2013年2月20日水曜日

100万回生きたねこ


 時空を超えて多彩な遍歴を辿る不可思議な存在であるオス猫が主人公。
 100の国を旅したり、100人の飼い主に抱かれたりしても、満たされぬ心の空白がある。
 自分のことばかり考えて生きてきた猫が、愛することを覚えたら…。

 テーマは愛することと死別。
 一つの対象を愛するということ。
 その一回性。

 この絵本の価値は永久に失われることはないだろう。 
 まさに不朽の名作。

  

2013年2月16日土曜日

ヘミングウェイごっこ



 ヘミングウェイ専門の学者が詐欺師と共謀して贋作を作ろうとする。そんな犯罪小説が、多元宇宙ものの時空SFとなる異色作。

 ヘミングウェイ関連の蘊蓄や小ネタが随所に散りばめられている。章の構成やタイトルにもファンなら思わずニヤリとしてしまう。そして濡れ場あり、サスペンスあり、文学史あり、パラレルワールドあり。欲張った内容だが、長編とは言え短めで、展開もテンポ良く進む。

 前半はサクサク読めるが、後半は本格SFと化すのでわりと難解。オチは最初読んでもよく分からなかった。巻末の解説やネット上の書評読んでも真相の明確な説明はなし。が、何度か読み返して考えたら、何となくわかった気がする。若き日の原稿紛失事件が作家ヘミングウェイに与えた衝撃の意味に関して、作者なりの解釈を表現したかったんだろう。

 強烈な喪失体験が、強力な創造性を育む。そのテーマに思い至った際、自分の胸に痛切に響いた。今年のベストブックに入りそうな予感。
   

2013年2月11日月曜日

桜の森の満開の下・白痴


 表題作2編を読んだ。


『桜の森の満開の下』
 蒙昧な男と放埒な美人。
 美と狂気。色欲と嗜虐。
 幻想的なムード。
 桜は人を狂わせる。

『白痴』
 堕落論で論じたテーマを小説に。
 豚小屋、淫売、白痴、醜聞。
 退廃と肉欲が渦巻く、掃き溜めのような団地の戦時下の一幕。
 焼夷弾と火の海。
 散乱する死骸、逃げ惑う衆生、訪れる朝の静寂。
 美への憧憬と堕落による禊ぎ。
 こっちの方が好きかな。

 闇と底辺を知って初めて、人は至高への道筋を得る。
 腐臭の漂うグチャグチャの中に、本当のロックが潜んでる。
 綺麗事ばかりじゃ、弱り切った心を救えない。
 この人の主張はシンプルで一貫している。
   

2013年2月10日日曜日

堕落論


 諸般の事情があり、いい機会だったので読んでみた。

 下ネタがエゲツない人ってしばしば人間の真理をつくいいこと言うなあ、と思うことが多かったが、その理論的基盤はここにあったのか。


 桜井和寿、村上龍、今東光、西原理恵子、ユリウス・カエサル、スティーブ・ジョブズ古くはルカの福音書の放蕩息子の話、近年では文士にロックスターに落語家。最近は小池龍之介がいいこと言うと思っている。

 闇屋、浪人、遊女、異形者。社会規範に馴染めず、落ちぶれ、あぶれた、落伍者には人間の本質が見える。一度堕ちきって、文明が生んだ余計な介在物を取っ払って、それから見える単純な真実がある。それが救済へと至る道だと、安吾は言う。

 つまり、行き詰まったらクソ野郎になれよ、っていう教えの書。
  

2013年2月9日土曜日

あなたの人生の物語



  寡作のSF作家の短編集。お気に入りは以下の3つ。

 『理解』
 神経細胞の発達を促すホルモンを実験的に投与され、知性が異常発達した男の話。見いだす全ての対象にゲシュタルトを見いだす、その思考過程の描写が見事。感動的な『アルジャーノンに花束を』とは別路線。

 『あなたの人生の物語』
 地球外の知的生命体と交流し、人類のものとは記述法則を異にする言語体系を解する過程で未来を予知できるようになってしまった言語学者の独白。言語習得の話、物理法則の話、そして人間同士の情愛が最高の調和でミックス。

 『顔の美醜について(ドキュメンタリー)』
 脳内に埋め込まれたカリーアグノシア(美醜失認装置)の是非を巡って大学生らが論争する。容姿に関する検討は誰しもに切実な話題で、興味は尽きることはない。

 作者は中国系アメリカ人で物理とコンピューター専攻のテクニカルライター。独創的な着想と緻密な物語を編み上げる筆力を持つ。科学知識と人文系ロマンが、人類最強レベルで融合する。

 Amazonの書評を読んで作者には中国系移民の漢字文化への郷愁があるかも、ってのはなんとなく納得。ゲシュタルト(統一的全体像)の認識が主題の話が多い気がする。心を科学する、というSFの試み自体の当然の帰結かもしれないが。
  

2013年2月3日日曜日

マネーボール



 資金力が乏しいながら優秀な試合成績を残し続けるオースティン・アスレティックスの実在のGMの話で、実話に基づいている。
 
 メジャーリーガーの年棒は、一人の人間の能力に対する査定額である。
 かつては将来有望な若者だったビリー•ビーン。
 野球に破れ、妻を奪われ、低迷する球団のGMに就任し、くたびれた服に身を包み、虚勢の合間には寂しい中年男の顔が覗く。
 
 主題は「一人の人間の価値」。
 負けっぱなしの男が挑む栄光の話。
 逆境とも言える制限の強い状況下で、最大限の成果を目指す戦いの話。
 娘が謳う挿入歌の『The show』がこれまたいい

 現時点において筆者が人生で唯一、映画館で泣いてしまった作品である。
  

2013年2月2日土曜日

霧のむこうのふしぎな町


 「千と千尋の原作」が謳い文句の和製ファンタジー。
 1975年の作品。

 小学生の女の子のリナが夏休みに一人旅して、霧の向こうにある奇妙な集落を訪れる。
 そこには6つの洋館があり、奇妙な住人が居て、リナはそこで働くことになる。

 話は重すぎない感じ。
 ほどほどに幻想的なムード。
 くどすぎない教訓とカタルシス。

 挿絵の変更に関して興醒めなエピソードもあるようだが、子供向け作品としては十分なクオリティ。
 小さい頃にうまく出会うことができれば、素敵な原体験になるだろう。
  

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