2013年1月31日木曜日

もやしもん


 
 当初は『農大物語』というタイトルだったっぽい。
 限りなく東京農工大学っぽい大学が舞台の漫画。

 テーマは醸造。
 主人公の沢木惣右衛門直保は菌が見えるという特殊能力を持つ。
 祖父の旧友の樹教授のゼミに顔を出すようになり、色んな人と知り合って…というのが筋。

 日本酒、ワイン、ビールなどの酒の話をはじめ、各種発酵食品や皮膚の常在菌の話も出てくる。
 菌の決め台詞の「かもすぞ」=有機的な化学反応を起こすこと。
 有機的な結合が生み出す芳醇な味わいは、酒や食品だけでなく人間関係にも当てはまる。
 人が人と出会い、変わっていく。
 古来から変わらぬ生命の味。

 この人、絵が半端じゃなくうまい。
 あと知識量が凄い。
 凝り性なんだろうな、作者。

2013年1月26日土曜日

Mr. Children



 ミスチルの魅力とは何か。

 バンドブームも終焉に近い90年代前半に登場した彼らは、話題性のあるキャラクターも目を引くようなビジュアルもなかった。ただ、普通に演奏が巧かった。そして、音楽が好きだった。あまり欲がなく、アクの強さもない。大人しくて、地味で、いい人っぽい普通の兄ちゃん達の集まりだった。

 1992年のデビュー後も華やかな脚光を浴びるでもなく細々と活動していたが、変に焦って奇を衒うでもなく、卑屈に模倣に走るでもなく、自分達を見失わず、淡々と、いい音楽を作ろうとしていた。
 93年のCross road~イノセントワールド、アルバム『Atomic heart』でブレイクし彼らは時代の寵児となり、マスコミにはミスチル現象ともてはやされ、1996年のアルバム『深海』では内省的な世界観も見せた。狂騒の中ツアーと楽曲リリースをこなした後、97年~98年の1年間活動を休止し、その後はどっしり構えた自分達のペースで活動を続けている。

 一般的にミスチルの人気はフロントマンの桜井和寿のキャラクターに負う所が大きい。内省的な歌詞、繊細なメロディーライン、独特の声、高い歌唱力、醤油顔のいい男。桜井さんとJENが下品に突っ走るのを寡黙な田原君とナカケーが大人しく見守っているというチームバランスもいい。ジャンルにこだわらず、電子音楽やジャズの要素を取り入れたりする雑食性や適度な新奇性追求も、活力の維持に寄与しているのかもしれない。

 で、ミスチル独自の魅力。それは一言で言うと「誠実さ」であると思う。恋愛感情も人生の切実な問題も、その純粋な形で、原体験の風味を損なわぬよう、ありのままに提示しようとする姿勢。悩んでいる姿を晒し、下品な欲望を認め、その上で最善の在り方を模索する求道者としての態度。自分の言葉で語り、心に浮かんだ切実なメロディーを奏でる。誠実さとか、ひたむきさとか、中庸とか。日本人が歴史的に育んできた美徳を、日常的に抱いている皮膚感覚を、大切にする姿勢がそこにはある。不特定多数の人々が日常の中で感じる寂しさや、悩みに対する答えがそこにあるのだ。その普通の感じの良さの中に。

 2012年5月のデビュー20周年の記念ライブPOP SAURUS 2012のBDを昨日鑑賞していた。静かにゆらめく炎みたいな、揺るぎない姿勢。やっぱり好きだなあ、と思った。
   

2013年1月20日日曜日

人生、ここにあり! Si può fare



 1978年のバザリア法の施行により、イタリアでは精神病院が廃絶された。
 とはいえ社会的な受け皿は整備の途上で、精神障害者達は「薬漬け」となり自主性を奪われ、福祉施設で無為な日々を過ごしていた。
 生産性が無い切手貼りのような福祉事業は「可哀想な人たちに仕事を与えてあげる」という施し気分の上に成り立ち、悪役になりたくない健常者の欺瞞が生んだ綺麗事、誤摩化しでしかない。
 そんな彼らに「本当の仕事」をさせようとした男の話。
 1980年代の実話に基づく話らしい。

 多々、突っ込みどころはあるが大目に見る。
 人間の幸福の基本はstanding on one's own feetということ。
 手前の足で立ちやがれ、だ。
 自分の稼いだ金で好きな物を買い、自分の選んだ異性にアプローチするために。

 不揃いの廃材を組み合わせて綺麗な模様を作る。
 「寄せ木張り」という職務自体が隠喩になっているっていうのがミソ。
   

2013年1月19日土曜日

冷たい密室と博士たち DOCTORS IN ISOLATED ROOM



 西之園萌絵と犀川創平の二人が難事件に挑むS&Nシリーズの2作目。
 本作では大学の低温実験室で起きた密室殺人のトリックに挑む。

 話の構造自体は王道のミステリ(推理小説)だが、理系な世界観による味付けがなされている。
 登場する主要人物は皆、冷徹で合理的な理系マインドをもつ。
 仮説と検証。演繹と議論。
 理系人間としての哲学や挟持が、会話や振る舞いの端々に宿る。
 門外漢には未知の世界の言語にも映る、頻繁に登場する工学系の衒学的な語彙も理系学部独特の空気を醸している。

 理系の美学、哲学、醍醐味がつまっている。
 そして、作者が名大工学部の助教授だったっていうのが一番キャラが立っている。
  

2013年1月14日月曜日

マルホランド・ドライブ



 生涯観た中で最も難解な映画。

 一度観て内容が理解できる人間はいないだろう。
 インターネット内の解説を何個か読んで、どうにか分かった気がする。
 DVD特典の監督インタビューでもデイビッドリンチはほとんど何も教えてくれない。

 「ハリウッドのダークサイド」がテーマ…?
 という形式を借りて、人間の暗部を言葉や論理に頼らずに表現している。音楽みたいに。
 理性がついていけなくても直感に残る。
 少なくともその残滓が。反響が。残り香が。掴み損ねた感触の一部が。

 解説読みつつ何度も見返す価値のある作品だとは思う。
 こういう作品の作り手は幸福そうだ。
 訳分からないのに惹き込まれる何かがある。


 参考
 映画のススメ Let's read the films!
 超映画分析 by 樺沢紫苑
    

2013年1月10日木曜日

メタルギアソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット



 
 人間は消滅しない。ぼくらは、それを語る者のなかに流れ続ける川のようなものだ。人という存在はすべて、物理的肉体であると同時に語り継がれる物語でもある。スネークの、メリルの、ここに集う兵士ひとりひとりの物語を誰かが語り続けるかぎり、ここにいる誰ひとりとして消えてしまうことはない。

・・・

 早逝した天才SF作家、伊藤計劃が書いたメタルギアソリッド4のノベライズ。ソリッド・スネーク最後の戦いについてオタコンが語り手となって独白する形式をとっている。

 コアなファンの熱意が生んだ集大成、という感。あとがきからも並々成らぬ決意が伝わってくる。

 「人が他者の物語を語り継ぐことの意味」が作者の想定したテーマらしい。あらゆる人の書いた物語がそうであるように、オタコンに仮託した作者の切実な想いがつまっている。
  

ブロークバックマウンテン


 ワイオミング州の山間の美しい風景、静かな旋律の心洗われるような音楽と、ホモの映画。

 同性愛者への差別的な視点がなければ美しい悲恋の物語だと思う。
 己の性愛における寛大さを知る試金石と言えよう。

 日本人にはまだ早い、か?
  

2013年1月5日土曜日

ピンポン(映画)


 原作と趣きはだいぶ異なる。
 映像にしても台詞にしても、漫画原作の魅力を再現しようとした部分が多く、窮屈そうな感はある。

 が、展開がテンポ良く、音楽映像もいい感じで、楽しく観られる。
 窪塚洋介(ペコ)の演技、宮藤官九郎の脚本、スーパーカーらのテクノ音楽を楽しむ作品。

 玄人には漫画を、素人には映画を薦める。
  

ピンポン(漫画)


 この星の一等賞になりたいの、俺は!!

・・・

 卓球漫画。
 テーマは「才能」。
 一つの競技に夢中になって熱くなるティーンズの青春。

 ペコ、スマイル、アクマ、ドラゴン、孔文革…etc.
 キャラクターの造型が最高にいい。
 「本当に強い奴はどういう奴か」を考え抜いた作者の観察眼が生んだ賜物だろう。
 無骨で粗い絵も、話が進むにつれ気迫や疾走感を際立たせる。

 全5巻で手軽に読める。
 素晴らしい読後感。
  
   

2013年1月2日水曜日

レザボア・ドッグス


 ギャングの集団が宝石強盗を企み、失敗する話。

 ポップな音楽、軽妙な展開と凄惨な暴力描写、登場人物同士の下品な無駄話(冒頭のマドンナの曲の解釈)など、後に「タランティーノっぽさ」として特徴づけられる独特の要素が満載。

 襲撃後の集合場所の倉庫での会話劇がメイン。
 低予算映画だからこそのチープな舞台装置も味か?
 演技は俳優の実力が滲み、雰囲気はクール。
 これぞ娯楽って感じ。

 Mr. ピンク役のスティーブ・ブシェーミがワンピースのサンジのモデルらしい。
  

東京物語


 世界の小津安二郎の代表作。
 頻用されるローアングル、長いカット割り、独特の間。
 静寂とスローな時間の流れの中で、日本家屋の日常が眼前に浮かぶ。

 アルファ波を誘発するため、観賞中に4回程睡魔に襲われた。
 尾道の田舎から息子家族を訪ねて上京した老夫婦の話。
 古き昭和の日本の良い面も、悪い面も、保存されている。

 雰囲気映画の最高峰、という気がしないでもない。
  

ナラティブ研究会の2013年以降の活動について


 You may say that I'm a dreamer
 But I'm not the only one
 I hope someday you'll join us
  And the world will be as one
(君は、私を夢想家だと言うかもしれない
 だけど私は一人ではない
 いつか君も仲間に加わる日が来ることを願っている
 そして世界が一つになる日が来ることを)
 Imagine / John Lennon

・・・


 このブログを開始してから約半年が経過した。
 年も開けたし、いい区切りなので、今後の活動方針についていくつか抱負めいたことを書こうと思う。

 このブログのコンセプトについて。
 個人的に好きな映画や本についてダラダラ無目的に書いて、たまにコメント貰って絡んだりするのはそれなりに楽しいことだと思うけど、やりたいことはそれだけではない。

 ブログの副題の「ストーリーがあれば何でもいい」は、暗に「そもそもストーリーのないものなんてあるのか?」という、逆説的な問いを提起している。
 構成要素と時系列があれば、そこに物語が生まれる。一人の人間の人生には物語があり、それが集まればより複雑で重厚な物語となる。一冊の本、一本の映画にストーリーがあるのは勿論、一曲の音楽、一輪の花、一枚の絵や一片の詩にも、生み出され、存在を全うし、その命を終えるまでのストーリーがある。繰り返す生成と消滅、反応と相互作用、変節と流転。夜空に煌煌と輝く星のように、全てはその流れの中にある。

 「大切なのは、出会った全ての作品に物語を感じようとする姿勢ではないか?」
 narrative(物語)に出会うための場所作りの一つの手段として、このブログは生まれた。
 ここに書かれるのは筆者がストーリーを感じた「作品」であり、すなわち、物語を内包したこの世界の全ての事物が筆者の気分次第で感想を書く対象となる。生きる力を与えてくれるような、思わず誰かに伝えたくなるような、心の深い所に残るストーリーの記憶。それを汲み取り、誰かと共有したいという想い。そうした願いが、この試みを生んだ。

 で、この「研究会」の活動方針。
 最終的には漫画喫茶を経営したいと思っている。「物語のある場所」「物語に出会える場所」を作りたい。
 500万円くらい貯めて、いい場所見つけて、漫画とか、本とか、映画とか、店員が自分の趣味全開で選んだ作品を並べて、皆でだらだらダベったり、黙って一人観賞したりできるカフェを作る。
 「コンセプトだけでも主張し続ければ実現が近づく気がするし、あわよくば誰か手助けしてくれるかも…」という他力本願気味で淡く、それゆえに肩の力を抜いて無理なく続けられそうな願いを込めて、気の合う仲間を探すための撒き餌として、このブログは存在する。準備を続けて、実現できたら、カフェ経営の経過報告にシフトできれば僥倖である。世界中に自分の経営する漫画喫茶があったら、人生はさぞ楽しいであろう。

 あとは筆力をつけるための修行。
 ミスチル桜井さんと小林武史が作ったBank Bandが過去の名曲を演奏して、現代に甦らせるように。自分を育んでくれた先人の遺産に感謝の念を捧げ、歴史の地層から掘り起こして、再演奏しながら自らの音楽家としての技倆を高めて行くように。かつて親しみ、今の自分の血となり肉となった作品を紹介しつつ、再度咀嚼して、言葉に焼き直して、反芻して、いっそう強く文章家としての己の糧にするような、そんな期待を込めてこの全ての作品解説は綴られている。

 つまり、このブログの狙いは次の3点に要約される。

 ・良質な物語の発掘
 ・漫画喫茶経営の意思表示と仲間探し
 ・言語中枢の修行

 もっと一言で言うと「物語のある場所を作る」ための活動記録。
 そこには「良質な物語(narrative)こそが心の弾性(resilience)を養う」という、筆者の確信めいた信念がある。
 それを適度に軽く、適度にガチで、追求しようという姿勢がここにある。

 どこまで行けるか分からないけれど、行ける所までは行ってみたい。
 ここまで読んでくれた酔狂な趣味をお持ちの方々、今年以降も宜しくお願い致します。