2016年4月29日金曜日

JFK


 これは今年観た映画のNo.1候補。

 1963年11月22日に暗殺されたアメリカ大統領のジョン・F・ケネディの事件の謎にテキサス州の地方検事が挑む。史実に基づいた物語であり、当時の映像を交え、ドキュメンタリーの要素が強く、JFK暗殺の陰謀説について問題提起をしている。

 元は1991年発表のアメリカ映画だが購入したDVDはディレクターズカット版で、3時間超の長尺だったが息もつかせぬ展開にグイグイ引き込まれた。主人公の検事(ケヴィン・コスナー)の強くて立派な白人の偉い人オーラが格好いい。あとはジョー・ペシ(小さくて怖いおっさん)の存在感たるや。

 編集は膨大な音声と映像の材料をを切り貼りしてコラージュしたザッピング系。最初はうるさいが、重要なシーンとの緩急があり、BGMの妙もあり、慣れると脳内で興奮物質が出てきて癖になる。歴史的事件を題材にしながらクールでスリリングな映像作品に仕上がっていて、娯楽作品として上等な部類に入るように思う。そして、1960年代という時代の現代史的な位置づけについても理解が深まる(冷戦、ヴェトナム戦争、ヒッピー文化…etc.)。

 情報量が多く重厚な内容だが、間違いなく観る価値がある。
 いい映画だったなあ…。
   

2016年4月27日水曜日

GDP 〈小さくて大きな数字〉の歴史


 精神科医をやっていて、医療関係者やそれ以外の知人達からの「どうして自ら死にたがっている人を助ける必要があるのか?」という問いにしばしば直面する。そんな時に私が答えることにしているのは「人がひとり生きているだけでGDPが上がり、国が豊かになるから」という内容である。本書はそんなGDPという経済指標の歴史を辿る解説書である。

 GDP(Gross Domestic Product;国内総生産)は第二次世界大戦の軍事費用の調達のため1940年代にアメリカで開発された「国の豊かさ」の指標である。「一定期間内に国内で生み出された付加価値の総額」(wikipedeia)のことであり、乱暴に要約すると、1年間にその国で作った商品やサービスの価値をなんでもかんでも足したものである。弱点は沢山あるが、その国の経済規模や成長率を測定するのに非常に役立つ指標であり、2016年現在でも世界中で使用され、アメリカの経済分析局に「20世紀でもっとも偉大な発明のひとつ」と評されていたりもする。

 人が一人生きているだけで、その人が食べるための食料の生産、流通、保存、調理、廃棄のための経済活動が生まれる。たとえ、その人が障害のために世間でいう「仕事」ができなくても、その人が生きているために食料供給、住居環境の整備、医療や社会福祉サービス、娯楽の提供…etc.という様々な経済活動が生まれ、結果として雇用を創出し、国が豊かになり、皆がうまいものを食べたり休日にコンサートや旅行を楽しめたりするのだ…と説明するのである。GDPの数値は個人の視点では見えない「国の豊かさ」を可視化し、認識しづらいマクロな経済活動を概念化することを可能にする。ちなみに人がひとり生きているだけでGDPを平均2億円を押し上げる効果があるとか(※長谷川豊のブログで読んだが、ソースは不明)。

 本書はそんなGDPの物語である。「そんなの詭弁だ」「なんかスッキリしない」とよくいわれるが、それはマクロ経済の視点が足りないミクロな世界の意見だね、と私はバッサリ切る。いまだに論破されたことはない。経済学は「資源の最適利用」のための学問であり、精神医学に応用が効く示唆に富んでいると筆者は考えている。
   

2016年4月22日金曜日

シャッターアイランド


 マルホランド・ドライブ級の謎解きを期待したらそうでもなかった。マーティン・スコセッシ×レオナルド・ディカプリオ映画その2。以下の内容は若干のネタバレ要素があるので注意。

 1954年アメリカ、断崖に囲まれた孤島に建てられた精神疾患のある犯罪者を収容する施設にFBIの保安官である主人公とその相棒が乗り込み、消えた囚人(であり、患者でもある)レイチェルの捜査を開始するが、奇妙な出来事が次々と起こり…という筋。

 幻覚、心的外傷、否認など主人公の精神医学的な異常は序盤からあからさまで、真相は中盤あたりで大方見当がつく。精神病圏か、精神作用物質か、神経症圏(解離性障害)か、という診断を考えながら観ていたが、最終的な説明はちょっと残念。精神分析が隆盛だった時代のパラダイムの解釈である(時代と場所を考えるとある意味適切だが)。

 制作にかけられた手間ひまを考えるとチープな観賞後感。多分、精神医学に関する科学的考証が足りない。そこが気になるとミステリーとして堪能できない。つまり、完成度が今イチ。
   

2016年4月21日木曜日

超弦領域 年刊日本SF傑作選


 大森望・日下三蔵編の2008年日本国内のベスト短編SFのアンソロジー。好きだったのは以下。

『ノックス・マシン』(法月綸太郎)
 これが読みたいからこの本を買ったという作品その①。焦がれたのはNOVA2収録のおバカSF(バベルの牢獄)を読んだからだと思う。数理文学解析を専攻する中国人の研究者がタイムスリップしてミステリの「お約束」の謎に挑む話。ジャンルを問わず、超絶技巧を駆使して馬鹿をやる人が好きだ。

『時空争奪』(小林泰三)
 時間の流れに関してSF的な考察に耽ることができる話。河川の譬えが秀逸。

『笑う闇』(堀晃)
 死んだ相方をロボットで再現して漫才をする芸人の話。科学技術と人文科学的な文化の融合を味わえる、こういうSF作品が好き。

『From the Nothing, With Love.』(伊藤計劃) 
 その②。映画007シリーズのパロディを意識を扱う高純度のSFに高めている。実存を問う哲学的な要素を主題とした物語でありながら、魂が失われ形骸化したコンテンツだけが続いていくというシリーズ化への批評性も含んでいる(筆者はファイナルファンタジーシリーズを思い出した、あと最近のドラえもんの映画)。本書収録作では一番好き。


 職場の昼休みに短編小説を読むと充実すると思っている最近。年度変わりの怒濤の雑務を越え、資格習得のためのレポート攻勢なども落ち着きつつあるので、鑑賞のペースを上げてます。余裕を失いがちな心に物語を。
   

2016年4月20日水曜日

翔んで埼玉


 『パタリロ!』の作者の埼玉差別漫画。
 コンビニで売っていた再録の短編集を購入。

 表題作は1980年代の作品だが、清々しいほどのヘイトが全編を貫く。「埼玉なんて言ってるだけで口が埼玉になるわ!」「埼玉狩り」「サイタマラリヤ(病原菌)」などのワードが頻出し、ひたすら東京都民から差別を受け弾圧される埼玉県民の姿が描かれる。埼玉県民が茨城県民を見下しているあたりが何とも言えずリアルである。

 これがギャグ漫画として成立していたあたり時代としか言いようがないが、2000年代の芸術表現一般に欠如しているある種の残虐さや潔さが際立っているという点は特筆に値するように思う。2000年以前の世の中に沢山あった差別の空気感が伝わる歴史的史料である。

 ひどすぎて逆に笑える、という一言に尽きる。
   

2016年4月19日火曜日

一流の狂気 心の病がリーダーを強くする


 双極性感情障害の分類で有名なGhaemi(ガミー)が、気分障害を持つリーダー達には危機的状況を乗り越えていく力があると主張する書。

 ケネディ、リンカーン、キング、ガンディー、チャーチルなど、歴史に残る業績を残した偉大なリーダー達には当時の記録や証言を検証すると、うつ病や躁うつ病などの気分障害が強く疑われる人物が多く、それは偶然ではない。うつ状態は人にempathy(共感能力)とrealism(現実認識力)、躁状態はcreativity(創造性)とresilience(逆境を克服する力)を与えることが心理実験で繰り返し確認されているという。イラク戦争時のジョージ・W・ブッシュ(米大統領)やトニー・ブレア(英首相)は精神医学的に正常であるがゆえに、平時の判断には優れるが、戦争などの非常時での適切な判断が阻害されたと作者は主張する。

 精神疾患=絶対悪、という偏見(専門的にはスティグマという)は組織を弱体化させるという意見には本ブログの筆者も賛成である。イカれた人達が世界を動かしていく、というのは衆目の意見が概ね一致するところでもあると思う。筆者は学生時代に「神の手」の異名を持つ某脳外科医の指導を受けた際、単極性の躁病を疑ったことを思い出した。

 イカれた人が若い頃に苦労すると偉人になる、という割と人類普遍に通ずる法則があるらしい(勿論、生き抜くことができればの話だが)。読んで自分も頑張ろうと思った。
   

2016年4月17日日曜日

アビエイター


 飛行機狂いのクレイジーな金持ちの話。

 主演はレオナルド・ディカプリオ、監督はマーティン・スコセッシ、業の深い男の光と影を描く名コンビである。本作も『ウルフ・オブ・ウォールストリート』に『風立ちぬ』っぽい飛行機狂のエッセンスを加えたような感じ。

 主人公である実在の大富豪のハワード・ヒューズは精神疾患っぽくて、観ながら考えたが診断は分からず。神経症圏か発達障害圏か、双極性感情障害っぽくもある。今読んでいる本(多分、次回紹介)にも精神疾患がもたらす狂気が苦境を切り拓く力を与えるという主張があるが、まさにそういう要素があるんだろう。リスクを恐れず、新奇性を求め、自分の目的のために突き進む。

 あとは七三の髪、山高帽、クラシコ・イタリアスーツの1940年代ファッションのディカプリオに見惚れる。強者オーラと心の折れた弱者モードの演技の使い分けも圧巻。ホンマモンのハリウッドスターやで、と思いながら観ていた。

 170分の長尺で、余計な説明も少なめ。玄人向けの映画ではある。
   

2016年4月6日水曜日

ちびくろサンボ


 娘のが家にあったので読んだ。
 虎がバターになることしか覚えていなかったが、こういう話だったのか。

 作者のヘレン・バナーマンはインドに住んでいたイギリス人。原色使いと太い線のフランク・ドビアスの挿絵がクール。アフリカの黒人の話というイメージが強いが、内容的にはインドのノリ。虎にバターにホットケーキ、黒人家族の空気も合わせて異国情緒たっぷり。

 前世紀の人種差別等の面倒くさい問題で有名な本だが、味わい深い絵柄と印象的なシーンがあれば十分。グッド・インスピレーションが溢れている。子供にはいい影響があるだろう。