仕上げず、偉大な芸術家の軌跡を描いた作品なのだと思う。
   

2015年4月23日木曜日

みなさん、さようなら


 無茶苦茶やって生きてきた父親が死ぬ話。

 カナダのモントリオールに行くことになったので予習のために観た映画だが、モントリオールの街はほとんど出なかった。2003年のカナダ映画で、非ハリウッドの低予算な人間ドラマ。アカデミー賞外国語映画賞受賞作。

 無類の女好きで左翼思想にかぶれた大学教授の父親は、自分勝手で横暴な男だが教養と人間味に溢れ、変人の友人達に愛されている。気ままに生きてきた父親に複雑な感情を抱き、疎遠だった主人公が死の間際に病院を訪れ、その最期の日々を共に過ごす。

 原題の直訳は「蛮族の侵入」。9.11のテロのシーンや世界史上の戦争犯罪などの問題にも言及する場面がしばしば挿入され、陰惨な暴力や死と、官能的な性愛や温かい親愛の情の対比が際立つ。舞台となっているモントリオールの生活信条”Joie de vibre”(生きる歓びの意のフランス語。英語でJoy of life )というのが作品の底にある主題に思える。

 綺麗事じゃない、生々しい死の恐怖と生きる歓びの映画。結構好きです。
    

2015年4月22日水曜日

酔拳


 香港映画界の不滅のスター、ジャッキー・チェンの出世作。
 1978年の作品。

 才能はあるが根性なしの道場の息子が、調子こいて、悔しい目に遭って、老師に出会い、特訓して、復讐に挑む。今となっては定型となった「お約束の展開」を圧倒的な身体能力の殺陣とコメディタッチな演技で楽しめる。

 筆者はアルコール依存症の講演資料作成のために観たが、老師の手が震える以外に疾患の学習で特に役に立つエピソードはなかった。大酒家=格好いい、というイメージを世間に流布するのに一役買ったという点において医療者としては看過できないが、世界中の皆を幸せな気持ちにした傑作なので良しとする。

 アルコール依存症はあまり関係ない名作映画なのである。
   

2015年4月18日土曜日

となりのトトロ


 去年、娘の誕生日にブルーレイを買ったが、その中毒性はなかなか。

 冒頭のキラーチューン『さんぽ』でキッズ達のテンションはのっけから最高潮に。序盤のまっくろくろすけ、勘太とおばあちゃん、トトロや猫バス、美味しそうな野菜、電報から始まる後半の不安と悲しみ漂うムードから温かい気持ちになるラストシーンまで。完璧な調和の中で、美しい森や不思議な生物達と繰り広げられるドラマに心は躍る。何より音楽が素晴らしい。

 子供の心を鷲掴みにし、大人が久しぶりに観ると泣きそうになる。もう30年近く前の作品だということに愕然としてしまうが、これを越える2000年以降のアニメ作品を私は知らない。

 この作品がある限り、日本の子供達は大丈夫だと思う。
   

SFマガジン 700【海外篇】


 【国内篇】より断然こっちが面白い。
 SFマガジン700号記念のアンソロジーの海外編。

 メジャーどころのSF作家の短編を新旧織り交ぜて配置。マニア受けするニッチな隙間を狙わずにSFの王道を行く話が多くて、分かりやすく楽しめた。好きだったのは以下。

 ロバート・シェクリイ『危険の報酬』:1958年の作品だが、視聴者参加型のテレビ番組を予見。映画『トゥルーマンショー』を思い出した。
 ジョージ・R・R・マーティン『夜明けとともに霧は沈み』:異星開発と情緒の破壊の話。不可知が生む神聖性と喪失。
 ラリイ・ニーヴン『ホール・マン』:火星の探査員のサイコホラー。
 グレッグ・イーガン『対称(シンメトリー)』:宇宙が舞台のハードSF。難解だが、哲学的洞察を要求するイーガン節が楽しい。
 コニー・ウィリス『ポータルズ・ノンストップ』:アメリカSF界の長老へ捧げたトリビュート。肩の力が抜けていて、愛がある。
 テッド・チャン『息吹』:異世界の住人の淡々とした独白の中で構築される世界。じわりと来るカタルシス。

 アーサー・C・クラーク、イアン・マクドナルドのはよく分からなかった。ジェイムズ・ティプトリー・Jrはちょっと自分の趣味には合わない気がしてきている。いずれにせよ、いろんな作家に出会うチャンスがあるのがアンソロジーのいいところだと思う。そういう観点から見ると、やはり海外編が圧勝。
   

酔いがさめたら、うちに帰ろう。


 西原理恵子のアル中の元夫の話。

 原作は元夫である鴨志田穣の自伝小説で、氏はアルコール依存症の治療歴があり42歳で逝去している。

 日本語が聞き取りづらいが、それはそれで現実味がある空気。話は淡々と進み、主人公(浅野忠信)と妻(永作博美)の沈黙や間に語らせる場面が多い。BGMも控えめで、小津安二郎系の静けさで観る者の思弁を誘発する。

 アルコール依存症者の治療生活がメインだが、映画作品としては大人の背負った哀しみがテーマ。運命を受け入れ、穏やかに笑う。そんな諦観に至った生き様(attitude)が描き出された作品になっている。
   

2015年4月15日水曜日

明日の記憶


 渡辺謙が原作に惚れ込んで制作したという若年性アルツハイマー型認知症の映画。

 49歳、一人娘の出産と結婚式を控え、働き盛りの広告代理店の部長である主人公(渡辺謙)の記憶力が低下し、仕事上でもミスが増え、ある日病院を受診すると医師に診断を告げられ、、、という話。

 2006年の作品だが、日本のドラマにありがちな浪花節の感動を狙った作為や御都合主義な場面が若干気になり、芸術作品としては今一歩。とは言え、大衆娯楽としては安定したクオリティであり、医学的見地からも表現上の誤謬は少なく、疾患の啓発に用いるには十分。

 筆者は看護学校の認知症の講義で紹介。物語仕立てで病態の理解を促すことができるのでお勧めしている。
   

フューリー


 第二次大戦の終わり間近、ドイツに上陸した米国陸軍の戦車の一小隊の話。

 ひたすら男臭い映画であり、戦場の理不尽さを描く戦争映画であり、極限の状況下で己の信念と行動に折り合いをつけようとする人間の物語である。頼れる指揮官を演じるブラッド・ピットの壮健な佇まいが最高に格好いい。

 引き込まれ、飽きさせず、考えさせられ、カタルシスがある。
 今年観た映画の暫定1位。
   


2015年4月9日木曜日

おひっこし


 『無限の住人』の作者、沙村広明の掌編2個入り。筆者の個人的なイメージとしては、サブ・カルチャーが流行っていた2000年頃の東京の大学生の色恋テイスト日常コメディ。下北沢(東京に住んだことないので偏見だが)あたりが舞台の青春群像劇。

 ひねくれた趣味が生み出した、オシャレ面白い2000年代のサブカルって感じの漫画である。個人的にクリーンヒットする感動や笑いはあまりないが、劇画力の無駄遣いを積極的に実践しているあたり好感。

 MVPはこじれたヘビメタ好きの友人の木戸君でしょう。
   

まんが道


 藤子不二雄の半自叙伝風の立志伝。

 藤子不二雄A(ホラー好きの方)の方が主役の満賀道夫(まが みちお)、友人の藤子・F・不二雄(優しい方、ドラえもんの作者)は才野茂(さいの しげる)として登場する。物語の前半は富山県は大仏の町、高岡。後半は上京し、かの有名な「ときわ荘」での日々が描かれる。手塚治虫や赤塚不二夫といった若かりし日の巨匠達がさらりと出て来る。作者曰く、半分は実話、半分は創作とのこと。

 何がいいって、古き良き日本の姿がある。なんというか、昭和特有ののどかさというか、あっけらかんとした(恬然とした)品の良さというか、すれたりひねくれたりしていない純粋な日本人の美徳が滲み出ている。漫画家を目指すひたむきな情熱、漫画文化を発展させようという高邁な理想、作者二人の友情、それらを茶化したりクサしたりする空気は微塵も無い。嫌な人も出て来るが、大部分は味わい深い成熟した人生観を持ち、底には愛のある人たち。

 ひたむきな姿勢に身をつまされ、心が洗われる。そんないい話。
    

2015年4月4日土曜日

トラック野郎 御意見無用


 菅原文太の代表作のシリーズ1作目。
 デコトラに乗って日本各地を旅する運転手の喧嘩とロマンス。

 1975年の作品だが特定層の心にだいぶ訴えるものがあったようで、なんだか教養になる。最近読んでいるGTOにもオマージュのシーンがあったような。粗野で乱暴だがどこか愛らしい男達が巻き起こすドラマが人情味たっぷりに描かれる。

 これを観れば1970年代の威勢のいい兄ちゃんの理想像の一端が分かる。そして元ファッションモデルでもある菅原文太の着こなしが格好いい。現代でもモデルをやれそうなくらい手足の長いスタイルが映える。

 下品で生命力が溢れていた、20世紀の日本男児の記録として。