2013年10月30日水曜日

奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち


 灘校を日本一の進学校に押し上げたという伝説の国語教師のドキュメンタリー。その伝説の授業とは、検定教科書を一切使わず、明治の少年時代を回想した中勘助の随想『銀の匙』の文庫本を3年間書けて読みこむという授業であった。

 作中で教育評論家や著者が「スロウリーディング」や「味読」と表現しているが、それは一つ一つの内容を徹底的に深めていく作業である。作中に駄菓子が登場すれば、授業中に実際に味わってみる。丑という字が登場すれば中国の十二支十干の話題を徹底的に深めていく。内容を味わい尽くし、興味が出たら脇道にそれていくことを是とする。五感を使って学び、生徒の自発性を引き出し、表現力を育む。卒業生である東大総長、最高裁事務総長、弁護士連合会事務総長などがこぞって絶賛しており、氏の授業で得た学習への姿勢が今も自分の糧になっていると語る。

 灘校の進学実績の秘訣を全て氏の授業に求めるのは短絡だと思うが、そこには学ぶための、生きていくための力を育むためのエッセンスが詰まっている。作者や作品世界への愛があり、興味をもって楽しく生きる、そんな教員の姿勢が生徒に伝わるのであろうと思う。

 一つの対象を徹底的に味わい尽くす。その大切さが分かる本。
   

2013年10月20日日曜日

最強のふたり



 パリで暮らす首から下が不随の大富豪の元に、若さと健康な肉体を持ち貧民街に暮らす黒人青年が使用人として雇われる。実話に基づく話。

 無学な天才軍師と病弱な若き賢王が出会う佐藤賢一の小説『双頭の鷲』や、下品な富豪と教養溢れる肉体労働者が病室で出会う映画『最高の人生の見つけ方』を思い出した。

 対照的な二人が出会い、互いの欠落を補完し、化学反応が生まれる。ジャンルは多少違えど、情事と芸術とユーモアがいい笑顔を生むのは同じ。

 押し付けがましい感動や説教臭さはなく、クールにセンスよく仕上げているのに好感が持てる。
 生きる歓びを思い出す、こういう映画が好き。
   

2013年10月19日土曜日

SAVING 10,000 -Winning a War on Suicide in Japan-



 邦題は「自殺者1万人を救う戦い」
 今年の日本自殺予防学会の総会でシンポジストとして制作者が出席しており、存在を知った作品。

 制作者のRene Duignanはアイルランド人でEU代表のeconomist。隣人の自殺を機に、映画に関して素人であるにも関わらず、自費で機材を揃え、独力で取材を進めながら3年がかりで撮ったらしい。

 内容は正確、表現は誠実。制作者自身すごく感じがいい。隣人を失った悔恨の情と使命感を動機に、真っ直ぐで、ひたむきに日本の自殺問題の根源と解決法を追求していく。

 作品は下記のURLで全編観られる。
 日本の自殺問題の本質を衝いているので、興味のある方は是非観てほしい。

 http://www.saving10000.com/ja

2013年10月9日水曜日

沈まぬ太陽



 日本航空(JAL)の腐敗を描いた長編作品。
 取材内容を小説的に再構築したもの、と巻頭で筆者はexcuseしているが、限りなくノンフィクションに近い内容らしい。
 世界の航空史上最大の事故である1985年の日航機墜落事故の被害者は実名で出てくる。

 内容はひたすら「組織の腐敗」。
 職業倫理に忠実な現場の労働者は分断され、摩耗し、一部のbrown noser(追従者)とback stabber(裏切り者)が馴れ合いと不正で肥え太る。
 主人公の恩地元は会社にたてついたばかりに、パキスタン、イラン、ケニアの盥回しという非情な報復人事に遭う。

 読んでて何度も思ったのは「さっさと辞めりゃいいのに」。
 でも使命感や義侠心のために戦おうとしてしまう気持ちも理解できる。
 主人公に毒気がなさすぎるのが不満だったが、実在のモデルがいるらしい。

 文庫版の4巻を読んでいる途中で筆者の山崎豊子さんが亡くなった。
 社会の不条理を許せず、戦い続けた人らしい。
 なんだか縁を感じたので、もっとこの人の本を読みたいと思った。  
   

2013年10月8日火曜日

地獄の黙示録


 戦争映画の名作、と名高い映画。

 戦時下のヴェトナムで、飛び抜けて優秀な米軍将校であったカーツ大佐が、何故軍規を無視し、ジャングルの奥に王国を築くに至ったのか。元CIAのウィラード大尉が川を遡行しながら核心に近づいていく。
 
 精神医学的にヴェトナム戦争といえば、帰還した米兵にPTSD(心的外傷後ストレス障害)が続発し、疾患が世間に広く認知されるに至ったことで有名だが、この作品はそんな過酷な戦時下の空気の再現性の高さに関して評価が高いらしい。戦争の狂気と退廃が、いかに人をイカれさせるものかが分かる教材である。

 完全版のDVDを買ったが長かった。
 ディレクターズカットは玄人向け。
 前半は戦争エンターテイメント。後半は哲学。
 教養が深まるインテリ層の映画かな。
 ボードレールを読みたくなった。

 有名なワルキューレの紀行がBGMに流れるヘリの爆撃シーンは、結構よかった。