2015年5月30日土曜日

17歳のカルテ


 看護学校でのパーソナリティー障害の講義で紹介した映画。

 舞台は60年代のアメリカ。10代の少女スザンナ(ウィノナ・ライダー)は慢性的な空虚感を抱え、自暴自棄となってカジュアル・セックスを繰り返し、過量服薬を起こして精神科病院に入院させられた。そこには様々な精神疾患を煩う若い女性患者たちがいて、中でも自由奔放で妖しげな魅力を放つ少女リサ(アンジェリーナ・ジョリー)に出逢う。

 スザンナは境界性人格障害、リサは反社会性人格障害の典型例。病棟内の診療行為のあり方は突っ込みどころが多いが、昔の話なので良しとする。原作はスザンナの書いた手記(”思春期病棟の少女たち”)で実体験に基づいているそう。

 訳もなく苛立つ思春期の少女の心の奥底には深遠な精神世界があるという神話が生きていた20世紀の精神医学の姿を描いているように思う。勿体付けて描く程の深みはない、というのが久しぶりに観た上での筆者の感想。あるのは自己との対峙や言語的な内省が心的外傷に奏功するという精神分析の理論が生んだ幻想であり、2000年以降の精神医学を実践する身としては観ていて御都合主義の感は否めない。ただ、パーソナリティー障害の典型例がある映画である。

 実生活もパーソナリティー障害っぽい二人の名女優(失礼?)のオーラは本物。
 邦題はイケてない。
  

2015年5月27日水曜日

完全な真空


 SF界の巨匠スタニスワフ・レムの書いた架空の本の書評集。ボルヘスの『伝奇集』の進化系とも言える。

 内容は文系の素養と科学知識を駆使して徹底的に作り込んだ悪ふざけ。基本的にハードで難解な内容が多いが、真面目くさった口調で与太話を展開するのが味わい深い。

 冒頭のメタな書評『完全な真空』、ひたすら読者をこきおろす『てめえ』、トゥルーマンショー的な予定調和を生み出す組織の『ビーイング株式会社』が分かりやすくて好きだった。ハイライトとされるノーベル賞受賞学者の架空の講演『新しい宇宙創造説』は難易度が高すぎてよく分からなかった。

 インスピレーションの宝庫であり、後世の創作家(ジャンル問わず)へ与えた影響は計り知れないと思われるが、生半可なSF読者が娯楽目的に読もうとすると容易に挫折することが予想される(筆者もそのクチだ)。巨匠のハードな悪ふざけ、ということで教養の書として軽い気持ちで抑えておくのは有益であるように思う。

 SF読書歴を積んで、いつかまた読んでみたい。
   

2015年5月26日火曜日

NOVA


 大森望責任編集の書き下ろし日本SFコレクションの1冊目。2009年時点での日本SFの気鋭の作家陣による作品を集めた短編集である。好きだったのは以下。

 社員たち(北野勇作):シュールでいてすっきり読みやすい。
 エンゼルフレンチ(藤田雅矢):軽くインターステラー風味なジュブナイルの恋愛。
 ガラスの地球を救え!(田中啓文):悪ふざけの度がすぎてもはや清々しい。
 屍者の帝国(伊藤計劃):序章のみで終わった遺稿だが、それ故に味わいが増している。
 
 他、プログラミングのテキスト的なネタらしい黎明コンビニ血祭り実話SP(牧野修)、Beaver Weaver(円城塔)、自生の夢(飛浩隆)は難易度高くよく分からなかった。いつかSF読書力が上がって楽しめるようになる日は来るんだろうか。

 全体として、現代日本SFの入門にはいい感じ。ジャンルも雑多でバランスが良い。10冊くらいあるシリーズなので続きも期待。
   

2015年5月16日土曜日

アメリ


 パリが舞台のお洒落フランス映画。世間と隔絶した環境で育った空想がちな不思議少女アメリが大人になり、色々な人と絡んで恋とかする話。

 久しぶりに観たが、面白い。主題はきっと「人の繋がりと歓び」。人は死に向かって生きていくけれど、人と人が出逢って生まれる歓びを享受することもできる。

 時に生々しくて、お洒落で、いたずら心と色恋を楽しむ。少しくすんだ色彩と登場人物の表情がフランス映画の味わい。観るとお洒落レベルが少し上がる。
   

2015年5月6日水曜日

海を失った男


 幻想的な作風のSF作家シオドア・スタージョンの短編集。

 手に対する偏執狂的な愛着の話『ビアンカの手』、内分泌異常により生まれた超人的な天才の話『成熟』が面白い。精神病患者の『音楽』、プラトニックな愛への理想を描く寓話『三の法則』もいい。初見で意味が分からなかった表題作『海を失った男』は一度読んで構成を理解できると好きになった。映画『潜水服は蝶の夢を見る』を想起した。

 センス・オブ・ワンダー(不思議な感じ)に満ちた佳作が多い。
 純粋に物語としての面白さ。最近はこういうのが好き。