2016年1月31日日曜日

幸福の黄色いハンカチ


 1977年、北海道、網走⇒夕張のロードムービー。

 失恋してヤケになって新車を買って北海道にやってきた主人公の若い男(27歳、長髪でウエスタンスタイルの武田鉄矢)が網走駅前でナンパした女の子(桃井かおり)と、偶然出逢った網走刑務所出所直後の男(高倉健)と3人で旅をする。

 観ていて思いついた言葉は「昭和」「70年代」「インターネットや携帯電話のない時代の旅情」「旅は道連れ世は情け」「軽い武田鉄矢と重い高倉健の対比」「人にはそれぞれ背負った物語がある」「いい話だなあ」。

 分かっちゃいたけどグッとくるラストシーン。道中の何気ないシーンの、スロウでアナログな日常生活に宿る温かみが良い。登場人物はみな垢抜けなくて田舎臭いが、この時代でなければ出せない味がある。観賞後、穏やかで優しい気持ちになれる。
   

2016年1月20日水曜日

火花


 よしもと芸人文化 × 純文学。

  内容は、若手の漫才師である主人公(ていうか又吉)が、熱海の花火大会の会場で出逢った異端の先輩芸人の神谷と共に過ごした日々の話。純粋な意味での「漫才師」の生き方を狂信的に追及し、世間からはぐれ、やがて排除されていく神谷のキャラクターは『医龍』における朝田を思い出した。枠からはみ出ることができない凡庸な主人公目線で語られるのもよくある定型。娯楽の王道をいく構成を踏襲し、キレのある隠喩や情景描写などの小説的技術を駆使しつつ、「よしもとの芸人」の青春を描いたって感じ。

 「誰かを笑わせる」という営みの意義や本質については本ブログ筆者もよく考えているテーマであり、そのへんについても現役の芸人らしい作者又吉の笑いの美学が語られている(神谷の巨乳ネタを諌めるあたり秀逸)。誰も傷つけない、自分を貶めるでもない、それでいて質の高い笑いって難しいよね…とか読んでいていろいろ考えた。又吉の実体験でもあるんだろうが、サッカーの推薦で大学に行くでもなく、受験勉強を頑張って学歴社会に生きるのでもなく、なぜお笑いという道を選ぶのか、という問いこそがこの作品の主題であると思う。反体制、反骨精神、批評精神、常識への挑戦、人間性の奪還…などという言葉が筆者の頭に浮かんだが、ヒトを非人間化するシステムへの戦いの手段として「お笑い」はあるのだ、というのが本ブログ筆者の見解である。又吉はきっと文学と漫才で、その戦いを戦う道を選んだ。

 芥川賞作品だが不条理さや難解さなどの純文学の濃度は低めで、リーダビリティが高く誰が読んでも楽しめる。登場する芸人のネタや掛け合いもハイクオリティ(テレビ出せそう)。総じて、面白い一冊だったと思う。こら売れますわ。
   

2016年1月17日日曜日

奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール


 日本のオシャレを牽引している(していた)雑誌業界の文化風俗が分かる作品…だと思う。たぶんBRUTUS、Cut、Pen、的なものと思われるオシャレ雑誌の編集部に異動になった35歳の男(奥田民生リスペクト)が主人公。『ボサノヴァカバー』の作者が描く長編。

 タイトルの通りの魔性の女「天海あかり」のプロファイリングが秀逸。愛知出身、アパレル業界、という出自で何かしら感じさせることのある彼女が、人格障害圏の操作性を存分に発揮し周囲の男たちを破滅させていく。他にも、出てくる人がいちいち東京のファッション業界にいそうで、細部の設定が光っている(と思う)。冒頭の飲み会で意味不明な固有名詞が乱れ飛ぶ感じが、なんというか東京。
 
 2000年代に流行したサブカル的な世界を斜めに見て冷笑しつつ、ある特定の時代の東京のライフスタイルを学べる作品だと思う。あと奥田民生が聴きたくなる。

 「自意識から解放されて楽に生きていけたらいいのに」っていう話。
   

2016年1月12日火曜日

健康で文化的な最低限度の生活


 生活保護の漫画。
 内容はマイルドな『ウシジマくん』。

 区役所の生活課の調査員になった新米の主人公が生活保護受給者の生活の実態を見て、悩み、奮闘し、成長する。『ブラックジャックによろしく』しかり、『め組の大吾』しかり、このパターンを活用すれば漫画は無限に描けるという定型といえよう。変な奴を新人に据えれば、だいたい何を描いてもドラマが生まれる。

 法律や制度についての説明は詳しく、(たぶん)周到な取材に基づいて書いているんだろうが、精神医学の専門家として、2巻前半のシングルマザーの診断の「PTSD+うつ病」は納得いかない。安売りしがちな診断名で、生活保護受給のため便宜上記載することが多い実情は理解できるが、そこは問題提起してほしかった。あれ病気じゃなくね?

 あとは美形な奴ばっか出てくるのが難点。水木しげる先生や漫☆画太郎先生なみに容赦ない醜さで描けば俄然鬼気迫るものとなり歴史的傑作になりえただろう。清潔感のある絵柄で困窮した生活を描いた所で「意識高い人ぶって社会問題悩んでるふりしてんじゃねーよ!」という想いが脳裏をかすめる。筆者だけか?

 …などと文句を書いてみたが、たぶん続きは買うだろう。
 生活保護の勉強になるし。こういうニッチな作品があるのが日本の文化圏の強みだ。
 存在自体が有益な漫画ではあるだろう。
   

PSYCHO-PASS サイコパス


人間の心理状態や性格的傾向を計測し、数値化できるようになった世界。
あらゆる心理傾向が全て記録・管理される中、
個人の魂の判定基準となったこの計測値を人々は、
「サイコパス(PSYCHO-PASS)」の俗称で呼び習わした。

・・・

 『踊る大捜査線』の本広克行が作ったアニメ。全22話。

 公安に監視官として配属された新米の主人公(常守 朱 ; つねもり あかね)が、猟奇犯罪を追いながら現場で葛藤し、成長していく。犯罪に向かう反社会性を数値化したサイコパス(300とかいくとヤバい)、サイコパスを計測する高度な情報システムであるシビュラ、相手に向けるとサイコパスを計測し引き金を引けば抹殺できる銃型の武器ドミネイター、などの近未来なガジェットがSF的なエッセンスを加える。プロデューサーが人間を使った撮影ではできないことをアニメで表現したという感が強い。

 古典文学からの引用が多い台詞(シェイクスピアとか)の掛け合いがインテリジェンス高めで、中二的な知性への憧れをくすぐる。ただし、筆者はアニメにありがちなお約束の台詞回しは苦手(刑事っぽさ、など記号の過剰な活用が鼻につく)なので、気になって集中できないことはしばしばあった。内容は『踊る大捜査線』、『攻殻機動隊』、『1984年』、『羊達の沈黙』を混ぜたような話で、一言で説明するならば「刑事物+猟奇犯罪+近未来+ディストピア」って感じ。

 全体として高めのクオリティを維持しつつ最後まで進むのが好感。音楽は前半の方が良かった。
   

2016年1月11日月曜日

わたしの日々


 昨年末に逝去した水木しげるが93歳で連載していたエッセイ漫画。フィリピンで従軍した戦時中の話の回想や、少年時代の思い出、老人として生きる日常ネタが主で、1回4ページで隔週だった連載がカラーで読める。

 感想を一言で言うと、最高だった。昨今の漫画の登場人物は皆、容姿が整い過ぎているのであまり好きになれないことが多いが、氏の漫画にはそういう、美化した理想に逃避せざるを得ない脆弱な自己像を感じない。恬然としている、というか、揺るぎない自然体なのである。よく寝て、屁をこいて、おたおたして、呑気に生きる。そこに疑問すら抱かない。怠惰にみえる無気力な生き方さえも、幼少期から蓄えた豊かな文化的素養と壮絶な戦時体験を経て辿り着いた達観だと思うと、圧倒的な含蓄がある。

 難しい理屈なんてこねず、こういう風に生きたい。
 素晴らしい人生だった。合掌。
   

真夜中のカーボーイ


 昔DVDで買ったのを何気なく夜に観てみたら、凄く良かった。
 1969年度アカデミー作品賞受賞作。

 テーマは孤独。テキサスの田舎から大都会ニューヨークに出てきたいきがった若い男が、イケてない日々を送るシーンが続く。そして、同じく都会の底辺に生きるリコという足の不自由な小男と出逢う。

 孤独には心的外傷の体験が伴い、しばしば性的逸脱という形で代償を試みる。時代や場所を問わず普遍的に見られる人生の転帰の類型である。主人公ジョーが想起する過去の情景と、プライドのために張る虚勢がひたすらに悲しい。

 30過ぎて観るとよく分かる、イケてない男の悲しみと救済の話。
 個人的なお気に入りにランクイン。
   

2016年1月10日日曜日

神々の山嶺


 山に取り憑かれた男たちを描く話、の漫画化。
 原作は夢枕獏の小説。作画は『孤独のグルメ』の谷口ジロー。

 舞台は主にエベレストに近接するネパールの首都カトマンドゥ。そこで日本人カメラマンの深町が登山用具店で偶然見つけた古いカメラを巡って、消息を絶っていた伝説の登山家の羽生(はぶ)らしき男に出逢う…という導入から始まる。

 作中には1980~1990年代の空気が漂う。男たちは不器用で、真っすぐで、熱いものが胸にある。標高数千mの山々の美しさを備えた峻厳さや、極寒・低酸素などの過酷な状況下での極限状態の描写がよい。蜂蜜入りの紅茶などの食べ物の描写がおいしそうで、筆者はネット上でよく見るそのコマを見て文庫版の購入を決意した。

 説教臭さはなく、淡々と男達の生き様を描く作風が潔くて好感。
 万人向けとは言いがたいが、骨太の人間ドラマが展開される佳作であろう。
    

2016年1月8日金曜日

アナと雪の女王


 遅ればせながらやっと観た。娘へのクリスマスプレゼントにMovieNEX(DVD、ブルーレイ、ダウンロードのセット)を購入。

 最初に感じたのは、エルサとアナの姉妹は愛着障害の典型像であるということ。抑制型の姉エルサ(心を閉じすぎ)と脱抑制型の妹アナ(心が開けっぴろげすぎ)、いずれも、幼少期の安定した愛着が形成されなかったことにより呈する症状を示す。孤独な少女時代をそれぞれの形で引きずった姉妹が、真実の愛に触れて成熟した人間性に至る…という主題なんだと思う。

 あとはいろんなところで指摘されているが、不遇な少女時代を送った主人公が白馬の王子様に見初められてめでたしめでたし、という20世紀型ロマンスのステレオタイプからの脱却を図っている。氷を溶かす真実の愛は、姉妹間の絆や、素朴で誠実な肉体労働者の精神の中にある。ディズニーは時代を読んでいる(そして、牽引しているという自負もきっとある)。

 胸を揺さぶる歴史的傑作かと問われれば首肯しかねるが、音楽はいいと思う。「ゆきだるまつくろう」とか「ありのーままのー」とか。娘がハマって何十回も見返しては、真似をして、振り付きで歌っている。日本での流行は広告代理店各社の人為的な努力によるものだと思うが、アカデミー賞取ってるし国際的な評価も高いのか。世界的に流行し、2010年代の共通言語の一つにはなり得たと思われる。

 娘が飽きずに何度も見たがるので、きっと質のいい娯楽作品なんだろう。
 子供のために買って損はない。
   

2016年1月5日火曜日

殺人犯はそこにいる


 噂に違わぬ傑作。

 1979年~1996年に栃木と群馬でおきた女児の連続殺人事件を追ったノンフィクション。作者は「桶川ストーカー事件」の取材で名を上げた日本テレビの伝説の記者で、上記の事件への取材と報道を重ね、2010年の”足利事件”の冤罪の認定(無罪の確定)への道筋をつけた実績の持ち主。

 作者の執念で事件の真実に迫っていく過程にグイグイ引き込まれるが、書いてあることが全て事実であるということを考えるにつけ、胸に重くのしかかるものがある。都合の悪いものを組織ぐるみで隠蔽して黙殺し、時には証拠を捏造して無実の人を陥れる警察や司法などの国家権力の力学が描き出される。本書を手に取った栃木県警や科警研の人はどのような心境に至るんだろうか。

 これぞジャーナリズム、という面目躍如ともいえる腐敗した権力構造の告発。一人でも多くの人に読んでほしい。 
   

2016年1月2日土曜日

波よ聞いてくれ


 “おひっこし”の作者の札幌ローカル漫画。

 カレー屋の店員をやっていた主人公の女が、半ばハメられる形でラジオの地方局(藻岩山放送局)での深夜番組を持つことになる、という話。

 魅力は軽妙な会話劇。反知性主義を地でいく恋愛脳の女主人公がファンキーなベシャリを撒き散らしつつ疾走する。釧路出身というところにリアリズムを感じる(ああいう人マジでいそう)。そして全開の札幌ローカルネタ。生粋の地元民作者による”チャンネルはそのまま”には及ばないが、セイコマ、円山裏参道などの固有名詞が多数登場し道民の胸を焦がす。主人公が働いているカレー屋は筆者も通った北24条のあの店がモデルっぽい。

 単行本の既刊はまだ1巻だが、今後育っていくことに期待。