2020年5月24日日曜日

ハルビン・カフェ


 打海文三のハードボイルド小説。2002年作品。

 大陸からの難民が住み着き無法地帯となった福井県の港湾都市・海市(かいし)を舞台に、中韓露のマフィアと警察の勢力が入り乱れる暗闘を描く。複数の事件が起き、関わる人々の視点が切り替わることで、次第に全体像が見えてくる。陰惨な暴力描写と緻密なプロットが特徴で、読み応えはハードである。

 思い出したのは東野圭吾の白夜行(小説)とLAコンフィデンシャル(映画)。雰囲気はジェイムズ・エルロイ的なノワールであり、横山秀夫の警察小説のようでもある。都市のアンダーグラウンドな因果に翻弄される人々が描かれるが、特定の人物の心情が描かれないことによって、その凄みが際立つ。凄惨な暴力の応酬、憎しみの連鎖、疲弊と悪徳が渦巻く世界のなかで、人は何を想い、どのように生きるか。それは『ウシジマくん』のような、激辛の中に残る旨味がある。

 読むには難易度が高く、万人に奨められる作品とは言い難いが、また再読したくなる味わいがある。
 人は傷つけ、騙し、奪い合い、ほんの少しの愛を見つける。
   

2020年5月23日土曜日

カエルの楽園


 百田尚樹の掌編小説。2016年作品。

 カエルで戯画化し、日本が中国にいかに乗っ取られるかを小学生でもわかる簡易な表現で書いてある。しかし、その展開はまさしく2020年時点で日本が置かれている状況に酷似し、後半の展開には背筋が寒くなる。三戒(≒憲法九条)の盲信は狂気の沙汰だし、デイブレイク(≒朝日新聞)の欺瞞が憎くてしょうがない。

 作者が自身の最高傑作だと断言しているそうだが、ジョージ・オーウェルの作品のように、この物語には歴史を変える力があるように思う。1人でも多くの日本人に読んでほしい。英語翻訳、映像化作品なども望まれる。この寓話には洗脳を解く力がある。

 簡潔で、本質を衝いた物語の拡散を願う。
   

2020年5月17日日曜日

ベストキッド


 1984年のアメリカ映画のリメイク版の2010年作品。ハリウッドのジャッキー・チェン映画。

 アメリカで生まれ育った黒人の小学生ドレ(ジェイデン・スミス、ウィル・スミスの息子)が、母親の仕事の都合で中国の北京に転居し、そこで地元のいじめっ子たちにいじめられる。しがないマンションの管理人の男(ジャッキー・チェン)が実は格闘技の達人で、ドレは彼に手ほどきを受け、修行を開始する。

 御都合主義の展開も、お約束の展開も、ハリウッド映画とカンフー映画の要素を程よく織り交ぜた感じになっている。黒人の主人公、アジア人のヒロインという設定については、ポリコレ風味の時代の風を感じる。泣き、笑い、スカッとする王道の娯楽映画を求める一般的な視聴者のニーズには叶うだろう。

 …と、そんな目で見る私には幾分物足りない部分はあったが、ジャッキー・チェンの放つオーラはなかなかよかった。黙っていても漏れ出る達人のオーラは、内なる蓄積があってのものだろう。存在するだけで作品を重厚な仕上がりにする、どう扱っても料理をおいしくする素材のようだ。ジャッキー・チェンが出演するという一点のみであっても、映画は観る価値があると学んだ作品である。
    

2020年5月16日土曜日

父親たちの星条旗


 硫黄島プロジェクトのアメリカ編。2006年作品。

 『硫黄島からの手紙』と対になっている作品で、こちらは1945年2月から3月の硫黄島での戦いをアメリカ側の視点で描いており、両作品でリンクするシーンもある。 映画のポスターにもなっている象徴的な写真の被写体となった若いアメリカ兵たちが主役のパートと、そのアメリカ兵の息子が当時の状況を関係者に取材するパートが交互に現れ、真実が明らかになっていく。

 軍が広報戦略として利用し、単純化された英雄譚として祭り上げられた一兵卒のリアルな心情が描かれる。各々動揺し、反目したりするが、抑制が働き、個人の尊厳が示される。過剰な演出を廃し、等身大の人間を描き出すイーストウッド節である。極端に感動的なシーンはなくとも、胸の奥に残るものがある。方向性は『ハドソン川の奇跡』が近い。

 日米が舞台の両作品を観て、豊かな時間を過ごすことができた。いい仕事だ。
  

2020年5月11日月曜日

硫黄島からの手紙


 大東亜戦争(第二次世界大戦)末期の硫黄島での戦いを描く「硫黄島プロジェクト」の日本版。2006年作品。

 99%日本の戦争映画という風情だが、クリント・イーストウッドが監督したアメリカ映画であるという事実に恐れ入る。役者は皆日本人で、栗林忠道中将を演じる渡辺謙、一兵卒の二宮和徳(ARASHI)、加瀬亮や、井原剛志など、配役はまさしく適材適所の感がある。演出のくどくなさ、展開のテンポの良さがイーストウッド節で、観ていてストレスがなく、最小限の装飾が底流にある骨太の哲学を際立たせる。

 世間はコロナ禍の真っ只中だが、この戦時中の生活の悲惨さを見れば、この程度で文句を垂れるなど、どれほど甘いのかに気づかされる。戦争という圧倒的な人間性の否定と、その中で輝きを放つヒトの命の尊さが見て取れる。月並みな感想だが、そんな感じだ。
   

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