2017年8月28日月曜日

草莽枯れ行く


 偽官軍の汚名を着せられ斬首された幕末の志士・相楽総三の物語。1999年作品。

 最初に思ったのは、内容が『水滸伝』と大体同じということ。男たちが志のために戦って死ぬという、それだけのテーマが無駄を削ぎ落とした簡潔な文体で綴られる。中国の北宋、日本の幕末とで固有名詞が変わっても、書いているテーマが大体同じだ。これが北方謙三の確立したスタイルであり、様式美である…という話を先日職場の飲み会で熱弁したら大いにウケた。

 志をもって生きること。男らしく死ぬこと。馬鹿馬鹿しいと一笑に付したくなる一方で、時代や場所を越えた普遍の輝きがそこにはある。読めば胸が熱くなる。時代に翻弄されながらも信念のために命を賭して戦い、やがて訪れる理不尽で無意味にさえ思える勇士達の死に様に、読む者は何がしかの意味を見出し、腹の底に残るものがある。そういう物語である。

 土方歳三、勝海舟、清水次郎長、山岡鉄舟…魅力的な男たちが多数登場する。
 今年、読んでよかったと思える物語の一つになった。
   

2017年8月24日木曜日

サラリーマン金太郎 五十歳


 元暴走族の型破りなサラリーマン矢島金太郎が50歳になる話。全4巻。

 2010年代のトピックである福島の原発事故の処理の話がメイン。先細りする日本経済への憂慮やエネルギー問題解決の代替案を登場人物たちに語らせる。作者に老いを感じるなあ、と思って調べたらもう70歳らしい(2017年8月現在)。

 画風がすっきりして今っぽいが、根底に流れる哲学は一貫している。「最終的には金と暴力で問題を解決する漫画だ」と私の兄は喝破していたが、それともう一つ、男としての品位といおうか、ぶれない美学や哲学が根底にあるのが本質であると私は思う。一言でいえば男気。それには国や時代を超えた普遍の価値があると、作者は繰り返し漫画的な表現で主張している。

 理屈が多く、目新しさもないが、とりあえずサラリーマン金太郎ワールドには浸れる。娯楽としては微妙なところだが、一貫性を保っている所は評価したい。
    

2017年8月13日日曜日

卒業


 ラストシーンが有名なあの映画。1967年作品。

 舞台は1960年代アメリカ。主人公のベンジャミン(ダスティン・ホフマン)は両親の敷いたレールに乗って優等生として生きてきた青年。そんな彼が大学を卒業し、両親の友人でもある人妻に誘惑され…という話。

 サイモン&ガーファンクルのBGMが美しいほろ苦い青春の話だが、主人公がキモくてクソ野郎すぎてあまり感情移入できなかったことは告白しておく。まあ、キャラクターを含めて全体的に当時のアメリカのリアルなのか。潜水服や動物園の猿など、象徴としての映像の使い方にも時代性を感じる(精神分析的な検討が捗りそうだ)。

 エレイン(キャサリン・ロス)は時代を超えて美しい。
 …が、彼女は主人公のどの部分に惚れるのか、というのが一番の謎として残る。
   

テスタメントシュピーゲル


 シュピーゲルシリーズの最終章。
 厚めの文庫で5冊(1、2上、2下、3上、3下)を気合いで読了。
 
 とりあえず、ボリュームが凄まじい。長く、複雑で、言語オタクの冲方丁の偏執狂的所業ともいえる迷宮世界が広がっている。ミリタリ、数学、世界史、人種問題などの知識を雑多に詰め込み、アメリカのテレビドラマ業界や日本のアニメ業界が培ってきた手法を無尽蔵に繰り出して大長編に仕上げたという感がある。登場人物50人くらいの物語が入り乱れる様はちょっとしたプリキュアオールスターズだが、それをNHK大河ドラマ並みの規模でやるから読むのがたいへん厳しい…ことは最初に言及しておく。

 内容については、オイレンのシリーズスプライトのシリーズが合流するシリーズの集大成であり、全ての謎が解決する仕掛けになっている。…が、複雑すぎて初読の筆者には理解不能なところが多いため、そのうちポツポツ再読していくことになるだろうと思われる。

 そして、一番魅力的な存在は涼月だということ。各人の思惑が複雑に絡み合い、無辜の民が悲劇に見舞われるクソみたいな現実世界を生きていくうえで、一番必要なものを体現している。”Keep moving forward. Straigt forward.は”、読んでから、辛いときほど脳裏に浮かぶ。シンプルで、タフで、骨のある、窮地を切り拓くメンタリティ。

 クドいし、長いし、難しい物語だが、読み込む価値はあるように思う。
 合本の電子版を買って、時間をかけてまったりと検討する予定である。
   

2017年8月11日金曜日

波止場


 港湾労働者の物語。1954年アメリカ作品。
 
 舞台は組合の無法者達が牛耳る港町。日雇いの仕事を求める労働者たちは搾取され、暴力に怯え、不正を見て見ぬふりして卑屈に暮している。そんな街のゴロツキとして生きるみなしごの主人公(マーロン・ブランド)が、ある日事件に係わり、その後美しい女性に出会って…という話。

 何より、血の気の多い若造を演じるマーロン・ブランドのオーラが圧巻。多くを語らなくとも、顔立ちと佇まいに物を言わせる。そして、ヒューマニズムについての問いを与え続けるプロットも洗練されており、味わい深い。

 白黒の古い映画だが観ておいて損はない古典的名作である。
 いい映画観たなあ、と豊かな気持ちになれる。
     

2017年8月1日火曜日

トゥルー・ロマンス


 カンフー映画オタクの男と娼婦のロマンス。1993年アメリカの作品。

 若きクエンティン・タランティーノが脚本を書いた作品で、タランティーノの理想とする自己像や世界観が詰まった作品と言えよう。レンタルビデオ店で働く映画オタクだった自分を主人公に重ねたのは自明であり、偏執的なまでの暴力描写は自身の偏愛を思うがままに描こうとした結果だろう。冴えない男がタフな場面を乗り越え、クールな美女をゲットするというピュアな童貞男子の願望をあけすけに描くのもいい。

 2人が出会う舞台は斜陽の工業都市デトロイトであり、街の色彩はくすんでいて、絶望的な空気が漂う。そんな街のさらに下層の男と女が出会い、危険で無軌道な脱出を試みる…というプロットに普遍性がある。映画のテーマとして、シケた街の冴えない男女が掴むロマンスというのが実にいい。これこそTrue Romance(真実のロマンス)だよな、というのが久しぶりに通しで観た私の感想である。

 若くて荒削りな衝動を描いた佳作である。年を食ってから観るといっそういい、気がする。