2021年3月30日火曜日

九条の大罪


 『ウシジマくん』の作者の最新作。既刊1巻。
 キャッチフレーズは「いい弁護士は、性格が悪い」

 主人公はアンダーグラウンドな案件を扱う弁護士の九条という男。外貌はやさぐれた世捨て人風、物腰は柔らかい脱力系である。頭脳は明晰で、法の抜け穴を突き、依頼者の利益を確保する。

 テーマは法と道徳だろうか。
1巻では交通事故の加害者、違法薬物の売人の男が依頼者として登場する。人道上の問題がある案件であっても、九条は法律的な問題を解決するが、善悪のジャッジをしない。中立の目で世界を眺め、世間の評価にも、金銭的な報酬にも頓着しない。己の責務を淡々と果たし、多くを語らない。

 現代社会を生きる衆生の苦しみを描くという点においては『ウシジマくん』と共通する。作者が方向を模索している感もあり、匙加減をしているらしく、前作のようなエグい表現は控えめである。九条やその周辺の人物像はまだ掘り下げられておらず、その独自の行動様式に至るまでのストーリーがいずれ描かれると予想される。この先が楽しみな作品である。
   

2021年2月14日日曜日

The Taste of Nature 世界で一番おいしいチョコレートの作り方


 高橋剛プロデュース、チョコレートのドキュメンタリー映画。高城氏のメルマガで知り、特典欲しさにAmazonでレンタルしてストリームで視聴。2021年1月公開。75分。

 東京の中目黒に店舗を構えるgreen bean to bar CHOCOLATEのオーナー安達建之氏の、チョコレート作りを追う作品である。同店の商品は、チョコレート界で最も高い権威をもつフランスのコンペティション(パリのサロン・デュ・ショコラ)で2018年にグランプリを受賞するなど、国際的にも高い評価を得ているらしい。その生産の過程を丹念に追うことで、高品質な1枚のチョコレートに至るための、複雑な世界の物語を体験することができる。

 店舗名にも入っている”bean to bar”とは、カカオ豆からチョコレートになるまでの全行程を一貫して手作業で行うチョコレート製造に関する理念のこと。映像による説明が豊富で、その過程がわかりやすい。カカオ豆が、ライチのような果実の種のようなものであることを初めて知った。発酵の過程があることもこれで知った。

 構成は、華やかにチョコレートが消費される東京の店舗から導入され、チョコレートの製造過程や、安達氏がbean to barという理念に至るまでの経緯を紹介し、後半は高品質のカカオを求めて南米のアマゾンへと向かうというもの。その過程で、一筋縄ではいかない経済格差などの社会問題を映し出す。

 私は高城剛氏のファンだが、氏がメルマガなどで言及する哲学が、本作品には凝縮されている感じがする。自分の足を使って歩き回り、全身で感じ取り、試行錯誤を繰り返す。ご褒美のような最高の瞬間にたどりつくためのヒントが、随所に散りばめられている。映画の構成やテーマとしてあまり目新しいものはないが(『おいしいコーヒーの真実』とかに近い)、ドローンを駆使した繊細な映像美や、優しい環境音楽、解説のわかりやすさが調和し、内容がストレスフリーで入ってくるのが好感。

 チョコレートのドキュメンタリーだが、チョコレートだけの話ではない。
 そんな映画だと思う。

2021年2月13日土曜日

命がけの証言


 2021年1月24日発売。
 現在進行形で行われている中国共産党によるウイグル弾圧の告発の書である。

 本書の背景によるウイグルへのジェノサイドについては、前作である『私の身に起きたこと とあるウイグル人女性の証言』の記事を参照。

 本書には、インターネット上で無料公開されている漫画作品のうちの未出版のものが収録されている。加えて巻頭には、モンゴル出身で日本で大学の教授職を務める文化人類学者である楊海英氏と作者の対談を収録している。内容は比較的コンパクトで、大部分は字の少ない漫画であり、1時間程度あれば読めるだろう

 忙しくて買う余裕がない方も、せめて無料公開されている漫画だけでも、下記のリンクから読んでほしい。ひとつ5分程度で読める。

 その國の名を誰も言わない
 https://note.com/tomomishimizu/n/ned24c90d3db1
 私の身に起きたこと ~とあるウイグル人女性の証言~
 https://note.com/tomomishimizu/n/nfd4c33d0fcdf
 私の身に起きたこと ~とある在日ウイグル人女性の証言~
 https://note.com/tomomishimizu/n/n42b085855154

 この本の内容に衝撃を受け、何かをしなければならないと感じる人が多いはず。そんな人は、少しでもこの漫画を、周囲の誰かに読むようにすすめてほしい。
紙媒体の書籍は1320円。余分に買って職場に置いたり、知り合いにあげたりするとよいと思う。マスメディアは黙殺し、中国をおそれて表立って発言できない人が多いので、各自精一杯できることをやるべきだと思う。これは遠い地で起きている他人事ではない。自身の国にふりかかるリスクを避けるためにも、多くの人がこの事実を知ることが必要である。
  

2021年2月4日木曜日

アクティベイター


 現代の東京が舞台の冲方丁の長編小説。2021年1月発売。

 東京の羽田空港に、亡命を求める中国国籍のステルス爆撃機が緊急着陸するところから物語が始まる。そして、謎の中国人パイロットから、機には核兵器が積まれていることが告げられ、前代未聞の大規模テロを防ぐための戦いが幕を開ける。元特殊部隊隊員の真杖太一(しんじょうたいち)のアクションがメインのパートと、警視庁の指揮官として会議室で戦う鶴来誉士郎(つるぎよしろう)のパートが交互に進み、事件の全容が次第に明らかになっていく。

 全体としては、大都市におけるテロとの戦いであり、スリルとサスペンスを味わう娯楽小説である。アメリカドラマの24(トウェンティーフォー)感があり、踊る大捜査線ザ・ムービー感もあるが、ベースは冲方流の娯楽活劇である。プロットの構成はシュピーゲルシリーズが近く、小栗旬とか綾野剛とか出てきそうな東京が舞台のクライムサスペンスなので、ライトノベルに抵抗のある層も楽しめるだろう。SF色や時代小説の色も薄く、まさに一般受けしそうな内容である。

 私は約15年ほどの冲方ウォッチャーだが、本作は、冲方丁がこれまでの作品で培ってきた技術を総動員した感がある。テンポ良く進みつつ、展開は緊張と弛緩を繰り返し、プロットは破綻せず収束していく。説明や描写がくどくないので、読んでいてストレスなく楽しめる。国際政治、官僚機構のパワーゲーム、格闘シーンの殺陣、話者の性格や人間同志の関係を表す会話の妙など、いずれも磨き上げられた職人技という感じで、キレのある描写が心地よい。米軍関係者、中国人のヒロイン、韓国やロシアの刺客など、登場人物も魅力的。

 本書は今年のNo.1候補である。家に届いてから読み始めて没頭し、一気に読み終え、幸福だった。こういう王道路線、作者にはもっと書いて欲しい。能力を持て余しがちな彼の創作の、一つの最適解であろう。
   

2021年1月31日日曜日

私の身に起きたこと とあるウイグル人女性の証言


 東トルキスタンのウイグルの女性が、中国政府が新疆(しんきょう、シンジャン)と呼び支配する地域で受けている弾圧の内容を告発する漫画である。内容は実在の人物の証言に基づく。公開は2019年8月。書籍化は2020年11月。

 漫画の内容はインターネット上のnoteで無料公開されているので、ぜひ読んで欲しい。20ページ弱であり、読むのに10分もかからないだろう。

 https://note.com/tomomishimizu/n/nfd4c33d0fcdf


 子供の殺害、拘束監禁、強制不妊手術、親族を人質にした恫喝、など、非人道的で苛烈な人権侵害の内容は衝撃的で、初読の人には強いトラウマになるだろう。だが、これは紛れもなく起きている現実であり、インターネット上では告発の動画や証拠が溢れ、2021年1月にはアメリカ政府が公式にジェノサイド(集団虐殺)が起きていると認定した。現在も進行している恐ろしい現実について知ることは、同時代を生きる人間の生存戦略上、不可欠であろう。


 だけど、それだけでは足りない。


 本書は印刷物であり、1200円で買える。大部分が漫画で描かれ、あとがきを含め40ページ程度なので、簡単に読むことができ、その訴求性は大きい。児童書のコーナーに置かれた小冊子のようなサイズ感であり、20分もあれば内容に目を通せる。だが、この小さな絵本は、大きな力を持つ。


 一人でも多くの人がこの本を手に取り、このような非道は許さない、と態度を表明することが中国共産党を牽制し、世界を変えていくだろう。逆に、黙認する人が多ければ、日本人とて他人事ではなく、20年後や30年後に同様の目に遭う可能性が現実にある。苦しむウイグルの人々を救うために、未来の自分や自分の家族を守るために、一人一人が、声を上げる必要がある。その第一歩として、今、絶対に読むべき本である。

   

2021年1月29日金曜日

白痴


 ロシアの文豪ドストエフスキーの五大長編の2作目。初出は1868年。読んだのは2018年出版の亀山郁夫訳。全4巻。

 娯楽とは程遠く、気合いと忍耐で読み進める読書体験だった。設定が込み入り、時代背景も19世期ロシアで多くの人には馴染みが薄いので、ノーヒントで読む初心者にはハードルが高い。その上、
核心部分は意図的に隠されたまま物語が進行し、ストーリー上の意味が掴めず困惑させられる展開が多かった。キリスト教に関係する示唆に富んでいるらしいが、21世記に生きる日本人が殊更ありがたがるようなものかというと、疑問が残る。

 ストーリーは、
善良で美しい魂を持つ主人公の公爵ムイシュキン、粗野な成金の男ロゴージン、自暴自棄に生きる美女ナスターシャ、美人三姉妹の末娘アグラーヤの愛憎入り混じる人間模様が主となる。持病の癲癇の治療のためにスイスで療養していたムイシュキンが祖国ロシアに戻るところから物語が始まる。ロシアの社交界を舞台に、悪評高いナスターシャを巡る騒動の中で生じる、互いの精神力動が物語の肝となる。

 純粋な人間の登場は最終的に悲劇をもたらす、とい
うようなことがテーマだろうか。美しい心や肉体を持った人間であったムイシュキンやナスターシャが、世俗の欲望と打算に満ちた社会に汚され、壊され、堕ちていく物語であるともいえる。ムイシュキンとロゴージンは人間の善悪の表裏一体として対を為し、ナスターシャは心が壊れた美人、アグラーヤは堕ちていく箱入り娘である。鷹揚で虚言癖のあるイヴォルギン、性格がねじくれた肺病病みのイッポリート、軽薄な小役人レーベジェフなど、脇役はいい味出している感がある。惨めで愛らしい端役たちの人間劇場がドストエフスキー らしい。

 読んで何が残っただろうか、と己に問うと、あまり何も残っていない気がする。自分の中で五大長編の順位は、罪と罰>カラマーゾフ>悪霊≒白痴、という感じだ。いつかまた読むと変わるかもしれない。ひとまず、現在読んだ感触としてはイマイチ。根性で読み切ったが、この体験がいつか報われることがあってほしい。
    

2021年1月26日火曜日

太陽の帝国(映画)


 イギリス人の少年が第二次世界大戦下の上海で過ごした日々を描く映画。スティーブン・スピルバーグ監督。1987年作品。

 原作はSF作家であるJ・G・バラッドで、ストーリーは作者の実体験に基づく。上海に滞在していたイギリス人の少年(クリスチャン・ベール)が、日本軍の侵攻による混乱の中で両親と生き別れ、その後、過ごした日々を描く。

 アカデミー賞の受賞はならなかったようだが、全体に当時の雰囲気の再現度が高く、玄人向けの歴史物という感がある。上海を占領する日本人は日本人が演じており、観ていて違和感がないのが好感が持てる。戦時の生活の過酷さ、悲惨な境遇で生きる人間の醜さと美しさなどが、過剰な修飾をせずに描かれている。

 スピルバーグは迷子の物語を描き続ける監督だ、と伊藤計劃が論じていた記憶があるが、本作がまさしくそうである。『レディプレーヤー1』や『ジュラシックパーク』などの娯楽作品を作る一方で、『プライベートライアン』や『シンドラーのリスト』などのシリアスな戦争映画を作るスピルバーグの二面性は興味深い。深い悲しみを知り、大衆娯楽の作品に昇華させる手腕を見るにつけ、創造的に生きる人間の完成形という気がしてくる。

 本作には近代史を学ぶ教材として食指が伸びたわけだが、期待通りなかなかよかった。多くの人に受けるかはともかく、テーマと世界観がいい。次は原作を読みたい。
   

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