2018年5月20日日曜日

The Indifference Engine


 伊藤計劃の死後に出版された短編集。2012年初出。

 『虐殺器官』のスピンオフである表題作、草稿段階の『Heavenscape』あたりは期待通り。短編漫画の『女王陛下の所有物』、『From the Nothing, With Love』あたりは007シリーズオタクにはたまらないと思われるが、予備知識がないと初読での理解は難しい。ただし、特に後者については定型化された行動パターンと意識についての切れ味鋭い洞察が敷衍されており、これぞSF文学、という感じがして読んでいて非常に楽しい。『解説』は円城塔(個人的に好きじゃない)とのコラボだが、文学としての極北という感があり、難解すぎて理解を諦めた。

 良くも悪くも、伊藤計劃ワールドの全体像を楽しめる作品群。数をこなして読むと、登場人物に仮託された作者の潜在的な願望や理想像が見えてきて、興が醒めてしまうのはどの作家も同じか。過剰なハードボイルドとニヒルさよ。彼が生きていたら、この後、どんな言葉を紡いだだろうか。その行き着く先が見られなかったのは残念。
   
       

2018年5月19日土曜日

監督不行届


 安野モヨコと庵野秀明の新婚生活の話。2005年作品。

 シンゴジラを観てから庵野秀明について調べ始め、ここに辿り着いた。エヴァで一世を風靡し、オタク界の頂点を極めた生粋のオタクである男の私生活の様子がよくわかる。妻の安野モヨコも大御所の漫画家であるが、「現実の女」感という特異な属性を持っており、その化学反応が見ていて楽しい。

 両者とも人としては濃いめで面白い人たちであることは疑いないが、ギャグタッチで描いても隠しきれないダメな部分も垣間見える。そのへんも含め、共通の話題でつながりつつも互いに欠けたものを補い合って支え合うことができるいい夫婦なのかな、と思う。

 人の心のお勉強に是非。
   

2018年5月11日金曜日

ステーキ・レボリューション


 その3。
 フランス人の映画監督が世界中のうまいステーキを求めて食べ歩くドキュメンタリー映画。2017年作品(たぶん)。

 全体としてフランス人らしいセンスで過剰な演出を排しつつ、焼いた肉を美味しく食べるという原始的な喜びを追体験できる楽しい映画だった。和牛の遺伝子を不当な手段で手に入れた奴がのうのうと登場しているあたりかなり腹立たしかったが。日本で品種改良したいちごの話を思い出した。

 深く考えずに移動中に観るドキュメンタリーとしては上質な部類に入る。
   

M★A★S★H


 飛行機で観た映画その2。
 朝鮮戦争の米軍の野戦病院が舞台の1970年アメリカ作品。

 これは面白かった。基本的には戦地という極限状況におけるブラックコメディである。ホットリップス(婦長)の扱いなど、やってることがひどすぎるあたり村上龍のsixty-nineを彷彿とさせるが、当時はこういうのが流行っていたということだろう(体制側の人間は徹底的に人格否定をしていいという風潮)。加えて、日本文化への誤った理解などのツッコミどころは多い。それでも、軍医としての職務を果たしつつ、日常では人として完全に逸脱して羽目を外しまくっている主人公たちの雰囲気には、なんともいえない格好よさがある。

 毒を含んだ笑いともに、人間性の回復についての警句的なメッセージがある。個人的にかなり好きな映画にランクイン。
   

探偵はBARにいる


 札幌・すすきのが舞台の2011年映画。
 国際便の飛行機で観るためにチョイス。

 まず、散りばめられた北海道の小ネタが嬉しい。ストーリーについては良質な大衆娯楽という感じ。適度な笑いとセックス&バイオレンスを織り交ぜつつ、大泉洋や松田龍平ら円熟の俳優陣の安定した演技とともにミステリーと活劇が展開していく。既視感のある昭和のサスペンスドラマの要素を集めた感があるが、それを今改めて映画でやると新しい感じがした。懐かしいのに新鮮、という不思議な感覚が得られた。

 深く考えずに楽しみたくて選んだ映画だが、これは当たり。続編も観たい。