2017年3月15日水曜日

北斗の拳


 感想:マッドマックス×カンフー映画

 80年代、というのは日本の文化を語る上でほとんど聞かれない言葉だが、これこそが80年代の娯楽という感がある。正義VS悪、心優しい屈強な男が虐げられた民を救う、愛…。

 最初は面白かったが、パターンが定型すぎて読み続けるのが辛くなってきたので、ラオウを倒した以降は流したことはここに告白しておく。人気作だったため連載が引き延ばされたという話を聞いたことがあるが、そのへんは往年のジャンプのダークサイドといえるだろう。「汚物は消毒だー」「我が生涯に一片の悔いなし」「ひでぶ」などの名シーンは割と前半に固まっており、半分くらい読めば満腹感がある。

 『デビルマン』の文庫本を読んだ時にも思ったんだが、1巻の解説で盛大にネタバレするのは勘弁してほしい。 
  

2017年3月14日火曜日

エクソシスト


 実は観たことがなかった1973年作品。

 当時は斬新だったかもしれない表現も、今観ると手作り感が気になり、古典という感が強い。カトリックの神父が悪魔と戦うシーンあたり、怪しい新興宗教のプロモーションムービーのようなチープさがある。少女がブリッジで階段から降りてくるシーン、首が回転するシーンなどが有名だが、そのへんの遊園地のホラーアトラクションくらいのクオリティという気がした。

 映画として面白いかというと、個人的には退屈な作品だと思う。精神疾患を疑う医師たちの医学的な診療プロセスは適切なのが好ましい。
   

2017年3月12日日曜日

羆嵐


 くまあらし、と読む。北海道天塩山麓の三毛別六線沢(現苫前町)で大正4年に起きた実際の事件に基づいた小説。冬の開拓村に凶暴なヒグマが現れ6人の男女を殺害し、そのクマと人々が戦う話である。

 あらすじだけ書くとシンプルだが、開拓時代の北海道の生活感の描写が素晴らしく、惨状に見舞われた彼らの悲愴と恐怖が伝わってくる。連射不可能な猟銃で2mをこえるヒグマと対峙する猟師はまさに英雄である。


   

アオアシ


 愛媛の中学生が東京のユースチームに入ってプロを目指すサッカー漫画。既刊8巻。

 プロサッカーチームの下部組織であるユースのチーム経営に視点を向けつつ、サッカー選手の個人の技術や組織的な戦術に焦点を当てている。主人公の青井葦人(あおいあしと)は才能任せな田舎の天才肌という感じだが、それだけでは組織と理論で戦う近代サッカーに馴染めない、というのがよく分かる。

 作風として、家族の絆や恋愛模様など、浪花節な人間関係が少し「くさい」…が質が悪いわけではない(小学館っぽいセンスなので好みの問題)。キャラクターの造型はイマイチ深みが足りなくて印象に残らない人が多い…が今後掘り下げられていく気もする。阿久津の嫌な先輩っぷりなどはいいセンス。

 まとめると、『ジャイアントキリング』的な経営視点とあだち充的なサンデー漫画のエッセンスが入った技術重視のサッカー漫画、って感じだろうか。『スラムダンク』など過去の名作漫画の影響もはっきりしているように思う(義経の深津×沢北なデザインよ)。漫画業界の先人の遺産を継承し、若者たちのチャラさと理論的基盤を加えた2010年代ヴァージョンのサッカー漫画といえるだろう。

 サッカーを見る眼が養われそうだし、単純に読んでいて面白いスポーツ漫画している。
 続きに期待。
   

2017年3月9日木曜日

醒めない


 何の気なしにツタヤで大量のスピッツのCDを借りた中に入っていた1枚。一切の前情報なく作業中のBGMにしていたが、聴く度好きになり、もうこればっかり聴いている。2016年発表の15作目のオリジナルアルバム。

 #1『醒めない』から#14『こんにちは』まで、初めて聴いたときから草野マサムネの柔らかい声と甘酸っぱいメロディーラインが抵抗なく沁み込んできてひたすら心地よい。歌詞を見ても全然意味が分からないが、なぜだか淡く、切なく、温かい気持ちになる。空想上の誰かが愛しくなる。

 各曲で様々な思春期男子の葛藤(メンバーは50近いが)を経たあとに、ラストの曲の冒頭「また会えるとは思いもしなかった 元気かはわからんけど生きてたね」がグッと来た。こういう感覚を忘れずに大人やっていきたいもんだ、と思った。

 忘れていた感情が復活する1枚。名盤やで。
 

2017年3月8日水曜日

罪と罰


 「現代の予言書」としばしば評されるロシアの文豪ドストエフスキーの1866年作品。高校生のときに読んで以来4回目くらいの再読。読むたび深く理解できる気がするので、その考察など。

 あらすじは、貧乏で頭脳明晰な元大学生ラスコーリニコフが金貸し老婆を殺害して金品を奪い、その金で世のために役立つことをしようと思っていたけれど失敗する…という話である。独自の理論で正当化された殺人を犯した青年が、予期していなかった心理的な葛藤に直面する描写がメインとなる。

 これは個人の精神の死と復活を描く物語である。作者が意図的に埋め込んだキーワードは「空気」と「ラザロ」。前者は、熱気と悪臭が立ち込め、貧困と堕落が溢れる街という環境要因が人に道を誤らせる、ということ。後者は新約聖書に出てくる復活する死者のことであり、作中で幾度も言及される魂の救済のメタファーになっている。主人公ラスコーリニコフ、娼婦ソーニャ、ニヒリストのスヴィドリガイロフ、それぞれ貧困や虚無で精神が死にかけ、どのような道筋を辿るのか、というのが作品の主題である。

 江川卓(投手ではない)の解題によると、罪と訳されてる原題のПреступлени(プレスツプレニィエ、ロシア語)は「踏み越えること」の意味があるらしい。貧乏、空腹、疲労、屈辱などで煮えた頭で考えた理論で一線を踏み越えると心が死んでしまいますよ、という警告は現代社会にも通じる。殺人、姦淫、盗み、いじめ、嘘をついたり、他人を陥れたり…etc.  一つの悪行は百の善行によって償われる、などというズレた発想で悪いことを実行しちゃうと、普通の人達の暮らしには戻れなくなっちゃうよ、ということ。

 余談だが、ロシア文学に挑む人がみんな挫折するのはロシア人の名前で混乱するからである。原因として、愛称やあだ名が説明なしで入り乱れるせいであることは明らか。例として、主人公ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフはロジオンとかロージャとかラスコーリニコフとか呼ばれる。筆者も初読時にはこの人とこの人が同一人物だったのか、と途中で気付きヘコんだものである(ドゥーニャとドゥーネチカとか)。そのへん、前もって知っておけば多くの人は食らいついていけるだろうとは思う(初読で楽しめる人は少ないと思うが)。

 気合いで読み続けると得るもんがある本なんだろうと思う。
 時間がかかったけど悔いはない。また読むかな。
   

2017年3月7日火曜日

ザ・ビーチ


 アメリカ人の青年がタイの秘密の楽園に行く話。
 レオナルド・ディカプリオ主演。ダニー・ボイル監督。2000年作品。

 『トレインスポッティング』に通じるダニー・ボイル節の危ない空気と軽快なテンポで前半は面白くなりそうな予感がしたが、後半が明らかに失敗作。なんとも歯切れの悪い気分でエンディングを終え、映画的なカタルシスのない状態でスタッフロールを眺めた。

 自分探しをする冴えない男のしょうもなさの描き方はいい感じだが、人間の狂気の描き方が空中分解するのが良くないのだと思う。カルト教団のような集団の病理を描き出そうとして、失敗した感じ。

 アジアンな空気と映像がいい感じなのに惜しい。プロットに難あり。
   

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