2016年6月26日日曜日

モーターサイクル・ダイアリーズ


 筆者が高校を卒業して浪人中だった2004年の夏、実家に金がなかったため、自分で予備校までの電車代を含めた生活費や学費を捻出しなければならず、非常に困窮していた。経済的困窮はメンタルに直結し、早朝の新聞配達による睡眠不足や、大学受験への不安という慢性的な重圧も加わり、精神的にはかなりギリギリだった。ブックオフで半額以下の文庫本を買って読むくらいしか娯楽はなく、異性を含め同年代と楽しく遊ぶためには最低限の金が必要だと痛感させられた筆者の精神状態は極限に追い込まれた。そんな事情を知ってか知らずか、「気分転換にでも」ということで気を使って幼馴染みの友人が誘って観せてくれたのが当時公開中のこの映画だった。

 後にキューバ革命の指導者になる23歳のエルネスト・チェ・ゲバラ(参照)が医学生だった時に、友人と共に南米をバイクで旅行したときの記録を元にした映画である。遠くに住む恋人に会いに行ったり、出任せの嘘をついて食料を恵んでもらったり、人妻に手を出そうとして追い出されたり、搾取される鉱山の労働者の姿を見たりする。「こういう風に野放図な旅をしたら楽しいだろうなあ…」「こうやってたまに映画を観ると世界が広がるなあ…」と当時の筆者は思った気がする。一瞬、種火のように筆者の内に湧き上がった情熱や憧れは、困窮する受験生活の中ですぐにたち消えたが、そう感じたのは覚えている。

 そんな映画を12年ぶりに観た。広大な景色、知らぬ土地の食べ物の匂い、異国で生活する人たちとの出逢い。過剰な脚色がない、控えめなBGMとくすんだ色調のロードムービーの中に、本質的な旅の魅力が詰まっている。喘息などの細かいディテイルをを散りばめつつ、物静かでいながら情熱を秘めたガエル・ガルシア・ベルナル扮するゲバラの佇まいもいい。30歳になった今観てみて、18歳の時に抱いた感覚が甦り、当時は気付けなかった表現の意味にも気付かされた

 筆者もこの映画を意識して、大学生だった23歳の時に日本全国をヒッチハイクと鈍行列車で縦断する旅に出た。南米の旅がゲバラに与えたものと同じようなものを、私もまたあの旅で得られたように思う。あの時期、あの決断をできたのは18歳の時にこの映画を観ていたからだった。若い頃には旅をした方がいい、と今改めて思う。五感に直接刻み込まれた異国の刺激は、精神の土壌の中で種になって息づき、時と経験の養分を得て、芽を出して育っていくから。

 筆者の理想の核になる部分を作った映画だったと再確認した。魂の救済のためには物語が必要である、という筆者の信念も、当時この映画に出逢った状況の影響が大きい。心に旅と物語を。
   

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