2018年8月24日金曜日

この世界の片隅に


 文句なしの傑作なので、日本人は全員毎年8月に観た方がいい。

 この作品について言うべきことは大体これで全てなのだが、少々蛇足ながら解説を。太平洋戦争真っ只中の昭和10年から20年頃、広島県の広島市と呉市(軍港があった町)を舞台にした物語である。戦時を扱った作品は数あれど、市井の暮らしを丁寧に描いているあたりが新しい。風景や食べ物、人々の立ち居振る舞いや言葉遣いなど、徹底した取材に基づいて丹念に描き出すことで当時の空気感が再現されており、まさしく、細部に神が宿っている。

 主人公の北条すずはぼやーっとした地方の娘で、ほのぼのとした日常を生きているがゆえに、そこに降りかかる戦争の災禍の凄惨さが際立つ。きっと、圧倒的多数の普通の人にとっての戦争ってこういうものだったんだろう、という庶民の感覚を肌で感じることができる。

 アニメーション映画だから表現できた部分も多いのだろう。食事の描写など、長年日本で育まれてきた作画表現の技術が結晶し、この作品に繋がったと考えると味わい深い。説教臭さや反戦メッセージなどの臭みはなく、必要な部分を過不足なく仕上げているのがいいセンス。海外での評価も高いらしい。

 世界中の人にぜひ観て欲しいと思う。素晴らしい作品。  
   

2018年8月19日日曜日

ホーリーランド


子供世界と大人世界の間(はざま) 
そこにホーリーランドは存在する 
甘やかな法と暴力のリアルが支配する 
隔絶された世界 
その世界にーー彼はいた 
神代ユウ 
彼は確かにそこにいた

 いじめられっ子がストリートファイターになる話である。2000年から2008年連載。全18巻。主人公の神代ユウは15歳の高校1年生。引きこもった部屋で偏執的なほどに繰り返し習得した強力なワンツーを手掛かりに、街のアンダーグラウンドな世界でのしあがっていく。

 まず何より、作者の体験に基づくという格闘技の解説・描写がアツい。柔道、空手、レスリング、ボクシング…様々な武術を得意とする路上の格闘家が現れ、主人公のユウが戦いながら成長していく。武術の理論的解説が充実し、格闘シーンの迫真の描写でぐいぐい読ませる。『刃牙』よりもリアリティが高い。

 そして実存主義的なテーマ。『自殺島』と同じ作者が描く、私の最も好きな「不適応者が掴む適応の物語」である。学校という場所で激しい「いじめ」を受け(この平仮名表記のもつ欺瞞、卑劣さ、残酷さ)、存在を否定され、自分の居場所を失った少年の戦い。路上の喧嘩という現実世界における勝ち負け以上の、観念的な、自己救済のための必然性がそこにある。『ファイトクラブ』『マルドゥックスクランブル』に通じる、身体性な闘争を通した自己存在の回復といおうか。血を流し、人を傷つけ、リスクを負わなければ手に入れられない人間として大切なものがそこにはある。

 手に取り始めると止まらずに一気読み。こういう漫画を読んで生きていたい。
   

2018年8月7日火曜日

ヒカルの碁


 全23巻。碁の漫画。連載は1999年~2003年。

 久しぶりに読み返したが、これは最高だった。当初、碁に特別興味があるわけでもないどこにでもいるような小学生(進藤ヒカル)に碁の化身のような亡霊(藤原佐為)が取り憑くというイロモノの設定から始まるが、話が進むに連れ、骨太の成長物語がメインとなってグイグイ読ませる。主人公のヒカルだけではなく、碁に様々な形で関わる人々の多種多様な生き様が描かれ、真剣勝負を通して儚くも美しく命を燃やす棋士たちの群像劇としても味わい深い。

 30を過ぎた今読むと、10代の頃に読むのと違った味わい。まだ普及が進んでいなかった頃のインターネットでの対戦など、2000年頃の時代の空気を味わえるのも良い。今は真剣に何かに打ち込むのが難しい時代になったように思う。人々は何かに熱くなれるだろうか。
   

2018年8月4日土曜日

タクシードライバー


 ロバート・デニーロ主演、マーティン・スコセッシ監督の1976年映画。

 20歳くらいの頃に初めて観たときにはよくわからなかったが、この年になって改めて観ると、前よりも内容を理解することができた。これは心が壊れてしまった人間の物語であり、主人公のトラヴィスの不眠症や、他者と話すときに生じる奇妙な間、冗談や感情の機微を共有できないラポール(疎通性)のなさが、すでに機能不全に至った精神のありようを表している。女性や同僚への振る舞いから察するに、もともとは悪い人ではないのに、人間性を喪失した亡霊のような存在となって男は都会の夜を彷徨い続ける。

 心的外傷の原因となった戦争の描写は全くないのに、行動や立ち居振る舞いに残るその痕跡のみを提示することで魂の暗部を描き出している。きっとそういう映画なんだろうと思う。
   

2018年8月2日木曜日

スパイダーマン


 サム・ライミ監督、トビー・マグワイア主演の2002年作品。

 己の英語力を上げるために字幕なしの英語版で観たわけだが、言葉がわからなくても結構内容がわかるあたり、ある意味優秀な作品だと思った。アメコミの原作の風味を損なわぬよう、CGを用いて世界観を再現したという感がある(原作は読んだことないが)。スペクタクルな映像と共に、無駄な理屈があまりなく、大味で楽しい空気が2時間続く。

 ピザとコーラを片手に深く考えずに観るべき作品だと思った。アメリカンな娯楽よ。