2020年10月30日金曜日

初秋

 スペンサーシリーズ第7巻。オリジナルの英語版は1980年に初出。日本語版はハヤカワ・ミステリ文庫より1988年に発売。おそらくシリーズで最も有名な作品である。

 舞台は1980年頃のボストン。私立探偵のスペンサーが、離婚協議中の夫婦に依頼された仕事に携わる中で、10代の少年ポールに出会う。彼は無知で自分勝手な両親の関心を得られず、幼少期よりネグレクトされ育ったために、自主性をもたず、何事にも投げやりで、己を救う術をもたなかった。ポールの不遇を知り、仕事上の成り行きもあり、スペンサーが彼を一人の自立した人間にするために、一夏を共に過ごすことになった。体を鍛え、湖畔に家を建て、芸術を観賞し、敵と戦いながら、人生において大切な物事の理をスペンサーが少年に教え込む、という内容である。


 大学生の頃に読んで以来の再読だが、これはかなり好きな作品だと再確認した。孤高のヒーローを描くハードボイルド小説の進化系であり、単なる娯楽作品の域を超え、心に残るものがある。金城一紀のフライダディフライ(小説)や、映画の『ベストキッド』なんかに通じる、師弟関係、人間的成長、人生の不条理に挑む姿などには普遍的な価値があるんだろう。簡潔で皮肉な文体、スペンサーのタフでドライな洗練された行動原理もいい。


 個人的に、秋に読みたくなったから気まぐれに読み返してみたわけだが、すごくよかった。体を鍛え、本を読み、美味いものを食べつつ、人生を謳歌したくなった。

   

2020年10月10日土曜日

そばもん ニッポン蕎麦行脚


 蕎麦の話だけで全20巻、9年にわたり書き続けられた力作である。2008年から2016年までビッグコミックにて連載。

 チャラついたイケメンは出てこない。歴史の重みが風格として漂う職人がヒーローとして描かれる。近年の漫画作品には不細工な顔の人間があまり出てこなくて私は不満なのだが(大衆の自己醜形恐怖や無自覚なルッキズムによる他者の排斥を反映しているようで、時代の病理を感じるのだが)、本作にはそれがない。「さの字」のような情けない人物の顔つき、人となり、実家の背景などに代表される、リアリティのある人物造形が良い。

 作者の方も制作を通して蕎麦の世界の深みにはまっていったようで、後半は蕎麦の歴史や製法に関しての探求色が強くなる。専門家が監修し、プロの絵柄付きでストーリーを通して学べる本作は、蕎麦の入門書であり、かつ文化体系の解説書としての価値を持つだろう。カルチャーとしての蕎麦の魅力が随所に詰まっている。そして何より、蕎麦が美味しそうだ。

 これはかなりのお気に入り作品となった。蕎麦屋に通いつつ、これから何度もじっくり読み返していきたい。
   

七つの会議


 2019年の日本映画。AmazonのPrime Videoで視聴。
 東京建電という企業が舞台の会社ドラマ。

 完全に池井戸潤&TBS節(ぶし)という風情で、全体に半沢直樹の既視感がある。舞台は東京中央銀行ではなく中堅電機メーカーだが、撮影しているのが同じ建物であり、及川光博、香川照之、片岡愛之助などが出てくる。侠気をもって組織と戦うヒーローは堺雅人ではなく、野村萬斎が演じている。

 腐敗した組織と対峙した個人が筋を通す、という展開は定番で、予想を裏切らない。特記すべき点として、エンドロールで日本企業の病理に関して考察する主人公の独白は面白かった。企業≒幕府や藩であり、所属や肩書きが強い意味を持つ組織人としてのメンタリティは日本人の心情に刻み込まれているのだろう。それゆえに、このような形で体制と闘う個人のドラマが日本独自のエンターテインメントとして成り立つ。

 お約束の感がある展開は、わかっちゃいても面白かった。これぞ大衆娯楽。

   

turn over?


 ミスチルの新曲。9月16日にオンライン配信でのみ発売。

 TBS系のドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』の主題歌で、ドラマに寄せていったような世界観の歌(ドラマは観てないが、タイトルから察するに)。要領はいいがどこか頼りない男が、観念して、心を改め、愛する女性に頭を下げて求愛するような。30代〜40代くらいの女性をターゲットにしてそうだ。

 メロディーラインが複雑だが、耳に馴染むと心地よい。磨き抜いた職人技で作り上げた軽い歌、という感がある。バンドは原点回帰と新規性追求を繰り返し続けている。12月発売のアルバムが楽しみだ。