2020年12月29日火曜日

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート


 謎に包まれたやり投の名手、溝口和洋の半生を追ったノンフィクション。2016年作品。

 溝口和洋は主に1980年代に活躍したやり投の選手である。1989年に記録した87mの日本記録(当時の世界記録とも僅差)は、30年以上経った現在でも破られていない。そして、本書の副題の「最後の無頼派アスリート」の通り、剛気な気性で知られた。大酒を飲み、女を抱き、マスコミを嫌い、その気難しさと磊落な振る舞いは多くの反発を呼んだ。しかし、技術は繊細であり、毎日10時間以上のトレーニングを己に課し、世界を転戦して華々しい実績を残した。室伏広治の師匠でもあるらしい。

 本書はノンフィクションであるが、溝口の一人称で記述される。これは、口下手で多くを語らない溝口に、書き手が20年近い取材を続けることで、独特で癖のある溝口の心性に寄り添い、やがて憑依されたように一体化し、結実したものと思われる。読んでいて違和感のない血の通った一文一文には、作者の執念と情熱が宿っている。

 本書を読んでいて、学問に生きる人間とは異質な、自身の肉体と対話するアスリートの思考回路が垣間見える。何を良しとし、何を忌避するか。そのデシジョンメイキングの過程を知ることには価値があり、一つの道に徹する人間の物語としての普遍性が、そこから生まれる。胸が熱くなり、自分の道を頑張ろうと思える本の一つであろう。
   

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