2020年1月26日日曜日

スノーデン独白 消せない記録


 元CIA職員でアメリカ政府の大規模監視を告発したエドワード・スノーデンの独白。原著は2019年9月。日本語訳は2019年11月発売。

 2013年にアメリカ政府の大規模監視をジャーナリストに告発した彼は、何を見て、何を考え、その行動に至ったのか。本人の回顧録という形式で、幼少期からのその軌跡を辿ることができる一次資料になっている。文体に表れるスノーデンの素のキャラクターは、ユーモラスで賢いアメリカ白人の王道を行くようなタイプで、リベラルで反体制なハッカー気質の矜持を感じる。

 2020年現在、世界中の人がスマートフォンなどのデジタルデヴァイスを持ち、役所や病院、一般企業などで個人情報が管理される時代。インターネット黎明期の1990年代からどっぷりとコンピューターの世界に浸かってきた彼は、情報管理システム構築の実務にも携わり、その仕組みが内包する恐ろしさを熟知している。アメリカの監視も不快感を催すが、中国共産党が顔認証のカメラやウェブ履歴の永久保存で行う情報管理も脅威だ。国家権力によるオンラインでの監視/管理と個人の自由の問題は、2020年代も引き続きメイントピックになるのは間違いない。

 今読む価値がある本だし、今後、ITと個人情報保護の相克を語る上では欠かせない古典となるだろう。大量監視社会の到来を恐れ、憂いている多くの人にお奨めする。
   

2020年1月24日金曜日

セブン


 デイヴィッド・フィンチャー監督の出世作。1995年作品。
 10年ぶりくらいに再視聴。

 陰鬱で湿気った、気の滅入るような都会が舞台のサイコホラーである。引退間近の老刑事(モーガン・フリーマン)と、血の気の多い新入り刑事(ブラッド・ピット)が、聖書の7つの大罪になぞらえて起こされる猟奇犯罪に挑む。

 こういう猟奇犯罪ものは、90年代の流行の影響が見て取れる。ただし、安っぽい精神分析学的な心理面の深掘りをしないところに好感が持てる。過剰な説明をしないあたり、美学を感じる。トーンを抑えた色彩、低音のBGM、優しさのないひねくれた展開がデイヴィッド・フィンチャー節。2018年発売の日本語版DVDでは製作者コメンタリーも充実していて楽しい。

 登場人物に容赦のない、過酷な展開が有名な作品だが、観終わったあとに誰かと感想を話し合いたくなるのは必至だろう。なぜこのような結末を選んだのか、犯人の動機の底にあるものはなんなのか、この作品は何を表象しているのか、そういうことをきっと話したくなる。人の感性に深みを与える、ダークなエンターテイメントの傑作である。
  

2020年1月20日月曜日

アリータ:バトル・エンジェル


 日本の漫画が原作のハリウッド映画。2019年作品。

 舞台は西暦2400年頃の地球。地球と火星連邦共和国(URM)の間で繰り広げられた没落戦争(ザ・フォール)から300年経った世界。世界は支配者層が住む空中都市ザレムと、ザレムから排出された廃棄物が積み上がる地上のクズ鉄町(アイアンシティ)に分断されていた。クズ鉄町に暮らすサイバー医師のイドは、ある日、クズ鉄の山から少女サイボーグの残骸を発見し、新しい機械の身体を与え、アリータと名付けた。記憶を失ったままの彼女は、実は300年前に創られた最強の戦士だった…というのが筋。

 思い出したのはアシモフの鋼鉄都市、FF13、そして冲方丁作品の戦う少女(マルドゥックシュピーゲル)あたり。原作は銃夢(ガンム)という90年代の漫画で、全体にどこか既視感のある設定が寄せ集まった感がある。当時の日本のクリエイティブ業界のメインストリームだったのだろうか。

 そんな古典になりつつあるジャンルの創作を、2010年代の技術で本気で実写化するとこうなる、という好例である。日本の90年代の漫画アニメの世界観をベースに、もはや至芸ともいえるジェイムズ・キャメロン節が冴えわたる。技術萌えするテクノロジー描写、ターミネーターやタイタニックを思わせる展開、など。娯楽作品としては贅沢で、かつ、定番のラインナップな構成要素に安心できる。良くも悪くも、予想した展開は裏切られない。

 これからというところで終わるので、続編に期待。そして、ハリウッドにはこの技術力を使って冲方作品を実写化してほしい(個人的な願望)。
   

2020年1月1日水曜日

池袋ウエストゲートパークⅪ 憎悪のパレード


 知らない間に始まっていたIWGP のセカンドシーズンの1作目。
 単行本は2014年発売。読んだのは文庫版。

 収録された4編はいずれも2013年の雑誌掲載が初出で、当時話題になった社会問題ネタが扱われる(危険ドラッグ、パチンコ依存、ノマドワーキングスペース、在日外国人へのヘイトスピーチ)。
 
 第2シーズンになったが、良くも悪くもIWGP節は健在で、読者が期待した展開は裏切られない。池袋の街に暮らす人々が、変わりゆく時代の中で人為的な事件に翻弄される。マイノリティーへの温かい視線を注ぎ、アンダーグラウンドな世界が見え隠れし、ロマンスを重視する。既視感のある展開ばかりだが、読者もそれを求めているので特に問題はないんだろう。

 左寄りな視点を含め、感性が全体にちょっと古くなっている感じはあるが、自分が小説家になったら、こういうシリーズは手元に残しておきたいと思う。いつでも書けるし、ネタにも困らない。そして、自身の見解を世界に発信しつつ、金を生み出していくという。そういう作品であることを確認できた。

 あまり残るものはないが、読んで後悔ということも特にない。